【完結】偽りのα、真実の恋 ー僕が僕として生きるためにー

天音蝶子(あまねちょうこ)

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12.春の告白

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 春風が、丘の上の学園をやわらかく撫で抜けていく。
 満開の桜が枝を揺らし、花びらが陽光を受けて白金にきらめいた。
 ひとひらが頬に触れるたび、ひんやりとした感触が、冬の名残をそっと拭い去っていく。

 校庭では、卒業式を終えた生徒たちが笑い声を交わしていた。
 晴れ着の色、制服の紺、白い吐息——どれもが眩しく、どこか遠い。

 その喧噪から少し離れた古い桜の木の下で、リオンは一人立ち尽くしていた。
 手の中にあるのは、兄アレンの卒業証書。
 指先で紙の縁をなぞるたび、あの時間が胸の奥で静かに響く。

 ——兄の代わりに立ち、息をひそめて過ごした季節。
 もう、その役目は終わったのだ。
 風に揺れる花弁の音が、まるで「がんばったね」と告げているように聞こえた。

「リオン」

 呼び慣れた声が背後から届いた。
 振り向くと、春の陽を受けたノアがそこに立っていた。
 漆黒色の髪が花びらと混じり、光の粒のように舞っている。
 リオンの心が小さく跳ねた。

(……来てくれたんだ)

「兄さんを見送りに?」

 リオンが問うと、ノアは首を横に振る。

「いや。今日は、お前に会いに来た」

 その言葉に、胸の奥で何かが静かに波打った。
 風が、二人の間をすり抜けていく。
 花の香り、土の匂い、陽だまりの温かさ。
 どれも懐かしく、どこか切ない。

「……卒業、おめでとう。兄さん、きっと喜んでる」

 リオンは、少し俯きながら微笑んだ。
 だがノアの眼差しは、どこまでも真っ直ぐだった。

「ありがとう。でも——今日は、お前に言わなきゃいけないことがある」

 その声音に、あの日の嵐の夜が甦る。

(そうだ、約束……)

 ノアは、風に揺れる花弁を払いのけながら、一歩近づいた。

「約束しただろ。卒業の日に、もう一度言うって」

 リオンの胸の奥で鼓動が高鳴る。
 心が、逃げ場を失ったように震えている。
 その手が小さくこぶしを握ると、ノアの手がそっと重なった。
 温かい掌の感触に、張りつめていたものがゆっくりとほどけていく。

「リオン。俺は、お前が誰かの代わりでも、Ωでも関係ない。お前が泣いて、笑って、誰かを想って必死に生きるその姿が——好きなんだ」

 その言葉は、春風のようにやさしく、それでいて胸の奥を熱く突き刺した。
 リオンの瞳が潤む。

(どうして……こんなにも真っ直ぐでいられるの)

 桜の花びらが風に舞い、頬を撫でた。
 涙のしずくと花弁が頬で混ざり、春の匂いが胸いっぱいに広がる。

「僕……ずっと怖かったんだ。兄さんみたいに強くなれないって。でも、ノアがいてくれたから、僕は立てた。今なら言える……僕は、“僕自身”として、生きていく」

 言葉にするたび、胸の奥の氷が少しずつ溶けていく。
 ノアはゆっくりと微笑み、彼の頬に指を伸ばした。

「それでいい。俺は、その“リオン”をずっと見ていたかった」

 その瞬間、世界がふっと静まった。
 風の音も、遠くの笑い声も、すべてが遠のく。
 二人の間だけに、春の光が降り注いでいた。
 リオンは涙をぬぐい、震える声で囁く。

「……ノア。僕と、一緒に生きてくれますか?」

 ノアの瞳が柔らかく細まり、微笑がこぼれた。

「もちろん。これから先、どんな春も、お前と見たい」

 言葉よりも先に、二人の影が重なった。
 唇が触れ合った瞬間、桜が一斉に舞い上がる。
 頬をなでる花びらの感触、春風の香り、心臓の鼓動。
 すべてがひとつになって、世界が祝福の光に包まれていく。

 遠くで、鐘の音が静かに響いた。
 園の門をくぐる人々の中に、リオンはゆっくりと一歩を踏み出す。
 その背中にもう、迷いはなかった。

 桜の花が風に舞い、陽の光の中できらめく。
  ——新しい季節が、二人の未来をそっと祝福していた。
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