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番外編
番外編5:梓乃と宗雅の初夏夜話〜灯火の下の語らい〜
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夏の訪れを告げる虫の声が、庭の奥からかすかに響いていた。
宗雅の邸は、都の北にある小高い丘の上にあり、昼間は涼風が通う。
だが、夜は静まり返り、まるで世界にふたりだけが取り残されたような静寂が広がる。
その夜、梓乃は灯火の傍らで文をしたためていた。
白檀の香を焚いた部屋には、ほのかな煙がゆらゆらと漂い、彼女の髪に淡い香が移る。
宗雅はいつものように静かに部屋へ戻り、机の前で筆を持つ梓乃の後ろ姿に足を止めた。
灯火が、彼女の白い指先と横顔をやわらかく照らしている。
「夜更けまで筆を取っているとは、珍しい」
宗雅の声は、穏やかで少し眠気を含んでいた。
梓乃は振り返り、ふわりと微笑んだ。
「涼しい風が心地よくて……。それに、昼間は千鳥が賑やかで落ち着かないのですもの」
宗雅は小さく笑いながら、傍らに腰を下ろす。
「まるで家の中に、小さな風の精が住んでいるようだ」
「そうですわ。あの子は“風花の精”の生まれ変わりかもしれません」
冗談めかして言う梓乃の声に、宗雅は目を細めた。
「……君もそうかもしれない」
「わたくしが?」
「うむ。いつの間にか現れて、すべてを穏やかにしてゆく。風花のように」
その言葉に、梓乃の頬がふっと染まる。
宗雅の声音はあくまで静かで、けれど確かに“愛おしさ”が滲んでいた。
灯火の揺らめきが、ふたりの間に淡い金の幕をつくる。
外では、竹林を渡る風がさらさらと音を立てている。
「宗雅様は……都でのお務めは、たいへんではありませんか?」
梓乃は、文を伏せながら問いかけた。
「人の世の政は、いつでも騒がしいものだ。だが、君の顔を思えば、心がほどける」
「そんな……」
恥ずかしげに笑って俯く梓乃。
宗雅はその肩をそっと包み込むように手を置いた。
「都に戻ると、花も香も強く、言葉も飾られる。だが、ここでは静かな灯だけで、十分に満たされる」
「わたくしも……そう思います」
梓乃は宗雅の胸に身を寄せるようにして、小さく息を吐いた。
「この灯りの下にいられるだけで、心が安らぐのです」
宗雅は梓乃の髪を撫でた。
細く柔らかな黒髪が指に絡み、ほのかに香が立つ。
彼はしばらく黙っていたが、やがて低く囁くように言った。
「梓乃、君がここにいてくれることが、何よりの至福だ」
灯火の炎がぱち、と音を立てて弾ける。
その一瞬の光が、ふたりの影を壁に映し出す。
寄り添う影は、まるでひとつに溶け合っているかのようだった。
「ねえ、宗雅様」
「うん?」
「この先も、こうして静かな夜を、何度も重ねられますでしょうか」
「もちろんだ」
宗雅は穏やかに微笑み、梓乃の額にそっと唇を触れさせた。
「季節が変わっても、灯火の明かりが尽きぬ限り、君と語らう夜を重ねよう」
梓乃はその言葉に目を閉じ、胸の奥に静かなぬくもりを感じた。
庭の方では、蛍がひとつ、ふたつ、淡い光をともして舞っている。
やがて、梓乃は宗雅の肩にもたれながら、囁くように言った。
「初夏の夜は……不思議ですね。風が優しくて、夢のように」
「夢ではない」
宗雅の声が、そっと彼女の耳もとに届く。
「これは、君とわたしの現(うつつ)だ」
梓乃はその言葉に、静かに笑った。
灯火の炎がふっと揺れ、外の虫の音が一層近くなる。
初夏の夜が深く満ちていた。
そこには、言葉を越えたやすらぎと、確かな愛の温度があった。
宗雅の邸は、都の北にある小高い丘の上にあり、昼間は涼風が通う。
だが、夜は静まり返り、まるで世界にふたりだけが取り残されたような静寂が広がる。
その夜、梓乃は灯火の傍らで文をしたためていた。
白檀の香を焚いた部屋には、ほのかな煙がゆらゆらと漂い、彼女の髪に淡い香が移る。
宗雅はいつものように静かに部屋へ戻り、机の前で筆を持つ梓乃の後ろ姿に足を止めた。
灯火が、彼女の白い指先と横顔をやわらかく照らしている。
「夜更けまで筆を取っているとは、珍しい」
宗雅の声は、穏やかで少し眠気を含んでいた。
梓乃は振り返り、ふわりと微笑んだ。
「涼しい風が心地よくて……。それに、昼間は千鳥が賑やかで落ち着かないのですもの」
宗雅は小さく笑いながら、傍らに腰を下ろす。
「まるで家の中に、小さな風の精が住んでいるようだ」
「そうですわ。あの子は“風花の精”の生まれ変わりかもしれません」
冗談めかして言う梓乃の声に、宗雅は目を細めた。
「……君もそうかもしれない」
「わたくしが?」
「うむ。いつの間にか現れて、すべてを穏やかにしてゆく。風花のように」
その言葉に、梓乃の頬がふっと染まる。
宗雅の声音はあくまで静かで、けれど確かに“愛おしさ”が滲んでいた。
灯火の揺らめきが、ふたりの間に淡い金の幕をつくる。
外では、竹林を渡る風がさらさらと音を立てている。
「宗雅様は……都でのお務めは、たいへんではありませんか?」
梓乃は、文を伏せながら問いかけた。
「人の世の政は、いつでも騒がしいものだ。だが、君の顔を思えば、心がほどける」
「そんな……」
恥ずかしげに笑って俯く梓乃。
宗雅はその肩をそっと包み込むように手を置いた。
「都に戻ると、花も香も強く、言葉も飾られる。だが、ここでは静かな灯だけで、十分に満たされる」
「わたくしも……そう思います」
梓乃は宗雅の胸に身を寄せるようにして、小さく息を吐いた。
「この灯りの下にいられるだけで、心が安らぐのです」
宗雅は梓乃の髪を撫でた。
細く柔らかな黒髪が指に絡み、ほのかに香が立つ。
彼はしばらく黙っていたが、やがて低く囁くように言った。
「梓乃、君がここにいてくれることが、何よりの至福だ」
灯火の炎がぱち、と音を立てて弾ける。
その一瞬の光が、ふたりの影を壁に映し出す。
寄り添う影は、まるでひとつに溶け合っているかのようだった。
「ねえ、宗雅様」
「うん?」
「この先も、こうして静かな夜を、何度も重ねられますでしょうか」
「もちろんだ」
宗雅は穏やかに微笑み、梓乃の額にそっと唇を触れさせた。
「季節が変わっても、灯火の明かりが尽きぬ限り、君と語らう夜を重ねよう」
梓乃はその言葉に目を閉じ、胸の奥に静かなぬくもりを感じた。
庭の方では、蛍がひとつ、ふたつ、淡い光をともして舞っている。
やがて、梓乃は宗雅の肩にもたれながら、囁くように言った。
「初夏の夜は……不思議ですね。風が優しくて、夢のように」
「夢ではない」
宗雅の声が、そっと彼女の耳もとに届く。
「これは、君とわたしの現(うつつ)だ」
梓乃はその言葉に、静かに笑った。
灯火の炎がふっと揺れ、外の虫の音が一層近くなる。
初夏の夜が深く満ちていた。
そこには、言葉を越えたやすらぎと、確かな愛の温度があった。
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梓乃の静かな強さが良いですね
宗雅との間に少しずつ積もっていく想いの表現も素敵です
猫のしっぽさん、
素敵な感想をいただき、本当にありがとうございます。
創作活動を始めてから初めての感想で、とても感動しています。感無量です。
「梓乃の静かな強さ」や「宗雅との想いの表現」を素敵だと感じていただけたこと、
心から嬉しく思います。マイペースな性格って最強ですよね!
最後まで、二人の物語を見守っていただけると嬉しいです。