政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭

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45. ドロテア、やめて

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「エッカルトぉぉぉっ! 役立たず! やっぱりお前はアルフレート様の足元にも及ばない役立たずよ! お前なんかと形だけでも婚約するなんて、嫌で嫌で仕方がなかった! エリザベートをここで殺して、悲しみに暮れるアルフレート様を私のこの身体でお慰めし、責任を取って頂くつもりだったのに! それなのにお前は!」

 もはや王族どころか、淑女らしからぬ形相で耳を塞ぎたくなるような内容を叫び続けるドロテアは、まるで気が触れてしまったようで。

「ドロテアぁ……」

 うずくまったままのエッカルト様は涙目でドロテアの方を見つめ、切なげに名を呼んでいる。この方は本当にドロテアの事を……。

「役立たずの癖に、気安く私の名前を呼ばないでくださる⁉︎ 全く……メイロンは優秀な薬師が多く居る国。エッカルトはその中でも特に毒の扱いに長けていると聞いたから、色々使えると思って婚約したのに。こんなの詐欺じゃない! 役立たずのアンタとなんか、婚約破棄よ!」
「そんな……っ、ドロテア……」
「ちょっと優しくしたら調子に乗って、しつこく名前を呼ぶのはやめてちょうだい! とにかく、今すぐエリザベート達を殺せないならアンタとは婚約破棄だから!」

 レネ様は私とレンカを背に庇い、二人との距離をジリジリと広げている。ドロテアがドアの前で居る為に、逃げ出す事は容易ではないだろうけど、とにかく機会を窺っている。

「いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだ!」

 頭を抱えて叫ぶエッカルト様は、そのうちガチガチと歯を鳴らしながら震え始める。ブツブツと「いやだ」と呟きながら未だ床に平伏しているところを、ドロテアは冷たい瞳で見下ろして一言告げた。

「いざという時動けないアンタとは、国に帰ったら即刻婚約破棄よ。やっぱりアルフレート様のように勇敢で逞しい、頼れる方でないと。私には釣り合わないわね」
「いやだ……いやだ……」
「役立たず、せめてエリザベートだけでも始末なさい」

 エッカルト様はドロテアの言葉に反応するようにゆらりと立ち上がると、手に握ったままの短剣をグッと握り直した。その表情は俯いていて見えないけれど、たった一言、私には確かにエッカルト様の声が聞こえた。

「殿下、レンカも、下がってて。絶対に私より前に出ないで」
「レネ様……」

 私達を壁に押し付けるようにして庇うレネ様のその背中はワンピースを着ているのにとても逞しく見える。レンカも私を庇うように寄り添ってくれた。お陰で私は恐ろしいという感覚よりも、何だか悲しくて辛い気持ちの方がよほど強く感じてしまって。

「ドロテア、もうやめて! これ以上、傷つけないで!」

 そう声を引き絞るようにしていた。ドロテアを慕うエッカルト様の心を踏み躙り、その上何度も傷つけて、ドロテアにはどうして分からないのかしら。今のエッカルト様は……。

「エッカルトぉぉっ! 早くしなさい!」

 やめて、やめて、ドロテア!

「きゃあぁぁっ!」
「何っ⁉︎」

 エッカルト様は刃をしっかりと握りしめ、ここに来て初めて生きた人間の表情をして笑っていた。薬草で強化したという脚力は、数メートルの距離をあっという間に詰める。

 湿気の籠った部屋に、一気に鉄錆のような匂いが充満する。とても嫌な鈍い音は確かに聞こえたし、床に倒れ込んだエッカルト様とドロテアの身体はしっかりと密着している。

「い……いったあぁい……っ」
「ごめんね、ドロテア」
「痛い……ねぇ、痛いわ……」
「ごめんね」

 ドロテアが仰向けに寝そべった床には、どんどんと暗赤色の染みが出来ていく。私達はたった一つしかない扉の手前で起こったその惨劇に動く事が出来ず、そうこうしている間にドロテアの声は次第に聞こえなくなった。

「エッカルト……さま」

 私の呼びかけに、一度だけこちらを振り向いたエッカルト様は僅かに頬を緩ませて、やがて口を開く。

「良かった、これでずっと婚約破棄出来ないね」

 遠くの方から多くの足音がバラバラと聞こえてくる。レネ様が私達の前から突然飛び出して、エッカルト様の方へ駆けて行った。

「やめろ!」

 この時私が見たのは制止の声を上げるレネ様の後ろ姿と、その少し前方から噴水のように勢いよく噴出した血潮が石の壁に舞い散る場面。

「エリザベート!」

 同時に、扉の向こうに駆け付けたアルフ様が私の名を呼ぶ。不安げな声を耳が捉え、続いて瞳が慌てて駆け寄る愛しいその姿を映した。私は衝撃と安堵という相反する物の作用によって大いに混乱し、目の前があっという間に暗転してしまう。

 終わりを迎えた悲しい愛の形に、とにかくひどく心が痛んだ。

 


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