46 / 55
45. ドロテア、やめて
しおりを挟む「エッカルトぉぉぉっ! 役立たず! やっぱりお前はアルフレート様の足元にも及ばない役立たずよ! お前なんかと形だけでも婚約するなんて、嫌で嫌で仕方がなかった! エリザベートをここで殺して、悲しみに暮れるアルフレート様を私のこの身体でお慰めし、責任を取って頂くつもりだったのに! それなのにお前は!」
もはや王族どころか、淑女らしからぬ形相で耳を塞ぎたくなるような内容を叫び続けるドロテアは、まるで気が触れてしまったようで。
「ドロテアぁ……」
うずくまったままのエッカルト様は涙目でドロテアの方を見つめ、切なげに名を呼んでいる。この方は本当にドロテアの事を……。
「役立たずの癖に、気安く私の名前を呼ばないでくださる⁉︎ 全く……メイロンは優秀な薬師が多く居る国。エッカルトはその中でも特に毒の扱いに長けていると聞いたから、色々使えると思って婚約したのに。こんなの詐欺じゃない! 役立たずのアンタとなんか、婚約破棄よ!」
「そんな……っ、ドロテア……」
「ちょっと優しくしたら調子に乗って、しつこく名前を呼ぶのはやめてちょうだい! とにかく、今すぐエリザベート達を殺せないならアンタとは婚約破棄だから!」
レネ様は私とレンカを背に庇い、二人との距離をジリジリと広げている。ドロテアがドアの前で居る為に、逃げ出す事は容易ではないだろうけど、とにかく機会を窺っている。
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだ!」
頭を抱えて叫ぶエッカルト様は、そのうちガチガチと歯を鳴らしながら震え始める。ブツブツと「いやだ」と呟きながら未だ床に平伏しているところを、ドロテアは冷たい瞳で見下ろして一言告げた。
「いざという時動けないアンタとは、国に帰ったら即刻婚約破棄よ。やっぱりアルフレート様のように勇敢で逞しい、頼れる方でないと。私には釣り合わないわね」
「いやだ……いやだ……」
「役立たず、せめてエリザベートだけでも始末なさい」
エッカルト様はドロテアの言葉に反応するようにゆらりと立ち上がると、手に握ったままの短剣をグッと握り直した。その表情は俯いていて見えないけれど、たった一言、私には確かにエッカルト様の声が聞こえた。
「殿下、レンカも、下がってて。絶対に私より前に出ないで」
「レネ様……」
私達を壁に押し付けるようにして庇うレネ様のその背中はワンピースを着ているのにとても逞しく見える。レンカも私を庇うように寄り添ってくれた。お陰で私は恐ろしいという感覚よりも、何だか悲しくて辛い気持ちの方がよほど強く感じてしまって。
「ドロテア、もうやめて! これ以上、傷つけないで!」
そう声を引き絞るようにしていた。ドロテアを慕うエッカルト様の心を踏み躙り、その上何度も傷つけて、ドロテアにはどうして分からないのかしら。今のエッカルト様は……。
「エッカルトぉぉっ! 早くしなさい!」
やめて、やめて、ドロテア!
「きゃあぁぁっ!」
「何っ⁉︎」
エッカルト様は刃をしっかりと握りしめ、ここに来て初めて生きた人間の表情をして笑っていた。薬草で強化したという脚力は、数メートルの距離をあっという間に詰める。
湿気の籠った部屋に、一気に鉄錆のような匂いが充満する。とても嫌な鈍い音は確かに聞こえたし、床に倒れ込んだエッカルト様とドロテアの身体はしっかりと密着している。
「い……いったあぁい……っ」
「ごめんね、ドロテア」
「痛い……ねぇ、痛いわ……」
「ごめんね」
ドロテアが仰向けに寝そべった床には、どんどんと暗赤色の染みが出来ていく。私達はたった一つしかない扉の手前で起こったその惨劇に動く事が出来ず、そうこうしている間にドロテアの声は次第に聞こえなくなった。
「エッカルト……さま」
私の呼びかけに、一度だけこちらを振り向いたエッカルト様は僅かに頬を緩ませて、やがて口を開く。
「良かった、これでずっと婚約破棄出来ないね」
遠くの方から多くの足音がバラバラと聞こえてくる。レネ様が私達の前から突然飛び出して、エッカルト様の方へ駆けて行った。
「やめろ!」
この時私が見たのは制止の声を上げるレネ様の後ろ姿と、その少し前方から噴水のように勢いよく噴出した血潮が石の壁に舞い散る場面。
「エリザベート!」
同時に、扉の向こうに駆け付けたアルフ様が私の名を呼ぶ。不安げな声を耳が捉え、続いて瞳が慌てて駆け寄る愛しいその姿を映した。私は衝撃と安堵という相反する物の作用によって大いに混乱し、目の前があっという間に暗転してしまう。
終わりを迎えた悲しい愛の形に、とにかくひどく心が痛んだ。
1
あなたにおすすめの小説
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。
待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。
もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる