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3. 地獄のお茶会
しおりを挟む異国から取り寄せた多種多様な薔薇が、時期が来るとむせ返るほどの芳香を放つ王宮の庭園。
華やかさを好む今の王妃が腕利きの庭師に命じ多額の費用をかけ、数年前に元の庭園からガラリと雰囲気を変えさせただけあって、確かに見事な出来栄えだ。
歴代の国王は限られた者しか目にする事が出来ない庭よりも国力強化に力を入れる事に心血を注いできたので、王宮の庭園は木々と芝が中心の緑が多い場所だった。
それが今や王妃の手によって一気に華やかな場所へと成り代わっている。
天使や女神を形取った銅像、凝った意匠のベンチや豪華な噴水をはじめとした飾りが施され、豊かな種類の花々が年中咲き誇る見事な庭園は、王妃主催の茶会に相応しい舞台となった。
そして今日もいつもと同じこの場所で、この国の王女と王子、それから宰相の一人娘が、たくさんの茶菓子と紅茶を前にして顔を突き合わせている。
「今日の焼き菓子は今ひとつね。なんかありきたりな味。ねぇ貴女、これ作った人にはもう二度と私達の茶会のお菓子を作らせないでくれる?」
父親である宰相とよく似たキャスリンの灰色の瞳が、三人の高貴な子どもを前にしてひどく緊張気味に給仕をしていた若い女官に向けられた。
「はい……承知いたしました」
「え? なぁに? 声が小さくて聞こえないんだけど」
「し、承知いたしました!」
「ほら、分かったのなら今すぐ言ってきてよ」
「は、はい!」
首がもげてしまうのではないかと思うほど勢いよく頭を下げ、その場から逃げ出すかのように去って行く女官の様子に、キャスリンは甲高い笑い声を上げる。
「あはははは! 見た? あの女官、まるで首がもげそうだったわ!」
そんなキャスリンの様子にロランは眉をピクリとさせてからフンと鼻を鳴らし、紅茶の入ったカップを口元へと傾けた。そうしてコクリと一口飲み込んでから、冷たい声色で呟く。
「キャスリン、ありきたりだの何だの言ってる癖に、さっきからその焼き菓子をバクバク一人で食ってるじゃないか」
「あら、だってもう今日はこれしか無いから、仕方なく食べてるだけよ」
「さっきまでケーキだって食べてたのに、よくそんなに腹に入るな」
ロランは普段から甘い食べ物をあまり口にしない。ただ蜂蜜入りの紅茶さえあれば良いというタチだったので、文句を言いつつも茶菓子をよく食べるキャスリンに呆れているようだ。
「別にいいでしょ。今日は食べたい日なの!」
「そんな事言ってたら、いつかお前の母親みたいにブタになるぞ」
「お母様の事を悪く言ったら許さないわよ! お父様に言いつけてやるから!」
「ハッ! 僕を誰だと思ってるんだ? このラヴァル王国の王子殿下だぞ? いくら宰相だって、手出し出来ないさ」
いつもと同じ猫のじゃれあいのようなやり取りをしているロランとキャスリンを尻目に、アリシアはというと、慌てて去っていく女官が途中で転んだりしないか心配で、その背中を長い時間見守っている。
丸く刈られた茂みの影に彼女の姿が消えるのを確認してから、やっとテーブルへ視線を戻した。
「それにしても、アリシアって変わってるわね。いつまで経っても子どもみたいに小さい身体だし。さっさと大きくなってくれないと、お父様がいつまで経ってもアリシアにかかりきりじゃない」
キャスリンは女官の後ろ姿を見つめていたアリシアに向かってそう言い放つ。
彼女は宰相ジェロムの娘であり、幼い頃から周囲に「才女」として扱われてきた。聡明で、美しく、貴族としての嗜みも完璧……それがキャスリンに対する周囲の評価である。
「小さいのは仕方がないじゃない……」
「何? 城では毎日のようにお父様が付ききっきりで、アリシアが女王になる為の教育をなさっているんでしょう? お父様のように優秀な人に指導されて幸せね」
「別に……私は……指導してもらいたくなんか……」
アリシアは唐突なキャスリンの言葉にすぐ答えを見つけられず、思案している間に思わず本音が口をついて出た。
一瞬、キャスリンの表情が凍りつく。
そして、アリシアが思わず口にしたその言葉が、キャスリンの中にくすぶっていた嫉妬の火を燃え上がらせた。
「……ふふふ」
突然、キャスリンは微笑んだ。 その笑顔に、二人のやり取りを黙って聞いていたロランが少し不思議そうに眉を顰める。
「ねえ、アリシア。あなたって本当に何も知らないのね」
アリシアは一瞬きょとんとした顔をした。
「え……?」
「私の父様が、どれだけあなたに尽くしているか、分かってる?」
キャスリンは、ゆっくりと立ち上がる。
「お父様は、あなたのためにすべてを捧げているのよ。それなのに、あなたは指導して貰いたくないですって? まるで、すべてが当たり前だとでも思っているみたいね」
「そんなつもりじゃ……」
「いいえ、あなたはそういう子よ。何も知らずに、ただ守られることだけが当然だと思ってるのよ」
キャスリンの言葉は、どんどん鋭さを増していく。
「私はね、お父様に認められる為に必死なの。でも、あなたはただ王女というだけで、何も努力しなくてもお父様を独り占め出来る。私がどれだけ頑張っても、あなたには追いつけない……」
アリシアは困惑したように目を伏せた。何と言っていいのか分からずに、唇をキュッと結ぶ。
「キャスリン、落ち着けよ」
辺りに漂う不穏な空気に、席から立ち上がったロランが止めようとしたが、キャスリンはそれを振り払う。
「やめて! もう我慢できないの!」
眦を尖らせたキャスリンは苛立たしげに銀色の前髪を掻き上げて、もう一度大きく息を吐く。
「なぁキャスリン、未来の女王陛下に対して口の聞き方がなってないじゃないか。そもそも、侯爵令嬢のお前なんかより、王子の僕の方が高貴な身分なんだぞ」
ロランは何とかして場の空気を変えようと、わざとそう言ったのかも知れない。
「うるさい! 年下の癖に生意気よ! 黙ってて」
アリシアとロランよりキャスリンは一つ年上だった。それに加えてこの苛烈な性格もあって、アリシアもロランも、昔からなかなかキャスリンには逆らえない。というよりも、キャスリンを怒らせると後々が面倒なので、適当なところで身を引くのが定石だった。
「はいはい、分かりましたよ。僕はもう口を開かないからな」
「ええ、王子殿下。そうしてくださいな」
「チッ……!」
ロランが盛大に舌打ちをし、また紅茶を口に運ぶのをキャスリンは横目で確認する。
幼い頃から幾度となく繰り返されてきた三人の茶会。アリシア以外の二人の気分次第で、その日が楽しい時間になるか、それとも地獄なような時間になるかは雲泥の差だった。
「ねぇアリシア、私のお父様を独り占めしてどんな気持ち? 生まれた時から王女って、本当にいいわよね」
「私は……王女になんか……なりたくなかった……」
「はぁ? ほんっと、あなたって私の癪に触る事ばかり言うのね! そういうところが大っ嫌い!」
やってしまった、そう思った時にはもう遅い。キャスリンはアリシアの髪を引っ張り、頬を叩き、椅子から倒れ込んだ所で蹴飛ばした。
「アンタなんか! アンタなんか……っ、卑しい平民の子の癖に! 何が王女よ! 私の方がよっぽどその座に相応しいんだから!」
王女に対するキャスリンの暴力を、周囲に控えた女官達は止められない。
暴力が王子であるロラン相手ならまた違っていただろうが、虐げられ王女と敏腕宰相の娘では、女官達の判断に迷いを生じさせていた。
テーブルの足元の芝に倒れ込んだアリシアの体や頭を、キャスリンは尖った靴の先で何度も蹴飛ばす。
いくら子どもの力とはいえ、アリシアの頬に食い込んだ靴の飾りが、柔らかな白い肌に一筋の赤い血の道を作った。
「キャスリン! やめろよ! お前、流石にそれはまずいだろ!」
「うるさいっ! うるさい! もう二度とこんな馬鹿げたお茶会なんてしないから!」
これまでに無いほど地獄と化した茶会はこうして幕を下ろし、以降二度と三人での茶会が開かれる事は無かったのだった。
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