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11. いつの間にか芽吹いていた感情(テオバルトside)
しおりを挟む昨日の事が気になり、居ても立っても居られなくなったテオバルトは、「足を運んで慣れろ」とアレクサンドルから命じられてここへ来ているのだと自分に言い聞かせながら、再び王城を訪れた。
しかし、テオバルトの足取りはいつになく重い。王配となる――それは、彼にとっていまだ実感の伴わぬ言葉でしかないのだ。
戦場で命を賭けてきた日々の方がよほど単純で、明快だった。敵と味方がはっきりしていて、勝てば生き、負ければ死ぬ、それだけだ。
テオバルトにとって、アレクサンドルの命令は絶対だった。
逆らえない威厳。「お前が守れ」という言葉を拒むことなどできはしない。それでも、心の奥底ではじわじわと反発心が燻っている。
王族の血も引かぬ身で……いや、この国の血すら引いていない。
そんな自分が女王の隣に立つ資格が本当にあるのか。英雄として誰より強く剣を振るえるという事が、それに足る証になるのかと思考の渦に囚われる。
ふと、テオバルトは足を止めた。
中庭の片隅、色褪せた石畳の脇にしゃがみ込んだ小さな背を見つけた時、ほんの一瞬息を呑んだ。
あの淡い金色の髪と、細い肩に見覚えがあった。アリシアだ。
この国のたった一人の為政者――女王のくせに、女官や護衛一人伴わなずに移動するのは、彼女にとっては当たり前の世界なのだとここ数日で思い知った。
華奢な身体が震えているのに気付き、声を掛けるべきかどうか悩んで、思わず喉から呻き声が漏れた。
目を閉じてみたものの、既に震えるアリシアの姿が目の裏側に焼き付いている。
青い小さな花束を抱いて、声もなく泣いていた姿が。
常に全てを諦めた目をした若き女王。幼い頃から傀儡として生かされ、不憫な人生を強いられている背中は、脆くて今にも壊れてしまいそうだった。
「……畜生」
誰にぶつけるでもない呟きを吐き、テオバルトは拳を握りしめる。自分でもどうしてこんなに苛立っているのか分からない。
(いや、分かってる。分かってるから、余計に腹が立つんだ。あの背中に、涙に、俺は動揺した)
女が泣くのなんて、見慣れてるはずだった。戦場で家族を失った者、恐怖に震える少女、涙を武器にする強かな女もいた。けれど、アリシアのそれは違う。
ただ静かに、誰にも気づかれないように泣いている。誰かに慰めてもらうためじゃない。見せるためでもない。そんな孤独な泣き方があるなんて、テオバルトは知らなかった。
(……こんなもん見せられて、平気でいられるわけないだろ)
アリシアは紛れもなくラヴァル王国の女王だ。多くの民が彼女を月の女神だと讃え、畏敬の念を覚えている。少なくとも、この腐り切った王城の外の人間達は。
(なんで誰も助けてやらない。女王が、あんなにも苦しんでるってのに)
ふと、昨日アリシアが差し出してくれた花を思い出す。小さな、名前も知らない野の花だった。零れ種で育った青い花は、豪華な庭園には相応しくない。
しかし美しさを競うようにしてわざとらしく咲く豪奢な花々よりも、あの頼りない茎を持った青い花は確かな生命を感じさせた。
愛おしげに花を摘み、あんなに緊張した面持ちで真っ直ぐに差し出してきた、真っ白で華奢な手。その手にそっと握られた青い花は、確かに美しかった。
(それを、俺は……)
「……最低だな」
決して拒絶したわけではなかった。ただ、どうすればいいか分からなかったのだ。花なんて、女が男に贈るもんじゃないと無意識に決め付けていたから。
(いや、本当は怖かったんだ)
あれを受け取ったら、何かが変わってしまう気がした。アリシアを「上官命令の対象者」として見られなくなる気がして。
「……くそ、そんなの、とっくに崩れてんのに」
思えば、いつからだったろうか。アリシアに関する事にだけは、心がざわつくようになったのは。
近頃幾度となく訪れる羽目になったこの王城で、アリシアに対して誰かが冷たい視線を向けると苛立ち、手荒な真似をしているのを見れば我慢ならなかった。
「……認めろよ、もう」
花を握る手の震え、諦めたと言い聞かせながらも涙を堪えるあの宝石のような目、どれだけ苦しくても誰にも頼らず、立ち続けようとする小さな背中。
(……惚れちまったんだ、俺は)
怖いものなしのテオバルトも、今すぐ言葉にする勇気はない。それでも確かに芽吹いた、青臭く、くすぐったい感情。
「……はあ、やってらんねぇな」
小さく吐き捨て、テオバルトは歩みを進めた。肩を震わせる女王の元へと。
アリシアの隣に立つ為に、自分は何ができるのか。初めてその答えを探そうとしている自分がいた。
「……らしくねぇが、仕方ないか」
自嘲気味に呟いたその背を、曇り空の隙間から一筋射した陽の光が照らしていた。
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