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13. 婚姻の儀
しおりを挟む月の女神を信仰するのがラヴァル王国の国教であり、その女神の下で執り行われる婚姻の儀は、誰であろうとも大々的な宴など催さず、慎ましやかなものだと決まっている。
それは王族の婚姻に関しても例外はなく、他国のやり方であれば少なくとも一年以上は準備にかかるところを、ラヴァル王国ではほんの二、三カ月しかかからない。
新郎新婦の衣装さえ支度が整えば、王城の近くにある一番大きな教会で大司教の宣言を受けるだけで良いのだ。
そうしてラヴァル王国中に祝福ムードが漂う今日、アリシアとテオバルトの婚姻の儀がしめやかに執り行われた。
月の女神の化身とも言われるアリシアの花嫁姿は誰もが見惚れるほど美しく、珍しくロランでさえも褒め言葉を口にしたほどだ。
アリシアは輝く金の髪を複雑に編み上げ、そこには国花である真っ白な花をいくつも挿している。陶器のような滑らかな肌に似合う白銀色のドレスにも、細かな刺繍が施されており大変見事な物だった。
「集う皆よ聞け! 月の女神様の尊い意思により、ここにラヴァル王国の統治者、アリシア・ル・ ラヴァル女王陛下とテオバルト・ド・ケルン伯爵の婚姻が結ばれた事を宣言する!」
大司教はアリシアとテオバルトの手を取り、教会に集った王族や側近、アレクサンドルや軍の関係者らの前で二人の婚姻を宣言した。
異国ではここで新郎新婦が誓いの口付けなどをするらしいが、ラヴァル王国でそのような習慣はない。
二人が夫婦となった事を参席した者達は大きな拍手で讃え、二階席からは熱心な信者の子ども達や司教達の手によって国花の白い花弁が教会全体に舞い散らされた。
それはとても美しい光景だった。まるで夢の中にいるような、月の女神が住まうと言われる天界かのような光景に、誰もが時を忘れてしまいそうになる。
しかしアリシアだけは儀式の最中ずっと考え事をしていて、心ここに在らずといった様子である。
(こんなに多くの人がこの婚姻を祝福してくれているのに、どうして私はこんなにも寂しく、孤独なのかしら)
亡き先代国王は、それこそ狂おしいほど王妃マリアを愛していた。マリアの命と引き換えに生まれた実の娘アリシアを呪うほどに。
どんな形にせよ、実の両親はお互いに深く愛し合っていたというのは確かだ。だからこそ、周囲から不当な扱いを受けて育ったアリシアも誰かを愛し愛されたいという気持ちが大きい。
たった一人の伴侶……その相手であるテオバルトが、これまでの孤独を癒してくれる存在となってくれるのではないかと、知らず知らずのうちに大きく期待が膨らんでしまうのも仕方がない事だった。
(でも……いくら夫婦と言ったって、テオバルト卿は私を愛しているわけではないもの。上官である叔父様に言われて、仕方なく王配になる道を選んだのだから。私との婚姻は任務の一つのようなもの)
すぐ隣に立つテオバルトの方を見上げる事すら辛い。上官命令とはいえ、アリシアの為に人生を犠牲にしているようなものだ。そして改めてそう思うと、アリシアは鼻の奥がツンと痛むのを覚え、涙がじわりと目頭に溜まった。
ここで泣いてしまえば後でまた宰相にどんな事をされるか分からない。近頃機嫌が良くない王太后にもチクチクと嫌味を言われるだろう。
「陛下、どうしたんです? 大丈夫ですか?」
嗚咽を堪えて震える細い肩に、手袋を嵌めたテオバルトの手が触れる。
(手袋越しなのに……あたたかい……)
今日のテオバルトは儀式用の真っ白な軍服姿が眩しく、褐色の肌と濡れ羽色の髪を引き立てている。普段は無造作に下ろしている前髪も、今日に限ってはしっかりと整髪剤を使って撫でつけられていた。
ここが教会という場所のせいか、それともいつもと違う出で立ちのせいかは分からないけれど、アリシアにはテオバルトがやけに凛々しく見える。
恋というものがどんなものかを知らないアリシアは、理由が分からない気恥ずかしさからテオバルトの顔をまともに見られず、儀式の間中、目が合いそうになる度に視線を逸らせてしまっていた。
だから今テオバルトが一体どんな顔をして自分の肩に触れているのか、怖くて仰ぎ見る事が出来ない。
幸いにも少し離れた所から祝福している参列者からは、テオバルトが美しい花嫁の肩を優しく抱いているようにしか見えなかった。
「陛下?」
「平気です。少し……緊張したみたいで。宣言が無事に終わり、ホッとしただけです」
アリシアの言葉は半分嘘で半分は本当だ。
粗相もなく儀式が終わりに近付き、ホッとしたのは本当の事。
しかし数少ない自分に優しくしてくれた存在であるテオバルトが、少なくない犠牲の上で隣に立っているという事実、その苦しみでアリシア自身も胸を痛めているというのをひた隠している。
声を震わせずに返せた事に、自身が少し驚いていた。けれどその隠し事に、聡いテオバルトは気付いたのかもしれないと恐怖する。嘘つきだと思われたくはない。
結果、アリシアは居た堪れない気持ちになって視線を彷徨わせる事になり、沈黙がふたりの間に落ちた。
まるで、そこだけが空気の密度を変えているかのように、他の誰とも違う距離があった。
宣言の後は夫婦それぞれが居室に戻り、夜まで一人の時間を過ごす。
早く一人になって思い切り泣きたかった。宰相に折檻をされたり、王太后に嫌味を言われたり、亡き父親から呪いのような酷い言葉をかけられたりするよりも、よっぽど今の方が胸が痛い。
どうしてそうなのか、アリシアにも分からなかった。
年齢的にはもう十九、しかしこれまでずっと孤独に身を沈ませてきたアリシアには、恋を知るにはまだ未熟過ぎたのかも知れない。
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