形だけの女王ですが英雄が王配となって溺愛してきます!〜虐げられ姫の幸せな婚姻〜

蓮恭

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32. 凍えた心を溶かす

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 その日、日中の空は鈍く曇っていた。ここのところ暖かかったはずの風はなぜか冷たく、城の中に漂う空気も重苦しい。

 アリシアはまだ調子が戻らない身体を引きずりながら、政務だけはこなさねばならぬと、一日中女王の執務室に籠っていた。
 
 テオバルトの姿をここ数日ほとんど見ていない。

 朝早く出て行き、夜はいつ帰っているのか分からない。寝室はアリシアの不眠を理由に、テオバルトによって数日前から分けられている。

 胸の奥に冷たい鉛が沈んでいく。ぐんと、重く。

 幼い頃、父からの愛を信じて待ち続けた日々。今度こそ抱きしめてくれると信じて、裏切られた記憶。
 ひとりぼっちの、呪われた誕生日。

 それらの記憶が全て、今の自分に重なっているように思える。

(……また、ひとりぼっちになるの?)

 その思考を遮ったのは、扉のノックだった。

「……入って」

 涙声を隠すかのようにぎこちなく言うと、扉がゆっくりと開いた。
 そして現れた――テオバルトが。

「アリシア」

 その声音が、どこか今までと違った。いつものぶっきらぼうで無遠慮な声音ではなく、押し殺したような、沈んだ声。

(まさか……本当に……私の傍を離れようとしているの?)
 
 アリシアの心臓が跳ねる。緊張と不安、でも……どこか微かに――期待。
 すぐに「違う」と言ってほしかった。「お前の傍からは離れない」と。

 でも、テオバルトは何も言わず、無言のままアリシアの前に立った。

「俺の話を、聞いてくれ」

 その言葉に、アリシアは僅かに頷いた。

 二人で真っ暗な空が見える窓辺に並んで立つ。テオバルトは、ゆっくりと語り始めた。
 まずはバジリスク討伐の際の状況をもう一度詳細に。そして、フィガロという男について――宰相の娘であるキャスリンと繋がっているということ。
 
 自らが念入りに調べ上げた他の証拠に関しても全てを語る。フィガロがある時多額の金銭を手に入れたことと、キャスリンの伴侶の立場を約束されていたこと。

「全部あの女に仕組まれてた。十中八九、宰相が黒幕だ。さっきも言ったように、剣に毒を塗ったとかいうのももちろん嘘だ」
「……私は……あなたを信じてる。でも、バジリスクの死体が変色していたって……何人もそれを見たと言うのよ」

 テオバルトの話から、アリシアは彼が自分の傍から離れようとしているのではないのだと理解し、ホッと安心する。
 しかし安心したのも束の間、あの時のフィガロの証言から、テオバルトが毒を使っていないのだとしたら不自然な点があるのを思い出した。

「バジリスクの死体が変色していたのは、魔物の血が反応しやすい金属による偶然の現象でしかない。俺の剣は特注で、そんじょそこらの材料を使っているわけじゃないからな」
「テオバルトの剣を構成する何かが、魔物の血肉に反応して変色を起こしたってこと?」

 段々とアリシアの声に希望が混じってくる。
 
「それ自体はよくある事だが、実際に知る奴は少ない。そもそも、毒なんか使えば魔物の血肉や鱗、毒腺なんかが汚染されちまう。希少な戦利品を無駄にするような馬鹿な真似、わざわざするかよ」

 淡々と語るその声に、いつもの強気なテオバルトの影はなかった。代わりに、深い怒りと哀しみ、そして……どうしようもないほどの罪悪感が滲んでいる。

「でもな、アリシア。俺は……あの日、お前に聞かれた時、即座に否定できなかった。あの時はまだ全部が分かってなかったからじゃねぇ。お前の顔見たら……なんか、うまく言葉が出なくなった」

 言葉を切って、テオバルトは拳を握りしめた。固まりかけていた手のひらの血が再び滲む。

「俺は別にまた英雄になりたいわけじゃない。ただ、お前がまた辛い目に遭うのだけは……許せねぇんだ」

 アリシアの目に、涙が滲む。心の奥で凍っていたものが、少しずつ少しずつ、ひび割れていく。

「……じゃあ、あの時……テオバルトが黙ったのは……私が……あなたを責めたと思って……私のせいで……」
「違ぇよ。『俺』が『お前』を傷付けるのが怖かったんだ。お前が……俺に嘘をつかれたって思って傷付いてるんじゃないかって。そう思ってたのに、あんまり胸が痛くていい言葉が出なかった。悪かったな……」

 その瞬間、何かが弾けたように、アリシアはテオバルトの方へ一歩、近付いた。
 乾いた口元を震わせながら、涙を堪えきれずに呟く。

「ねぇ、どうして……どうして、そんな顔で謝るの……? 私が勝手に傷付いて、勝手に……あなたが私から離れていくんじゃないかって、傍にいるって言葉を……信じきれなくて……それなのに……!」
「お前が疑ったのは俺じゃねぇ。今までずっと、お前を信じてくれなかった大人たちのせいだ。簡単には信じられないように育てられたんだろ」
「でも……でも……」
「それでも、お前は俺を必死に信じようとした。俺が卑怯な奴じゃないって。そこだけは……ちゃんと伝わってた」

 テオバルトの手が、そっとアリシアの頬に触れた。久しぶりのテオバルトの体温は温かかった。その温もりに、アリシアは今回はじめて心の底から湧き上がってくる喜びの涙を溢した。

「……馬鹿。ほんとに、あなたっておかしいわ。どうして、そんなに……私の心の中まで、分かってしまうの……」
「馬鹿だからだろ、きっと。でももうこれからは、絶対にお前を不安にさせたりしない。お前から離れたいとか思うわけない。それをしっかりと、嫌というほど伝えてってやる」

 アリシアの凍えた心が少しずつ、ほどけていく。冷たい霧が晴れていくように。

「ありがとう……テオバルト。あなたが……私の伴侶で良かった」

 そう言って泣き笑いの表情を浮かべたアリシアを、テオバルトは「当然だろう」と鼻を鳴らし、強く抱き締めた。
 
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