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7. カイルは佐々木賢太郎の回
しおりを挟む「カイル……」
その呼び名が、記憶が戻っていないであろう目の前の男には通じる訳がないのに、俺はついそう呟いてしまった。
するとポカンと開いた口元に手をやり、信じられないという風な表情の男は明らかな驚きの声を上げる。
「まさか……思い出したのか……?」
「うん。俺がシャルロッテで……そっちがカイルだろ」
「そうだ。俺がカイルで、お前がシャルロッテ」
あちらではともかく、こちらの世界では表情の動きが乏しいと思っていた男。
それが、口をポカンと開けて心底驚いたような顔をしているのを見ていると、人間らしい表情も出来るんだなと漠然と思った。
それに、お互いの前の名前を呼び合うとくすぐったくておかしな感じがした。
あの世界で、カイルとシャルロッテはとても仲睦まじい夫婦だった。
身分違いで始まった大恋愛は、色々あったけれどいつもカイルが愛するシャルロッテを守り抜く。
シャルロッテも、カイルの為に身分を捨ててあの丸太小屋で共に生きた。
胸の真ん中がまた痛み始める。キュウっとした引き攣れるような痛みとジンジンする痛み。そしてほんのり温かな何か。
(この感覚は何なんだろう? だけど……)
温かさが失われ、底冷えのする冬に放り出されたようにスウッと冷静になる。
異世界で夫婦だった俺とこの男、しかし今では紛れもなく男同士だ。神様は何を思って俺達にこんな酷い仕打ちをするのだろう。俺はこの目の前の男に対して、確かに常識では測れない感情を抱いているのに。
ふと男の胸にある名札には、今日まさに探していた苗字が書かれてあるのに気付く。
山岳部に入ったという、ダイの友達の名前だ。
「佐々木……、賢太郎?」
まさか、まさかな。佐々木なんていう苗字は何人もいるだろうし。そう思いながらも口にしてしまった名前に、目の前の男は大きく反応する。
「ああ、佐々木賢太郎だよ」
あの異世界の丸太小屋でシャルロッテに向けて穏やかに笑いかけたように、フワリと優しく微笑んだ男は何故か少し涙ぐんでいた。
「……何で泣いてるんだ?」
「やっと俺のことを思い出してくれて、嬉しかったから」
(そうか、カイルの方が先に思い出していたのか。それじゃあもしかして、あの時も?)
「もしかして、あのアウトドアショップで俺にフェルネのマウンテンパーカーを譲ってくれた時も?」
「ああ、お前は俺のことを覚えていないようだったから」
「……ごめん」
あの時どこかで会ったことがあるような気がしたのは、勘違いじゃなかったんだ。もしかしたらあの時の少し無愛想な顔は、俺が覚えていない事に対する怒りだったのかも知れない。
「それで、えーっと。佐々木……は何で保健室に?」
「覚えてないのか? お前が倒れた時、俺はすぐ後ろで走ってたんだよ」
「あ、そうなのか。あの時は気分が悪くてほとんど覚えてなくて。佐々木が助けてくれたのか?」
「ああ、運動は苦手なはずなのに無理してるんじゃないのかって思ってたら、案の定目の前で倒れたから驚いた」
そうか俺は他の部員より周回遅れだったけど、遅れて部活に来た佐々木は俺の後から走ってたのか。それにしても、何故かすごく照れ臭くて佐々木の方をまともに見られない。居心地の悪さを感じて、とりあえずは真っ白なシーツの掛けられた掛布団の表面をじっと見つめていた。
「もしかして、名前……、呼んだ?」
「名前?」
「俺、倒れる前に誰かに名前呼ばれた気がして……」
心臓は相変わらずドクドクとうるさいぐらいに震えていたけど、俺は勇気を出して顔をグッと上げた。佐々木はあの切長の目で、またこちらを射抜くように真っ直ぐに見ている。
俺も負けじと佐々木の目を見つめて、でもやっぱり照れ臭さが勝ってしまったので、そうっと視線を下げてスッとした鼻筋を眺めていた。
「呼んだよ」
「そっかぁ。……あ、遅くなったけど迷惑かけてごめん。助けてくれてありがとう、佐々木」
俺が迷惑をかけた事に対する謝罪と礼を述べたのに、何が気に入らないのか佐々木は黙ってしまった。
気まずい沈黙に耐えきれなくなった俺は、ベッドから脚を下ろして自分の靴を探す。ベッドサイドには靴は見当たらず、首を傾げながらキョロキョロしていると、やっと佐々木が口を開いた。
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