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第二章 《第一部》ヒーラー 王国篇
第15話 「胸に秘めた想い(物理)」
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ワイバーンの討伐を終え、ミスタリス王国へと戻った俺たちは、またあの無駄に広い部屋で一息ついていた。
“また”と言っても、まだ二回目だけど。
天井がやたらと高く、壁には豪華な装飾が施されている。王族の権威を示すための部屋なのかもしれないが、俺たちにはただ広すぎて落ち着かない場所だった。
「……疲れたぁ」
俺はソファに身を沈めながら、ぐったりとした声を漏らす。こうして気を抜くのはいいもんだなぁ。
「アスフィも疲れるんだね」
俺達はソファに座ってそんな会話をしていた。俺の『ヒール』はケガだけでなく気持ちや疲れなんかも癒せる。それはレイラの吐き気で実証済みだ。俺が今『ヒール』で回復できる実証済みのものは、
・『ケガ』
・『精神的なものの疲れ(気持ち)』
・『疲れ(スタミナ)』
・『眠気』
・『魔力』
・『エルザの左腕』
こんな所だろう。最後のは『ハイヒール』ではあるが、あまり変わらない。
眠気に関しては、エルザパパとの初対面の時にこっそり自身に使ってみた。半信半疑ではあったがしっかりと効果があった。
あの時、レイラに眠気があり俺になかったのはその為だ。そして、魔力だ。本来魔法とは魔力を消費することになる。
それはどの魔法使いも例外ではない。しかし、俺の場合は魔力さえも『ヒール』で回復できる。
魔力を消費し『ヒール』を発動。消費した魔力以上に魔力を回復する。
プラマイゼロどころか、むしろプラスになる。
この通り俺は大抵のものは回復できることが分かった。
母の『呪い』を除いて……。そして俺はこの回復の多用について悩んでいた。
このままだと俺はやろうと思えば寝ずに活動する事もできる。そうなってしまえば人間ではなくなる気がした。
【よく言うね。人間じゃないじゃないか】
(またか。誰だお前は)
……当然返事は無い。
「……はぁ……僕もう寝るよ」
俺はソファから立ち上がり、重い体を引きずるように寝室へ向かおうとした。討伐の疲れもあるし、正直、風呂に入る気力すら残っていない。
「アスフィ、お風呂入らないの?」
レイラの声が背後から聞こえたが、俺は軽く手を振って応える。
「ああ、もう疲れ……待って。レイラこそ入らないの?」
ふと気になって聞き返すと、レイラは欠伸を噛み殺しながら答えた。
「レイラも疲れた……もう寝るね」
その言葉に、俺は一瞬固まった。
色々悩んでいて、すっかり忘れていた。俺が早く帰ろうとしていた理由を。
「……アスフィ?なんで?」
レイラが怪訝そうに首を傾げる。俺は少し焦りながら、なんとか言葉を繋げた。
「い、いやだって女の子だし。今回はレイラも結構頑張ったでしょ?汚れたまま寝ると衛生的にも悪いからさ!」
強引な理屈だったが、レイラは少し考えた後、素直に頷いた。
「……アスフィがそういうなら分かった。入る」
ホッと胸を撫で下ろす。
「うん。行ってらっしゃい」
俺は少し安堵しながらレイラを見送った。
……危ない、完全に忘れてた。
俺が早く帰ろうとした理由。それは――
……そうだ。今日こそ俺はレイラの胸を見るんだ。
今までの戦いの疲れも、迷いも、すべて吹き飛んだ。
俺はこのために、いや、この瞬間のために頑張ってきたと言っても過言ではない。ワイバーン討伐?魔力回復?そんなものは些細なことだ。今、この部屋で最も重要なのは――レイラが風呂に入るという事実。
レイラが浴室へと向かうのを見送りながら、俺は内心ガッツポーズを決めた。
「……ふふ、ついにこの時が」
思わずニヤつくのを抑えながら、俺はそっと部屋を出る。
問題はどうやって見るかだ。
正攻法は無理だ。さすがに堂々と「一緒に入ろう」と言えるほどの勇気はないし、万が一、変態扱いされてしまったら今後の関係に致命的なダメージを与えかねない。
となると、策が必要だ。俺は慎重に作戦を練る。
目標:レイラの胸を見る
手段:未定
ここまで計画したはいいものの、実行に移すにはまだ決定打がない。だが、こういう時こそ冷静な判断が求められる。
ごめんよ、レイラ。
俺は決して邪な気持ちだけで動いているわけじゃない。いや、邪な気持ちが全くないと言えば嘘になるが、それ以上に、これは俺への正当な報酬だ。
扉の前で待機し、シャワーの音が聞こえたらすぐ帰ってくる。
至ってシンプルな作戦だが、成功率は高いはずだ。無駄なリスクを冒す必要はない。俺は慎重に、そして確実に成果を得る道を選ぶ。
俺はここ最近、本当に頑張ったと思う。ワイバーン討伐、旅の疲れ、精神的ストレス……全部ひっくるめて、俺は文句なしに努力した。その努力が報われる瞬間が、今、目の前にある。
俺にはご褒美が必要だと思う。
そうして部屋を出ようと、部屋の扉を開けた瞬間――
「やあ!アスフィ……来ちゃった」
最悪のタイミングで、空気の読めないお嬢様が来客に来た。
まるで俺の邪念を察知したかのような絶妙なタイミングに、俺は一瞬で冷や汗をかいた。いや、本当に何でここに来るんだよ……。
「どちら様ですか?……そういうの要らないので。では」
俺は即座に扉を閉めようとした。今はそれどころじゃないんだ。俺にはミッションがあるんだからな!
……だが、その試みはあっさりと阻まれた。
お嬢様はガシッと扉を掴み、そのままびくともしない。
流石、S級馬鹿力お嬢様。 俺の力ごときでは、この扉を閉めることなど到底できない。
「おいおい!つれないではないか!私たちの仲だろう?それに大歓迎と言っていたではないか!!」
「してない!」
俺は即座に否定する。だが、お嬢様はにっこりと満面の笑みを浮かべたまま、全く動じる気配がない。
「そんな冷たいことを言うな!私はわざわざ会いに来たのだぞ!」
「だから帰れって!」
今はそれどころじゃないんだよ!!シャワーの音が聞こえている今、この時間は俺にとって何よりも貴重な時間なんだ!
いや確かに大歓迎だったけど今じゃないの!今先約が入ってるからその次に……ってこんな事をしてる場合じゃない。どうにかこのお嬢様を追い出さなければ、レイラをゆっくり堪能出来ない!
「今ちょっとレイラの具合が悪くてね。また今度お願いするよ」
俺はできるだけ自然な笑顔を作りながら、そう言った。
頼む……納得して帰ってくれ……!
お嬢様は一瞬考え込んだ後、「うむ、なんだそうだったのか……それは残念だ……」と呟いた。
よし、このまま帰ってくれ――
「……ん?」
だが、お嬢様は急に耳をすませるような仕草をした。
「シャワーの音がするが、具合が悪いのにレイラは風呂に入っているのか?」
くそっ、余計なところに気づきやがった!!
「え?あ、ああそう!シャワー浴びたら元気出るかも……ってね」
苦し紛れに答えたが、お嬢様の鋭い目が俺を見つめる。
「ふむ……シャワーを浴びれるくらいなら大丈夫だな!」
嫌な予感がする。
「お邪魔する!!」
「ちょっ……!?いや、それは!!」
俺が慌てて止めようとするも、S級馬鹿力お嬢様はあっさりと俺を押しのけ、部屋の中へとずかずかと入っていった。
終わった……俺のミッションが……!!
「おおー!これはなかなかにいい部屋を貰ったではないか!」
お嬢様――エルザは、興味深そうに部屋の中を見回しながら豪快に歩き回る。
「私もここに住もうか……」
やめろ、それだけはやめてくれ!!
だが、そんな俺の心の声を無視するように、エルザはふと足を止め、じっと浴室の方を見つめた。
「……うん?おいアスフィ――」
俺は既に嫌な予感しかしなかったが、一応返事をする。
「なんだい?」
エルザは俺を指差し、眉をひそめながら言った。
「レイラが丸見えだぞ」
「そうだね」
「丸見えなのに鼻歌を歌っているぞ」
「……そうだね」
「……これはパパに相談しないと。不埒だ」
待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
やめてくれ!部屋を変えるとか、そんなこと言わないよね!?
「ねぇエルザ?こんな言葉を知っているかい?」
俺はできる限り冷静に、落ち着いた口調で話しかける。
「なんだ?」
「それは言うだけ野暮ってもんだよ?」
エルザは目を細め、じっと俺を見つめる。
「……レイラは知っているのか?」
俺は自信満々に頷き、浴室を指差した。
「もちろん!だってほら!」
俺の指差す先――浴室の中では、無防備なレイラが鼻歌を歌いながら、まったく気にする様子もなくシャワーを浴びていた。
「レイラは僕たちに気づいていないだろう?あんなにもガラス張りなのに!」
俺は必死にエルザを説得しようとする。
「うーん、それは曇っているからではないのか?」
エルザは腕を組み、少し考え込んだ。だが、俺はすかさず言い返す。
「曇っていても見えるものだよ、普通は」
「たしかに」
エルザは納得したように頷く。よし、いい流れだ。
「つまり、レイラも承知の上なのさ!」
俺は断言するように言い切った。
「……そう、なのか。私が変なのか?」
エルザは少し困惑した表情を浮かべる。
「そうだよ!世間をもっと知ろう?ね?エルザ」
俺は必死だった。部屋を変えるなんて言われたら、たまったもんじゃない。
そんなことになったら、俺はもうレイラの裸体を見ることができなくなる。
実はこのシャワー室、内側からは見えなくなっている。
外側からはめちゃくちゃ見えるのに、内側からはまったく外が見えない。
逆マジックミラー仕様なのだ。何故こんな部屋があるのかはともかく、
つまり、今のレイラは俺たちがここにいることに気づいていない。
そんな奇跡のような状況を、エルザの軽率な一言でぶち壊されるわけにはいかない!!
俺は満面の笑みを浮かべながら、内心で祈るような気持ちで彼女を見つめた。
「……しかしレイラは私より年下なのに、かなり大きいな」
エルザはガラス張りの向こうのレイラをまじまじと見つめながら、感慨深げに呟いた。
「でしょ!?凄いよね~ほんと、びっくりだようん」
俺も同意しながら、内心ではエルザが共感してくれたことに少し喜んでいた。
もちろん、エルザだって悪くはない。いや、むしろ十分に素晴らしい。だが――レイラの胸は、それ以上だ。
規格外。
この世には、圧倒的な存在というものがある。レイラのそれは、まさにその領域に達している。
エルザは、じっとシャワー室の方を見つめながら、少し首を傾げた。
「だが、ここまで近づいていても気づかないものなのか」
「……そうだね。レイラはお風呂に入ってる時、集中するタイプだからね」
俺は適当なことを言いながら、内心で冷や汗をかく。エルザが余計なことをしないよう、慎重に誘導しなければならない。
だが――
「でも、こんなに手を振っても気づかないものなのか……どれ、一度声でも掛けて――」
――ヤバい!!!!
「――エルザ!それは良くない!!」
俺は即座にエルザの肩を掴み、全力で引き止めた。
「シャワー中に声をかけると、レイラ物凄くキレるんだよ!!」
エルザの表情がピクリと強張る。
「そ、そうなのか……せっかく友になれたのに、嫌われたくはないな……うむ、やめておこう」
セーフ!!!
俺は心の中でガッツポーズを決めた。危なかった……本当に危なかった……。
もしエルザが声をかけていたら、レイラは確実に気づき、俺たちはこの部屋から追放されるどころか、もっと酷い目に遭っていたかもしれない。
だが、俺はまだ生きている。この奇跡の時間を、まだ楽しめる……!
「……で、何しに来たのさエルザ」
「何って遊びに来たのだ。アスフィが来てもいいと言ったのだろう?」
一国の王がなにしてるんだよ。メイドさんたちセキュリティ甘すぎだ!
もしくはエルザパパが甘やかして黙認しているのか……。いや誘ったの俺だけど今じゃないんだよなぁ。
「今日は帰ってくれない?」
「えー!せっかく来たのにそれはないだろう!」
「一応僕より歳上だよね?一応!年下のお願いは聞くもんだよ?エルザ」
「一応とは何だ!むしろ年上の言うことは聞いて欲しいものだな!」
たしかにエルザは身長も胸も大きい。故に見た目で言えば大人と言うのはわかる。
実際俺達も十五とは思っていなかったしな。もう少し上だと思っていた。
だけど、精神年齢がそれに伴っていないんだよなぁ。
「……アスフィ、君がそう言うなら私は切り札をだす」
「な、なんだよ切り札って」
「アスフィ・シーネットよ!我、女王エルザ・スタイリッシュが命ず!……私と遊べ!」
うわ汚ねぇー!!ただ遊ぶだけで王の権力使ってきやがったこの女王!
私情でそんなん使うとか卑怯だろ!
「おい!それは汚いぞ!」
「なんとでも言うがいい!さぁ早く私と遊ぼう!」
「……なら僕も切り札を出す」
「なんだ?言ってみろ」
「エルザのパパを呼ぶ」
「構わない。パパにはちゃんと友達と遊んでくると伝えてある」
やっぱりあの父親黙認どころか容認していたのかよ!
娘にとことん甘いなあの父親!!
「……はぁ、もう分かったよ。僕の負けでいいよ」
俺は深いため息をつきながら、ついに降参を宣言した。エルザは勝ち誇ったように笑い、満足げに頷く。
「よし!ならゲームをしよう。最近庶民の間で流行っているというゲームだ。一度やってみたくてな」
「なんて言うゲームなの?」
俺は警戒しながら尋ねる。それにエルザは胸を張って堂々と宣言した。
「王様ゲームというやつだ!」
――終わってる。
「一人でやってろっ!!」
俺は即座に拒否し、エルザを部屋から追い出そうとした。
だが――
この後、レイラがシャワーから出てきて、俺たちは正座をさせられた。レイラの視線が突き刺さる。冷えた髪をタオルで拭きながら、無言の圧力をかけてくる。俺もエルザも、何も言い訳できずに正座をしながら、ただひたすらお説教を食らう羽目になった。
そして――
案の定、しばらく口を聞いてもらえなかった。
***
「……ねぇレイラ……ごめんって」
俺は申し訳なさそうにレイラへと声をかけた。だが、レイラは腕を組んでそっぽを向いたまま、返事をしてくれない。
その横で、エルザは豪快に笑いながら俺の肩を叩く。
「ハッハッハ!アスフィも馬鹿なヤツだ!不埒なことを考えるから悪い!」
こいつ……他人事みたいに言いやがって……!!
「エルザのせいだよ!このバカ女王!」
俺は即座に反論するが、エルザは目を丸くし、驚いたように俺を見た。
「な!?不敬ぞ!」
「うるさい!そもそもお前が部屋に押し入ってこなければ、こんなことには――」
「………二人とも黙って」
レイラの冷たい一言が、俺たちの言い争いをピタリと止めた。
俺もエルザも、直感的に "これはやばい" と思い、即座に頭を下げる。
「「ごめんなさい」」
完敗だった。
“また”と言っても、まだ二回目だけど。
天井がやたらと高く、壁には豪華な装飾が施されている。王族の権威を示すための部屋なのかもしれないが、俺たちにはただ広すぎて落ち着かない場所だった。
「……疲れたぁ」
俺はソファに身を沈めながら、ぐったりとした声を漏らす。こうして気を抜くのはいいもんだなぁ。
「アスフィも疲れるんだね」
俺達はソファに座ってそんな会話をしていた。俺の『ヒール』はケガだけでなく気持ちや疲れなんかも癒せる。それはレイラの吐き気で実証済みだ。俺が今『ヒール』で回復できる実証済みのものは、
・『ケガ』
・『精神的なものの疲れ(気持ち)』
・『疲れ(スタミナ)』
・『眠気』
・『魔力』
・『エルザの左腕』
こんな所だろう。最後のは『ハイヒール』ではあるが、あまり変わらない。
眠気に関しては、エルザパパとの初対面の時にこっそり自身に使ってみた。半信半疑ではあったがしっかりと効果があった。
あの時、レイラに眠気があり俺になかったのはその為だ。そして、魔力だ。本来魔法とは魔力を消費することになる。
それはどの魔法使いも例外ではない。しかし、俺の場合は魔力さえも『ヒール』で回復できる。
魔力を消費し『ヒール』を発動。消費した魔力以上に魔力を回復する。
プラマイゼロどころか、むしろプラスになる。
この通り俺は大抵のものは回復できることが分かった。
母の『呪い』を除いて……。そして俺はこの回復の多用について悩んでいた。
このままだと俺はやろうと思えば寝ずに活動する事もできる。そうなってしまえば人間ではなくなる気がした。
【よく言うね。人間じゃないじゃないか】
(またか。誰だお前は)
……当然返事は無い。
「……はぁ……僕もう寝るよ」
俺はソファから立ち上がり、重い体を引きずるように寝室へ向かおうとした。討伐の疲れもあるし、正直、風呂に入る気力すら残っていない。
「アスフィ、お風呂入らないの?」
レイラの声が背後から聞こえたが、俺は軽く手を振って応える。
「ああ、もう疲れ……待って。レイラこそ入らないの?」
ふと気になって聞き返すと、レイラは欠伸を噛み殺しながら答えた。
「レイラも疲れた……もう寝るね」
その言葉に、俺は一瞬固まった。
色々悩んでいて、すっかり忘れていた。俺が早く帰ろうとしていた理由を。
「……アスフィ?なんで?」
レイラが怪訝そうに首を傾げる。俺は少し焦りながら、なんとか言葉を繋げた。
「い、いやだって女の子だし。今回はレイラも結構頑張ったでしょ?汚れたまま寝ると衛生的にも悪いからさ!」
強引な理屈だったが、レイラは少し考えた後、素直に頷いた。
「……アスフィがそういうなら分かった。入る」
ホッと胸を撫で下ろす。
「うん。行ってらっしゃい」
俺は少し安堵しながらレイラを見送った。
……危ない、完全に忘れてた。
俺が早く帰ろうとした理由。それは――
……そうだ。今日こそ俺はレイラの胸を見るんだ。
今までの戦いの疲れも、迷いも、すべて吹き飛んだ。
俺はこのために、いや、この瞬間のために頑張ってきたと言っても過言ではない。ワイバーン討伐?魔力回復?そんなものは些細なことだ。今、この部屋で最も重要なのは――レイラが風呂に入るという事実。
レイラが浴室へと向かうのを見送りながら、俺は内心ガッツポーズを決めた。
「……ふふ、ついにこの時が」
思わずニヤつくのを抑えながら、俺はそっと部屋を出る。
問題はどうやって見るかだ。
正攻法は無理だ。さすがに堂々と「一緒に入ろう」と言えるほどの勇気はないし、万が一、変態扱いされてしまったら今後の関係に致命的なダメージを与えかねない。
となると、策が必要だ。俺は慎重に作戦を練る。
目標:レイラの胸を見る
手段:未定
ここまで計画したはいいものの、実行に移すにはまだ決定打がない。だが、こういう時こそ冷静な判断が求められる。
ごめんよ、レイラ。
俺は決して邪な気持ちだけで動いているわけじゃない。いや、邪な気持ちが全くないと言えば嘘になるが、それ以上に、これは俺への正当な報酬だ。
扉の前で待機し、シャワーの音が聞こえたらすぐ帰ってくる。
至ってシンプルな作戦だが、成功率は高いはずだ。無駄なリスクを冒す必要はない。俺は慎重に、そして確実に成果を得る道を選ぶ。
俺はここ最近、本当に頑張ったと思う。ワイバーン討伐、旅の疲れ、精神的ストレス……全部ひっくるめて、俺は文句なしに努力した。その努力が報われる瞬間が、今、目の前にある。
俺にはご褒美が必要だと思う。
そうして部屋を出ようと、部屋の扉を開けた瞬間――
「やあ!アスフィ……来ちゃった」
最悪のタイミングで、空気の読めないお嬢様が来客に来た。
まるで俺の邪念を察知したかのような絶妙なタイミングに、俺は一瞬で冷や汗をかいた。いや、本当に何でここに来るんだよ……。
「どちら様ですか?……そういうの要らないので。では」
俺は即座に扉を閉めようとした。今はそれどころじゃないんだ。俺にはミッションがあるんだからな!
……だが、その試みはあっさりと阻まれた。
お嬢様はガシッと扉を掴み、そのままびくともしない。
流石、S級馬鹿力お嬢様。 俺の力ごときでは、この扉を閉めることなど到底できない。
「おいおい!つれないではないか!私たちの仲だろう?それに大歓迎と言っていたではないか!!」
「してない!」
俺は即座に否定する。だが、お嬢様はにっこりと満面の笑みを浮かべたまま、全く動じる気配がない。
「そんな冷たいことを言うな!私はわざわざ会いに来たのだぞ!」
「だから帰れって!」
今はそれどころじゃないんだよ!!シャワーの音が聞こえている今、この時間は俺にとって何よりも貴重な時間なんだ!
いや確かに大歓迎だったけど今じゃないの!今先約が入ってるからその次に……ってこんな事をしてる場合じゃない。どうにかこのお嬢様を追い出さなければ、レイラをゆっくり堪能出来ない!
「今ちょっとレイラの具合が悪くてね。また今度お願いするよ」
俺はできるだけ自然な笑顔を作りながら、そう言った。
頼む……納得して帰ってくれ……!
お嬢様は一瞬考え込んだ後、「うむ、なんだそうだったのか……それは残念だ……」と呟いた。
よし、このまま帰ってくれ――
「……ん?」
だが、お嬢様は急に耳をすませるような仕草をした。
「シャワーの音がするが、具合が悪いのにレイラは風呂に入っているのか?」
くそっ、余計なところに気づきやがった!!
「え?あ、ああそう!シャワー浴びたら元気出るかも……ってね」
苦し紛れに答えたが、お嬢様の鋭い目が俺を見つめる。
「ふむ……シャワーを浴びれるくらいなら大丈夫だな!」
嫌な予感がする。
「お邪魔する!!」
「ちょっ……!?いや、それは!!」
俺が慌てて止めようとするも、S級馬鹿力お嬢様はあっさりと俺を押しのけ、部屋の中へとずかずかと入っていった。
終わった……俺のミッションが……!!
「おおー!これはなかなかにいい部屋を貰ったではないか!」
お嬢様――エルザは、興味深そうに部屋の中を見回しながら豪快に歩き回る。
「私もここに住もうか……」
やめろ、それだけはやめてくれ!!
だが、そんな俺の心の声を無視するように、エルザはふと足を止め、じっと浴室の方を見つめた。
「……うん?おいアスフィ――」
俺は既に嫌な予感しかしなかったが、一応返事をする。
「なんだい?」
エルザは俺を指差し、眉をひそめながら言った。
「レイラが丸見えだぞ」
「そうだね」
「丸見えなのに鼻歌を歌っているぞ」
「……そうだね」
「……これはパパに相談しないと。不埒だ」
待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
やめてくれ!部屋を変えるとか、そんなこと言わないよね!?
「ねぇエルザ?こんな言葉を知っているかい?」
俺はできる限り冷静に、落ち着いた口調で話しかける。
「なんだ?」
「それは言うだけ野暮ってもんだよ?」
エルザは目を細め、じっと俺を見つめる。
「……レイラは知っているのか?」
俺は自信満々に頷き、浴室を指差した。
「もちろん!だってほら!」
俺の指差す先――浴室の中では、無防備なレイラが鼻歌を歌いながら、まったく気にする様子もなくシャワーを浴びていた。
「レイラは僕たちに気づいていないだろう?あんなにもガラス張りなのに!」
俺は必死にエルザを説得しようとする。
「うーん、それは曇っているからではないのか?」
エルザは腕を組み、少し考え込んだ。だが、俺はすかさず言い返す。
「曇っていても見えるものだよ、普通は」
「たしかに」
エルザは納得したように頷く。よし、いい流れだ。
「つまり、レイラも承知の上なのさ!」
俺は断言するように言い切った。
「……そう、なのか。私が変なのか?」
エルザは少し困惑した表情を浮かべる。
「そうだよ!世間をもっと知ろう?ね?エルザ」
俺は必死だった。部屋を変えるなんて言われたら、たまったもんじゃない。
そんなことになったら、俺はもうレイラの裸体を見ることができなくなる。
実はこのシャワー室、内側からは見えなくなっている。
外側からはめちゃくちゃ見えるのに、内側からはまったく外が見えない。
逆マジックミラー仕様なのだ。何故こんな部屋があるのかはともかく、
つまり、今のレイラは俺たちがここにいることに気づいていない。
そんな奇跡のような状況を、エルザの軽率な一言でぶち壊されるわけにはいかない!!
俺は満面の笑みを浮かべながら、内心で祈るような気持ちで彼女を見つめた。
「……しかしレイラは私より年下なのに、かなり大きいな」
エルザはガラス張りの向こうのレイラをまじまじと見つめながら、感慨深げに呟いた。
「でしょ!?凄いよね~ほんと、びっくりだようん」
俺も同意しながら、内心ではエルザが共感してくれたことに少し喜んでいた。
もちろん、エルザだって悪くはない。いや、むしろ十分に素晴らしい。だが――レイラの胸は、それ以上だ。
規格外。
この世には、圧倒的な存在というものがある。レイラのそれは、まさにその領域に達している。
エルザは、じっとシャワー室の方を見つめながら、少し首を傾げた。
「だが、ここまで近づいていても気づかないものなのか」
「……そうだね。レイラはお風呂に入ってる時、集中するタイプだからね」
俺は適当なことを言いながら、内心で冷や汗をかく。エルザが余計なことをしないよう、慎重に誘導しなければならない。
だが――
「でも、こんなに手を振っても気づかないものなのか……どれ、一度声でも掛けて――」
――ヤバい!!!!
「――エルザ!それは良くない!!」
俺は即座にエルザの肩を掴み、全力で引き止めた。
「シャワー中に声をかけると、レイラ物凄くキレるんだよ!!」
エルザの表情がピクリと強張る。
「そ、そうなのか……せっかく友になれたのに、嫌われたくはないな……うむ、やめておこう」
セーフ!!!
俺は心の中でガッツポーズを決めた。危なかった……本当に危なかった……。
もしエルザが声をかけていたら、レイラは確実に気づき、俺たちはこの部屋から追放されるどころか、もっと酷い目に遭っていたかもしれない。
だが、俺はまだ生きている。この奇跡の時間を、まだ楽しめる……!
「……で、何しに来たのさエルザ」
「何って遊びに来たのだ。アスフィが来てもいいと言ったのだろう?」
一国の王がなにしてるんだよ。メイドさんたちセキュリティ甘すぎだ!
もしくはエルザパパが甘やかして黙認しているのか……。いや誘ったの俺だけど今じゃないんだよなぁ。
「今日は帰ってくれない?」
「えー!せっかく来たのにそれはないだろう!」
「一応僕より歳上だよね?一応!年下のお願いは聞くもんだよ?エルザ」
「一応とは何だ!むしろ年上の言うことは聞いて欲しいものだな!」
たしかにエルザは身長も胸も大きい。故に見た目で言えば大人と言うのはわかる。
実際俺達も十五とは思っていなかったしな。もう少し上だと思っていた。
だけど、精神年齢がそれに伴っていないんだよなぁ。
「……アスフィ、君がそう言うなら私は切り札をだす」
「な、なんだよ切り札って」
「アスフィ・シーネットよ!我、女王エルザ・スタイリッシュが命ず!……私と遊べ!」
うわ汚ねぇー!!ただ遊ぶだけで王の権力使ってきやがったこの女王!
私情でそんなん使うとか卑怯だろ!
「おい!それは汚いぞ!」
「なんとでも言うがいい!さぁ早く私と遊ぼう!」
「……なら僕も切り札を出す」
「なんだ?言ってみろ」
「エルザのパパを呼ぶ」
「構わない。パパにはちゃんと友達と遊んでくると伝えてある」
やっぱりあの父親黙認どころか容認していたのかよ!
娘にとことん甘いなあの父親!!
「……はぁ、もう分かったよ。僕の負けでいいよ」
俺は深いため息をつきながら、ついに降参を宣言した。エルザは勝ち誇ったように笑い、満足げに頷く。
「よし!ならゲームをしよう。最近庶民の間で流行っているというゲームだ。一度やってみたくてな」
「なんて言うゲームなの?」
俺は警戒しながら尋ねる。それにエルザは胸を張って堂々と宣言した。
「王様ゲームというやつだ!」
――終わってる。
「一人でやってろっ!!」
俺は即座に拒否し、エルザを部屋から追い出そうとした。
だが――
この後、レイラがシャワーから出てきて、俺たちは正座をさせられた。レイラの視線が突き刺さる。冷えた髪をタオルで拭きながら、無言の圧力をかけてくる。俺もエルザも、何も言い訳できずに正座をしながら、ただひたすらお説教を食らう羽目になった。
そして――
案の定、しばらく口を聞いてもらえなかった。
***
「……ねぇレイラ……ごめんって」
俺は申し訳なさそうにレイラへと声をかけた。だが、レイラは腕を組んでそっぽを向いたまま、返事をしてくれない。
その横で、エルザは豪快に笑いながら俺の肩を叩く。
「ハッハッハ!アスフィも馬鹿なヤツだ!不埒なことを考えるから悪い!」
こいつ……他人事みたいに言いやがって……!!
「エルザのせいだよ!このバカ女王!」
俺は即座に反論するが、エルザは目を丸くし、驚いたように俺を見た。
「な!?不敬ぞ!」
「うるさい!そもそもお前が部屋に押し入ってこなければ、こんなことには――」
「………二人とも黙って」
レイラの冷たい一言が、俺たちの言い争いをピタリと止めた。
俺もエルザも、直感的に "これはやばい" と思い、即座に頭を下げる。
「「ごめんなさい」」
完敗だった。
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この度ついに完結しました。
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(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
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強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
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小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
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(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
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