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第四章 《第一部》ヒーラー 模索篇
第55話 「水の都最終決戦 Ⅰ」
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アイリスのホームで賑やかにゲームをすると思っていた。
だが、それはエルザの命令により全てがひっくり返された。
何か楽しいひとときが始まるはずだった。軽やかな空気が流れ、心が少し緩んでいたのに――たった一言で、すべてが崩れた。
『エルザさん、やはりわたくしの天敵はあなただと思っていました』
「……何を隠しているアイリス」
『『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』……彼らは神の被害者……』
頭の中でその言葉が何度も反響する。「被害者」という言葉が、妙に引っかかる。彼らの行いを知っているからこそ、その単語には違和感しか感じなかった。
「被害者……?あいつらが?」
エルザの視線は鋭さを増し、問いかけた声には怒りが滲んでいる。彼女の脳裏には、これまで『ユピテル』が行ってきた非道な所業が浮かんでいた。無差別な呪いの付与、無辜の人々への残虐な攻撃。それを「被害者」と片付けるにはあまりにも矛盾している。
エルザは自分の感情を抑えきれず、腰に携えていた剣へとゆっくり手を伸ばした。冷たい鞘に触れる指先にはわずかな震えがある。それは怒りか、それとも迷いか。
「……彼らが被害者なら、一体どんな理由があったと言うのだ」
そう呟く声には、冷静さを取り戻そうとする意思が込められていた。だが、その瞳には依然として戦士としての覚悟が宿っている。
『わたくし達神は、あらゆるモノを創造してきました。それはこの世界も同じこと』
この世界……これが神の作った盤面だというのか?だとしたら、やはり俺たち人類もまた神に作られた創造物……?
この『水の都フィルマリア』にいる者達と同様に。
『神は皆退屈していたのですよ……?王として国を治めていたエルザさんならこの気持ちがお分かりでしょう?』
「……」
『フフッだんまりですか……それもまた面白い』
アイリスはニヤリと笑う。
確かに城に居たエルザは退屈そうだった。だからよく、俺とレイラの部屋に忍び込んでいた。アイリスはそれを言いたいのだろう。
「おい、アイリス。結局『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』は……あいつらは何者なんだ?」
俺はアイリスに問う。自分の中で答えを出せない疑問が、気持ちを押し潰しそうになっていた。これまで目にしてきた、あの集団の行い。呪い、破壊、無差別な暴力。全てが理解を拒む行為だった。だからこそ、その背後にある理由が知りたかった。
アイリスは俺の問いに対して、いつもより少しだけ表情を曇らせた。神々しい雰囲気を纏う彼女も、どこかしら迷いを抱えているように見える。
「……それを知って、アスフィさんはどうするのですか?」
彼女の声には静かな冷たさが混じっていた。その瞳は俺を見つめているが、どこか遠くを見ているようにも感じた。
俺は言葉を詰まらせる。どうするのか、なんて……正直、自分でも答えは出せていなかった。ただ知りたい。その根本的な感情だけが俺を突き動かしていた。
「……分からない。でも、知りたいんだ。あいつらのやっていることが間違いだとしても、その理由を知らないと何も始まらないだろ?」
俺は正直に答える。自分の言葉に確信はない。それでも、この疑問を抱えたままでは前に進めない気がしていた。
『……冒険者ですよ?あなた達もそれくらいはもうご存知でしょう』
「……ああ、キャルロットから聞いたよ」
『あの猫ですか……ただし』
俺の問いに対し、アイリスは無言のまま両手を掲げた。その動きには無駄がなく、まるで彼女自身がこの空間を完全に支配しているかのようだった。そして次の瞬間、空中に水のカーテンのようなものが広がる。
「……これは?」
俺が呟くと、アイリスは微かに微笑んだ。その微笑みは神秘的で、少しだけ哀しさを帯びているように見える。
「これは……あなたたちにも分かりやすいように、過去の記憶を映し出すものです。水を媒介にして作り上げた、私の記憶の一部……水の液晶と言えば分かりやすいでしょうか」
彼女の言葉が終わると同時に、その水のスクリーンに何かが映り始めた。まるで映画のように、そこには過去の出来事が次々と描かれていく。
透明感のある水の中で、青い光が揺らめく。そこに映るのは荒廃した大地。そして、立ち尽くす人々の姿。彼らの顔には絶望の影が刻み込まれていた。
「……これが過去の『ゼウスを信仰する者』たちの姿です」
アイリスの声が水の流れと共鳴するように響く。俺は目を凝らしながらその光景を見つめた。何があったんだ……?どうしてこんなことに……?
「アスフィさん、彼らはただの悪党ではありません。彼らもまた、ある意味では被害者なのです」
アイリスの言葉は、まるで俺の胸を抉るようだった。彼らが被害者だと……?呪いを撒き散らし、人々を苦しめてきたあいつらが?そんな馬鹿な……。
『彼らは、呪われている……マキナによって』
「マキナ……?」
『あなた達はまだ知りません』
マキナってなんだ?また神か?
『呪いを掛けられた者は、また更に新たな呪いを生む……そうやって出来上がったのが『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』です』
つまり『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』もそのマキナとかいう奴の手によって、呪いを掛けられた被害者ということか?
「じゃあ俺たちが殺してきた『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』は……」
『ある意味で被害者ですね……フフッ。……どうですか今の気分は?知りたくなかったでしょう』
なんてことだ。俺たちは今まで「呪い」の被害者を容赦なく殺してきたのか。助けることも考えずに……
俺の胸には重い罪悪感がのしかかる。目の前で揺らめく水の映像が、その事実を冷たく突きつけてくるようだった。
「俺たちは……間違っていたのか……?」
その呟きに誰も答えない。エルザもルクスも、固まったように水の液晶を見つめていた。
だが、その沈黙を破ったのはアイリスだった。
「アスフィさん、誤解しないでください。あなたたちの行いは間違いではありません」
アイリスの声はどこか優しく、しかし鋭さを帯びていた。その表情は変わらず冷静だが、どこか悲しげでもある。
「彼らを殺してきたことに罪を感じる必要はありません。それは『彼らの救い』でもあったのですから」
「……救い?」
思わず聞き返す俺に、アイリスは頷いた。そして、再び水の液晶を操り始める。映像は変わり、今度は人々が苦しみながら何かに取り憑かれていく様子が映し出された。
「『呪い』はただの病ではありません。心を蝕み、体を壊し、最終的には『自我』すら奪います。彼らはそうなる前に解放されることを望んでいたのです。あなたたちが彼らを止めたのは、ある意味でその望みを叶えたと言えるでしょう」
アイリスの言葉に俺は目を伏せた。そうか……俺たちがしてきたことは、ただの殺戮ではなかったのかもしれない。だが、胸の中のモヤモヤは消えない。
「……でも、それでも俺たちは、助ける方法を見つけるべきだったんじゃないのか?」
その言葉に、アイリスは少しだけ目を細めた。
「それができるのならば、どれほど良かったでしょうね……。ですが、今のところその術はありません。『呪い』に関わる者は、この世界にとっても深い闇なのです」
「……マキナはなぜそんな呪いを生み出した」
【違う】
俺の中で再び声が聞こえた。
(またお前か)
しかし、それ以上の反応はない。
『さぁ……彼女の考えていることなんてわたくしにも分かりません。ただ、わたくしの予想では――』
『人類を憎んでいるから、かと』
人類を……憎む?
『マキナはこの世界で祝福を持たない者として生まれました』
アイリスは語ってくれた。マキナの過去について……。迫害され人類を憎んだその過去を。
「………納得できない……それで他人を不幸にするのはおかしいでは無いか」
今まで口を閉じて聞いていたエルザが悲しげに言う。
「エルザの言う通りだ」
『あなた方からすればそうなんでしょう。しかし神は違う――』
「何が違うと言うのだ」
『神というものは人類をなんとも思っていません。ただのおもちゃとしか』
なんだよ、それ。おもちゃ……?お前ら神が人類を創造したのだとしたら、勝手に放棄してんじゃねぇぞ。
『わたくしが賊を見逃したのは、神の気まぐれというやつです。しかし、わたくしの目的はこの街を……また元の水の都に戻すことです。しかし、気まぐれで見逃した賊に、わたくしの兵が殺されてしまったのは誤算でした』
そういうアイリスは泣くことも無く、俺たちをただじっと見つめている。このアイリスはきっと何も思っていない。人間の死をなんとも。
「この前は聞かなかったが、なぜそうまでしてこの街を……『水の都フィルマリア』を元に戻したいんだ」
俺はずっと気になっていたことをアイリスに問う。
アイリスは暫く考えて答える――
『……人類が気になるから、でしょうか』
「お前ら神は人類をなんとも思っていないのではなかったのか」
『……それは間違っていません。恐らくルクスさんや、エルザさんが死んだとしてもわたくしは何も思わないでしょう』
そこに俺を含めないのは意図的なんだろうか。
『……人類は面白い知恵を持っています。神は万能……それ故に退屈しておりました。しかし人類は、非万能でありながら一から何かを創りあげる……素晴らしいではありませんか。交尾し、子を産み……そうして人類はどんどん増えていく……そして成長し、知恵を付けた人類はまた新たな何かを求めて創り出すのです……素晴らしいではありませんか』
アイリスは微笑みを浮かべながら、穏やかな口調で言葉を紡いでいった。その姿には、まるで教師が生徒に知識を授けているような雰囲気すら感じられる。 だが、俺にはその言葉がどこか遠い世界から語られているように聞こえた。他人事のような、どこか冷たさすら感じさせる響きだった。
「……やっぱり神は嫌いだ」
『アスフィさん、アイリスの花言葉には知恵という花言葉があるんですよ?素晴らしいとは思いませんか?わたくしはずっと人類を研究しているんです。神とはまさに人の域を超えた力を有します。しかし、この世界にはそれに抗う者達をがいる。あなた方がまさにそうです』
……こいつ、何を言ってるんだ??
アイリス……水神ポセイドンは人類に憧れていたというのか?だから他の神に『変わり者』と言われていると言うアイリス。
『……変わり者と言われようと良いのです。事実ですので。わたくしは他の神とは違う。生まれも育ちも継承も……やはり退屈な神になどなるもんじゃありませんね』
結局こいつは何が言いたいんだ。
「――つまり、アイリスは人間になりたいのですか?」
今まで黙々と料理を作っていたルクスが、ふと手を止めてこちらを振り向く。その仕草に一瞬見惚れてしまう。
黒いエプロンを身に纏ったルクス――小柄な体にぴったりと馴染んでいて、どこか家庭的な雰囲気を醸し出している。いや、良く似合っているなんてもんじゃない。なんというか……目が離せない。
「……どうしました?」
ルクスが小首をかしげ、俺を見つめてくる。その仕草すらも絵になるから困る。
「いや……その、エプロン似合ってるなって思って」
思わず口に出た言葉に、ルクスは目を瞬かせた後、少しだけ頬を染めて視線を逸らした。
「そ、そんなこと言われても……ありがとうございます」
どうやら照れているらしい。その姿がまた可愛らしい。俺の中で何かがくすぐられるような気分になり、自然と頬が緩む。
『……なぜそうなるのでしょうか、ルクスさん』
「さっきから話を聞いていると……どうもアイリスが、人間を――人類が大好きです、と言っているようにしか思えませんでした」
ルクスの言葉は穏やかでありながら、どこか芯の通った響きがあった。
「私には、アイリスが不自由でありながらも……それでも楽しく、希望を持って生きている人間に、なりたいのだと――そう聞こえました」
完全に手を止めたルクスは、静かに顔を上げる。料理をする手を止め、まるでそこに宿る全ての熱意を込めるように、真っ直ぐな瞳でアイリスを見つめている。
その視線は、アイリスの何かを貫こうとしているかのようだった。
『…………神を愚弄するのでしょうか』
「いえ、私は真実を言ったまでです。もしかして図星でしたか?」
アイリスの体が、まるで太陽のように神々しい輝きを放ち始めた。
その瞬間、ホームの壁はゆっくりと形を崩し、周囲の景色が鮮明になっていく。壁だけではない。街そのものが、そして住民たちが――すべてが水となり、静かに姿を消していく。
気が付けば、広大な湖の中央にただ一つ残されたのは、アイリスのホームだけだった。
まるでこの地そのものがアイリスの一部であったかのように、消え去った街の余韻だけが漂っている。
『……私を……神を愚弄するのは許しませんよ、ルクスさん』
神アイリスは冷たく、それでいて街の維持すら出来ないほどに激怒していた。
だが、それはエルザの命令により全てがひっくり返された。
何か楽しいひとときが始まるはずだった。軽やかな空気が流れ、心が少し緩んでいたのに――たった一言で、すべてが崩れた。
『エルザさん、やはりわたくしの天敵はあなただと思っていました』
「……何を隠しているアイリス」
『『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』……彼らは神の被害者……』
頭の中でその言葉が何度も反響する。「被害者」という言葉が、妙に引っかかる。彼らの行いを知っているからこそ、その単語には違和感しか感じなかった。
「被害者……?あいつらが?」
エルザの視線は鋭さを増し、問いかけた声には怒りが滲んでいる。彼女の脳裏には、これまで『ユピテル』が行ってきた非道な所業が浮かんでいた。無差別な呪いの付与、無辜の人々への残虐な攻撃。それを「被害者」と片付けるにはあまりにも矛盾している。
エルザは自分の感情を抑えきれず、腰に携えていた剣へとゆっくり手を伸ばした。冷たい鞘に触れる指先にはわずかな震えがある。それは怒りか、それとも迷いか。
「……彼らが被害者なら、一体どんな理由があったと言うのだ」
そう呟く声には、冷静さを取り戻そうとする意思が込められていた。だが、その瞳には依然として戦士としての覚悟が宿っている。
『わたくし達神は、あらゆるモノを創造してきました。それはこの世界も同じこと』
この世界……これが神の作った盤面だというのか?だとしたら、やはり俺たち人類もまた神に作られた創造物……?
この『水の都フィルマリア』にいる者達と同様に。
『神は皆退屈していたのですよ……?王として国を治めていたエルザさんならこの気持ちがお分かりでしょう?』
「……」
『フフッだんまりですか……それもまた面白い』
アイリスはニヤリと笑う。
確かに城に居たエルザは退屈そうだった。だからよく、俺とレイラの部屋に忍び込んでいた。アイリスはそれを言いたいのだろう。
「おい、アイリス。結局『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』は……あいつらは何者なんだ?」
俺はアイリスに問う。自分の中で答えを出せない疑問が、気持ちを押し潰しそうになっていた。これまで目にしてきた、あの集団の行い。呪い、破壊、無差別な暴力。全てが理解を拒む行為だった。だからこそ、その背後にある理由が知りたかった。
アイリスは俺の問いに対して、いつもより少しだけ表情を曇らせた。神々しい雰囲気を纏う彼女も、どこかしら迷いを抱えているように見える。
「……それを知って、アスフィさんはどうするのですか?」
彼女の声には静かな冷たさが混じっていた。その瞳は俺を見つめているが、どこか遠くを見ているようにも感じた。
俺は言葉を詰まらせる。どうするのか、なんて……正直、自分でも答えは出せていなかった。ただ知りたい。その根本的な感情だけが俺を突き動かしていた。
「……分からない。でも、知りたいんだ。あいつらのやっていることが間違いだとしても、その理由を知らないと何も始まらないだろ?」
俺は正直に答える。自分の言葉に確信はない。それでも、この疑問を抱えたままでは前に進めない気がしていた。
『……冒険者ですよ?あなた達もそれくらいはもうご存知でしょう』
「……ああ、キャルロットから聞いたよ」
『あの猫ですか……ただし』
俺の問いに対し、アイリスは無言のまま両手を掲げた。その動きには無駄がなく、まるで彼女自身がこの空間を完全に支配しているかのようだった。そして次の瞬間、空中に水のカーテンのようなものが広がる。
「……これは?」
俺が呟くと、アイリスは微かに微笑んだ。その微笑みは神秘的で、少しだけ哀しさを帯びているように見える。
「これは……あなたたちにも分かりやすいように、過去の記憶を映し出すものです。水を媒介にして作り上げた、私の記憶の一部……水の液晶と言えば分かりやすいでしょうか」
彼女の言葉が終わると同時に、その水のスクリーンに何かが映り始めた。まるで映画のように、そこには過去の出来事が次々と描かれていく。
透明感のある水の中で、青い光が揺らめく。そこに映るのは荒廃した大地。そして、立ち尽くす人々の姿。彼らの顔には絶望の影が刻み込まれていた。
「……これが過去の『ゼウスを信仰する者』たちの姿です」
アイリスの声が水の流れと共鳴するように響く。俺は目を凝らしながらその光景を見つめた。何があったんだ……?どうしてこんなことに……?
「アスフィさん、彼らはただの悪党ではありません。彼らもまた、ある意味では被害者なのです」
アイリスの言葉は、まるで俺の胸を抉るようだった。彼らが被害者だと……?呪いを撒き散らし、人々を苦しめてきたあいつらが?そんな馬鹿な……。
『彼らは、呪われている……マキナによって』
「マキナ……?」
『あなた達はまだ知りません』
マキナってなんだ?また神か?
『呪いを掛けられた者は、また更に新たな呪いを生む……そうやって出来上がったのが『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』です』
つまり『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』もそのマキナとかいう奴の手によって、呪いを掛けられた被害者ということか?
「じゃあ俺たちが殺してきた『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』は……」
『ある意味で被害者ですね……フフッ。……どうですか今の気分は?知りたくなかったでしょう』
なんてことだ。俺たちは今まで「呪い」の被害者を容赦なく殺してきたのか。助けることも考えずに……
俺の胸には重い罪悪感がのしかかる。目の前で揺らめく水の映像が、その事実を冷たく突きつけてくるようだった。
「俺たちは……間違っていたのか……?」
その呟きに誰も答えない。エルザもルクスも、固まったように水の液晶を見つめていた。
だが、その沈黙を破ったのはアイリスだった。
「アスフィさん、誤解しないでください。あなたたちの行いは間違いではありません」
アイリスの声はどこか優しく、しかし鋭さを帯びていた。その表情は変わらず冷静だが、どこか悲しげでもある。
「彼らを殺してきたことに罪を感じる必要はありません。それは『彼らの救い』でもあったのですから」
「……救い?」
思わず聞き返す俺に、アイリスは頷いた。そして、再び水の液晶を操り始める。映像は変わり、今度は人々が苦しみながら何かに取り憑かれていく様子が映し出された。
「『呪い』はただの病ではありません。心を蝕み、体を壊し、最終的には『自我』すら奪います。彼らはそうなる前に解放されることを望んでいたのです。あなたたちが彼らを止めたのは、ある意味でその望みを叶えたと言えるでしょう」
アイリスの言葉に俺は目を伏せた。そうか……俺たちがしてきたことは、ただの殺戮ではなかったのかもしれない。だが、胸の中のモヤモヤは消えない。
「……でも、それでも俺たちは、助ける方法を見つけるべきだったんじゃないのか?」
その言葉に、アイリスは少しだけ目を細めた。
「それができるのならば、どれほど良かったでしょうね……。ですが、今のところその術はありません。『呪い』に関わる者は、この世界にとっても深い闇なのです」
「……マキナはなぜそんな呪いを生み出した」
【違う】
俺の中で再び声が聞こえた。
(またお前か)
しかし、それ以上の反応はない。
『さぁ……彼女の考えていることなんてわたくしにも分かりません。ただ、わたくしの予想では――』
『人類を憎んでいるから、かと』
人類を……憎む?
『マキナはこの世界で祝福を持たない者として生まれました』
アイリスは語ってくれた。マキナの過去について……。迫害され人類を憎んだその過去を。
「………納得できない……それで他人を不幸にするのはおかしいでは無いか」
今まで口を閉じて聞いていたエルザが悲しげに言う。
「エルザの言う通りだ」
『あなた方からすればそうなんでしょう。しかし神は違う――』
「何が違うと言うのだ」
『神というものは人類をなんとも思っていません。ただのおもちゃとしか』
なんだよ、それ。おもちゃ……?お前ら神が人類を創造したのだとしたら、勝手に放棄してんじゃねぇぞ。
『わたくしが賊を見逃したのは、神の気まぐれというやつです。しかし、わたくしの目的はこの街を……また元の水の都に戻すことです。しかし、気まぐれで見逃した賊に、わたくしの兵が殺されてしまったのは誤算でした』
そういうアイリスは泣くことも無く、俺たちをただじっと見つめている。このアイリスはきっと何も思っていない。人間の死をなんとも。
「この前は聞かなかったが、なぜそうまでしてこの街を……『水の都フィルマリア』を元に戻したいんだ」
俺はずっと気になっていたことをアイリスに問う。
アイリスは暫く考えて答える――
『……人類が気になるから、でしょうか』
「お前ら神は人類をなんとも思っていないのではなかったのか」
『……それは間違っていません。恐らくルクスさんや、エルザさんが死んだとしてもわたくしは何も思わないでしょう』
そこに俺を含めないのは意図的なんだろうか。
『……人類は面白い知恵を持っています。神は万能……それ故に退屈しておりました。しかし人類は、非万能でありながら一から何かを創りあげる……素晴らしいではありませんか。交尾し、子を産み……そうして人類はどんどん増えていく……そして成長し、知恵を付けた人類はまた新たな何かを求めて創り出すのです……素晴らしいではありませんか』
アイリスは微笑みを浮かべながら、穏やかな口調で言葉を紡いでいった。その姿には、まるで教師が生徒に知識を授けているような雰囲気すら感じられる。 だが、俺にはその言葉がどこか遠い世界から語られているように聞こえた。他人事のような、どこか冷たさすら感じさせる響きだった。
「……やっぱり神は嫌いだ」
『アスフィさん、アイリスの花言葉には知恵という花言葉があるんですよ?素晴らしいとは思いませんか?わたくしはずっと人類を研究しているんです。神とはまさに人の域を超えた力を有します。しかし、この世界にはそれに抗う者達をがいる。あなた方がまさにそうです』
……こいつ、何を言ってるんだ??
アイリス……水神ポセイドンは人類に憧れていたというのか?だから他の神に『変わり者』と言われていると言うアイリス。
『……変わり者と言われようと良いのです。事実ですので。わたくしは他の神とは違う。生まれも育ちも継承も……やはり退屈な神になどなるもんじゃありませんね』
結局こいつは何が言いたいんだ。
「――つまり、アイリスは人間になりたいのですか?」
今まで黙々と料理を作っていたルクスが、ふと手を止めてこちらを振り向く。その仕草に一瞬見惚れてしまう。
黒いエプロンを身に纏ったルクス――小柄な体にぴったりと馴染んでいて、どこか家庭的な雰囲気を醸し出している。いや、良く似合っているなんてもんじゃない。なんというか……目が離せない。
「……どうしました?」
ルクスが小首をかしげ、俺を見つめてくる。その仕草すらも絵になるから困る。
「いや……その、エプロン似合ってるなって思って」
思わず口に出た言葉に、ルクスは目を瞬かせた後、少しだけ頬を染めて視線を逸らした。
「そ、そんなこと言われても……ありがとうございます」
どうやら照れているらしい。その姿がまた可愛らしい。俺の中で何かがくすぐられるような気分になり、自然と頬が緩む。
『……なぜそうなるのでしょうか、ルクスさん』
「さっきから話を聞いていると……どうもアイリスが、人間を――人類が大好きです、と言っているようにしか思えませんでした」
ルクスの言葉は穏やかでありながら、どこか芯の通った響きがあった。
「私には、アイリスが不自由でありながらも……それでも楽しく、希望を持って生きている人間に、なりたいのだと――そう聞こえました」
完全に手を止めたルクスは、静かに顔を上げる。料理をする手を止め、まるでそこに宿る全ての熱意を込めるように、真っ直ぐな瞳でアイリスを見つめている。
その視線は、アイリスの何かを貫こうとしているかのようだった。
『…………神を愚弄するのでしょうか』
「いえ、私は真実を言ったまでです。もしかして図星でしたか?」
アイリスの体が、まるで太陽のように神々しい輝きを放ち始めた。
その瞬間、ホームの壁はゆっくりと形を崩し、周囲の景色が鮮明になっていく。壁だけではない。街そのものが、そして住民たちが――すべてが水となり、静かに姿を消していく。
気が付けば、広大な湖の中央にただ一つ残されたのは、アイリスのホームだけだった。
まるでこの地そのものがアイリスの一部であったかのように、消え去った街の余韻だけが漂っている。
『……私を……神を愚弄するのは許しませんよ、ルクスさん』
神アイリスは冷たく、それでいて街の維持すら出来ないほどに激怒していた。
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