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第五章 《第一部》ヒーラー 追憶篇
第65話「重なる仮面」
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次の日の朝、ディンのホームにエルザの姿は無かった。
どうやら出掛けているようだ。
ここまで上がってくるの大変だったのに、あいつ一人でまた上がってこれるのだろうか……。
不安がよぎるが、あのエルザのことだ。無茶なことをしながらも、意外と問題なくやり遂げてしまうのが彼女だ。
ふと隣を見ると――
「……居るな」
俺の隣で未だ眠っていたルクス。
それも、凄く気持ち良さそうに満足した顔で。
「よし……少し走るか」
剣術の特訓以来、激しい運動はしていない。
昨日はルクスと少し動いたが、それ以外はずっと体を動かしていない。
俺はランニングをすることにした。
神木と呼ばれる木の頂上に位置するこの場所は、ハッキリ言ってかなり広い。
ランニングにはもってこいの環境だ。
俺はベッドから静かに抜け出し、シャワーを浴びた後、外へ出る。
澄んだ空気が肌を撫で、軽く体をほぐしただけで、気持ちが引き締まるのを感じる。
「……よし、やるか」
俺はこの神木の上を走り始めた。
「はっ……はっ……」
走っていて驚いた。
体力が明らかに増している。
レイラと一緒にいた頃の俺は、せいぜい三十分走るのが限界だった。
だが、今の俺は違う――身体が軽い。心臓の鼓動も余裕を持って響いている。
これも、姿が変わった影響なのだろうか。
……
…………
………………
二時間ほど走っただろうか。
目の前に折れた木の枝が落ちているのが目に入った。
「……久しぶりに剣の真似事でもしてみるか」
俺はその木の棒を拾い上げ、剣に見立てて素振りを始めた。
何年ぶりだろうか、こうして剣を振る感覚――。
「はっ!はぁっ!!」
……妙だ。
ただの木の枝を振っているはずなのに、身体に馴染む感覚がある。
まるで昔から使い慣れた愛剣のように、手の中に自然と収まる。
「…………不思議だ」
思わず呟いたその時――
「――私が居ない間でも剣術を学ぶ意欲には感心するな」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはエルザの姿があった。
「……エルザ、お前居たのか」
「ああ……少し眠れなくてな。この近くを走っていたのだ」
おいおい、いつからそこにいたんだよ。
それにしても二時間も走り回っていた俺と、一度もすれ違わないって……どれだけ広いんだここは。
「どれ、久しぶりに私が指南してやろうか?」
「いや……やめておく。お前は手加減を知らないからな」
「ハッハッハッ!ではやめておこう!」
うん……?なんかエルザらしくないな。
いつもなら、俺が嫌がろうがお構い無しに鍛錬を始めるのに。
今日はやけに控えめだ。
「……なにかあったのか?」
「いや……なにもない。……私も負けてられないと思ってな」
「そうかよ……なら教えてくれ、久しぶりに」
「……ああ。構わんぞっ!」
俺はすぐに後悔した……。
エルザとの剣術修行が終わる頃には、俺は地面に転がり、空を見上げるしかなかった。
俺の隣では、エルザが平然と立っている。
息ひとつ乱れていないその姿に、改めて俺との差を感じさせられる。
「君たち朝から元気だねー!」
その時、ディンが戻ってきた。
手には袋を抱えている。
「……はぁ……はぁ……ああ……そうだな……」
「アスフィ!体力が落ちているんじゃないか?」
「うるせぇ……お前みたいな体力バカじゃねぇんだ……」
「あはは!やっぱり君たち面白いね!……あ、そうだ!これお土産だよ!」
ディンが俺に手渡してきたのは――
「……パン?」
「そうっ!ここのパン美味しいんだよねぇ~!はい、エルザもどうぞ!」
「あ、ああ、ありがとうディン」
パンか……。ミスタリスにいた頃を思い出す。
よく食べていたっけな。あの頃は――
そういえば、ゼウスとアイリスはどうしているんだ?
全然帰ってこない。このままじゃ、俺たちだけで先に進むしかないかもしれない――。
「なぁ、ゼウスとアイリス知らないか?」
俺はディンに問いかけた。
「ゼウスとアイリスなら帰ったよ!」
「……なに?……あいつら勝手に……」
「……まぁ許してあげなよ。彼女たちもさ、色々あるんだよ」
色々ね……。
こっちだって聞きたいことが山ほどあったんだがなぁ。
もっとも、どうせ「盟約が」だの「話せない」だのと言われるのがオチだろうけど。
「で、ディンは何しに俺たちの所へ?パンを届けに来ただけじゃないだろ」
「うん!実はね、君たちに……いや、エルザに話があるのさ!」
「……私にか?」
ディンの表情が真剣になる。今まで見たことのない程の険しい顔だ。
エルザもまた、その空気を察し、真剣に耳を傾ける。
「……エルザ、君に刺客がやってくる」
「……なに?エルザに?」
「君の祖父、エルブレイドは戦神アレスと同格だった。それ故に、決着のつかない戦いを繰り広げた」
あの戦神アレスと互角に渡り合っただと……?エルザのじいちゃん、化け物すぎるだろ。
「……だからなんだというのだ。それが私と何のが関係ある?」
「その戦神アレスが君を見つけた。ほら、戦っただろう?」
「どうしてそれを知っている!?」
「まぁ私には分かるのさ!……でね、戦神アレスが負けたんだよ」
「いや、それは俺が――」
「もちろん知っている。けど、他の神はそうはいかないだろうね。戦神アレスが負けた。それだけで十分なのさ」
なんだよそれ……。勝手に仕掛けてきて、負けたら怒るってどういう理屈だ。
迷惑以外の何物でもない。
「それをなぜ私たちに教える。ディン、君は神だろう?立場的に私達にそれを教えるのはまずいのではないか?」
「まぁね!でも、エルブレイドとは……ま、友達?みたいなもんでね!その娘である君を簡単に死なせる訳にはいかないんだよね!端的に言うと………あまりいい気分じゃないのさ。それに私、アレス嫌いなんだよね」
ディンの口調はいつもの軽さだったが、瞳の奥には確かな決意が宿っていた。
神は人間をなんとも思っていないと思っていたが……ディンは違うのか?
それにしても、アレス嫌われすぎだろ。
アイリスも同じこと言っていたぞ。
「ま、そういうわけでさ!頑張ってね!私たち神は干渉出来ないからさ!」
頑張ってね!って、どうしろって言うんだよ。
(お前が守れ)
またお前か……一体なんなんだ。消えたと思ったら出てきたり。
……なんだよ、一言言って終わりかよ。
「……アスフィ、私たちの旅も急いだ方が良さそうだ」
「あ、ああ……それは分かるが『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』の手がかりはまだ何も見つかってないぞ?……それにお前、剣いいのかよ?」
エルザはずっと「伝説の剣」を探していたはずだが――
「ああ、剣はもういい……それどころじゃないからな。私が死ぬ前にこの旅を終わらせよう」
なんだよそれ……。不吉なこと言うなよ。
「……エルザは死なないし、俺が死なせはしない」
「ハッハッハッ!……ありがとうアスフィ」
「そっか!君たちあの子達を探してるんだね!」
あの子達……?
「……あの子達って?」
「君たち言っていたじゃないか!ユピテルって!」
「お、おい!まさか何か知ってるのか!!?」
「うん!あの子達はマキナを信仰しているからね!マキナに聞けば分かるよ?」
いや、教えてくれそうになかったぞ……。
「うむ、それがそうもいかないのだディンよ」
「どうして?」
「そのマキナとか言うやつは話してくれそうになかったのだ」
「ああそうだ、エルザの言う通りだ」
「………それは君たちが話を聞こうとしてなかったからじゃないの?」
なに?俺たちが話を聞こうとしてなかった?
それはまるで、聞けば教えてくれるみたいな言い方じゃないか。
「マキナは教えてくれるよ。絶対に。盟約に関わるものは教えてくれない……いや、教えられないんだっけ……まぁいいや!つまりね、それ以外なら教えてくれる。特にフィー。君ならね」
「……俺はアスフィだ」
「うん、君じゃない。分かってんだろ?フィー」
「………ああ」
その瞬間、胸の奥がズキリと疼くような感覚がした。
フィー……。その名前を聞くだけで、頭の中に霧がかかったように思考が鈍る。
それでも、俺は目の前の状況に集中しようと踏みとどまる。
「……アス……フィ?どうしたのだ?」
エルザが戸惑ったような表情でこちらを見つめている。
俺は内心で叫びながら、必死に声を絞り出した。
(おい!なんで今出てくんだ!変われ!!)
だが、その声に応えるかのように、もう一つの意識が表面に浮かび上がる。
「いや、少し話すだけだ。心配するな」
俺の口から発せられた言葉が、俺自身の意志とは異なるものだった。
体が勝手に動き、口が動く感覚――嫌でも思い出す。
フィー……こいつは俺の中に潜む存在だ。
「……久しぶりだなオーディン」
口調が変わる。
俺の声なのに、俺のものではない声色で。
「うん!久しぶり!元気にしてた?」
「……ああ、一応な。お前も元気そうで何よりだ……本当にな。チッ」
エルザは固まったまま、目の前で交わされる会話を見つめている。
俺の中のフィーと、目の前のオーディン――二人のの会話に、明らかな違和感を覚えていた。
「君も災難だね!そんなとこに……器が可哀想だろ?あ、でも君の意思じゃ無かったか!」
オーディンの無邪気な声に、フィーは冷たく言い返す。
「そうだな……こいつには悪いと思ってる。既に生まれた時から俺の影響を受けていたからな……」
(なんだよ……何の話だ。お前らのせいで俺がこんな姿になってるって言いたいのか?)
俺の心の声は虚空に消え、届くことはない。
それでも、フィーとオーディンの会話を聞き流すことなどできなかった。
その言葉の一つ一つが、俺の中に疑問と不安を植え付けていく。
「まぁそれもマキナとの盟約だもんね!仕方ないね!でも、マキナは悪くないよ?悪いのは君だ」
「……それも知ってる。だからその上で一ついいか」
「なに?言ってごらん?」
「オーディン、お前の思い通りにはいかない。俺たちは必ず目的を果たす。レイラもエルザもルクスも守る……そして何より、マキナを救い世界を元に戻す。今回は必ず」
フィーの言葉には、冷たさと同時に揺るぎない決意が宿っていた。
その口調からは、ためらいや迷いなど微塵も感じられない。
(マキナを救う?……世界を救う?どういう意味だ……?)
俺の思考はその言葉に引きずられ、次第に混乱していく。フィーの言葉が示す「目的」とは一体何なのか。俺にはそれを理解するだけの情報が圧倒的に足りなかった。
「……ふーん。じゃ私からも一つ良いかな?……ねぇ君、本当にフィーでいいのかい?今の内容を知っている辺り、とてもじゃないけどフィーの言葉とは思えないんだけど?」
「……さぁな?お前のその作られた頭で考えてみろ」
フィーは冷ややかに突き放すような返答をする。
その一言に、オーディンは一瞬黙り込んだ。
「…………あは……あっはははははははははっ!!」
突然、オーディンが大声で笑い始めた。
その笑い声には不気味な高揚感と、どこか狂気じみた響きが混じっていた。
「これは面白い!まさか”君”が出てくるとは!じゃあこの後君は私達をサーカスにでも招待してくれるのかな?」
「…………」
フィーは何も言わない。だが、その沈黙には怒りとも冷静ともつかない、不気味な気配が漂っていた。俺の中で何かがざわつくような感覚――これはフィーの感情なのだろうか?
「…………出来るものならやってみなよ、フィー。君には出来はしない。”道化”ならその限りではないけど、今の君に――」
オーディンの声は一見静かだったが、その裏には明らかな嘲笑が含まれていた。
その一言に、俺の中にもイライラとした感情が広がる。
「あれ、元に戻った……?」
その瞬間、俺の体に力が戻ったように感じた。
フィー――いや、正確には何者かが俺の中から引いていく感覚がする。
だが、その存在が完全に消えたわけではない。
胸の奥深くに、その痕跡だけが燻り続けていた。
くっそ……なんなんだよ。訳がわかんねぇ……。
息を整える暇もなく、虚無感がじわじわと体を侵食していく。
何かが抜け落ちたような感覚――それが恐ろしかった。
「……最後まで言わせてくれない辺り……相当お怒りのようだね」
ディンは一人、独り言のように呟いていた。
その言葉には、どこか諦めと微かな怒りが混じっているように感じた。
「………………はぁ……疲れた、俺は寝る」
「うん!おやすみアスフィ」
ディンの言葉の最後に含まれた悪意に気づいた瞬間、嫌な気配が全身を駆け抜けた。
その視線――あたかも全てを見透かすようなものが消えるまでの間、息苦しさが俺の胸を締め付けた。
「おい!アスフィ!待て!」
エルザの声が背後から響くが、俺は振り返ることもせずにその場を去る。
今は何も考えたくなかった。自分の中で何が起きているのか、何が正しいのかすらわからない。
もう……訳わかんねぇ。
「……追いかけたいなら行きなよ?エルザ」
「…………言われなくとも」
エルザはわずかに迷ったが、すぐに決意を固めたように俺の後を追いかけてきた。
彼女の足音が少しずつ近づいてくるのを感じながら、俺は心の中で叫び続けた。
俺の中で、何が起きているんだ……。フィー、お前は……一体何者なんだよ?
どうやら出掛けているようだ。
ここまで上がってくるの大変だったのに、あいつ一人でまた上がってこれるのだろうか……。
不安がよぎるが、あのエルザのことだ。無茶なことをしながらも、意外と問題なくやり遂げてしまうのが彼女だ。
ふと隣を見ると――
「……居るな」
俺の隣で未だ眠っていたルクス。
それも、凄く気持ち良さそうに満足した顔で。
「よし……少し走るか」
剣術の特訓以来、激しい運動はしていない。
昨日はルクスと少し動いたが、それ以外はずっと体を動かしていない。
俺はランニングをすることにした。
神木と呼ばれる木の頂上に位置するこの場所は、ハッキリ言ってかなり広い。
ランニングにはもってこいの環境だ。
俺はベッドから静かに抜け出し、シャワーを浴びた後、外へ出る。
澄んだ空気が肌を撫で、軽く体をほぐしただけで、気持ちが引き締まるのを感じる。
「……よし、やるか」
俺はこの神木の上を走り始めた。
「はっ……はっ……」
走っていて驚いた。
体力が明らかに増している。
レイラと一緒にいた頃の俺は、せいぜい三十分走るのが限界だった。
だが、今の俺は違う――身体が軽い。心臓の鼓動も余裕を持って響いている。
これも、姿が変わった影響なのだろうか。
……
…………
………………
二時間ほど走っただろうか。
目の前に折れた木の枝が落ちているのが目に入った。
「……久しぶりに剣の真似事でもしてみるか」
俺はその木の棒を拾い上げ、剣に見立てて素振りを始めた。
何年ぶりだろうか、こうして剣を振る感覚――。
「はっ!はぁっ!!」
……妙だ。
ただの木の枝を振っているはずなのに、身体に馴染む感覚がある。
まるで昔から使い慣れた愛剣のように、手の中に自然と収まる。
「…………不思議だ」
思わず呟いたその時――
「――私が居ない間でも剣術を学ぶ意欲には感心するな」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはエルザの姿があった。
「……エルザ、お前居たのか」
「ああ……少し眠れなくてな。この近くを走っていたのだ」
おいおい、いつからそこにいたんだよ。
それにしても二時間も走り回っていた俺と、一度もすれ違わないって……どれだけ広いんだここは。
「どれ、久しぶりに私が指南してやろうか?」
「いや……やめておく。お前は手加減を知らないからな」
「ハッハッハッ!ではやめておこう!」
うん……?なんかエルザらしくないな。
いつもなら、俺が嫌がろうがお構い無しに鍛錬を始めるのに。
今日はやけに控えめだ。
「……なにかあったのか?」
「いや……なにもない。……私も負けてられないと思ってな」
「そうかよ……なら教えてくれ、久しぶりに」
「……ああ。構わんぞっ!」
俺はすぐに後悔した……。
エルザとの剣術修行が終わる頃には、俺は地面に転がり、空を見上げるしかなかった。
俺の隣では、エルザが平然と立っている。
息ひとつ乱れていないその姿に、改めて俺との差を感じさせられる。
「君たち朝から元気だねー!」
その時、ディンが戻ってきた。
手には袋を抱えている。
「……はぁ……はぁ……ああ……そうだな……」
「アスフィ!体力が落ちているんじゃないか?」
「うるせぇ……お前みたいな体力バカじゃねぇんだ……」
「あはは!やっぱり君たち面白いね!……あ、そうだ!これお土産だよ!」
ディンが俺に手渡してきたのは――
「……パン?」
「そうっ!ここのパン美味しいんだよねぇ~!はい、エルザもどうぞ!」
「あ、ああ、ありがとうディン」
パンか……。ミスタリスにいた頃を思い出す。
よく食べていたっけな。あの頃は――
そういえば、ゼウスとアイリスはどうしているんだ?
全然帰ってこない。このままじゃ、俺たちだけで先に進むしかないかもしれない――。
「なぁ、ゼウスとアイリス知らないか?」
俺はディンに問いかけた。
「ゼウスとアイリスなら帰ったよ!」
「……なに?……あいつら勝手に……」
「……まぁ許してあげなよ。彼女たちもさ、色々あるんだよ」
色々ね……。
こっちだって聞きたいことが山ほどあったんだがなぁ。
もっとも、どうせ「盟約が」だの「話せない」だのと言われるのがオチだろうけど。
「で、ディンは何しに俺たちの所へ?パンを届けに来ただけじゃないだろ」
「うん!実はね、君たちに……いや、エルザに話があるのさ!」
「……私にか?」
ディンの表情が真剣になる。今まで見たことのない程の険しい顔だ。
エルザもまた、その空気を察し、真剣に耳を傾ける。
「……エルザ、君に刺客がやってくる」
「……なに?エルザに?」
「君の祖父、エルブレイドは戦神アレスと同格だった。それ故に、決着のつかない戦いを繰り広げた」
あの戦神アレスと互角に渡り合っただと……?エルザのじいちゃん、化け物すぎるだろ。
「……だからなんだというのだ。それが私と何のが関係ある?」
「その戦神アレスが君を見つけた。ほら、戦っただろう?」
「どうしてそれを知っている!?」
「まぁ私には分かるのさ!……でね、戦神アレスが負けたんだよ」
「いや、それは俺が――」
「もちろん知っている。けど、他の神はそうはいかないだろうね。戦神アレスが負けた。それだけで十分なのさ」
なんだよそれ……。勝手に仕掛けてきて、負けたら怒るってどういう理屈だ。
迷惑以外の何物でもない。
「それをなぜ私たちに教える。ディン、君は神だろう?立場的に私達にそれを教えるのはまずいのではないか?」
「まぁね!でも、エルブレイドとは……ま、友達?みたいなもんでね!その娘である君を簡単に死なせる訳にはいかないんだよね!端的に言うと………あまりいい気分じゃないのさ。それに私、アレス嫌いなんだよね」
ディンの口調はいつもの軽さだったが、瞳の奥には確かな決意が宿っていた。
神は人間をなんとも思っていないと思っていたが……ディンは違うのか?
それにしても、アレス嫌われすぎだろ。
アイリスも同じこと言っていたぞ。
「ま、そういうわけでさ!頑張ってね!私たち神は干渉出来ないからさ!」
頑張ってね!って、どうしろって言うんだよ。
(お前が守れ)
またお前か……一体なんなんだ。消えたと思ったら出てきたり。
……なんだよ、一言言って終わりかよ。
「……アスフィ、私たちの旅も急いだ方が良さそうだ」
「あ、ああ……それは分かるが『ゼウスを信仰する者(ユピテル)』の手がかりはまだ何も見つかってないぞ?……それにお前、剣いいのかよ?」
エルザはずっと「伝説の剣」を探していたはずだが――
「ああ、剣はもういい……それどころじゃないからな。私が死ぬ前にこの旅を終わらせよう」
なんだよそれ……。不吉なこと言うなよ。
「……エルザは死なないし、俺が死なせはしない」
「ハッハッハッ!……ありがとうアスフィ」
「そっか!君たちあの子達を探してるんだね!」
あの子達……?
「……あの子達って?」
「君たち言っていたじゃないか!ユピテルって!」
「お、おい!まさか何か知ってるのか!!?」
「うん!あの子達はマキナを信仰しているからね!マキナに聞けば分かるよ?」
いや、教えてくれそうになかったぞ……。
「うむ、それがそうもいかないのだディンよ」
「どうして?」
「そのマキナとか言うやつは話してくれそうになかったのだ」
「ああそうだ、エルザの言う通りだ」
「………それは君たちが話を聞こうとしてなかったからじゃないの?」
なに?俺たちが話を聞こうとしてなかった?
それはまるで、聞けば教えてくれるみたいな言い方じゃないか。
「マキナは教えてくれるよ。絶対に。盟約に関わるものは教えてくれない……いや、教えられないんだっけ……まぁいいや!つまりね、それ以外なら教えてくれる。特にフィー。君ならね」
「……俺はアスフィだ」
「うん、君じゃない。分かってんだろ?フィー」
「………ああ」
その瞬間、胸の奥がズキリと疼くような感覚がした。
フィー……。その名前を聞くだけで、頭の中に霧がかかったように思考が鈍る。
それでも、俺は目の前の状況に集中しようと踏みとどまる。
「……アス……フィ?どうしたのだ?」
エルザが戸惑ったような表情でこちらを見つめている。
俺は内心で叫びながら、必死に声を絞り出した。
(おい!なんで今出てくんだ!変われ!!)
だが、その声に応えるかのように、もう一つの意識が表面に浮かび上がる。
「いや、少し話すだけだ。心配するな」
俺の口から発せられた言葉が、俺自身の意志とは異なるものだった。
体が勝手に動き、口が動く感覚――嫌でも思い出す。
フィー……こいつは俺の中に潜む存在だ。
「……久しぶりだなオーディン」
口調が変わる。
俺の声なのに、俺のものではない声色で。
「うん!久しぶり!元気にしてた?」
「……ああ、一応な。お前も元気そうで何よりだ……本当にな。チッ」
エルザは固まったまま、目の前で交わされる会話を見つめている。
俺の中のフィーと、目の前のオーディン――二人のの会話に、明らかな違和感を覚えていた。
「君も災難だね!そんなとこに……器が可哀想だろ?あ、でも君の意思じゃ無かったか!」
オーディンの無邪気な声に、フィーは冷たく言い返す。
「そうだな……こいつには悪いと思ってる。既に生まれた時から俺の影響を受けていたからな……」
(なんだよ……何の話だ。お前らのせいで俺がこんな姿になってるって言いたいのか?)
俺の心の声は虚空に消え、届くことはない。
それでも、フィーとオーディンの会話を聞き流すことなどできなかった。
その言葉の一つ一つが、俺の中に疑問と不安を植え付けていく。
「まぁそれもマキナとの盟約だもんね!仕方ないね!でも、マキナは悪くないよ?悪いのは君だ」
「……それも知ってる。だからその上で一ついいか」
「なに?言ってごらん?」
「オーディン、お前の思い通りにはいかない。俺たちは必ず目的を果たす。レイラもエルザもルクスも守る……そして何より、マキナを救い世界を元に戻す。今回は必ず」
フィーの言葉には、冷たさと同時に揺るぎない決意が宿っていた。
その口調からは、ためらいや迷いなど微塵も感じられない。
(マキナを救う?……世界を救う?どういう意味だ……?)
俺の思考はその言葉に引きずられ、次第に混乱していく。フィーの言葉が示す「目的」とは一体何なのか。俺にはそれを理解するだけの情報が圧倒的に足りなかった。
「……ふーん。じゃ私からも一つ良いかな?……ねぇ君、本当にフィーでいいのかい?今の内容を知っている辺り、とてもじゃないけどフィーの言葉とは思えないんだけど?」
「……さぁな?お前のその作られた頭で考えてみろ」
フィーは冷ややかに突き放すような返答をする。
その一言に、オーディンは一瞬黙り込んだ。
「…………あは……あっはははははははははっ!!」
突然、オーディンが大声で笑い始めた。
その笑い声には不気味な高揚感と、どこか狂気じみた響きが混じっていた。
「これは面白い!まさか”君”が出てくるとは!じゃあこの後君は私達をサーカスにでも招待してくれるのかな?」
「…………」
フィーは何も言わない。だが、その沈黙には怒りとも冷静ともつかない、不気味な気配が漂っていた。俺の中で何かがざわつくような感覚――これはフィーの感情なのだろうか?
「…………出来るものならやってみなよ、フィー。君には出来はしない。”道化”ならその限りではないけど、今の君に――」
オーディンの声は一見静かだったが、その裏には明らかな嘲笑が含まれていた。
その一言に、俺の中にもイライラとした感情が広がる。
「あれ、元に戻った……?」
その瞬間、俺の体に力が戻ったように感じた。
フィー――いや、正確には何者かが俺の中から引いていく感覚がする。
だが、その存在が完全に消えたわけではない。
胸の奥深くに、その痕跡だけが燻り続けていた。
くっそ……なんなんだよ。訳がわかんねぇ……。
息を整える暇もなく、虚無感がじわじわと体を侵食していく。
何かが抜け落ちたような感覚――それが恐ろしかった。
「……最後まで言わせてくれない辺り……相当お怒りのようだね」
ディンは一人、独り言のように呟いていた。
その言葉には、どこか諦めと微かな怒りが混じっているように感じた。
「………………はぁ……疲れた、俺は寝る」
「うん!おやすみアスフィ」
ディンの言葉の最後に含まれた悪意に気づいた瞬間、嫌な気配が全身を駆け抜けた。
その視線――あたかも全てを見透かすようなものが消えるまでの間、息苦しさが俺の胸を締め付けた。
「おい!アスフィ!待て!」
エルザの声が背後から響くが、俺は振り返ることもせずにその場を去る。
今は何も考えたくなかった。自分の中で何が起きているのか、何が正しいのかすらわからない。
もう……訳わかんねぇ。
「……追いかけたいなら行きなよ?エルザ」
「…………言われなくとも」
エルザはわずかに迷ったが、すぐに決意を固めたように俺の後を追いかけてきた。
彼女の足音が少しずつ近づいてくるのを感じながら、俺は心の中で叫び続けた。
俺の中で、何が起きているんだ……。フィー、お前は……一体何者なんだよ?
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そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。
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無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。
しかし――
彼が切り捨てた仲間こそが、
実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。
事実に気づいた時にはもう遅い。
道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。
“荷物持ちがいなくなった瞬間”から、
アレクスの日常は静かに崩壊していく。
短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。
そんな彼と再び肩を並べることになったのは――
美しいのに中二が暴走する魔法使い
ノー天気で鈍感な僧侶
そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー
かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。
自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。
これは、
“間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる”
再生の物語である。
《小説家になろうにも投稿しています》
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