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第五章 《第一部》ヒーラー 追憶篇
第68.5話「父の涙が示す道」
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「……ルクス、アスフィの具合はどうだ」
エルザが静かに問いかける。
俺は夜の平地で膝を抱え込んでいた。
月明かりが淡く地面を照らし、冷たい風が肌を撫でる。
夜の静けさが、俺の心に重くのしかかる。
「……はい、今は落ち着いています」
エルザの問いかけにルクスが小さな声で答える。
その言葉には気遣いが滲んでいるが、俺の心を軽くするには至らない。
「そうか……無理もない。父親が『ゼウスを信仰する者』だったのだ。少し整理する時間が必要だろう」
そうだ。父さんがあのユピテルだった。
俺の脳内には、いくつもの疑問が渦巻いていた。
なんで父さんが『ゼウスを信仰する者』になっているんだ?
母さんはどうした?父さんが守ってくれているはずだったのに……。
「………はぁ……どうすれば……」
視界が霞む。どうしようもない無力感に襲われていた。
父さんは今、両手を縛られている。
一応、『ゼウスを信仰する者』だったからだ。
また襲ってきたら大変だという理由から、こうするしかなかった。
その姿は、俺にとってあまりにも痛ましかった。
縛られた手首の痣や、憔悴しきった顔――俺の知る父さんとはまるで別人のようだった。
「…………こんな父さんは見たくはなかったよ」
そう呟いた俺の声は、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。
(すまん………)
頭の中でフィーの声が聞こえる。
なぜお前が謝る。
(………すまん)
その謝罪は、何を意味しているのか。
だが、問いかける気力すら今の俺には残っていなかった。
風が冷たく頬を撫で、遠くで木々がざわめいている。
それでも、俺の胸には虚無感が広がるばかりだった。
「………う……ぅ」
突然、父さんが小さく唸り声を上げた。
「父さん……!」
俺は慌てて父の元へ駆け寄った。
その顔には苦痛の表情が浮かんでいる。
「父さん、しっかりしてくれ!」
俺が声をかけると、父の目がかすかに開いた。
その瞳はかつての父さんのものと同じで――いや、むしろ何かを訴えているようだった。
「……………エルザ・スタイリッシュ……」
だが、父さんが発した言葉は、冷たい命令のようなものだった。
その声に感情は感じられず、ただ機械的に繰り返されるだけだ。
「父さん……どうしたんだよ……」
俺の問いかけにも、父さんは応えることなく同じ言葉を呟き続けた。
「エルザ・スタイリッシュを抹殺……せよ」
その命令が、彼の意志ではないことは明らかだった。
俺は拳を握りしめながら、どうするべきか必死で考えた。
だけど――何も答えが出ない。
元に戻す方法は無いのか!?頼む!俺の父さんなんだ!
叫びのような問いかけに、フィーは短く答えた。
(…………ない)
くそっ!!!なんなんだよ、役立たずがっ!!!
俺の心は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃだった。
目の前にいる父さんを助ける方法がない――それを受け入れることなんてできなかった。
「アスフィ……今日はもう寝るぞ」
エルザが静かに声をかけてきた。
その言葉が逆に俺の心をさらに乱す。
「エルザ……俺の……父さんなんだ………母さんを見てくれるって……見といてくれって頼んだんだ……でも……でも……」
涙が止まらない。
声が震え、言葉が詰まりながらも、俺は心の中に渦巻く感情を吐き出す。
あの日、アイツらが村を襲撃した。
未だ眠り続ける無防備な母さんを守るため、きっと父さんは剣を取ったんだろう。
だが、結局はこいつらに――。
視界がぼやけて、涙がポタポタと地面に落ちていく。
俺の頭の中には、父さんが母さんをかばいながら戦う姿が浮かんで離れない。
その姿は俺にとって誇りであると同時に、今となっては耐え難い痛みでもあった。
どうして父さんがこんな目に遭わなきゃならなかったんだ?
どうして俺は、こんなにも無力だったんだ?
拳を強く握り締めたが、それでも震えは止まらない。
俺には何もできなかった――あの日も、今も。
「……また俺は守れなかった」
呟いた言葉は虚しく夜空に吸い込まれていく。
それでも、俺の心の中には後悔と無力感が渦巻き続けていた。
「……違うぞ、アスフィ。まだだ。まだやり直せる」
エルザの声には、鋭い意志と揺るぎない決意が込められていた。
その言葉は、今の俺にはあまりにも重く、そして遠く感じられた。
「これのどこを見てそんなことが言えるんだよっ!!!!」
俺は声を荒げる。
自分でも抑えられないほどの感情が、胸の奥から溢れ出していた。
「俺の父さんだ!!!たった一人の父さんなんだ!!!!」
言葉を詰まらせながらも、俺は吐き出す。
涙は止まらず、手が震える。
「それを……アイツらに……奪われた……」
絞り出した言葉は、自分の無力さをさらに突きつけるようだった。
エルザがどんなに強い意志を持っていようと、俺にはそれを受け止める余裕などなかった。
胸の奥に広がる喪失感と怒り。
それらはどこにもぶつけられず、ただ自分の中で渦巻いていく。
俺の父さんは、もう……。
感情が制御できず、俺は声を荒げる。
だが、エルザ・スタイリッシュもまた一歩も引かない。
「まだお前の父さんは生きている。……見てみろ」
その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。
「何を…………父さん……」
エルザに促され、震える手で父さんをもう一度見つめた。
そして、さっきとは違うことに気づく。
父さんは同じ言葉を繰り返していた。
「エルザ・スタイリッシュを抹殺……せよ……」
その冷たい命令口調は変わらない。
だが、よく見ると父さんの目からは、こぼれ落ちるように涙が溢れていた。
「……お前の父さんはまだ戦っている。……なのにお前が諦めてどうする、アスフィ」
エルザの声が低く静かに響く。
その言葉に込められた力強さが、俺の胸を打った。
父さんは確かに、操られているように見えた。
けれど、その中でも必死にもがき、抗おうとしている――そう感じられる涙だった。
「父さん……」
声が震える。
俺の心の奥で何かが揺さぶられる感覚があった。
エルザはじっと俺を見つめている。
その視線には、俺を見放す気など微塵も感じられなかった。
「まだだ。まだお前の父さんを取り戻せる……お前が諦めない限りな」
彼女の言葉が鋭く突き刺さる。
俺が諦めたら、本当に父さんを失ってしまう――その現実が重くのしかかる。
俺は俯きかけた顔を上げ、もう一度父さんを見つめた。
諦めるには、まだ早い――いや、絶対に諦めてはいけない。
エルザの言葉が胸に突き刺さる。
俺が諦めていい理由なんて、どこにもない――頭では分かっている。
「そうです、アスフィ。アスフィのお父さんを元に戻すことはできるはずです……誰でもないあなたなら!」
ルクスの真剣な言葉が、胸に鋭く響く。
彼女の瞳は、どこまでも真っ直ぐで揺るぎない光を放っていた。
「…………俺の何を知っている」
俺は震える声で問い返した。
その問いには、自分でも整理しきれない感情が混じっていた。
喪失感、怒り、そして微かな希望――その全てが胸の中で交錯していた。
「………アスフィはこんな所で諦めたりしないと知っています」
ルクスの言葉に、俺は視線を逸らした。
彼女の確信めいた声が、俺の心の奥底を揺さぶる。
「アスフィ、君の父さんは私のパパ……エルフォード・スタイリッシュの元パーティ仲間だと聞いた。私のパパが認めた男だ。君が諦めない限り、君の父さんは無事だ。だから立て、アスフィ……君にはまだ守るべき人が居るだろう」
エルザの言葉が重くのしかかる。
それは責めるわけでも、無理強いをするわけでもなく、ただ俺に選択を促すような力強い声だった。
母さん……。
その名前が俺の頭の中を駆け巡る。
そうだ、母さんだ。
父さんが守っていたはずの母さんが、今どうなっているかも分からない。
俺が確かめなければならない。
俺が、母さんを守らなければならないんだ――。
「…………アリアは……マモ……タ……イケ…………アス……フィ……」
掠れた父さんの声が、俺の胸に最後の一押しをした。
俺の心の中に残っていた迷いが、音を立てて崩れていく。
「………………………父さん」
涙がまた一粒頬を伝う。
でも、その涙はさっきまでの無力感や絶望だけではなく、ほんの少しの希望を含んでいた。
俺は深く息を吸い込み、膝に力を入れた。
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
「……分かった。ありがとう、エルザ、ルクス」
二人の顔を見て、小さく頷く。
俺には仲間がいる。この二人となら、きっと前に進める。今ならそう思える。
***
「……エルザ、ルクス、聞いてくれ」
俺はゆっくりと立ち上がり、二人を見た。
「ああ」
「はい」
二人の返事には迷いがなかった。
「……俺は母さんの無事を確認しにいく。……一緒に付いてきてくれるか?」
「うむ、当たり前だ」
「もちろん断るわけがありません」
二人の言葉に胸が熱くなった。
俺はもう一度拳を握り、強くうなずく。
「ありがとう……行こう」
俺は決意した。
この二人となら、どんな困難も乗り越えられる――そう信じることが出来た。
「――なら君の父親は私たちが見ていてあげよう!」
突然の声に振り返ると、そこには緑髪の少女ディンが立っていた。
「ディン……」
ディンはにこやかに笑みを浮かべながら続けた。
「君たちは君たちのやるべきことをやりなよ。ここは私たちに任せてさ!」
その隣には、ゼウスとアイリスの姿もあった。
「ああ、我らに任せろ」
「あなた方はお行きなさい。わたくしたちは、ここでアスフィさんのお父様を見守ります」
ゼウスとアイリスの言葉には、頼もしさがあった。
「……ゼウス……アイリス……お前ら、どこに行ってたんだよ」
俺の問いにゼウスが腕を組みながら答えた。
「我らは我らでやることがあった。その準備をしていた」
「ええ、ゼウスの言う通りです。この場は任せて、アスフィさんたちは早くお行きなさい」
アイリスの声は柔らかかったが、その中には強い意志が感じられた。
正直、父さんをどうするべきか迷っていた。
おんぶして連れていくわけにもいかないし、かといってこの場に放置するわけにもいかない。
だからこそ、彼女たちの申し出はありがたかった。
「……分かった。父さんを頼む」
「うん!任されたよ!君たちも気を付けてね!」
「ああ」
ディンたちに父さんを託し、俺たちは新たな目的地へ向けて歩き出した。
こうして俺、エルザ、ルクスの三人は、母さんの元へ向かう旅を再開した。
父さんはディンたち――神々に任せた。
「行ってくるよ……父さん。母さんのところへ」
俺は心の中でそう誓い、父さんを後にした。
***
「行ったね……はぁ、全く、君もユピテルなんかにやられるなんて落ちたもんだね、ガーフィ」
「全くだ」
ゼウスがそれに便乗するかのように応じる。
「そうですね……」
アイリスも静かにうなずいた。
「……じゃあ、私たちも行こっか!」
ディンの明るい声を合図に、神々もまたそれぞれの目的に向けて動き出した。
それぞれが抱える思いを胸に秘めながら――。
エルザが静かに問いかける。
俺は夜の平地で膝を抱え込んでいた。
月明かりが淡く地面を照らし、冷たい風が肌を撫でる。
夜の静けさが、俺の心に重くのしかかる。
「……はい、今は落ち着いています」
エルザの問いかけにルクスが小さな声で答える。
その言葉には気遣いが滲んでいるが、俺の心を軽くするには至らない。
「そうか……無理もない。父親が『ゼウスを信仰する者』だったのだ。少し整理する時間が必要だろう」
そうだ。父さんがあのユピテルだった。
俺の脳内には、いくつもの疑問が渦巻いていた。
なんで父さんが『ゼウスを信仰する者』になっているんだ?
母さんはどうした?父さんが守ってくれているはずだったのに……。
「………はぁ……どうすれば……」
視界が霞む。どうしようもない無力感に襲われていた。
父さんは今、両手を縛られている。
一応、『ゼウスを信仰する者』だったからだ。
また襲ってきたら大変だという理由から、こうするしかなかった。
その姿は、俺にとってあまりにも痛ましかった。
縛られた手首の痣や、憔悴しきった顔――俺の知る父さんとはまるで別人のようだった。
「…………こんな父さんは見たくはなかったよ」
そう呟いた俺の声は、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。
(すまん………)
頭の中でフィーの声が聞こえる。
なぜお前が謝る。
(………すまん)
その謝罪は、何を意味しているのか。
だが、問いかける気力すら今の俺には残っていなかった。
風が冷たく頬を撫で、遠くで木々がざわめいている。
それでも、俺の胸には虚無感が広がるばかりだった。
「………う……ぅ」
突然、父さんが小さく唸り声を上げた。
「父さん……!」
俺は慌てて父の元へ駆け寄った。
その顔には苦痛の表情が浮かんでいる。
「父さん、しっかりしてくれ!」
俺が声をかけると、父の目がかすかに開いた。
その瞳はかつての父さんのものと同じで――いや、むしろ何かを訴えているようだった。
「……………エルザ・スタイリッシュ……」
だが、父さんが発した言葉は、冷たい命令のようなものだった。
その声に感情は感じられず、ただ機械的に繰り返されるだけだ。
「父さん……どうしたんだよ……」
俺の問いかけにも、父さんは応えることなく同じ言葉を呟き続けた。
「エルザ・スタイリッシュを抹殺……せよ」
その命令が、彼の意志ではないことは明らかだった。
俺は拳を握りしめながら、どうするべきか必死で考えた。
だけど――何も答えが出ない。
元に戻す方法は無いのか!?頼む!俺の父さんなんだ!
叫びのような問いかけに、フィーは短く答えた。
(…………ない)
くそっ!!!なんなんだよ、役立たずがっ!!!
俺の心は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃだった。
目の前にいる父さんを助ける方法がない――それを受け入れることなんてできなかった。
「アスフィ……今日はもう寝るぞ」
エルザが静かに声をかけてきた。
その言葉が逆に俺の心をさらに乱す。
「エルザ……俺の……父さんなんだ………母さんを見てくれるって……見といてくれって頼んだんだ……でも……でも……」
涙が止まらない。
声が震え、言葉が詰まりながらも、俺は心の中に渦巻く感情を吐き出す。
あの日、アイツらが村を襲撃した。
未だ眠り続ける無防備な母さんを守るため、きっと父さんは剣を取ったんだろう。
だが、結局はこいつらに――。
視界がぼやけて、涙がポタポタと地面に落ちていく。
俺の頭の中には、父さんが母さんをかばいながら戦う姿が浮かんで離れない。
その姿は俺にとって誇りであると同時に、今となっては耐え難い痛みでもあった。
どうして父さんがこんな目に遭わなきゃならなかったんだ?
どうして俺は、こんなにも無力だったんだ?
拳を強く握り締めたが、それでも震えは止まらない。
俺には何もできなかった――あの日も、今も。
「……また俺は守れなかった」
呟いた言葉は虚しく夜空に吸い込まれていく。
それでも、俺の心の中には後悔と無力感が渦巻き続けていた。
「……違うぞ、アスフィ。まだだ。まだやり直せる」
エルザの声には、鋭い意志と揺るぎない決意が込められていた。
その言葉は、今の俺にはあまりにも重く、そして遠く感じられた。
「これのどこを見てそんなことが言えるんだよっ!!!!」
俺は声を荒げる。
自分でも抑えられないほどの感情が、胸の奥から溢れ出していた。
「俺の父さんだ!!!たった一人の父さんなんだ!!!!」
言葉を詰まらせながらも、俺は吐き出す。
涙は止まらず、手が震える。
「それを……アイツらに……奪われた……」
絞り出した言葉は、自分の無力さをさらに突きつけるようだった。
エルザがどんなに強い意志を持っていようと、俺にはそれを受け止める余裕などなかった。
胸の奥に広がる喪失感と怒り。
それらはどこにもぶつけられず、ただ自分の中で渦巻いていく。
俺の父さんは、もう……。
感情が制御できず、俺は声を荒げる。
だが、エルザ・スタイリッシュもまた一歩も引かない。
「まだお前の父さんは生きている。……見てみろ」
その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。
「何を…………父さん……」
エルザに促され、震える手で父さんをもう一度見つめた。
そして、さっきとは違うことに気づく。
父さんは同じ言葉を繰り返していた。
「エルザ・スタイリッシュを抹殺……せよ……」
その冷たい命令口調は変わらない。
だが、よく見ると父さんの目からは、こぼれ落ちるように涙が溢れていた。
「……お前の父さんはまだ戦っている。……なのにお前が諦めてどうする、アスフィ」
エルザの声が低く静かに響く。
その言葉に込められた力強さが、俺の胸を打った。
父さんは確かに、操られているように見えた。
けれど、その中でも必死にもがき、抗おうとしている――そう感じられる涙だった。
「父さん……」
声が震える。
俺の心の奥で何かが揺さぶられる感覚があった。
エルザはじっと俺を見つめている。
その視線には、俺を見放す気など微塵も感じられなかった。
「まだだ。まだお前の父さんを取り戻せる……お前が諦めない限りな」
彼女の言葉が鋭く突き刺さる。
俺が諦めたら、本当に父さんを失ってしまう――その現実が重くのしかかる。
俺は俯きかけた顔を上げ、もう一度父さんを見つめた。
諦めるには、まだ早い――いや、絶対に諦めてはいけない。
エルザの言葉が胸に突き刺さる。
俺が諦めていい理由なんて、どこにもない――頭では分かっている。
「そうです、アスフィ。アスフィのお父さんを元に戻すことはできるはずです……誰でもないあなたなら!」
ルクスの真剣な言葉が、胸に鋭く響く。
彼女の瞳は、どこまでも真っ直ぐで揺るぎない光を放っていた。
「…………俺の何を知っている」
俺は震える声で問い返した。
その問いには、自分でも整理しきれない感情が混じっていた。
喪失感、怒り、そして微かな希望――その全てが胸の中で交錯していた。
「………アスフィはこんな所で諦めたりしないと知っています」
ルクスの言葉に、俺は視線を逸らした。
彼女の確信めいた声が、俺の心の奥底を揺さぶる。
「アスフィ、君の父さんは私のパパ……エルフォード・スタイリッシュの元パーティ仲間だと聞いた。私のパパが認めた男だ。君が諦めない限り、君の父さんは無事だ。だから立て、アスフィ……君にはまだ守るべき人が居るだろう」
エルザの言葉が重くのしかかる。
それは責めるわけでも、無理強いをするわけでもなく、ただ俺に選択を促すような力強い声だった。
母さん……。
その名前が俺の頭の中を駆け巡る。
そうだ、母さんだ。
父さんが守っていたはずの母さんが、今どうなっているかも分からない。
俺が確かめなければならない。
俺が、母さんを守らなければならないんだ――。
「…………アリアは……マモ……タ……イケ…………アス……フィ……」
掠れた父さんの声が、俺の胸に最後の一押しをした。
俺の心の中に残っていた迷いが、音を立てて崩れていく。
「………………………父さん」
涙がまた一粒頬を伝う。
でも、その涙はさっきまでの無力感や絶望だけではなく、ほんの少しの希望を含んでいた。
俺は深く息を吸い込み、膝に力を入れた。
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
「……分かった。ありがとう、エルザ、ルクス」
二人の顔を見て、小さく頷く。
俺には仲間がいる。この二人となら、きっと前に進める。今ならそう思える。
***
「……エルザ、ルクス、聞いてくれ」
俺はゆっくりと立ち上がり、二人を見た。
「ああ」
「はい」
二人の返事には迷いがなかった。
「……俺は母さんの無事を確認しにいく。……一緒に付いてきてくれるか?」
「うむ、当たり前だ」
「もちろん断るわけがありません」
二人の言葉に胸が熱くなった。
俺はもう一度拳を握り、強くうなずく。
「ありがとう……行こう」
俺は決意した。
この二人となら、どんな困難も乗り越えられる――そう信じることが出来た。
「――なら君の父親は私たちが見ていてあげよう!」
突然の声に振り返ると、そこには緑髪の少女ディンが立っていた。
「ディン……」
ディンはにこやかに笑みを浮かべながら続けた。
「君たちは君たちのやるべきことをやりなよ。ここは私たちに任せてさ!」
その隣には、ゼウスとアイリスの姿もあった。
「ああ、我らに任せろ」
「あなた方はお行きなさい。わたくしたちは、ここでアスフィさんのお父様を見守ります」
ゼウスとアイリスの言葉には、頼もしさがあった。
「……ゼウス……アイリス……お前ら、どこに行ってたんだよ」
俺の問いにゼウスが腕を組みながら答えた。
「我らは我らでやることがあった。その準備をしていた」
「ええ、ゼウスの言う通りです。この場は任せて、アスフィさんたちは早くお行きなさい」
アイリスの声は柔らかかったが、その中には強い意志が感じられた。
正直、父さんをどうするべきか迷っていた。
おんぶして連れていくわけにもいかないし、かといってこの場に放置するわけにもいかない。
だからこそ、彼女たちの申し出はありがたかった。
「……分かった。父さんを頼む」
「うん!任されたよ!君たちも気を付けてね!」
「ああ」
ディンたちに父さんを託し、俺たちは新たな目的地へ向けて歩き出した。
こうして俺、エルザ、ルクスの三人は、母さんの元へ向かう旅を再開した。
父さんはディンたち――神々に任せた。
「行ってくるよ……父さん。母さんのところへ」
俺は心の中でそう誓い、父さんを後にした。
***
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「全くだ」
ゼウスがそれに便乗するかのように応じる。
「そうですね……」
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