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第五章 《第一部》ヒーラー 追憶篇
第71話「全滅」
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ハクという女が俺達の前に現れた。
彼女の微笑みは、まるで勝利を確信した者のそれだった。
どうやら俺の魔法は彼女には通用しないらしい。
「なら私が遊んでやろう」
エルザが前に出た。
その言葉とは裏腹に、彼女の動きにはいつもの余裕がなかった。
「……くっ」
「エルザッ!」
「……大丈夫だ、問題ない」
エルザは短くそう言ったが、明らかに無理をしている。
ハクは微動だにしない。ただ立ち尽くしているだけだ。それなのに、エルザが攻撃を仕掛けるたび、逆に自らが傷ついていく。
「その小細工はなんだ……どんな魔法だ」
「教えるわけないでしょう」
「防御魔法の一種ですね……見たことは無いですが、聞いたことがあります」
「……さすが博識ですね、『白い悪魔』さん?」
よく見ると、黄色の薄い膜のようなものがハクの体を覆っていた。
なるほど、防御魔法か。俺は初めて見るな。
「お前達は私に傷一つ付けることすら出来ません」
「……そうか……そうかもしれないなぁ……だが、そこまで防御に特化していては攻撃手段もあるまい」
「……」
「図星か……」
さすがの観察眼だエルザ。
確かに、祝福は一つだ。ルクスのような『あらゆる魔法を扱える』というチート以外は……。
「なぁ、ルクス。お前あのハクの魔法使えないのか?」
「詠唱を聞けば再現できますね。魔法に必要なのは詠唱よりもイメージです」
それはかつて、ミスタリスでルクスが教えてくれたものだ。
「しかし、初めて使う魔法の場合は別です。詠唱を聞かないとその魔法のイメージすら出来ませんので」
ルクスは冷静に答えるが、その瞳には焦りの色が浮かんでいた。
「私が攻撃出来ないから?それがどうしたと言うのです。お前達は、この私を見過ごす事ができるのですか?」
その言葉に、俺の心はさらにざわついた。
逃げられるわけがない。だが、このままでは勝ち目もない。
「私がやります」
ルクスの声が静かに響いた。
「ルクスっ!?」
「やめておけルクス、私の攻撃さえ通じないのだ」
「……しかしこのままでは埒が明きません!」
ルクスの瞳には恐怖と決意が入り混じっていた。
小さな体が震えているのが分かる。それでも彼女は前に出ようとする。
「さぁ、早くしないと夜になりますよ?」
ハクの挑発的な笑みに、胸の奥で何かが軋んだ。
なぁ……聞こえるか?
(なんだ)
どうすればいい?
(なぜ俺に聞く)
お前なら何か知ってるんじゃないのかと思ってな。
(知るわけないだろ。ハクなんて初めて見たよ)
そうか。
(……お前のその杖をルクスに貸してやれ)
なに?母さんの杖をか?
(俺が知る限り、魔法という分野において、ルクスに勝る者はいない)
どういうことか分からんが、とにかくルクスに渡せばいいんだな?
(ああ……どうなるかは知らんがな)
内心で舌打ちをしつつ、俺は決断した。
「ルクス!!」
「はい、なんでしょうアスフィ?」
「……これを使って最大威力の魔法を放て」
「アスフィの杖を使って……ですか?……しかしそんなことをしたら――」
「お前たちは俺が守る。心配するな。死なせやしない……すこし地獄を見ることになるかもしれないが……」
それはかつて俺が模擬戦で経験した、永遠とも感じた絶えず続く”死ねない痛み”だ。
俺の言葉に、ルクスは一瞬だけ目を伏せ、そして頷いた。
「………お前達、まさか私に魔法を放つ気ですか?バカですか?さっき見たでしょう、私の防御魔法はあらゆる攻撃を反射します。ダメージを負うのはお前達だけです」
ハクの声には、冷たくも確かな確信が宿っていた。
だが、もう後戻りはできない。
「………分かりました。アスフィの言う通りにします」
「うむ、考えは分かった。私も覚悟を決めた。元より未来の夫の考えに反対する気など無いがな!!」
エルザの堂々とした言葉に、俺は思わず苦笑した。
「ルクスっ!やれ!」
「はいっ!!」
「まさかお前達、本気なのか……?」
「天から授かりしこの祝福」
「無駄だと言うのに……死ぬのはお前たちだけです」
「ああ、双黒よ。我が魂に打ち震えよ――」
……ん?いつもの爆炎の嵐じゃないのか?
(これはルクスの取っておきだな)
……なに?
「今から私がお前の主である。ルクス・セルロスフォカロが命ず。目の前の敵を討ち滅ぼせ――」
「『双黒龍の息吹!』」
ルクスが放ったその魔法は、禍々しい黒い炎と共にハクを飲み込んだ。
その瞬間、轟音が辺り一帯を揺るがし、視界が真っ白になるほどの閃光が走る。
「はぁ……はぁ……どうでしょうか」
ルクスの肩が上下している。彼女の全身から力が抜け、杖を握る手が小刻みに震えていた。
「………フフッ」
ハクの笑い声が煙の中から響く。
「やはりダメか……」
エルザが低く呟いた。だが、何かが違う。ハクの声に含まれた、微かな苦痛――。
「……私の防御魔法を貫通するとは面白いです」
煙が晴れると、ハクの身体はボロボロになっていた。防御魔法を持ってしても完全には防ぎきれなかったのだろう。
「……まさか私の祖先の魔法を使ってくるとは……どこでそれを?」
「……分かりません。頭に流れ込んできたのを詠みました」
ルクスが静かに答える。その言葉に、ハクは薄く笑みを浮かべた。
「……フフッ……そうですか……」
俺の時と同じだ……俺の魔法も誰かに教わった訳じゃない。ただ、頭に浮かんできた文字を詠んだ。それだけだった。
「さぁ観念しろハク!私達の勝ちだっ!」
エルザが凛とした声で宣言する。だが――。
「……何を言っているのやら。私はまだなにもしていませんよ?」
「……なに?」
ハクが微笑みながら着物に手を掛けた。
「ア、アスフィ見ちゃダメですッ!!」
「おい!やめろルクス!今はそれどころじゃ――」
ルクスが俺の目を覆ったが、指の隙間から見えた光景に言葉を失った。
ハクの白い肌が、青黒く変色し始め、骨が軋む音と共に体が膨れ上がっていく。
「なに……?」
「ドラゴン……だと」
俺たちは立ち尽くしていた。目の前の女が、徐々に恐るべき姿へと変貌していく。
「そんな……まさかこんな事が……」
翼が生え、尾が伸び、頭には鋭い角が生えた。その姿はまさしく伝説で語られるドラゴンそのものだった。
「……言っておきますが、私はそこらの竜種とは違いますよ?」
ハクは翼を広げ、空中に舞い上がる。そして――。
「私は龍人です」
その言葉が俺たちをさらなる絶望の淵へ突き落とした――。
「……龍人!?」
俺の喉から搾り出るような声が漏れる。信じられないものを目の当たりにして、全身が硬直していた。
「……おい、エルザ。凄いのかそれ」
俺は分かりきっている事実をエルザに問う。
「……神と並ぶ伝説上のバケモノだ。『アスガルド帝国』にも竜人は居ただろう」
エルザの声は低く、緊張で張り詰めていた。俺の脳裏には、かつて帝国で見かけたトカゲ顔の生物の姿が蘇る。
だが、それとハクは明らかに違う。この存在感、この威圧感は比較にならない。
「龍人と竜人、呼び方は同じでも竜人はドラゴンにはなれない。このハクという女が言う『リュウジン』とはこの場合、”龍の人”と書いて、龍人の方だ」
エルザが懸命に説明してくれるが、俺の頭は混乱していた。
「つまり……?」
「……別名、龍の神と書いて、『龍神』とも言われます」
ルクスの冷静な言葉がさらに俺の焦燥を煽る。
神……龍神……俺たちに勝ち目なんてあるのか?
「……龍の神ですか……懐かしい響きですね」
ハクが余裕を持って微笑む。その笑みに、全身を冷や汗が伝った。
「………アスフィ、これはかなりマズイ」
エルザが低く呟いたその声に、ただならぬ覚悟が込められているのが分かった。
「エルザ、俺たちの勝率いくらだと思う……?」
「……………………一%だ」
「そうかよ……ならその一%で抗うしかないな」
俺の言葉が自分自身にも聞こえないほど小さな声で呟かれる。全身が震えていた。
だが、もう逃げることはできない。
「私の祖先の魔法を使う者、『白い悪魔』……いえ、ルクスと言いましたか。本物の息吹を味わいたくありませんか?」
「――っ!!アスフィ、逃げましょう!!」
ルクスが急に俺の肩を掴んだ。その瞳には焦燥と恐怖が混ざり合っている。
「おい、ルクスどうした!?」
「アスフィ!!早くしろ死にたいのか!!!」
エルザの叫び声が響く。俺はその場に立ち尽くしたままだった。
何かが来る。今までにない、圧倒的な何かが――。
「――さぁ、逃げられるものなら逃げてみなさい」
ハクが空に舞い上がり、大きく口を開けた。その口内が赤く光り始める。
その光は次第に輝きを増し、俺たちを完全に飲み込む準備を整えていた。
『憤怒の双黒龍の息吹』
――その瞬間、世界が崩壊した音が聞こえた気がした。
残されたのは、もはや人の形をかろうじて留めているだけの、黒く焼き焦げたナニカだけだった。
彼女の微笑みは、まるで勝利を確信した者のそれだった。
どうやら俺の魔法は彼女には通用しないらしい。
「なら私が遊んでやろう」
エルザが前に出た。
その言葉とは裏腹に、彼女の動きにはいつもの余裕がなかった。
「……くっ」
「エルザッ!」
「……大丈夫だ、問題ない」
エルザは短くそう言ったが、明らかに無理をしている。
ハクは微動だにしない。ただ立ち尽くしているだけだ。それなのに、エルザが攻撃を仕掛けるたび、逆に自らが傷ついていく。
「その小細工はなんだ……どんな魔法だ」
「教えるわけないでしょう」
「防御魔法の一種ですね……見たことは無いですが、聞いたことがあります」
「……さすが博識ですね、『白い悪魔』さん?」
よく見ると、黄色の薄い膜のようなものがハクの体を覆っていた。
なるほど、防御魔法か。俺は初めて見るな。
「お前達は私に傷一つ付けることすら出来ません」
「……そうか……そうかもしれないなぁ……だが、そこまで防御に特化していては攻撃手段もあるまい」
「……」
「図星か……」
さすがの観察眼だエルザ。
確かに、祝福は一つだ。ルクスのような『あらゆる魔法を扱える』というチート以外は……。
「なぁ、ルクス。お前あのハクの魔法使えないのか?」
「詠唱を聞けば再現できますね。魔法に必要なのは詠唱よりもイメージです」
それはかつて、ミスタリスでルクスが教えてくれたものだ。
「しかし、初めて使う魔法の場合は別です。詠唱を聞かないとその魔法のイメージすら出来ませんので」
ルクスは冷静に答えるが、その瞳には焦りの色が浮かんでいた。
「私が攻撃出来ないから?それがどうしたと言うのです。お前達は、この私を見過ごす事ができるのですか?」
その言葉に、俺の心はさらにざわついた。
逃げられるわけがない。だが、このままでは勝ち目もない。
「私がやります」
ルクスの声が静かに響いた。
「ルクスっ!?」
「やめておけルクス、私の攻撃さえ通じないのだ」
「……しかしこのままでは埒が明きません!」
ルクスの瞳には恐怖と決意が入り混じっていた。
小さな体が震えているのが分かる。それでも彼女は前に出ようとする。
「さぁ、早くしないと夜になりますよ?」
ハクの挑発的な笑みに、胸の奥で何かが軋んだ。
なぁ……聞こえるか?
(なんだ)
どうすればいい?
(なぜ俺に聞く)
お前なら何か知ってるんじゃないのかと思ってな。
(知るわけないだろ。ハクなんて初めて見たよ)
そうか。
(……お前のその杖をルクスに貸してやれ)
なに?母さんの杖をか?
(俺が知る限り、魔法という分野において、ルクスに勝る者はいない)
どういうことか分からんが、とにかくルクスに渡せばいいんだな?
(ああ……どうなるかは知らんがな)
内心で舌打ちをしつつ、俺は決断した。
「ルクス!!」
「はい、なんでしょうアスフィ?」
「……これを使って最大威力の魔法を放て」
「アスフィの杖を使って……ですか?……しかしそんなことをしたら――」
「お前たちは俺が守る。心配するな。死なせやしない……すこし地獄を見ることになるかもしれないが……」
それはかつて俺が模擬戦で経験した、永遠とも感じた絶えず続く”死ねない痛み”だ。
俺の言葉に、ルクスは一瞬だけ目を伏せ、そして頷いた。
「………お前達、まさか私に魔法を放つ気ですか?バカですか?さっき見たでしょう、私の防御魔法はあらゆる攻撃を反射します。ダメージを負うのはお前達だけです」
ハクの声には、冷たくも確かな確信が宿っていた。
だが、もう後戻りはできない。
「………分かりました。アスフィの言う通りにします」
「うむ、考えは分かった。私も覚悟を決めた。元より未来の夫の考えに反対する気など無いがな!!」
エルザの堂々とした言葉に、俺は思わず苦笑した。
「ルクスっ!やれ!」
「はいっ!!」
「まさかお前達、本気なのか……?」
「天から授かりしこの祝福」
「無駄だと言うのに……死ぬのはお前たちだけです」
「ああ、双黒よ。我が魂に打ち震えよ――」
……ん?いつもの爆炎の嵐じゃないのか?
(これはルクスの取っておきだな)
……なに?
「今から私がお前の主である。ルクス・セルロスフォカロが命ず。目の前の敵を討ち滅ぼせ――」
「『双黒龍の息吹!』」
ルクスが放ったその魔法は、禍々しい黒い炎と共にハクを飲み込んだ。
その瞬間、轟音が辺り一帯を揺るがし、視界が真っ白になるほどの閃光が走る。
「はぁ……はぁ……どうでしょうか」
ルクスの肩が上下している。彼女の全身から力が抜け、杖を握る手が小刻みに震えていた。
「………フフッ」
ハクの笑い声が煙の中から響く。
「やはりダメか……」
エルザが低く呟いた。だが、何かが違う。ハクの声に含まれた、微かな苦痛――。
「……私の防御魔法を貫通するとは面白いです」
煙が晴れると、ハクの身体はボロボロになっていた。防御魔法を持ってしても完全には防ぎきれなかったのだろう。
「……まさか私の祖先の魔法を使ってくるとは……どこでそれを?」
「……分かりません。頭に流れ込んできたのを詠みました」
ルクスが静かに答える。その言葉に、ハクは薄く笑みを浮かべた。
「……フフッ……そうですか……」
俺の時と同じだ……俺の魔法も誰かに教わった訳じゃない。ただ、頭に浮かんできた文字を詠んだ。それだけだった。
「さぁ観念しろハク!私達の勝ちだっ!」
エルザが凛とした声で宣言する。だが――。
「……何を言っているのやら。私はまだなにもしていませんよ?」
「……なに?」
ハクが微笑みながら着物に手を掛けた。
「ア、アスフィ見ちゃダメですッ!!」
「おい!やめろルクス!今はそれどころじゃ――」
ルクスが俺の目を覆ったが、指の隙間から見えた光景に言葉を失った。
ハクの白い肌が、青黒く変色し始め、骨が軋む音と共に体が膨れ上がっていく。
「なに……?」
「ドラゴン……だと」
俺たちは立ち尽くしていた。目の前の女が、徐々に恐るべき姿へと変貌していく。
「そんな……まさかこんな事が……」
翼が生え、尾が伸び、頭には鋭い角が生えた。その姿はまさしく伝説で語られるドラゴンそのものだった。
「……言っておきますが、私はそこらの竜種とは違いますよ?」
ハクは翼を広げ、空中に舞い上がる。そして――。
「私は龍人です」
その言葉が俺たちをさらなる絶望の淵へ突き落とした――。
「……龍人!?」
俺の喉から搾り出るような声が漏れる。信じられないものを目の当たりにして、全身が硬直していた。
「……おい、エルザ。凄いのかそれ」
俺は分かりきっている事実をエルザに問う。
「……神と並ぶ伝説上のバケモノだ。『アスガルド帝国』にも竜人は居ただろう」
エルザの声は低く、緊張で張り詰めていた。俺の脳裏には、かつて帝国で見かけたトカゲ顔の生物の姿が蘇る。
だが、それとハクは明らかに違う。この存在感、この威圧感は比較にならない。
「龍人と竜人、呼び方は同じでも竜人はドラゴンにはなれない。このハクという女が言う『リュウジン』とはこの場合、”龍の人”と書いて、龍人の方だ」
エルザが懸命に説明してくれるが、俺の頭は混乱していた。
「つまり……?」
「……別名、龍の神と書いて、『龍神』とも言われます」
ルクスの冷静な言葉がさらに俺の焦燥を煽る。
神……龍神……俺たちに勝ち目なんてあるのか?
「……龍の神ですか……懐かしい響きですね」
ハクが余裕を持って微笑む。その笑みに、全身を冷や汗が伝った。
「………アスフィ、これはかなりマズイ」
エルザが低く呟いたその声に、ただならぬ覚悟が込められているのが分かった。
「エルザ、俺たちの勝率いくらだと思う……?」
「……………………一%だ」
「そうかよ……ならその一%で抗うしかないな」
俺の言葉が自分自身にも聞こえないほど小さな声で呟かれる。全身が震えていた。
だが、もう逃げることはできない。
「私の祖先の魔法を使う者、『白い悪魔』……いえ、ルクスと言いましたか。本物の息吹を味わいたくありませんか?」
「――っ!!アスフィ、逃げましょう!!」
ルクスが急に俺の肩を掴んだ。その瞳には焦燥と恐怖が混ざり合っている。
「おい、ルクスどうした!?」
「アスフィ!!早くしろ死にたいのか!!!」
エルザの叫び声が響く。俺はその場に立ち尽くしたままだった。
何かが来る。今までにない、圧倒的な何かが――。
「――さぁ、逃げられるものなら逃げてみなさい」
ハクが空に舞い上がり、大きく口を開けた。その口内が赤く光り始める。
その光は次第に輝きを増し、俺たちを完全に飲み込む準備を整えていた。
『憤怒の双黒龍の息吹』
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