Re:攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。【第一部新生版】

水無月いい人(minazuki)

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第六章 《第一部》ヒーラー 絶望と反撃の覚醒篇

第73話「道化」

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「……フィー、大丈夫か?」

「ああ、問題ない」

俺――フィーとマキナは、すべての元凶を倒すべく、遥か上空を飛行していた。
眼下には焼け焦げた地面と、かつて村だったであろう場所が広がっている。焼け跡からは未だ煙が立ち上り、鼻をつく異臭が漂っていた。俺たちが進む先に待つのは、さらなる破壊と戦い。分かっている、それでも進むしかない。

そんな中、マキナの動きに気がつく。安定した飛行だけではない。俺を気遣ってわざとスピードを落としていることが分かった。

くそ……『呪い』さえなければ、今すぐにでもこいつを抱きしめてやりてぇのに……。

マキナは相変わらずだ。本当にいい女だ。どんなに絶望的な状況でも冷静で、俺を気遣ってくれる。こんな女を俺が守れなかったら、何のために生きているか分からないじゃないか。

『……止まるぞ、フィー』

突然の言葉に俺は意識を戻す。

「……ん?どうした?」

『聞こえないか?』

マキナの瞳が鋭くなり、遠くを見据えている。

……何か、聞こえる。

最初は風の音かと思ったが、それとは違う。不自然な、重い音。何かがぶつかり合い、衝撃を生み出しているような波動。その戦いの余波が、ここまで届いてくる。

『半身たちが戦っているな』

「……急いだほうが良さそうだな」

『ああ』

胸がざわつく。俺たちがたどり着く前に、すべてが終わってしまうのではないか――そんな不安が胸を支配する。

頼む、まだやられてくれるなよ、ゼウス。俺たちが到着するまで耐えてくれ――!

***

俺とマキナはついに、波動の発生源へとたどり着いた。
そこは、荒れ果てた大地と破壊された建物が広がる戦場だった。無数の裂け目が大地を覆う。

『遅かったですネェ、マキナ……と――』

ニヤついた不快な声が響く。全身が一瞬で逆立つような、嫌悪感を伴った声。

『フィー……いえ、ケンイチ・・・・くん』

「ああ、お前の顔なんて二度と見たくはなかったがな」

『それはそれは悲しいですネェ……私は会いたかったですよ』

その声の主――道化エーシル。俺が一番嫌いな野郎だ。こいつは俺の人生を狂わせた元凶である。その顔を見るだけで、身体の奥底から怒りが湧き上がる。

「……フィー……来たのか」

「ゼウス……それにポセイドン、オーディンまで……」

「いや~流石に私たちだけでは難しいね……」

「わたくしたちも手を抜いた覚えはないのですが……」

ゼウス、ポセイドン、オーディン――彼女達神々が、大地に伏していた。その中心に立つ道化エーシルは、まるで勝者のような余裕を漂わせている。

『さぁ、役者が揃いましたよ!皆さん!』

道化エーシルが両手を大きく広げ、歓喜に満ちた声を上げた。まるでこれからの地獄を楽しみにしているかのような、その狂気じみた態度に、俺の血は逆流するかのように煮えたぎった。

「……行くぞ、マキナ!」

『ああ』

二人は一瞬で意識を合わせ、まるで息をするように手を突き出した。

「『雷撃ライゲキ』!」

雷の一閃がエーシルに向かって放たれる。その軌跡はまるで世界を貫くかのように、真っ直ぐに奴を狙った。しかし――。

雷はエーシルに届く直前で消え去り、まるで何もなかったかのように虚空へと消滅した。

「あああああああああああっ!!!」

次の瞬間、響いたのはオーディンの悲鳴だった。

「な、なんでだ!?」

俺の声は震えていた。目の前で、俺たちの放った雷がエーシルに当たらず、なぜかオーディンを襲っていたのだ。雷の衝撃が彼女の身体を貫き、倒れ込む姿が目に焼き付いた。

『おやおや、なんてことを……仲間のはずでしょう?』

エーシルの嘲笑混じりの声が耳に突き刺さる。奴は笑っていた。心底楽しそうに、俺たちの絶望を眺めていた。

「オーディン! 大丈夫か!?」

俺は駆け寄ろうとする。しかし、マキナが腕を掴んで止めた。

『待て、フィー。無駄に動くな』

「でも……!」

『これは奴の能力だ』

マキナの瞳には確信が宿っていた。その言葉に俺は立ち尽くし、歯を食いしばるしかなかった。

「そうですヨ、皆さん。私の力は攻撃対象をすり替える。それも、あなた方の大切な仲間にネ。お楽しみいただけましたか?」

エーシルが狂ったように笑う。その言葉に、俺の拳は震え、爪が手のひらを抉るほどに握り締められていた。

「くそっ……なんて力だ……!」

『フィー、冷静になれ。奴の能力を見極めなければ、同じことを繰り返すだけだ』

マキナの声にハッとする。しかし、目の前の光景が俺の心をかき乱していた。

地面に倒れ伏すオーディン。苦悶に顔を歪め、血がじわりと大地を染めていく。その姿が俺の心を締め付ける。

「……オーディン、ごめん……俺のせいだ……」

『フィー!

「――っ!!」

『その感情を捨てろ。今は冷静さが必要だ!』

マキナの声が再び響く。俺は拳を握り直し、目の前の敵を睨みつけた。

「……分かった。だが、次は失敗しない……絶対に……!」

エーシルの笑みがますます深まる中、俺たちの戦いはさらに苛烈なものとなっていく――。

『大丈夫……私のことはいいから……』

オーディンの言葉が胸に刺さる。その声は震えていたが、確かな覚悟が滲んでいた。それでも、俺の胸には苛立ちと焦燥が渦巻いている。  
これでは勝負にならない。このままでは、また俺たちはエーシルに翻弄されるだけだ。何も変えられないまま、全てを失ってしまう。

どうすればエーシルに攻撃を当てられるんだ……!  

『はああああああああああっ!!』

突然、耳を裂くような咆哮が響いた。

「オーディンッ!?なにをする気だ!」

オーディンが両手を掲げ、地面を大きく抉り始める。その姿には狂気じみた迫力があった。  
次の瞬間、裂けた大地が道化エーシルを飲み込むように割れ、奴を地中深く叩き込んだ。その破壊力は、見る者の背筋を凍らせるほどだった。

やがて裂けた地面は、重々しい音を立てながらゆっくりと塞がっていく。

『これで……どうだ……はぁ……はぁ……』

オーディンの声は荒く、彼女の全身から汗が滴り落ちていた。その表情には、わずかながら安堵の色が見える。

「ナイスだ、オーディン!」

俺は叫んだ。地の中に閉じ込められれば、さすがのエーシルも出てくることはできないはずだ。  
俺たちはそう信じた。信じたかった。だが――。

『――いやぁ、お見事』

ぞっとするほど嫌な声が響いた。それは、深い闇の底から浮かび上がるような低い声だった。

「なっ……!?」

俺たちは凍りついた。次の瞬間、閉じたはずの地面が再びひび割れ、黒い影がゆらりと立ち上がった。

『しかし……私はこんなことでは死にませんよ?』

エーシルの顔には、変わらぬ不敵な笑みが浮かんでいる。その瞳は、深い底なしの闇を思わせるものだった。

「きゃあああああああああああああ!!!」

裂け目から響いたのは、ポセイドンの絶叫だった。  
その声はまるで魂が引き裂かれるようで、俺の心臓を鷲掴みにする。

「おい……なんだこれは……」

地中にいたはずのエーシルが、突如ポセイドンの位置に立っていた。その口元には薄気味悪い笑みが浮かんでいる。

『位置を入れ替えただけです……簡単なことですよ』

「な……ポセイドンが……!|…………待てよ……じゃあポセイドンは……!?」

俺はその言葉の続きを飲み込む。エーシルの能力――対象を入れ替える魔法だ。つまり、ポセイドンは今、地中にいる。

『そうですよ……彼女はあなた方が掘り起こしてくれるのを、きっと待っているでしょうね』

「貴様……!」

『ああ、可哀想なポセイドン……どんな気分なのか聞いてみたいものですネェ』

エーシルの言葉は嘲笑そのものだった。だが、その嘲笑が、俺たちの中に煮えたぎる怒りを燃え上がらせる。

「ゼウス! マキナ! 急いでポセイドンを掘り出すぞ!」

『待て、フィー。そんな隙を与えれば、奴の術中に嵌る』

「けど、ポセイドンが……!」

『さぁさぁ! ご覧なさい! あなた方が大切にしていた仲間が、私の手でこうなる様子を! なんて素晴らしいショーでしょう!』

エーシルの笑い声が、俺たちを嘲笑うように響き渡る。その声が、俺の頭を焼き付けるかのように離れない。

「……絶対に許さねぇ……!」

俺の拳は震えていた。全身の血が煮えたぎるような怒りを感じながら、エーシルを睨みつける。

『……フィーよ、冷静になれ』

マキナが俺の肩に手を置き、低い声で囁いた。その瞳には冷静な光が宿っていた。

『ポセイドン……私は……』

『オーディンッ!貴方が!貴方の手で下したのです!貴方は存在するだけで人類をを傷つける存在。居なくてもいい、居てはならないのです』

「くそっ……!」

オーディンの膝が崩れ落ちる。彼女の肩が小刻みに震え、神力が失われていくのが分かる。立ち上がれない――俺たちが頼りにしていたオーディンが、今にも崩れてしまいそうだった。

「オーディン!違う!まだ終わっちゃいない!お前はまだ立ち上がれる!立ち上がる必要があるっ!」

俺は叫んだ。その声が、どれだけ届いているかは分からない。だが、俺たちにはオーディンの力が必要だ。彼女がいなければ、この戦いは――。

「……フィー、もういいよ。私なんか……」

オーディンは膝から崩れ落ち、声が震えていた。やがて、身にまとっていた神力じんりょくは失われた。

そんな時だった――

「……おい、アレ」  

『ああ、龍神だな』  

俺達の視界に入ってきたその正体は、青黒い体に禍々しい黒い角を生やした龍神ハクだった。  
空中を優雅に舞う姿は圧倒的で、周囲の空気が一瞬で変わる。殺意に満ちた気配が全身に突き刺さり、俺の背筋を凍らせた。  

「ただいま戻りました、エーシル様」

『おやおや、ハクですか。どうでしたか?』

「端的に言って、全滅・・……ですね。完全に壊滅させました」

『例の者はどうしました?』

「私が到着した頃には、すでに姿を消していました。どこへ行ったのかは不明です」

『……そうですか。まったく、厄介な存在ですね。どこかでひっそり消えてくれるとありがたいのですが』

淡々と告げられる二人の会話。その内容の冷酷さに、怒りが込み上げる。

『ですが、それにしても素晴らしい! 流石は龍神ハク! 期待以上の働きです』

エーシルは手を叩きながら満足げな笑みを浮かべた。その表情が、俺たちの神経を逆撫でする。

『では私はやることがあるので、ここはあなたに任せますよ、ハク』

「なに……おい待てよ! 逃げんのか!」

俺の叫びが、虚しく空に響く。

『逃げる? 私が? おかしなことを言うね、ケンイチ・・・・君。私はただ、私が相手をするまでもないと判断しただけです。無駄な手間は省きたいのですよ』

エーシルは振り返り、にやりと笑う。その笑みには、こちらを見下す侮蔑がありありと込められている。

『勘違いするな、小僧。お前が味わった絶望など、私の足元にも及ばない。せいぜい足掻いてみるといい』

「貴様……!」

『ああ、そうそう。皆さんのお相手はこのハクに任せます。彼女は少し加減を知らないところがあるので、くれぐれも注意して戦いなさい。せいぜい楽しんで下さいネェ』

そう言い放つと、エーシルは軽やかに身を翻し、どこかへと消えていった。まるでこちらの絶望を嘲笑うかのように、煙のように、そこにいた気配すら残さずに。  

「クソ道化がっ!!!」

『だが、フィーよ、まだ我達は油断出来んぞ』  

「………片割れの言う通りだ、フィーよ」  

ゼウスとマキナが俺の両隣に立つ。  
二人の表情は険しく、その瞳には静かな怒りと覚悟が宿っていた。  
俺たちは今、この場で共有している――背後から漂う絶望感を。  

目の前にいるのは龍神ハク。  
ルクスやエルザ、そしてアスフィ――あいつらの心を踏みにじり、その命を奪った女。  
胸の奥が焼けるように痛む。仇を討たなければ、この苦しみは消えないだろう。  
だが、この圧倒的な力を前に、どうやって立ち向かう?  
俺たちは勝てるのか? それとも……。  

「この戦いを任されましたので、ここからは私がお相手致します」  

低く澄んだ声が、耳を刺すように響いた。  
その余裕に満ちた態度が癪に障るが、相手の力を考えれば、それも当然なのかもしれない。  

「今回は神が相手ですからね。私も最初から本気で行かせて頂きます」  

「ああ、俺達も加減するつもりは無いから安心しろ」  

「そうですか。ありがとうございます」  

……薄笑いを浮かべるその顔が、俺たちをさらに追い詰めているような気がした。  

「『死を呼ぶ回復魔法』……《デスヒール》」

俺は反射的に回復魔法を放った。  
だが――。  

『……無駄だ、フィー』  

冷静なマキナの声が、俺の胸に突き刺さる。  

『あいつからは生気を感じない。恐らく、もう死んでいる』  

「流石ですね、マキナさん」  

ハクが不気味な微笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。  

「その通り、私はもう死んでいます。エーシル様により蘇ったのが私。ある意味、不死身という訳です」  

「なんで死んでんのに生きてんだよ……矛盾してんだろ」  

「そんなこと私に言われても知りません。……私も原理は知りませんから」  

淡々としたその声が、さらに俺たちの不安を煽る。  
不死身――。  
だからアスフィは苦戦したのか。  
生気のない相手に、俺の魔法は無力だ。  

空に浮かぶ黒龍が、大きくその口を開けた。  
まるで俺たちを飲み込むように。終わりを告げるかのように――。
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