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第六章 《第一部》ヒーラー 絶望と反撃の覚醒篇
第73話「道化」
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「……フィー、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
俺――フィーとマキナは、すべての元凶を倒すべく、遥か上空を飛行していた。
眼下には焼け焦げた地面と、かつて村だったであろう場所が広がっている。焼け跡からは未だ煙が立ち上り、鼻をつく異臭が漂っていた。俺たちが進む先に待つのは、さらなる破壊と戦い。分かっている、それでも進むしかない。
そんな中、マキナの動きに気がつく。安定した飛行だけではない。俺を気遣ってわざとスピードを落としていることが分かった。
くそ……『呪い』さえなければ、今すぐにでもこいつを抱きしめてやりてぇのに……。
マキナは相変わらずだ。本当にいい女だ。どんなに絶望的な状況でも冷静で、俺を気遣ってくれる。こんな女を俺が守れなかったら、何のために生きているか分からないじゃないか。
『……止まるぞ、フィー』
突然の言葉に俺は意識を戻す。
「……ん?どうした?」
『聞こえないか?』
マキナの瞳が鋭くなり、遠くを見据えている。
……何か、聞こえる。
最初は風の音かと思ったが、それとは違う。不自然な、重い音。何かがぶつかり合い、衝撃を生み出しているような波動。その戦いの余波が、ここまで届いてくる。
『半身たちが戦っているな』
「……急いだほうが良さそうだな」
『ああ』
胸がざわつく。俺たちがたどり着く前に、すべてが終わってしまうのではないか――そんな不安が胸を支配する。
頼む、まだやられてくれるなよ、ゼウス。俺たちが到着するまで耐えてくれ――!
***
俺とマキナはついに、波動の発生源へとたどり着いた。
そこは、荒れ果てた大地と破壊された建物が広がる戦場だった。無数の裂け目が大地を覆う。
『遅かったですネェ、マキナ……と――』
ニヤついた不快な声が響く。全身が一瞬で逆立つような、嫌悪感を伴った声。
『フィー……いえ、ケンイチくん』
「ああ、お前の顔なんて二度と見たくはなかったがな」
『それはそれは悲しいですネェ……私は会いたかったですよ』
その声の主――道化エーシル。俺が一番嫌いな野郎だ。こいつは俺の人生を狂わせた元凶である。その顔を見るだけで、身体の奥底から怒りが湧き上がる。
「……フィー……来たのか」
「ゼウス……それにポセイドン、オーディンまで……」
「いや~流石に私たちだけでは難しいね……」
「わたくしたちも手を抜いた覚えはないのですが……」
ゼウス、ポセイドン、オーディン――彼女達神々が、大地に伏していた。その中心に立つ道化エーシルは、まるで勝者のような余裕を漂わせている。
『さぁ、役者が揃いましたよ!皆さん!』
道化エーシルが両手を大きく広げ、歓喜に満ちた声を上げた。まるでこれからの地獄を楽しみにしているかのような、その狂気じみた態度に、俺の血は逆流するかのように煮えたぎった。
「……行くぞ、マキナ!」
『ああ』
二人は一瞬で意識を合わせ、まるで息をするように手を突き出した。
「『雷撃』!」
雷の一閃がエーシルに向かって放たれる。その軌跡はまるで世界を貫くかのように、真っ直ぐに奴を狙った。しかし――。
雷はエーシルに届く直前で消え去り、まるで何もなかったかのように虚空へと消滅した。
「あああああああああああっ!!!」
次の瞬間、響いたのはオーディンの悲鳴だった。
「な、なんでだ!?」
俺の声は震えていた。目の前で、俺たちの放った雷がエーシルに当たらず、なぜかオーディンを襲っていたのだ。雷の衝撃が彼女の身体を貫き、倒れ込む姿が目に焼き付いた。
『おやおや、なんてことを……仲間のはずでしょう?』
エーシルの嘲笑混じりの声が耳に突き刺さる。奴は笑っていた。心底楽しそうに、俺たちの絶望を眺めていた。
「オーディン! 大丈夫か!?」
俺は駆け寄ろうとする。しかし、マキナが腕を掴んで止めた。
『待て、フィー。無駄に動くな』
「でも……!」
『これは奴の能力だ』
マキナの瞳には確信が宿っていた。その言葉に俺は立ち尽くし、歯を食いしばるしかなかった。
「そうですヨ、皆さん。私の力は攻撃対象をすり替える。それも、あなた方の大切な仲間にネ。お楽しみいただけましたか?」
エーシルが狂ったように笑う。その言葉に、俺の拳は震え、爪が手のひらを抉るほどに握り締められていた。
「くそっ……なんて力だ……!」
『フィー、冷静になれ。奴の能力を見極めなければ、同じことを繰り返すだけだ』
マキナの声にハッとする。しかし、目の前の光景が俺の心をかき乱していた。
地面に倒れ伏すオーディン。苦悶に顔を歪め、血がじわりと大地を染めていく。その姿が俺の心を締め付ける。
「……オーディン、ごめん……俺のせいだ……」
『フィー!
「――っ!!」
『その感情を捨てろ。今は冷静さが必要だ!』
マキナの声が再び響く。俺は拳を握り直し、目の前の敵を睨みつけた。
「……分かった。だが、次は失敗しない……絶対に……!」
エーシルの笑みがますます深まる中、俺たちの戦いはさらに苛烈なものとなっていく――。
『大丈夫……私のことはいいから……』
オーディンの言葉が胸に刺さる。その声は震えていたが、確かな覚悟が滲んでいた。それでも、俺の胸には苛立ちと焦燥が渦巻いている。
これでは勝負にならない。このままでは、また俺たちはエーシルに翻弄されるだけだ。何も変えられないまま、全てを失ってしまう。
どうすればエーシルに攻撃を当てられるんだ……!
『はああああああああああっ!!』
突然、耳を裂くような咆哮が響いた。
「オーディンッ!?なにをする気だ!」
オーディンが両手を掲げ、地面を大きく抉り始める。その姿には狂気じみた迫力があった。
次の瞬間、裂けた大地が道化エーシルを飲み込むように割れ、奴を地中深く叩き込んだ。その破壊力は、見る者の背筋を凍らせるほどだった。
やがて裂けた地面は、重々しい音を立てながらゆっくりと塞がっていく。
『これで……どうだ……はぁ……はぁ……』
オーディンの声は荒く、彼女の全身から汗が滴り落ちていた。その表情には、わずかながら安堵の色が見える。
「ナイスだ、オーディン!」
俺は叫んだ。地の中に閉じ込められれば、さすがのエーシルも出てくることはできないはずだ。
俺たちはそう信じた。信じたかった。だが――。
『――いやぁ、お見事』
ぞっとするほど嫌な声が響いた。それは、深い闇の底から浮かび上がるような低い声だった。
「なっ……!?」
俺たちは凍りついた。次の瞬間、閉じたはずの地面が再びひび割れ、黒い影がゆらりと立ち上がった。
『しかし……私はこんなことでは死にませんよ?』
エーシルの顔には、変わらぬ不敵な笑みが浮かんでいる。その瞳は、深い底なしの闇を思わせるものだった。
「きゃあああああああああああああ!!!」
裂け目から響いたのは、ポセイドンの絶叫だった。
その声はまるで魂が引き裂かれるようで、俺の心臓を鷲掴みにする。
「おい……なんだこれは……」
地中にいたはずのエーシルが、突如ポセイドンの位置に立っていた。その口元には薄気味悪い笑みが浮かんでいる。
『位置を入れ替えただけです……簡単なことですよ』
「な……ポセイドンが……!|…………待てよ……じゃあポセイドンは……!?」
俺はその言葉の続きを飲み込む。エーシルの能力――対象を入れ替える魔法だ。つまり、ポセイドンは今、地中にいる。
『そうですよ……彼女はあなた方が掘り起こしてくれるのを、きっと待っているでしょうね』
「貴様……!」
『ああ、可哀想なポセイドン……どんな気分なのか聞いてみたいものですネェ』
エーシルの言葉は嘲笑そのものだった。だが、その嘲笑が、俺たちの中に煮えたぎる怒りを燃え上がらせる。
「ゼウス! マキナ! 急いでポセイドンを掘り出すぞ!」
『待て、フィー。そんな隙を与えれば、奴の術中に嵌る』
「けど、ポセイドンが……!」
『さぁさぁ! ご覧なさい! あなた方が大切にしていた仲間が、私の手でこうなる様子を! なんて素晴らしいショーでしょう!』
エーシルの笑い声が、俺たちを嘲笑うように響き渡る。その声が、俺の頭を焼き付けるかのように離れない。
「……絶対に許さねぇ……!」
俺の拳は震えていた。全身の血が煮えたぎるような怒りを感じながら、エーシルを睨みつける。
『……フィーよ、冷静になれ』
マキナが俺の肩に手を置き、低い声で囁いた。その瞳には冷静な光が宿っていた。
『ポセイドン……私は……』
『オーディンッ!貴方が!貴方の手で下したのです!貴方は存在するだけで人類をを傷つける存在。居なくてもいい、居てはならないのです』
「くそっ……!」
オーディンの膝が崩れ落ちる。彼女の肩が小刻みに震え、神力が失われていくのが分かる。立ち上がれない――俺たちが頼りにしていたオーディンが、今にも崩れてしまいそうだった。
「オーディン!違う!まだ終わっちゃいない!お前はまだ立ち上がれる!立ち上がる必要があるっ!」
俺は叫んだ。その声が、どれだけ届いているかは分からない。だが、俺たちにはオーディンの力が必要だ。彼女がいなければ、この戦いは――。
「……フィー、もういいよ。私なんか……」
オーディンは膝から崩れ落ち、声が震えていた。やがて、身にまとっていた神力は失われた。
そんな時だった――
「……おい、アレ」
『ああ、龍神だな』
俺達の視界に入ってきたその正体は、青黒い体に禍々しい黒い角を生やした龍神ハクだった。
空中を優雅に舞う姿は圧倒的で、周囲の空気が一瞬で変わる。殺意に満ちた気配が全身に突き刺さり、俺の背筋を凍らせた。
「ただいま戻りました、エーシル様」
『おやおや、ハクですか。どうでしたか?』
「端的に言って、全滅……ですね。完全に壊滅させました」
『例の者はどうしました?』
「私が到着した頃には、すでに姿を消していました。どこへ行ったのかは不明です」
『……そうですか。まったく、厄介な存在ですね。どこかでひっそり消えてくれるとありがたいのですが』
淡々と告げられる二人の会話。その内容の冷酷さに、怒りが込み上げる。
『ですが、それにしても素晴らしい! 流石は龍神ハク! 期待以上の働きです』
エーシルは手を叩きながら満足げな笑みを浮かべた。その表情が、俺たちの神経を逆撫でする。
『では私はやることがあるので、ここはあなたに任せますよ、ハク』
「なに……おい待てよ! 逃げんのか!」
俺の叫びが、虚しく空に響く。
『逃げる? 私が? おかしなことを言うね、ケンイチ君。私はただ、私が相手をするまでもないと判断しただけです。無駄な手間は省きたいのですよ』
エーシルは振り返り、にやりと笑う。その笑みには、こちらを見下す侮蔑がありありと込められている。
『勘違いするな、小僧。お前が味わった絶望など、私の足元にも及ばない。せいぜい足掻いてみるといい』
「貴様……!」
『ああ、そうそう。皆さんのお相手はこのハクに任せます。彼女は少し加減を知らないところがあるので、くれぐれも注意して戦いなさい。せいぜい楽しんで下さいネェ』
そう言い放つと、エーシルは軽やかに身を翻し、どこかへと消えていった。まるでこちらの絶望を嘲笑うかのように、煙のように、そこにいた気配すら残さずに。
「クソ道化がっ!!!」
『だが、フィーよ、まだ我達は油断出来んぞ』
「………片割れの言う通りだ、フィーよ」
ゼウスとマキナが俺の両隣に立つ。
二人の表情は険しく、その瞳には静かな怒りと覚悟が宿っていた。
俺たちは今、この場で共有している――背後から漂う絶望感を。
目の前にいるのは龍神ハク。
ルクスやエルザ、そしてアスフィ――あいつらの心を踏みにじり、その命を奪った女。
胸の奥が焼けるように痛む。仇を討たなければ、この苦しみは消えないだろう。
だが、この圧倒的な力を前に、どうやって立ち向かう?
俺たちは勝てるのか? それとも……。
「この戦いを任されましたので、ここからは私がお相手致します」
低く澄んだ声が、耳を刺すように響いた。
その余裕に満ちた態度が癪に障るが、相手の力を考えれば、それも当然なのかもしれない。
「今回は神が相手ですからね。私も最初から本気で行かせて頂きます」
「ああ、俺達も加減するつもりは無いから安心しろ」
「そうですか。ありがとうございます」
……薄笑いを浮かべるその顔が、俺たちをさらに追い詰めているような気がした。
「『死を呼ぶ回復魔法』……《デスヒール》」
俺は反射的に回復魔法を放った。
だが――。
『……無駄だ、フィー』
冷静なマキナの声が、俺の胸に突き刺さる。
『あいつからは生気を感じない。恐らく、もう死んでいる』
「流石ですね、マキナさん」
ハクが不気味な微笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
「その通り、私はもう死んでいます。エーシル様により蘇ったのが私。ある意味、不死身という訳です」
「なんで死んでんのに生きてんだよ……矛盾してんだろ」
「そんなこと私に言われても知りません。……私も原理は知りませんから」
淡々としたその声が、さらに俺たちの不安を煽る。
不死身――。
だから器は苦戦したのか。
生気のない相手に、俺の魔法は無力だ。
空に浮かぶ黒龍が、大きくその口を開けた。
まるで俺たちを飲み込むように。終わりを告げるかのように――。
「ああ、問題ない」
俺――フィーとマキナは、すべての元凶を倒すべく、遥か上空を飛行していた。
眼下には焼け焦げた地面と、かつて村だったであろう場所が広がっている。焼け跡からは未だ煙が立ち上り、鼻をつく異臭が漂っていた。俺たちが進む先に待つのは、さらなる破壊と戦い。分かっている、それでも進むしかない。
そんな中、マキナの動きに気がつく。安定した飛行だけではない。俺を気遣ってわざとスピードを落としていることが分かった。
くそ……『呪い』さえなければ、今すぐにでもこいつを抱きしめてやりてぇのに……。
マキナは相変わらずだ。本当にいい女だ。どんなに絶望的な状況でも冷静で、俺を気遣ってくれる。こんな女を俺が守れなかったら、何のために生きているか分からないじゃないか。
『……止まるぞ、フィー』
突然の言葉に俺は意識を戻す。
「……ん?どうした?」
『聞こえないか?』
マキナの瞳が鋭くなり、遠くを見据えている。
……何か、聞こえる。
最初は風の音かと思ったが、それとは違う。不自然な、重い音。何かがぶつかり合い、衝撃を生み出しているような波動。その戦いの余波が、ここまで届いてくる。
『半身たちが戦っているな』
「……急いだほうが良さそうだな」
『ああ』
胸がざわつく。俺たちがたどり着く前に、すべてが終わってしまうのではないか――そんな不安が胸を支配する。
頼む、まだやられてくれるなよ、ゼウス。俺たちが到着するまで耐えてくれ――!
***
俺とマキナはついに、波動の発生源へとたどり着いた。
そこは、荒れ果てた大地と破壊された建物が広がる戦場だった。無数の裂け目が大地を覆う。
『遅かったですネェ、マキナ……と――』
ニヤついた不快な声が響く。全身が一瞬で逆立つような、嫌悪感を伴った声。
『フィー……いえ、ケンイチくん』
「ああ、お前の顔なんて二度と見たくはなかったがな」
『それはそれは悲しいですネェ……私は会いたかったですよ』
その声の主――道化エーシル。俺が一番嫌いな野郎だ。こいつは俺の人生を狂わせた元凶である。その顔を見るだけで、身体の奥底から怒りが湧き上がる。
「……フィー……来たのか」
「ゼウス……それにポセイドン、オーディンまで……」
「いや~流石に私たちだけでは難しいね……」
「わたくしたちも手を抜いた覚えはないのですが……」
ゼウス、ポセイドン、オーディン――彼女達神々が、大地に伏していた。その中心に立つ道化エーシルは、まるで勝者のような余裕を漂わせている。
『さぁ、役者が揃いましたよ!皆さん!』
道化エーシルが両手を大きく広げ、歓喜に満ちた声を上げた。まるでこれからの地獄を楽しみにしているかのような、その狂気じみた態度に、俺の血は逆流するかのように煮えたぎった。
「……行くぞ、マキナ!」
『ああ』
二人は一瞬で意識を合わせ、まるで息をするように手を突き出した。
「『雷撃』!」
雷の一閃がエーシルに向かって放たれる。その軌跡はまるで世界を貫くかのように、真っ直ぐに奴を狙った。しかし――。
雷はエーシルに届く直前で消え去り、まるで何もなかったかのように虚空へと消滅した。
「あああああああああああっ!!!」
次の瞬間、響いたのはオーディンの悲鳴だった。
「な、なんでだ!?」
俺の声は震えていた。目の前で、俺たちの放った雷がエーシルに当たらず、なぜかオーディンを襲っていたのだ。雷の衝撃が彼女の身体を貫き、倒れ込む姿が目に焼き付いた。
『おやおや、なんてことを……仲間のはずでしょう?』
エーシルの嘲笑混じりの声が耳に突き刺さる。奴は笑っていた。心底楽しそうに、俺たちの絶望を眺めていた。
「オーディン! 大丈夫か!?」
俺は駆け寄ろうとする。しかし、マキナが腕を掴んで止めた。
『待て、フィー。無駄に動くな』
「でも……!」
『これは奴の能力だ』
マキナの瞳には確信が宿っていた。その言葉に俺は立ち尽くし、歯を食いしばるしかなかった。
「そうですヨ、皆さん。私の力は攻撃対象をすり替える。それも、あなた方の大切な仲間にネ。お楽しみいただけましたか?」
エーシルが狂ったように笑う。その言葉に、俺の拳は震え、爪が手のひらを抉るほどに握り締められていた。
「くそっ……なんて力だ……!」
『フィー、冷静になれ。奴の能力を見極めなければ、同じことを繰り返すだけだ』
マキナの声にハッとする。しかし、目の前の光景が俺の心をかき乱していた。
地面に倒れ伏すオーディン。苦悶に顔を歪め、血がじわりと大地を染めていく。その姿が俺の心を締め付ける。
「……オーディン、ごめん……俺のせいだ……」
『フィー!
「――っ!!」
『その感情を捨てろ。今は冷静さが必要だ!』
マキナの声が再び響く。俺は拳を握り直し、目の前の敵を睨みつけた。
「……分かった。だが、次は失敗しない……絶対に……!」
エーシルの笑みがますます深まる中、俺たちの戦いはさらに苛烈なものとなっていく――。
『大丈夫……私のことはいいから……』
オーディンの言葉が胸に刺さる。その声は震えていたが、確かな覚悟が滲んでいた。それでも、俺の胸には苛立ちと焦燥が渦巻いている。
これでは勝負にならない。このままでは、また俺たちはエーシルに翻弄されるだけだ。何も変えられないまま、全てを失ってしまう。
どうすればエーシルに攻撃を当てられるんだ……!
『はああああああああああっ!!』
突然、耳を裂くような咆哮が響いた。
「オーディンッ!?なにをする気だ!」
オーディンが両手を掲げ、地面を大きく抉り始める。その姿には狂気じみた迫力があった。
次の瞬間、裂けた大地が道化エーシルを飲み込むように割れ、奴を地中深く叩き込んだ。その破壊力は、見る者の背筋を凍らせるほどだった。
やがて裂けた地面は、重々しい音を立てながらゆっくりと塞がっていく。
『これで……どうだ……はぁ……はぁ……』
オーディンの声は荒く、彼女の全身から汗が滴り落ちていた。その表情には、わずかながら安堵の色が見える。
「ナイスだ、オーディン!」
俺は叫んだ。地の中に閉じ込められれば、さすがのエーシルも出てくることはできないはずだ。
俺たちはそう信じた。信じたかった。だが――。
『――いやぁ、お見事』
ぞっとするほど嫌な声が響いた。それは、深い闇の底から浮かび上がるような低い声だった。
「なっ……!?」
俺たちは凍りついた。次の瞬間、閉じたはずの地面が再びひび割れ、黒い影がゆらりと立ち上がった。
『しかし……私はこんなことでは死にませんよ?』
エーシルの顔には、変わらぬ不敵な笑みが浮かんでいる。その瞳は、深い底なしの闇を思わせるものだった。
「きゃあああああああああああああ!!!」
裂け目から響いたのは、ポセイドンの絶叫だった。
その声はまるで魂が引き裂かれるようで、俺の心臓を鷲掴みにする。
「おい……なんだこれは……」
地中にいたはずのエーシルが、突如ポセイドンの位置に立っていた。その口元には薄気味悪い笑みが浮かんでいる。
『位置を入れ替えただけです……簡単なことですよ』
「な……ポセイドンが……!|…………待てよ……じゃあポセイドンは……!?」
俺はその言葉の続きを飲み込む。エーシルの能力――対象を入れ替える魔法だ。つまり、ポセイドンは今、地中にいる。
『そうですよ……彼女はあなた方が掘り起こしてくれるのを、きっと待っているでしょうね』
「貴様……!」
『ああ、可哀想なポセイドン……どんな気分なのか聞いてみたいものですネェ』
エーシルの言葉は嘲笑そのものだった。だが、その嘲笑が、俺たちの中に煮えたぎる怒りを燃え上がらせる。
「ゼウス! マキナ! 急いでポセイドンを掘り出すぞ!」
『待て、フィー。そんな隙を与えれば、奴の術中に嵌る』
「けど、ポセイドンが……!」
『さぁさぁ! ご覧なさい! あなた方が大切にしていた仲間が、私の手でこうなる様子を! なんて素晴らしいショーでしょう!』
エーシルの笑い声が、俺たちを嘲笑うように響き渡る。その声が、俺の頭を焼き付けるかのように離れない。
「……絶対に許さねぇ……!」
俺の拳は震えていた。全身の血が煮えたぎるような怒りを感じながら、エーシルを睨みつける。
『……フィーよ、冷静になれ』
マキナが俺の肩に手を置き、低い声で囁いた。その瞳には冷静な光が宿っていた。
『ポセイドン……私は……』
『オーディンッ!貴方が!貴方の手で下したのです!貴方は存在するだけで人類をを傷つける存在。居なくてもいい、居てはならないのです』
「くそっ……!」
オーディンの膝が崩れ落ちる。彼女の肩が小刻みに震え、神力が失われていくのが分かる。立ち上がれない――俺たちが頼りにしていたオーディンが、今にも崩れてしまいそうだった。
「オーディン!違う!まだ終わっちゃいない!お前はまだ立ち上がれる!立ち上がる必要があるっ!」
俺は叫んだ。その声が、どれだけ届いているかは分からない。だが、俺たちにはオーディンの力が必要だ。彼女がいなければ、この戦いは――。
「……フィー、もういいよ。私なんか……」
オーディンは膝から崩れ落ち、声が震えていた。やがて、身にまとっていた神力は失われた。
そんな時だった――
「……おい、アレ」
『ああ、龍神だな』
俺達の視界に入ってきたその正体は、青黒い体に禍々しい黒い角を生やした龍神ハクだった。
空中を優雅に舞う姿は圧倒的で、周囲の空気が一瞬で変わる。殺意に満ちた気配が全身に突き刺さり、俺の背筋を凍らせた。
「ただいま戻りました、エーシル様」
『おやおや、ハクですか。どうでしたか?』
「端的に言って、全滅……ですね。完全に壊滅させました」
『例の者はどうしました?』
「私が到着した頃には、すでに姿を消していました。どこへ行ったのかは不明です」
『……そうですか。まったく、厄介な存在ですね。どこかでひっそり消えてくれるとありがたいのですが』
淡々と告げられる二人の会話。その内容の冷酷さに、怒りが込み上げる。
『ですが、それにしても素晴らしい! 流石は龍神ハク! 期待以上の働きです』
エーシルは手を叩きながら満足げな笑みを浮かべた。その表情が、俺たちの神経を逆撫でする。
『では私はやることがあるので、ここはあなたに任せますよ、ハク』
「なに……おい待てよ! 逃げんのか!」
俺の叫びが、虚しく空に響く。
『逃げる? 私が? おかしなことを言うね、ケンイチ君。私はただ、私が相手をするまでもないと判断しただけです。無駄な手間は省きたいのですよ』
エーシルは振り返り、にやりと笑う。その笑みには、こちらを見下す侮蔑がありありと込められている。
『勘違いするな、小僧。お前が味わった絶望など、私の足元にも及ばない。せいぜい足掻いてみるといい』
「貴様……!」
『ああ、そうそう。皆さんのお相手はこのハクに任せます。彼女は少し加減を知らないところがあるので、くれぐれも注意して戦いなさい。せいぜい楽しんで下さいネェ』
そう言い放つと、エーシルは軽やかに身を翻し、どこかへと消えていった。まるでこちらの絶望を嘲笑うかのように、煙のように、そこにいた気配すら残さずに。
「クソ道化がっ!!!」
『だが、フィーよ、まだ我達は油断出来んぞ』
「………片割れの言う通りだ、フィーよ」
ゼウスとマキナが俺の両隣に立つ。
二人の表情は険しく、その瞳には静かな怒りと覚悟が宿っていた。
俺たちは今、この場で共有している――背後から漂う絶望感を。
目の前にいるのは龍神ハク。
ルクスやエルザ、そしてアスフィ――あいつらの心を踏みにじり、その命を奪った女。
胸の奥が焼けるように痛む。仇を討たなければ、この苦しみは消えないだろう。
だが、この圧倒的な力を前に、どうやって立ち向かう?
俺たちは勝てるのか? それとも……。
「この戦いを任されましたので、ここからは私がお相手致します」
低く澄んだ声が、耳を刺すように響いた。
その余裕に満ちた態度が癪に障るが、相手の力を考えれば、それも当然なのかもしれない。
「今回は神が相手ですからね。私も最初から本気で行かせて頂きます」
「ああ、俺達も加減するつもりは無いから安心しろ」
「そうですか。ありがとうございます」
……薄笑いを浮かべるその顔が、俺たちをさらに追い詰めているような気がした。
「『死を呼ぶ回復魔法』……《デスヒール》」
俺は反射的に回復魔法を放った。
だが――。
『……無駄だ、フィー』
冷静なマキナの声が、俺の胸に突き刺さる。
『あいつからは生気を感じない。恐らく、もう死んでいる』
「流石ですね、マキナさん」
ハクが不気味な微笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
「その通り、私はもう死んでいます。エーシル様により蘇ったのが私。ある意味、不死身という訳です」
「なんで死んでんのに生きてんだよ……矛盾してんだろ」
「そんなこと私に言われても知りません。……私も原理は知りませんから」
淡々としたその声が、さらに俺たちの不安を煽る。
不死身――。
だから器は苦戦したのか。
生気のない相手に、俺の魔法は無力だ。
空に浮かぶ黒龍が、大きくその口を開けた。
まるで俺たちを飲み込むように。終わりを告げるかのように――。
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偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
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「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
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(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。
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《小説家になろうにも投稿しています》
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