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第六章 《第一部》ヒーラー 絶望と反撃の覚醒篇
第75話「口付け」
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無い。アスフィの母親であるアリアの遺体が。
眠っていたのなら龍神の攻撃を喰らったはずだ。家の惨状を見るに、無事で済まないのは間違いない。しかし、何度探しても遺体が無い。
あり得ない。
こんな焼け野原の中で、生存できるはずがない。遺体がないこと自体がおかしい。炎に焼かれ、崩壊した建物の下敷きになったのなら、少なくとも焼け焦げた肉の残骸くらいは見つかるはずだ。だが、どこにも見当たらない。
誰かが移動させた……? だが、誰が? いつだ? まさかエーシル? ……いや、エーシルがこの村を訪れたのは、龍神がこの地を焼き尽くした後のはずだ。
では、アスフィ達がここに来る前にはすでにいなかった……?
『誰かが運んだのかもしれないな』
マキナが静かに呟く。その声には、確信はない。だが、推測としては最も妥当だった。
「……誰が、なんのために?」
俺は周囲を見渡す。そこには、黒く焼け焦げ、原型すら留めていない遺体の山。腐臭と焦げた肉の匂いが鼻を突く。俺は息を止め、ルクスとエルザと思われる遺体を見た。……やはり、この遺体を見る限り、アリアだけ塵になるなんてことはあり得ない。
誰かが運んだか……あるい目覚めたのかは目覚めたのか。
「いや、それはないと思うよ」
俺の考えを否定するオーディン。俺の内心を見透かすような口調。相変わらず、こいつの洞察力は厄介だ。
「『呪い』から目覚めることはない。絶対にだ」
『オーディンの言う通り……忌々しいこの『呪い』は、一度侵されればもう元に戻ることは無い』
「………だよな」
アスフィの母親も、例外ではない。ならば、誰かが彼女の遺体を持ち去った可能性が濃厚になる。けれど……誰が? なんの目的で?
考えたところで、答えが出るわけがない。
……今はそれよりも、やるべきことがある。
俺達はルクスとエルザの遺体を埋めることにした。
「せめて……埋葬はしてやろう」
『………………待て、フィー』
マキナが俺を制止した。その声は冷静だが、いつも以上に張り詰めていた。
「……ん? なんだよ急に」
『…………みろ』
マキナの指先が、黒く焦げた地面の一点を指し示していた。
「…………嘘だろ」
俺の目の前で、真っ黒になったエルザと思われる者が動いた。
その動きは、死者が微かに痙攣しているようなものではなかった。生きている。それはもうエルザとは呼べないナニカだったが、確かに動いていた。
「……どういうことだ」
『我が聞きたい』
マキナの声が低く響く。その言葉には明らかな警戒心が含まれていた。
「……皆見て、なにか喋ろうとしてるよ!」
オーディンの声に、俺は息を呑んだ。
「………………………………まだだ」
かすれた声が、焦土と化した村に響く。
まだ……?
「…………………………私はまだ負けちゃいない」
エルザ――と思われるナニカは、よろめきながら立ち上がった。
嘘だろ……? こんな身体になって、まだ生きているのか?
彼女の肌は炭化し、ところどころ裂け目から赤黒い肉が露出している。髪は焼け焦げ、顔の半分は黒く変色していた。目は白濁し、何も映していない。それなのに――彼女は生きている。
「………………………………敵か?」
エルザは、俺達の方を向き、低く問いかけた。
コイツ……目が見えていない。
「……俺達は敵じゃない。えっと……ほらアスフィだよく見ろ」
「…………その声は……アスフィか……無事………………だったのだな……良かっ…………た」
エルザはぽつりぽつりと喋り始める。その声には、確かに生気が残っていた。
エルザの嬢ちゃん……すげぇ生命力だな……。確かに、剣王の娘ということだけはある。
『しかしこれは辛いだろう……痛々しくて見てられない。フィー、治してやれないか?』
マキナの声が珍しく柔らかかった。それほど、彼女の状態は悲惨だったのだろう。
「……あ、そうだったな! 『ハイヒール』」
俺はとっさに回復魔法を唱える。
エルザの身体がみるみる内に再生していく。炭化した皮膚が剥がれ落ち、その下から新たな肌が生まれる。焼け爛れていた腕も、指先に至るまで元通りになっていく。
やがて、エルザは正常な姿に戻った。
「…………助かった。アスフィ……では無い者」
「……なんだ、気付いてんのかよ」
エルザは、焼け焦げた地面に座り込んだ。そして隣の黒いナニカを見て、静かに口を開く。
「……ルクスはどうだ」
「…………ルクスはダメだ。完全に死んでる」
「……………………そうか。私はまた生き残ってしまったのか」
『剣王の娘エルザ、不服そうだな』
マキナが低く問いかける。エルザは膝を抱え込むようにして、ぽつりと答えた。
「……当たり前だ。ルクスは友達だ。……今頃レイラと共に天国で楽しく話しているのだろう…………私も混ざりたかった」
その言葉には、未練も、後悔も、あまりにも多くの感情が含まれていた。
エルザ……お前。
俺は何も言えなかった。
ただ、彼女の呟きを聞いていた。俺もこいつの気持ちはよく分かる。
「……エルザ、アスフィはどうする」
「…………アスフィには悪い事をした。また絶望を見せてしまった。レイラだけじゃなく私達の死を目の前で見せてしまった……本当にすまないことをした」
エルザの顔が苦悶に歪む。彼女は拳を握り締め、地面に爪を立てた。
俺は――
言葉を失った。
この戦いで、どれだけのものを失えばいいのか。
エルザは、剣王の娘だ。確かに強い。しかし、どれだけ強かろうと、人間である以上心が折れないわけじゃない。
「……俺はな、エルザ。お前には感謝してる。アスフィをいつも勇気づけてくれただろ? それが嬉しいんだよ」
俺は、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
エルザは、しばしの沈黙の後、俺を見た。その瞳には、まだ迷いがあった。
「…………結局お前は何者なのだ、アスフィの中にいる者よ」
「……過去の異物さ」
その一言に、エルザは深く息を吐いた。
「……そうか」
それ以上、彼女は何も聞かなかった。おそらく、聞いたところで納得できる答えが返ってこないと悟ったのだろう。
『剣王の娘エルザ、我達は全ての元凶であるエーシルを討伐する仲間が欲しい。お前も来い』
マキナが静かに告げる。その声には、いつもの冷淡さはなかった。どこか、誘うような響きすら感じる。
エルザは、少しの間、考え込んだ。
そして、彼女は、ゆっくりと立ち上がると、マキナ、ゼウス、オーディンを順に見つめた。
「……なら私も、その前に一つ聞きたいことがある。ゼウス、オーディン、マキナ」
エルザの瞳が、鋭く光る。
「…………アスフィの父親はどうした」
その問いに、マキナは即答した。
『殺した』
その瞬間、エルザの体が跳ねた。
次の刹那、彼女はマキナに向かって飛びかかった。しかし、それを阻止したのはオーディンだった。
「なぜ殺したっ!!? 私たちは……アスフィは頼むと言ったのだ!! なぜ貴様ら神が殺したのだ! 神は人類に干渉しないのではなかったのかっ!!!」
エルザは叫ぶ。オーディンの腕の中で暴れ、マキナを睨みつける。
「やめなってエルザ! マキナに触れると君も呪いに犯される!」
「離せオーディン! 私はお前にも言っているのだぞ!」
オーディンは必死にエルザを押さえつける。エルザの怪力を知っているからこそ、その力がどれだけのものかを理解している。しかし、オーディンはまだまだ余裕そうに見えた。
『……そうだ。だが、もうあれは人ではない』
「…………あんまりだ……それはあんまりだろう、神マキナよ……」
エルザの体から力が抜けた。
彼女は膝をつき、震える声で言った。
「……私の父は、私にその命を託し死んでいった。祖父もまた病で倒れたという……私は、身内の死がどれだけ辛いかを知っているのだ……」
エルザは、堪えきれず涙を流した。
俺は、それを黙って見ていた。
この戦いが、どれだけのものを奪っていったのかを痛感する。
『……エルブレイドは死んでいない』
マキナの声が響く。
「……なん……だと? 私をこれ以上舐めるのもいい加減にしろ、神マキナ」
エルザの表情が、怒りと涙で歪んでいた。
『……嘘では無い。今頃やつは『炎城ピレゴリウス』にて身を潜めていることだろう』
「……『炎城ピレゴリウス』だと? ……伝説の……剣」
『伝説の剣か……面白いな。どの神が言った? ……まぁどうせ変神であるポセイドン辺りだろうが』
マキナは嘲笑混じりに言ったが、その表情は変わらない。
エルザは、一瞬息を呑み、静かに立ち上がった。
『伝説の剣……エルブレイドが握れば、どの剣もそれは伝説になる』
「そんなことはどうでもいいっ! 祖父は……おじいちゃんは生きているのか!?」
『ああ』
マキナは即答した。しかし――
『だが、戦神アレスとの戦いで重傷を負い、身を潜めている……やつが今、何をしているかまでは我にも分からん』
「……戦神アレスか」
エルザはその名を聞き、僅かに目を伏せた。
『お前は人類でありながら、神の中でも、剣術において最強である戦神アレスと互角に戦った者の血を引いている』
マキナの言葉は、淡々としていたが――どこか慰めにも聞こえた。
俺は、思わず苦笑する。
マキナ、お前……エルザを励まそうとしてるのか?
らしくねぇな……だが、不器用すぎるだろ、お前は。
「……生きているならいいのだ。教えてくれたこと、感謝する。神マキナ。……そしてすまない」
エルザは、深く頭を下げた。
『礼はいい。我は盟約の事以外なら答える』
「相変わらず不器用だな、マキナ」
「だね!」
俺とオーディンは、顔を見合わせ、マキナに言う。
当の本人は「やめろ」と言う――表情こそ変わらないが、俺にはわかる。
こいつ、少しだけ嬉しそうだ。
さて――
そろそろ頃合いだろう。
《お前の時間だ。目覚める時だぞ》
(………………)
《エルザは生きていた。掛ける言葉くらいあるだろ?》
(………………)
《はぁ……全く……仕方ねぇなぁ……。引きこもりに一番効くのは、強制的に部屋から追い出すことだ……これ、俺の実体験な?》
……
………
………………
「…………アスフィ、か?」
エルザが、低く呟いた。
アスフィの身体が、僅かに震えた。
「…………………エルザ」
その名を呼んだ声は、掠れていた。
「…………アスフィッ!!!!」
次の瞬間、エルザはアスフィの胸に勢いよく飛び込んだ。
その表情は、相変わらず絶望に染まっていた。しかし――
アスフィは、無表情のまま、静かに涙を流していた。
「…………エルザ」
その声は、震えていた。
「……私はお前の味方だ! だから生きろっ!!」
エルザは、アスフィの唇に――熱い口付けを落とした。
眠っていたのなら龍神の攻撃を喰らったはずだ。家の惨状を見るに、無事で済まないのは間違いない。しかし、何度探しても遺体が無い。
あり得ない。
こんな焼け野原の中で、生存できるはずがない。遺体がないこと自体がおかしい。炎に焼かれ、崩壊した建物の下敷きになったのなら、少なくとも焼け焦げた肉の残骸くらいは見つかるはずだ。だが、どこにも見当たらない。
誰かが移動させた……? だが、誰が? いつだ? まさかエーシル? ……いや、エーシルがこの村を訪れたのは、龍神がこの地を焼き尽くした後のはずだ。
では、アスフィ達がここに来る前にはすでにいなかった……?
『誰かが運んだのかもしれないな』
マキナが静かに呟く。その声には、確信はない。だが、推測としては最も妥当だった。
「……誰が、なんのために?」
俺は周囲を見渡す。そこには、黒く焼け焦げ、原型すら留めていない遺体の山。腐臭と焦げた肉の匂いが鼻を突く。俺は息を止め、ルクスとエルザと思われる遺体を見た。……やはり、この遺体を見る限り、アリアだけ塵になるなんてことはあり得ない。
誰かが運んだか……あるい目覚めたのかは目覚めたのか。
「いや、それはないと思うよ」
俺の考えを否定するオーディン。俺の内心を見透かすような口調。相変わらず、こいつの洞察力は厄介だ。
「『呪い』から目覚めることはない。絶対にだ」
『オーディンの言う通り……忌々しいこの『呪い』は、一度侵されればもう元に戻ることは無い』
「………だよな」
アスフィの母親も、例外ではない。ならば、誰かが彼女の遺体を持ち去った可能性が濃厚になる。けれど……誰が? なんの目的で?
考えたところで、答えが出るわけがない。
……今はそれよりも、やるべきことがある。
俺達はルクスとエルザの遺体を埋めることにした。
「せめて……埋葬はしてやろう」
『………………待て、フィー』
マキナが俺を制止した。その声は冷静だが、いつも以上に張り詰めていた。
「……ん? なんだよ急に」
『…………みろ』
マキナの指先が、黒く焦げた地面の一点を指し示していた。
「…………嘘だろ」
俺の目の前で、真っ黒になったエルザと思われる者が動いた。
その動きは、死者が微かに痙攣しているようなものではなかった。生きている。それはもうエルザとは呼べないナニカだったが、確かに動いていた。
「……どういうことだ」
『我が聞きたい』
マキナの声が低く響く。その言葉には明らかな警戒心が含まれていた。
「……皆見て、なにか喋ろうとしてるよ!」
オーディンの声に、俺は息を呑んだ。
「………………………………まだだ」
かすれた声が、焦土と化した村に響く。
まだ……?
「…………………………私はまだ負けちゃいない」
エルザ――と思われるナニカは、よろめきながら立ち上がった。
嘘だろ……? こんな身体になって、まだ生きているのか?
彼女の肌は炭化し、ところどころ裂け目から赤黒い肉が露出している。髪は焼け焦げ、顔の半分は黒く変色していた。目は白濁し、何も映していない。それなのに――彼女は生きている。
「………………………………敵か?」
エルザは、俺達の方を向き、低く問いかけた。
コイツ……目が見えていない。
「……俺達は敵じゃない。えっと……ほらアスフィだよく見ろ」
「…………その声は……アスフィか……無事………………だったのだな……良かっ…………た」
エルザはぽつりぽつりと喋り始める。その声には、確かに生気が残っていた。
エルザの嬢ちゃん……すげぇ生命力だな……。確かに、剣王の娘ということだけはある。
『しかしこれは辛いだろう……痛々しくて見てられない。フィー、治してやれないか?』
マキナの声が珍しく柔らかかった。それほど、彼女の状態は悲惨だったのだろう。
「……あ、そうだったな! 『ハイヒール』」
俺はとっさに回復魔法を唱える。
エルザの身体がみるみる内に再生していく。炭化した皮膚が剥がれ落ち、その下から新たな肌が生まれる。焼け爛れていた腕も、指先に至るまで元通りになっていく。
やがて、エルザは正常な姿に戻った。
「…………助かった。アスフィ……では無い者」
「……なんだ、気付いてんのかよ」
エルザは、焼け焦げた地面に座り込んだ。そして隣の黒いナニカを見て、静かに口を開く。
「……ルクスはどうだ」
「…………ルクスはダメだ。完全に死んでる」
「……………………そうか。私はまた生き残ってしまったのか」
『剣王の娘エルザ、不服そうだな』
マキナが低く問いかける。エルザは膝を抱え込むようにして、ぽつりと答えた。
「……当たり前だ。ルクスは友達だ。……今頃レイラと共に天国で楽しく話しているのだろう…………私も混ざりたかった」
その言葉には、未練も、後悔も、あまりにも多くの感情が含まれていた。
エルザ……お前。
俺は何も言えなかった。
ただ、彼女の呟きを聞いていた。俺もこいつの気持ちはよく分かる。
「……エルザ、アスフィはどうする」
「…………アスフィには悪い事をした。また絶望を見せてしまった。レイラだけじゃなく私達の死を目の前で見せてしまった……本当にすまないことをした」
エルザの顔が苦悶に歪む。彼女は拳を握り締め、地面に爪を立てた。
俺は――
言葉を失った。
この戦いで、どれだけのものを失えばいいのか。
エルザは、剣王の娘だ。確かに強い。しかし、どれだけ強かろうと、人間である以上心が折れないわけじゃない。
「……俺はな、エルザ。お前には感謝してる。アスフィをいつも勇気づけてくれただろ? それが嬉しいんだよ」
俺は、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
エルザは、しばしの沈黙の後、俺を見た。その瞳には、まだ迷いがあった。
「…………結局お前は何者なのだ、アスフィの中にいる者よ」
「……過去の異物さ」
その一言に、エルザは深く息を吐いた。
「……そうか」
それ以上、彼女は何も聞かなかった。おそらく、聞いたところで納得できる答えが返ってこないと悟ったのだろう。
『剣王の娘エルザ、我達は全ての元凶であるエーシルを討伐する仲間が欲しい。お前も来い』
マキナが静かに告げる。その声には、いつもの冷淡さはなかった。どこか、誘うような響きすら感じる。
エルザは、少しの間、考え込んだ。
そして、彼女は、ゆっくりと立ち上がると、マキナ、ゼウス、オーディンを順に見つめた。
「……なら私も、その前に一つ聞きたいことがある。ゼウス、オーディン、マキナ」
エルザの瞳が、鋭く光る。
「…………アスフィの父親はどうした」
その問いに、マキナは即答した。
『殺した』
その瞬間、エルザの体が跳ねた。
次の刹那、彼女はマキナに向かって飛びかかった。しかし、それを阻止したのはオーディンだった。
「なぜ殺したっ!!? 私たちは……アスフィは頼むと言ったのだ!! なぜ貴様ら神が殺したのだ! 神は人類に干渉しないのではなかったのかっ!!!」
エルザは叫ぶ。オーディンの腕の中で暴れ、マキナを睨みつける。
「やめなってエルザ! マキナに触れると君も呪いに犯される!」
「離せオーディン! 私はお前にも言っているのだぞ!」
オーディンは必死にエルザを押さえつける。エルザの怪力を知っているからこそ、その力がどれだけのものかを理解している。しかし、オーディンはまだまだ余裕そうに見えた。
『……そうだ。だが、もうあれは人ではない』
「…………あんまりだ……それはあんまりだろう、神マキナよ……」
エルザの体から力が抜けた。
彼女は膝をつき、震える声で言った。
「……私の父は、私にその命を託し死んでいった。祖父もまた病で倒れたという……私は、身内の死がどれだけ辛いかを知っているのだ……」
エルザは、堪えきれず涙を流した。
俺は、それを黙って見ていた。
この戦いが、どれだけのものを奪っていったのかを痛感する。
『……エルブレイドは死んでいない』
マキナの声が響く。
「……なん……だと? 私をこれ以上舐めるのもいい加減にしろ、神マキナ」
エルザの表情が、怒りと涙で歪んでいた。
『……嘘では無い。今頃やつは『炎城ピレゴリウス』にて身を潜めていることだろう』
「……『炎城ピレゴリウス』だと? ……伝説の……剣」
『伝説の剣か……面白いな。どの神が言った? ……まぁどうせ変神であるポセイドン辺りだろうが』
マキナは嘲笑混じりに言ったが、その表情は変わらない。
エルザは、一瞬息を呑み、静かに立ち上がった。
『伝説の剣……エルブレイドが握れば、どの剣もそれは伝説になる』
「そんなことはどうでもいいっ! 祖父は……おじいちゃんは生きているのか!?」
『ああ』
マキナは即答した。しかし――
『だが、戦神アレスとの戦いで重傷を負い、身を潜めている……やつが今、何をしているかまでは我にも分からん』
「……戦神アレスか」
エルザはその名を聞き、僅かに目を伏せた。
『お前は人類でありながら、神の中でも、剣術において最強である戦神アレスと互角に戦った者の血を引いている』
マキナの言葉は、淡々としていたが――どこか慰めにも聞こえた。
俺は、思わず苦笑する。
マキナ、お前……エルザを励まそうとしてるのか?
らしくねぇな……だが、不器用すぎるだろ、お前は。
「……生きているならいいのだ。教えてくれたこと、感謝する。神マキナ。……そしてすまない」
エルザは、深く頭を下げた。
『礼はいい。我は盟約の事以外なら答える』
「相変わらず不器用だな、マキナ」
「だね!」
俺とオーディンは、顔を見合わせ、マキナに言う。
当の本人は「やめろ」と言う――表情こそ変わらないが、俺にはわかる。
こいつ、少しだけ嬉しそうだ。
さて――
そろそろ頃合いだろう。
《お前の時間だ。目覚める時だぞ》
(………………)
《エルザは生きていた。掛ける言葉くらいあるだろ?》
(………………)
《はぁ……全く……仕方ねぇなぁ……。引きこもりに一番効くのは、強制的に部屋から追い出すことだ……これ、俺の実体験な?》
……
………
………………
「…………アスフィ、か?」
エルザが、低く呟いた。
アスフィの身体が、僅かに震えた。
「…………………エルザ」
その名を呼んだ声は、掠れていた。
「…………アスフィッ!!!!」
次の瞬間、エルザはアスフィの胸に勢いよく飛び込んだ。
その表情は、相変わらず絶望に染まっていた。しかし――
アスフィは、無表情のまま、静かに涙を流していた。
「…………エルザ」
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「……私はお前の味方だ! だから生きろっ!!」
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