【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ

文字の大きさ
39 / 100
第二章

第三十九話 王子と街娘

しおりを挟む
年の頃は、姉と同じくらいだろうか――。
栗色の髪を首元でひとつにまとめ、白いブラウスにエプロン姿。
首には赤いスカーフをきゅっと結んでいて、それが彼女の明るい雰囲気をいっそう引き立てていた。

素朴だけれど元気で溌剌とした――きっとこの店の看板娘なのだろう。

「皆さんは、どちらからいらしたの?」

目を輝かせて問いかける声に、一瞬、私たちは目を見交わした。
エリアスが椅子にもたれていた体をゆっくりと起こし、すっと立ち上がる。
そして自然な笑みを浮かべ、胸に手を当てて一礼した。

(え……? 冒険者はそんな挨拶しませんけど……)

フィーネが俯いて、肩を小刻みに震わせている。
姉と私は目を合わせ、口元を押さえて笑いを堪えた。
バルドでさえ顔を背け――どうやら苦笑しているらしい。

エリアスが金の髪を揺らして顔を上げた瞬間、彼女は一瞬固まり――頬を染めた。

「初めまして、お嬢さん。僕たちはソルダール地方から――」

「……あ、あの、初めまして。わたし、リナと言います!
 え、なんでわたし、名前を? ……そ、そんな……お嬢さんだなんて……。
 ええっと、あ! ソルダール! ここから三日くらいですよね!?
 わたし、叔母がそこに住んでるんですよ。あと、それから……。
 やだ……こんな素敵な人……。じゃなくて! ご縁があるなんて……!」

完全に舞い上がってしまったリナを見て、私は胸の奥がふっと緩む。

(……そりゃ、そうなるよね……。エリアス、かっこいいもんね……)

ふと、私たちが笑いを堪えているのに気づいたエリアスはといえば、
「なぜ?」と怪訝そうな顔で再び椅子に腰を下ろした。

(姉さん、後でちゃんと教えてあげてね)

私は心の中で姉にお願いする。

一方リナは、お盆を肘で抱えたまま、頬を冷やすように両手で包んで立ち尽くしていた。

そのとき、姉が何かを尋ねようとフードを後ろに下げる。
銀の髪が肩口にさらりと落ち、姉の素顔が露わになった。

その瞬間、リナは目を丸くして口元に両手を当てる。

「お姉さん、すっごい美人……!」

「そ、そう? ……ありがとう」

姉は少し驚いたように目を瞬かせ、恥ずかしそうに微笑むと続けた。

「ところで、この街の領主って……魔族だって噂、本当かしら?」

「うん、本当だよ?」

きょとんとした顔で、まるで“何を当たり前のことを”というように笑う。

「バルガス様は紳士だし、下手な人間の領主よりずっと良い方だよ。
 税も軽いし、変な取り立てもないし……みんな、感謝してるんだ」

リナは周囲を見回し、声を少し潜めた。

「……ああ、そういえば」

声の調子が変わる。

「でもね、領主様とは関係ないけど……最近、人さらいが出るって噂はあるの――」

(……人さらい……?)

その言葉に、姉の指先が一瞬だけ止まったのを私は見逃さなかった。
フィーネの瞳も、わずかに細まる。

一気に背筋がひやりとした。

(……この街、明るくて優しそうなのに……そんな影があるなんて)

さっきまで鮮やかに見えていた街並みが、ほんの少しだけ違って見える。

リナの視線が、ふと姉に向かう。

「――だから、気を付けてね。お姉さん、すっごく綺麗だから!」

(いや、あなたも充分可愛いと思うけど……!)

心の中でつい突っ込んでしまう。

姉はふふと微笑むと、「気をつけるわ」と答えた。

「いっけない! つい話し込んじゃって。ご注文は?」

注文をエリアスが伝える。

「飲み物はエール三っつに、水二つ。うちは他と違って冷えたやつが出るからね!
 他には……あ、今日の一品は子羊のソテー! おつまみにぴったりだよ!」

(……商売上手いな。情報料ってことね)

エリアスは苦笑しつつ、「じゃあ、それを一つ」と即答した。

カウンターへの道すがら、リナは若い商人らしい青年に声をかけられて――

「……そんな、久しぶりって……やだ、朝来たばかりじゃないですか!」

明るい声が店内に弾み、ざわめきの中に溶けていった。

***

――やがて、湯気を立てる子羊のソテーと飲み物が運ばれてきた。
リナは慣れた手つきでテーブルにトレイを置き、木のカップと皿を並べていく。

「はい、エール三つにお水二つ! 子羊のソテーは熱いうちにどうぞ!」

朗らかに微笑んだリナは、ふと私たちの姿を見回して、目をぱちくりと瞬かせた。
とくに、テーブルの端に座るバルドの小山のような体格を見上げて、目を丸くする。

「もしかして……みなさん、冒険者さん?」

バルドがゆっくりと顎を引き、低く響く声で答えた。

「……まだ、駆け出しだがな」

その空気を震わすような声に、リナの肩が“びくっ”と跳ねたのが、テーブル越しにもはっきりと見えた。

(いや、バルドさん……それは……ちょっと無理があると思うよ……)

心の中で思わず突っ込む。

「そ、そうなんだ! もし長くいるようだったら、うちをぜひごひいきにね!
 ――あ、泊まるなら《風見亭》がオススメ!
 この通りをまっすぐ行った突き当たりの左、看板が風車の宿屋!
 いい街だから、宿もごはんも自慢なんだよ」

そのまま行こうとして、リナはふと振り返った。

「あ、わたし、夜は《風見亭》で働いてるんです……」

語尾が小さくなる。
胸元のお盆をぎゅっと握りしめたまま、茶色の瞳がエリアスを見つめ――

「また……会えますか?」

俯いた睫毛が震えた。小さくても真剣な声音。

「ああ、そこにするよ。だから、きっと会えるさ」

リナは頬を染めて小さく頷くと、またぱたぱたと厨房へ戻っていった。

(ああ、エリアスってそういうやつだった……)

はっとして、恐る恐る姉に視線を移す。
姉はいつものように、ただ微笑みながらリナを見送っている。
気にしている様子は――ない。

私は胸を撫でおろすように息をひとつ吐き、思考を切り替えた。

でも――リナの明るさは本物だ。
だからこそ、この街の“奇妙さ”が余計に気になる。

(念のため……)

私はこっそりテーブルの下に手をかざし、小さな魔法陣を描いて『浄化』をかけた。
薄く光が揺れただけで、煙も音もない。

(よし……安全)

木のカップを握る手の緊張が、ほんの少しだけ溶けた。

この街の空気は不思議だ。
表面上はまるで人間の街と変わらない。
けれど、その裏に――何が潜んでいるのか、まだ私にもわからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

お言葉ですが今さらです

MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。 次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。 しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。 アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。 失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。 そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。 お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。 内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。 他社サイト様投稿済み。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

処理中です...