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しおりを挟む先生の元に来て1ヶ月。
ただ、研究が上手く進まなくなって締め切りが近づくと、先生の顔がげっそりし始めてしまった。
「また研究室で寝泊まりですか?」
「もうすぐ論文の締切なんだ」
「体には気をつけて下さいね」
「ジュリアがいるから助かるよ」
「そんな風に私に頼り切りで、私がいない時はどうしていたんです?」
「寝ることもご飯を食べることも忘れる始末だったよ」
「先生を1人にしておくのは危険すぎますね」
「君がいてくれるおかげで、ちゃんした人間になれる気がする」
「またそんなことを言って」
頼られると悪い気はしない。
先生を頼ってここにきたのは私の方だったけど、先生も私を頼って必要としてくれる。お互いを助け合う関係は、とても公平な関係に思えて楽だった。
妊婦が1人、実家にも戻らず夫の元を飛び出した。1人で生きていけるはずだなんて息巻いて出てきたけど、今思い返せばどんな無謀なことをしようとしていたのかしら。
自分の浅はかさにため息を吐いた。
「ケビンありがとう。あなたがいなかったら私、やっていけなかったかもしれない」
「君は十分やっているよ」
ぽんぽん、と頭を大きな手で撫でてくれた。
弱音を吐くと励ましてくれる。
甘やかされている自覚はあったけど、この手の温もりが心地よくて、甘えてしまう。
「ああ、……また失敗だ」
彼が実験に失敗してデスクで頭を抱え込んだ。
「また一からやり直しだ!」
青ざめた顔でデスクから動けなくなっていた。
私は彼のそばに寄っていってブランケットを彼の肩にかけてあげた。
「またやり直しがきくのだから大丈夫よ。今度はきっと上手くいくわ」
彼は顔を上げずに、私が肩にそえていた手に自分の手を合わせてきた。
大きな手はやはり温かい。
「ありがとう」
彼の顔はずっと下を向いていた。
「君がいなければ、僕はやっていけなかったよ」
私たちはお互いを支え合い、必要としていた。
こんな関係が、家族になるということなのかもしれないと思った。
でも家族と聞いて思い出すのはランドルフのことだ。
私の愛しい人。
私は彼と家族になりたかった。夫と妻という枠を超えたものになりたかったのかもしれない。
今でも思い出すだけで胸が苦しくなる。息をゆっくりと吐き出すと、呼吸が少し楽になった。
「ここに段差があるから気をつけて」
「ありがとうケビン」
妊娠中は献身的に支えてくれて、病院にも一緒にいってくれて、住む場所も仕事も与えてくれる。
私は諦めていた先生になる夢をまた思い出し始めていた。
ケビン・トンプソン先生はみんなから慕われ、広い知識を持つ憧れの人。
当時学生だった私もこんな先生になりたいと純粋に思った。
本来女性は学校などあまり行かない。そんな中で私は学校に行って勉強をする変わり者として扱われていた。それでも別によかった。本を読んだり、新しい知識を自分の中に取り込むことが楽しかったから。1人で勉強する私に話しかけてくれたのは先生だけだった。
授業よりも数段進んだ勉強を教えてくれたり、おすすめの本を紹介してもらったりして一緒の時間を過ごした。
そんな中で思ったのだ。トンプソン先生みたいな人が増えればいいのにって。
一般女性は結婚して家庭に入り、子どもを育てて家業や夫を手伝うが、女性でも気兼ねなく学べるようにしていきたい。私みたいな勉強好きな物好きな女の子が他にもいたら、助けてあげたい。トンプソン先生と一緒にいると、そんな将来の夢を見るようになった。
先生と再会してその夢をまた思い出した。
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