傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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「え?」

 柔らかな唇が私の唇に触れた。ちゅ、とリップ音が薄暗い部屋に響く。

「さぁ、良い子は寝る時間だ」

「やっぱり子ども扱いしてるじゃない」

 腕枕をしてくれて、2人で横になって彼の体に抱きついた。ポンポンと背中をたたいて寝かしつけされている。

「私はセーラじゃないわよ」

「もう黙って」

 また彼の唇が降ってきた。

 うるさくしてキスしてくれるなら、いくらでも騒いでやるわ、なんて思ったのに、瞼がだんだんと重たくなっていって、私はそのまま眠ってしまった。
 
 

 ◇

 次の日もいつも通り研究室で仕事だ。ケビンの大学での講義スケジュールの管理や、論文の進捗状況の管理、教授会、研究発表の日程の調整なと、やることは山積みだ。

 ケビンは朝いちからの講義にいってしまったので今研究室には私1人だ。
 
 ケビンのデスクの上には飲みかけのコーヒーマグと、置きっぱなしにした新聞が広がっている。それを片付けようと手を伸ばすと、また戦争の文字があった。

 戦争が始まるというのに私たち一般市民の生活は変わらない。なので戦争が始まったという実感は全くなかった。

 むしろ、なぜ戦争が起きているのかもわからないままだ。突然戦争が、どこか違う世界で巻き起こったという印象しかなく、当事者的意識はなかった。

 新聞を折り曲げて横に置いて、昨夜のことを思い出す。

 ケビンが抱いてくれなかったのは、やはり私がランドルフのことをまだ想っているからなのか。
 どうしたら彼のことを忘れられるのか、乗り越えてケビンに受け入れてもらえるのか方法がわからない。

 忙しい合間のふとした瞬間に考え込んでしまい、手を止める。

 すると、研究室の窓の外の遠くの方に軍服をきっちりと着こなした男性が見えた。なぜこんなところに軍人がいるのだろう、疑問に思って窓を開けてよくよくみてみると、それはランドルフその人だった。

 もう諦めたと、二度と現れないと言っていたランドルフが軍服姿で現れた。

 幻かと思って目を擦るが、それでも彼はそこに立っていた。

 私は急いで外に出た。

「ランドルフ、あなた……」

 息を切らしてランドルフの前に立つ。

「前線へ行くことが決まったんだ」

 戦場へ行くのだ。しかも前線なんて!
 戦争が現実味を帯びて目の前に立っていた。
 
 ランドルフは離縁状を私に手渡した。

「これで君は自由だ。ずっと縛り付けていたけど、やっと解放するよ」

 こんなものいらない。だから行かないで――そう言えたらどんなにいいか。
 
「行ってしまうのね……」
「もう会えないかもしれない、だから最後に君を目に焼き付けておきたかった」

 ランドルフの父親も、戦場で亡くなった。貴族であっても、戦場へ行って帰って来れる保証はどこにもないのだ。

「幸せにしてやれなくてすまない。随分としつこくして、君を苦しめた」

 ――ランドルフ、お願い……いかないで。

 喉まででかかった願望を抑え込んだ。

「今日は天使はいないのか。最後に一目会いたかったな」

 残念そうに眉尻を下げた。

「君たちの平和をこれからも守っていくから。安心して過ごせるように」

「無事に、生きて帰ってきて……」

 ランドルフはただ笑った。






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