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しおりを挟むケビンはドアを開ける。
ドアチェーンが伸びて、ケビンは外の様子を伺った。
「どなたですか」
ドアの向こう側から冷気が下から一気に部屋の中に入り込み、足元からぶるりと震えが走った。私はセーラを寒さから守るように抱きしめた。
「ジュリア様」
ドアの隙間から凍え切って寒さに震えながら白い息を吐き、私の名を呼ぶ女性がいた。
「クリスティーナ」
私はぽつりと彼女の名をこぼした。
私の前に現れたのはランドルフの家のメイド長、クリスティーナだった。
ぶるぶると青い顔をしながら震える彼女を、暖炉の火が当たる1番暖かいところに座らせた。
セーラはケビンが寝室へと寝かしつけに行ってくれたのでリビングには私とクリスティーナだけ。
「これを飲んで。温まるわ」
温かいココアを入れて、彼女のかじかむ手にしっかりと握らせた。
「ありがとうごさまいすジュリア様」
「いいのよ」
マグカップをにぎるクリスティーナの指は凍ったように冷たくなっていた。
「けれどこんな吹雪の夜の中、いったいどうしたというの? なにか、あった?」
遠いところを、体を震わせながら1人はるばる私の元を訪ねてくるなんて、よっぽどのことだ。ランドルフがどうなったのか、その話だろうか。クリスティーナの姿は、最後に会った時よりも小さく感じたし、手にもシワが増えていた。なにより顔色が悪かった。寒さの影響だけではなく、隈もひどいし、顔に精気がなかった。
ランドルフはもしかして……とそんな想像をしてしまい、直接クリスティーナに聞くことができない。
いざとなると知るのが怖い。
恐怖で喉の奥まで出かかった言葉が詰まった。
「旦那様が戦地から帰還いたしました」
「ああ! よかった! 帰ってきたのね」
私はパッと声を上げて喜んけれどクリスティーナの顔色はすぐれず、だまりこんでしまった。
もしかして、帰還というのは生きて帰ってという意味ではないの?
まさか彼は、遺体となって帰ってきてしまったのではないのか?
「ま、まさか……彼は……」
そんな心配でグルグルと頭が悪い方に回転していく。
私も彼女の隣に座り、自分用に入れたココアを温かさを確かめるように両手をマグカップに添えた。底が見えない茶色のココアを見つめた。
「ランドルフ様は生きて帰って来られました」
ぽつりとクリスティーナは言った。
私はそれを聞いて、ようやくほっと息をつくことができた。
「よかった」
一度冷気にさらされた体がじわじわと暖炉の熱であたたまるのを感じる。
ようやく自分もココアを一口飲むと、優しい蜂蜜の味がした。
「ランドルフはどうしているの?」
「それが、ランドルフ様は……」
不穏に言葉を途切らせてしまったクリスティーナ。何か悪いことがランドルフの身に起こったのか? けれど、無事に帰ってきくれた。それだけでも喜ばしいことだ。
「ジュリア様、ランドルフ様に会っていただけませんか」
「私たちが会うのは良くないと思うわ」
離縁状を出さないでいたのは、彼が無事に帰ってきたことだけを確認するためだった。ランドルフが戻ってきて私たちがまた一緒になるためではない。
私は彼を忘れるために、待っていたのだから。
「ランドルフ様は帰還いたしましたが、戦争で深く傷ついてしまっています。お体の傷も癒えておらず、心も……精神的にも参ってしまっているのです」
「あのランドルフが?」
信じられない気持ちでいっぱいになって、クリスティーナに聞き返した。
いつも力強く、先頭に立って周りを引っ張っていく力のあるあのランドルフが弱っている姿など考えられない。
「ランドルフ様がジュリア様に離縁状を渡したと聞いています。それにもう二度と会わないと約束したことも」
「ええ、でも離縁はまだしていないの」
「ランドルフ様はジュリア様たちのことはそっとしておけと、俺のことも放っておいてくれとそう言いましたが、どうしても……旦那様が、おつらそうで」
「そんなに酷い状態なのね」
「お願いです、ジュリア様。どうかランドルフ様を助けてくださいませ。旦那様には支えてくれるお方が必要なのです」
「クリスティーナ、私はもう他の男性と住んでいるの。ランドルフの元にはいけないわ」
「日に日にやつれていく旦那様をもうこれ以上見ていられないのです……!」
「クリスティーナ……」
私の腕に縋りつき、懇願するクリスティーナの背中は震えていた。横暴な態度だったランドルフは、周りの人間の誰にも心を開いていなかったように思える。だけれど、ランドルフはクリスティーナだけは信頼していたし、彼女もランドルフのことを慕っていた。
あの屋敷の中でランドルフにとって、頼れる存在が彼女だけだったのかもしれない。
伯爵家の者となり、そして父親の死によってまだ年若いが当主として立たなければならなかった。プレッシャーは相当あったはずだ。私なんかが想像もつかないくらい。ランドルフは彼なりに父親の遺言である、アガトンを頼むという最後の言葉を律儀に守っていた。使命感はいつしか、弟を伯爵家の後継として立派に育てあげなければならない、という強迫観念のようなものに変わっていたと私は思った。
彼は責任感があったから。自分だってまだ子供で、親の庇護を受けるべき年齢だったはずなのに、無理矢理にでも大人にならなければなからなかったのだ。
だからきっと、クリスティーナに母親という存在に近いものを感じていたと思う。クリスティーナも、同じように感じていたはずだ。雪が積もった中、私の元を訪ねるほどに。
「お願いいたしますジュリア様!」
彼女の悲痛な声が私の心を揺さぶる。
「ごめんなさいね、クリスティーナ……」
もう私には、泣き縋る彼女の小さな背中をさすることしかできない、してはいけない。
震えていた背中が落ち着いた頃、ぐっとした唇を噛み締めた後、クリスティーナは私に布に包まれたものを渡してきた。
「これは、ジュリア様がお持ちください」
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