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町外れの教会に私とランドルフは馬車で向かっていた。
ガタガタと馬車の中が揺れる。無言の重たい空気を感じ取りながら、私はしとしとと地面を濡らす空を見ていた。
雨雲があるせいで昼間なのにどんよりと暗い町。その町に小さな教会があった。
「プロミネンス伯爵様、ご足労いただきまして感謝いたします」
年老いた神父様が深々とランドルフに向かって頭を下げたのを、ランドルフは目配せだけして受け取った。
「奥様もこちらへどうぞ。お茶を用意しておりますのでおつくろぎください」
「……」
『奥様』と呼ばれたのなんて、いつぶりだろう。
否定しようとも思ったが、まだ書類上は妻であるし、詳細を説明する羽目になるからそのまま黙って受け入れた。
神父様が客間へと私たちを誘導しようとした。
「くつろいでいる時間はない。すぐに弟に会わせてくれ」
「あの、ですが、少し説明する時間をちょうだいしても」
「いいや。待てない。さっさと済ませてしまいたいんだ」
「……承知いたしました。こちらへどうぞ」
仕方ないと言った具合で神父様が廊下を進んで行った。
アガトンに会うだけなのに、どうして神父様がこんなに渋るのかがわからなかった。
神父様の後をついていく。小さな教会だと思ったが、連れて行かれた聖堂は広くて立派だった。
トラピアス修道院は聖職者と関係者以外の立ち入りを禁止している。そして、厳しく女性の立ち入りを規制していたためもあって、修道院から1番近い小さな町の教会までランドルフと来ていた。
『ついてきてくれないか』
最初、言われた時は断ろうかと思った。
ランドルフと別れてしまった元凶であるアガトンに会う必要なんて私にはない。
憎まれているなんて思ってもいなかったし、私は初めてできた義弟を可愛く思っていたくらいだ。
どこまでが演技で、どのくらい私のことを恨んでいたのか。
おどおどとしながらも、「姉様……」と照れながら笑うアガトンの顔を思い出すと、どうして嘘なんてついたのだと、彼を非難したくなった。
下手をしたら、セーラが死んでいたかもしれない。あの時のベッドの上での喪失感を思い出すだけでひやりとうなじが震える。
けれど、セーラは無事に生まれたし、ランドルフと私の別れは起こるべくして起こったのだと思うようになった。
今なら、冷静にアガトンの言葉を聞くことができそうだから、ここへ来ることにした。
それに、
『アガトンを殴り殺してしまいそうになったら、俺を止めてくれ』
なんて怖い顔をしてランドルフを言っていたのを聞いたのも理由の一つではある。
「プロミネンス伯爵、どうぞ。こちらになります」
聖堂内部の祭壇まできて、1番高いところまでランドルフは登って行った。
「おい、これはなんの冗談だ」
低く唸るような声で神父を脅すように言葉を投げ捨てた。
「お会いになる前に説明を差し上げようと思ったのですが……」
「『お会いになる前』だと? ふざけているのか! アガトンに何があったんだ。どうして、こんな姿に……」
ランドルフは祭壇の上に置かれた棺の端を強く握って中を覗き込んでいた。
「アガトン……どうして」
そっと腕を伸ばして、中に眠る人に触れていた。
それで私もやっとわかった。棺の中にいるのは、アガトンなんだと。
聖堂に並んでいる数あるベンチの手前に私とランドルフは横並びになって座った。
ランドルフは顔を下に向けてずっと動けなくなった。
神父様は私たちの前に立ち、様子を伺っていた。
私はランドルフの背に手を添えて、膝の上にあった彼の手を握った。
ランドルフは私の手を握り返した。
「どうしてアガトンは死んだんだ?」
ギロリと下から射殺さんばかりの眼光を神父様に向ける。
「アガトン様は、修道院の自室でお亡くなりになりました。自死だったと、聞いております」
「だからなぜ死んだかと聞いているんだ!」
大声で神父様を怒鳴りつけた。
「これを」
神父様が、アガトンに手紙を渡した。
「アガトン様の居室から発見されたものです。伯爵様宛です」
受け取る手に力が入りすぎてぐしゃりと端が潰れた。
ランドルフは大きな手で両目を覆いかくした。現実から目を逸らすように。
神父様は私とランドルフを残して聖堂を後にした。
これほどまでに打ちのめされたランドルフを見たことがあっただろうか。
ただ拳を震わせて、何も言わない彼が、私の目に弱くうつった。
そっとランドルフの頭を抱き寄せると、悲しみや怒りの入り混じった感情がランドルフの体の中で蠢いていた。吐き出せない感情を、少しでも楽にしてあげたいと願いながら、抱きしめ続けた。
馬車でケビンのアパートに着く頃にはあたりは真っ暗な闇が訪れていた。
ランドルフは私を家の中まで送り届けてくれた。
「送ってくれてありがとう」
彼は何も言わなかった。私は彼に背を向けて玄関に入って行くと、ランドルフが私の背後に近づく気配がした。
「ジュリア」
声がして振り向くと、真上にランドルフの顔がある。
「今日は助かった。……だが、君の気持ちはわかっている。約束は守るよ。俺はもういさぎよく諦める。これ以上、二度と、君の……君たちの前には現れないよ」
諦めて欲しかったのに、彼の表情を見たらひきとめてしまいそうになった。その腕を掴んで、彼がちゃんと涙を流すことができるように、思い切り抱きしめて安心させてあげたかった。
『もう泣いても大丈夫。私がそばにいるから』そう言ってあげたかった。
彼を心の底から愛していたことを思い出す。彼に会って、浮かれていた時の情熱を思い出した。もうあの頃には戻れないのに。
「君のことを愛していた。深く」
キスされるかと思ったほど近い距離にランドルフがいた。彼の唇は私の唇をかすめることなく、離れて行った。
私は、ドアの前に立ち止まって彼の背中を見続けた。
彼はもうこちらを振り向かない。
──これでいい。
けれど私の心が叫んでいる。
愛しているのなら、私を繋ぎ止めて。
離さないで。
背を向けていかないでよ。
ねぇ、ランドルフ。
あなたの元を去ると決めた私に、そんなことを言える資格なんてないのに。
あなたは私たちの子の父親にはなれないと、私はあなたを捨てたのだ。
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