傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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 帰宅して、家のものを整理する。引越し先に持っていくものをカバンに詰め始めたけれど、自分のものはカバンひとつにちょうどおさまってしまった。

 あまり物を増やすタイプではないけど、こんなに自分のものが少ないのに驚いた。
ランドルフのところから出ていく時も、このカバンに収まるくらいしかわたしは私物を持たなかった。

 無意識のうちに、物を増やすことを回避していたのかもしれない。

 次の引越し先では、たくさん自分のものを増やしていこう。大切なものを、増やしていきたい。自分の場所を自分で作るのだ。

 私は、アクセサリーの入った箱を手に取った。
 中を開けると、よそ行き用のキラキラと輝くイヤリングとネックレスが入っている。
 そして、この中に入れておくには似つかわしくないアンティークの懐中時計。


 あの雪の夜、クリスティーナが私に渡してきたものだった。

 ランドルフのものだ。
 いつも肌身離さず身につけていたから私がそれを見間違えるはずがなかった。

 父らしいことは何ひとつしてくれなかった父から貰った唯一のプレゼントだ、苦々しげにランドルフが言っていたのを思い出した。

 クリスティーナは私の好きにしてくれ、と渡してきたが、捨てることも売り飛ばすこともできずにしまっていた。

 もういっそ、売ってしまおうか。きっと高い値がつくはずだから、旅費の足しになる。お金はあればあるだけ助かる。

 一応、針が動いているか確認しておこうと思い、ぱかり、と蓋を開けた。
すると、はらり、と床に紙が落ちる。

 ──なんだろう。

 折り目がぼろぼろになって今にも破けて崩れてしまいそうな紙を手に取った。開いてみる。
 それはただの紙ではなかった。


 私とセーラの写真だった。


 何度も見開いた形跡がその折り目からわかる。

 私の胸に堪えきれないほどの感情が湧いてきて、瞳の奥を熱くさせた。ぽろぽろと水滴が落ちていって床の色を変えた。

 どんな気持ちでこの写真を戦場で見ていたのか。ランドルフのことを思うと胸が張り裂けそうになって、苦しい。


 あの人に会わずにこのままにいくことはできない。私には彼を一人にすることはできないと悟った。
 
 どうしたって彼を忘れらない、愚かな私。ケビンについていくと言った後になってようやく気づいてしまった。

「ジュリア、このお気に入りのマグカップも持っていこう…………」

 浮き足たった声で、マグカップを両手にもってケビンがキッチンからやってきた。
最後の方は声が途切れていった。


「ジュリア」


 何かを悟ったように私の名を呼ぶ。優しい声がすこし、緊張しているようだった。

 私はいつだってこの声に励まされてきた。
今、私が励ましてあげないといけないのに、もう私には彼を傷つける言葉しかかけられない。
 顔を上げられずにいると、ケビンが私の涙の雫を拭った。

「君は、一緒にこれないんだね」

「ごめんなさい……」

「彼の元に戻るのかい?」

「私ってほんとにばかよね。ずっと待っていてくれたのに。私、あなたにひどいことばかりしてるわ」

「そんなことないよ。僕は君とセーラといられて幸せだった。僕にとって、なによりも大切な時間だった」

 ベビーベッドで寝ているセーラの寝顔はむにゃむにゃと柔らかで無邪気だった。

「本当はずっとわかっていたよ。君はずっと彼のことしか見えていなかったから。彼がいなくなっても、ずっと彼のことを考えていたんだろう? それでも、君を諦めきれなかったのは僕の方だ」

ケビンはセーラの頭をひと撫でした。
 
「この子と僕は血は繋がっていないかもしれないけど、この子の父親のような存在だって思ってる。君も、この子もそう思ってくれていると嬉しい」

「もちろんよ」

「もしなにかあったら、僕を頼って欲しい。離れてしまっても、ずっと遠くで君たちの幸せを願っている」

 彼と、私とセーラの間には血のつながりはないけれど、家族になっていたのだ。





「毎月手紙を送るわ」

「絶対だよ。約束だ」

 私たちは最後に抱きしめ合い、最後のキスをした。

 残りの荷造りを簡単に済ませ、ランドルフの元へと帰ることになった。私とセーラが乗り込む馬車を、ケビンとその両親が見送ってくれた。
 みんな泣いていたけど、ケビンのお母さんが一番酷い泣きようだった。

「僕はずっと君たちを愛しているよ。それだけは忘れないで」

「私もよ」

抱っこしてたセーラが、いつもの様子と違うのがわかるのか、激しく泣き始めた。

「セーラ、泣かないでくれ。笑ってさよならしたかったのに、僕も泣いてしまう」

ケビンがセーラの涙を拭い、自分もメガネをずらして服の袖で顔を拭う。

「最後くらい、かっこつけたかった」

「あなたはずっとかっこいいわ、ケビン」

 くしゃりと笑った顔と泣き顔が同時にできるなんて、ケビンは器用だったんだな、なんて思ってしまう。

 馬車に乗って動き出しても、私たちはずっと窓の外から身を乗り出して手を振った。
 ケビンもずっと手を振っていくれていた。
 姿が小さく、見えなくなるまでずっと。
 

 ――私たちを愛してくれてありがとう。
 
 
 



 
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