『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ

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第4章魔王様、ご飯で和解しませんか?

第20話 大市のど真ん中、鍋は二つで約束はひとつ

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 魔都大市の朝は、鐘より先に呼び声が走る。布、香草、鍛金、占い。色も匂いも、世界がいっぺんに湧いたみたいだ。

「設営、開始します!」
「旗は低く!」
「湯気は目より下!」
「いただきますは、ひとつ!」

 私たちは市場中央の試演台に二口の火床を組んだ。掲げた札は“鍋二つ”。左は白鍋(橋粥ベース)、右は黒鍋(香辛煮込み)。どちらも同じ出汁から分ける。

「最初に“同じ”を仕込んで、後で“違い”で寄せる、ね」
 セイル王子が頷く。
「王子は王子玉の温度、今日は流さないで」
「努力目標だ……」

「グラドさん、“耳の鍋”を台の足元に。音、跳ね返ります」
「了解。蓋は半分ずらす」

「バライル、香笛は今日は低め。人も魔も胸の高さで受ける音に」
「承知」

 黒衣の魔王が、露店の影から静かに現れた。
「条件は三つ」
「焦がさない。落とさない。のぼせさせない。守ります」
「よし。見せてみよ、腹で話す台所を」



 まずは共通出汁。骨と香葉と乾いた茸。私は《火加減制御》で弱中弱を踏む。白鍋には穀と豆、黒鍋には香辛の種と炒め玉。

「王子、出汁見て」
「澄んでいる。八・四・八の呼吸、合ってる」
「そのまま“王子玉”。今日は壊さないでね」
「言わないでくれ」

 人の列と魔の列が自然に二つの帯になって近づいてくる。その間に子どもたちの列が細い橋みたいに渡る。いい流れ。

「試食は“始まりの椀”から――いただきますは、ひとつ!」

「「いただきます!」」

 白鍋の粥をひと口、魔族の幼子が目を丸くした。角がぴくりと揺れる。
「あまい」
「噛むほどね」
 隣で黒鍋の香りを吸い込んだ人の騎士が、汗を光らせる。
「辛い……けど、鼻が広がる」
「外交量です」

 市場がふわっと笑った。湯気が橋になる音がした。



 ——その時、嫌な金属の舌が空気にまじった。
 鉄粉。焦げ砂。**“焦げの予兆”**だ。

 私は《嗅覚強化》を上げ、肩越しに囁く。
「右背後、麻袋。灰鯨の手」
「俺が抑える」
 グラドが一歩で影に入り、幅で道を塞ぐ。同時に私は黒鍋の縁を《無限収納》で一瞬だけ消す。飛来した灰砂は鍋の外の空間に落ち損ねる。すぐ戻す。焦げ、ゼロ。

「香輪を半歩下げ、柑根を点で置く!」
 バライルが香笛を低く鳴らし、無味露の芽を渦の外へ押し出す。

 魔王が目だけで笑った。
「よく避けた。焦げの芽は摘め」

「続行します。白は塩ひと粒上げ、黒は甘みを半歩足す」



 昼の鐘。沈黙の間。十個だけの“ぷりん”が配られ、喧騒が一拍で丸くなる。
 刻を合わせたみたいに、老舗香商のラウモンドが帳面を出した。

「公開入札、子ども食堂ルートは継続。——ただし星シールの換金率、二割上げ」
「ありがとう。星が重くなる」

 そこへ、昨日塔で出会った“スリ未遂”の少年が、湯場札を首にぶら下げて駆けてきた。
「休憩札、配った! “二杯目は星返却”って言ったら、みんな笑った」
「よくやった。星係、正式採用」

「王子玉、成功!」
 王子が小皿を掲げる。つるり、とろり、今日はきれいに乗っている。
「空焼き王子、卒業?」
「仮免許で頼む」

 笑いがまたひと波。湯気が上がるたびに、両方の列の肩が少しずつ近づいている。



 魔王が試演台へ一歩出た。
「二つの鍋。どちらも同じ出汁からだと言ったな」
「はい。**“同じから分かれる”**を、今日は見てほしくて」

 私は杓文字を二つ持ち、白と黒を交互にすくって一椀に重ねた。
「“橋合わせ”。白を先、黒をひと筋。——いただきますは、ひとつ」

 魔王は黙って口へ運び、目を伏せた。
「……昔、祭で食べた。白い粥に、母が黒い薬味を一筋落とした。同じ鍋だった」

 市場の音が、一瞬だけ遠くなった気がした。
 魔王は首を上げ、はっきりと言う。

「市中常設・鍋ふたつ、許可。条件は三つのまま。子ども列は先頭、星は重く。——灰鯨の手は、こちらで落とす」

「ありがとうございます。鍋は約束、守ります」



 最後の締めは合同いただきます。
「人列も魔列も、声を合わせます。腹で話す合図だから」

「「——いただきます!」」

 拍手。足踏み。笛。鐘。スプーンの音。市場のど真ん中に、しっかりと音のスープができた。

 私は《ステータス》を開く。

《名:カスミアーナ/年齢15/職:料理研究家》
《料理:32→33/鑑定:12→12/嗅覚強化:12→13/交渉:16→17》
《新技:橋合わせ/灰砂回避(収納縁)/市場運用》
《称号:台所外交官/塔上料理長/湯場番/大市料理長(NEW)》

「上がってる。……でも、まだ足りない」
「十分以上だ」
 セイル王子が笑い、子どもたちが「王子玉もう一個!」と跳ねる。
「焦げは出汁にしない。落とさない。のぼせさせない。——明日も、ね」
「はい。いただきますは、ひとつ」

 その夜。片付け終わりの台所で、黒封の小さな文が届いた。
“明晩、城内小台所。条件は三つのまま。——魔王”

「城の台所、行きますか」
「行こう」
 私は柄杓を胸に当て、深く息を吸った。
 次は城の奥。火は弱め、声はやさしく。同じ出汁を持っていく。

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