『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ

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第5章地球と異世界、二つの台所と再会の味

第18話 混交列、湯気はリズム

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 大市最終日の朝。
 魔都外市・第二区画の入口に、赤と黒の旗が交互に並んだ。旗は低く、湯気は胸の高さ。案内板には大きく——“混交列(人→魔→人→魔)”。

「“中立の輪”は二重で張った。風は南東、香りは回る」

 蒼生(ソウセイ)が香線を調整する。

「耳の鍋は?」

「蓋、少しだけ緩めておいた。——音は柔らかく“トン、トン”」

 グラドが木蓋を指で弾く。鍋が静かに拍を刻み、胸の鼓動と重なる。

「合図は私が。——今日の鍋は“列に優しい三段”。最初は“合間(あいま)の汁”、次に“香葉の白和(しらあ)え”、最後に“一口往還”。」

「よし、行こう」

 セイル王子が頷く。私は胸の高さの湯気を確かめ、最弱の合図の香をひと焚きした。

 

「——いただきます」

 混交列の先頭は、片角の行商と人間の学徒。二人同時に椀を受け取り、同じ高さですすった。

「喉、すっと落ちるね」

「喧嘩する気が、湯気でほどける」

 列が“人→魔→人→魔”のリズムで前へ。
 鍋の蓋は“トン、トン”。沈黙の間は十拍。
 広場のざわめきが、やがて“合奏”に変わる。

 

 第二鍋“香葉の白和え”。
 匙が入るたび、角のある手と人の手が、同じ間隔で引いて、同じ間隔で戻る。

「酸が刃じゃなくて、布だ」

「塩は“外交量”。学びがあるね」

 笑いが起き、旗の下で子どもが拍を取る。
 アヤが小声で囁いた。

「今のところ、刺し手なし」

「油断はだめ。——風下を見て」

 私は鼻を細く使い、列の右奥に微かな“強香油”の影を嗅いだ。甘さが強く、後に柑根の苦み。争いの火種になりやすい配合だ。

「王子。右後方、黒外套の露店から“煽(あお)り香”。」

「グラド」

「行ってくる」

 副長が自然な客の動きで露店に近づく。
 私は第三の準備に入った。

 

「第三、“一口往還”。——同時刻、三、二、一」

 私と列の先頭四名が、橋ご飯を同時に噛む。
 “トン、トン”と蓋が拍を刻み、呼吸が揃う。
 そこで——黒外套の男が列へ肩を入れた。

「人間が前はおかしいだろう!」

 声が硬い。
 私は即座に“耳の鍋”の蓋を、指二本ぶんだけずらす。木蓋が“トン、トン、トン”と一拍増やし、音が広場に薄く広がる。

「——十拍、沈黙の間」

 アヤがキャンディを二粒、列の左右へ。
 男の喉が一度、ごくりと落ちる。
 私は器を一つ差し出した。

「忙しいから手短に。どうぞ。“合間の汁”」

「俺は——」

「名前は後。腹で話しましょう」

 男は一口すすり、眉間のしわが少しほどけた。

「……喉が、落ち着く」

「列は“歌”です。あなたの立ち位置は“二拍後”。——ここ」

 私は列調律(れつちょうりつ)を開き、背中に軽く触れて“二拍後”の空間に導いた。
 男は抵抗なくそこに収まり、息が列の呼吸に合う。

「……邪魔だと思ってたが、今は邪魔じゃない」

「湯気が胸の高さだと、喧嘩が届かない。——台所の知恵です」

 男はうなずき、器を返した。
 風下でグラドが露店の黒外套から強香油を回収し、衛士へ渡すのが見えた。

 

 列は壊れない。
“人→魔→人→魔”。
 鍋の拍は“トン、トン、トン……トン”。
 私はその拍に合わせて、湯をさし、塩をひとつまみ“外交量”で落とす。

「次の方どうぞ。——角、ぶつからないよう半歩だけ斜め」

「了解」

 角の若者が半歩、斜め。人の学徒が半歩、前。
 隙間に笑いが生まれ、列の速度がふわりと一定になる。

 

 やがて、黒紋の見聞役が現れた。
 書板に目を落とし、静かに言う。

「観測——“混交列”、破綻なし。指標、湯気高さ遵守、沈黙十拍の維持、衝突ゼロ。……合格」

 広場に小さな歓声。
 セイル王子が私を見る。

「常設枠、取れたな」

「鍋は焦がさず、熱は分けられました」

 見聞役が続ける。

「ただし、条件が一つ。“耳の鍋”の運用、記録に残せ。手順化して共有せよ」

「承ります。“耳の蓋・一指、二指、三指”の三段で文書に」

「よい」

 

 片付けの頃、さっきの黒外套の男が列の端に立っていた。
 逃げない。こちらをまっすぐ見る。

「二杯目を。——塩、少しだけ強く」

「……うまい」

「名前は」

「ラギ。港の荷役だ。昨日、喧嘩で鼻をいわした。……今日は喧嘩、いらなかった」

「なら、明日は“旗、低く”。胸の高さで、また会いましょう」

「おう」

 ラギは深く頭を下げ、去っていく。
 私は木杓子を握り直した。鍋の底は——焦げなし。

 

 宿への帰り道。
 “香の広間”から黒封の使いが追いついた。
 短い紙には魔王の印。

——常設枠、許可。
——王都にも同じ鍋を。
——“往還”は、時刻を二つ。

 私は息を吸い、みんなを見た。

「二つ、だって」

「王都と魔都、同時刻二本線。……やるしかない」

 セイル王子が笑い、グラドが肩を回す。
 アヤは香袋を二重にし、蒼生は輪の配合を書き換えた。

 

 部屋に戻る前に、そっと《ステータス》を開く。

《名:カスミアーナ/年齢15/職:料理研究家》
《料理 33/鑑定 14/嗅覚強化 14/湯音制御 8/段取り最適化 15》
《香窓開閉 3/換算感覚 2/中立香線 3/列調律 1→2》
《新特技:耳鍋運用 0→1》
《称号:往還の鍋》

「上がってる。……でも、まだ足りない」

「十分以上だ」

 王子が、いつもの言葉で笑う。

「次は“二本の往還”。——旗は低く、湯気は胸の高さだ」

「はい。焦がさず、熱だけ」

 私は窓を開け、夜風の向きを確かめた。
 南東。香りは、まだよく回る。

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