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第5章地球と異世界、二つの台所と再会の味
第31話 返書、三つの舌と旅支度
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翌朝、開場の鐘より早く、黒封の返書が届いた。封の墨はまだ湿っている。
「——読むね」
私は紐をほどき、一行ずつ声に出した。
「『家族印の採用、王都も追随する。三日後の評定、子の舌・職の舌・数の舌を伴い登城せよ。湯気の地図、写し十部。——王都議会』」
「ぼく、“子の舌”!」
ルークが即座に手を挙げる。
「“数の舌”は私が」
カーディンが胸に手を当てた。顔は強張っているけれど、瞳は逃げない。
「“職の舌”はオレで、いいっすか」
昨日の若い麺屋が、粉だらけの前掛けをぎゅっと結び直した。
「決定。——その前に、家族印が私なしで一巡できるか確認しよう」
私は柄杓を置き、見守る側に回る。
「旗、低く結び直し完了!」
「目盛り線よし、胸・腰・足首、三本見える!」
「鼻五拍、舌一拍、顔四拍——十!」
若手組の声が重ならない。列は丸く、湯気は胸の高さ。
私は《鑑定眼》を開く。
——行列安定:中/衝突予測:低/満腹満足:上昇。
「よし、午前の鍋は見守り指示のみ。私は写しを作るね」
「写し十部、任せて!」
凛が紙を並べ、結衣が香りの注記を刷る。
昼前、軽い騒ぎ。
角の商人が、約束どおり角塩を一粒ずつ見せて回っていたのだが——
「うちの角塩、本物ですよ! ……ほらっ」
勢い余ってひと粒が石畳へ。転がる角塩、追う子ども、慌てる商人。
「ルーク、十拍!」
「いーち、にーい、さーん……!」
私は“耳の鍋”を一打、商人の足元に“帰り道”の香りを一滴。
角塩は子の掌で止まり、商人は深く頭を下げた。
「約束、守ってくれてありがとう。——次からは蓋つきの皿でね」
「心得た!」
小さなトラブルは、十拍で丸く収まった。
昼の“沈黙の間”。ぷりんは一口。
静けさの中で、私は三人の“舌”に旅の段取りを渡す。
「持ち物は軽く。舌は重く。
——ルーク、王都では大きな声は半分に。代わりに笑顔を倍に」
「できる!」
「麺屋くん、職の舌は手の跡がいちばん強い。包丁の柄、磨いて持ってきて」
「はい、ピカピカに」
「カーディン、数の舌は短い文で。三行で腹に落とす練習を」
「三行……“鍋は焦げず/列は揃い/帰り道は増える”。……これでどうだ」
「最高。結びはそのまま胸にしまって」
午後は“留守番鍋”の編成。
結衣を頭に、凛・グラド・角の商人(約束監視役)で四角を作る。
「合図は三つ。耳の鍋一打、旗の結び直し、甘味二口。順番は変えない」
「了解」
グラドが柄杓を肩に担ぎ、結衣が目盛り線を指で確かめる。
「もし揉め声が湧いたら?」
凛が問う。
「“怒った角”の香りを十拍、近づかない。嵐は鍋の外で終わらせる」
夕刻、王都行きの荷造り。
私は《無限収納》を開き、写しの地図十部、香り見本、小さな鍋敷き、そして——
「……出汁巻きの端っこ、入れておこう」
緊張で固くなった舌に効く、地球の“家庭の味”。
「師匠、ステータスは?」
「うん、今は段取り最適化9、嗅覚強化9、新しい補助で“目盛り導入(街区)”。——十分、やれる」
「十分じゃ足りない場面も、きっと来る」
カーディンが静かに言った。「でも十拍あれば、考えられる」
「いい台詞」
私は笑い、ルークの髪をくしゃっと撫でた。
出立前の最後の鍋。
私は久しぶりに最前で柄杓を握る。胸の高さ、丸。
家族印の列が、夕陽の色でふわりと揺れた。
「——行ってきます。鍋、焦がさないで」
「任せて!」
結衣と凛とグラド、三つの拳が静かに上がる。
「ぷりんは?」
ルークが袖を引く。
「王都で二口。帰り道でもう二口」
「やった!」
門で振り返ると、広場の目盛り線が夕闇に沈みかけていた。
でも、人の歩幅が線の続きみたいに揃っている。
——大丈夫。帰り道は、もう街の中にある。
私は女神の匙を胸に当て、三人の“舌”と歩き出す。
「十拍で行こう。
息を合わせて、焦がさず、熱だけ——王都へ」
「——読むね」
私は紐をほどき、一行ずつ声に出した。
「『家族印の採用、王都も追随する。三日後の評定、子の舌・職の舌・数の舌を伴い登城せよ。湯気の地図、写し十部。——王都議会』」
「ぼく、“子の舌”!」
ルークが即座に手を挙げる。
「“数の舌”は私が」
カーディンが胸に手を当てた。顔は強張っているけれど、瞳は逃げない。
「“職の舌”はオレで、いいっすか」
昨日の若い麺屋が、粉だらけの前掛けをぎゅっと結び直した。
「決定。——その前に、家族印が私なしで一巡できるか確認しよう」
私は柄杓を置き、見守る側に回る。
「旗、低く結び直し完了!」
「目盛り線よし、胸・腰・足首、三本見える!」
「鼻五拍、舌一拍、顔四拍——十!」
若手組の声が重ならない。列は丸く、湯気は胸の高さ。
私は《鑑定眼》を開く。
——行列安定:中/衝突予測:低/満腹満足:上昇。
「よし、午前の鍋は見守り指示のみ。私は写しを作るね」
「写し十部、任せて!」
凛が紙を並べ、結衣が香りの注記を刷る。
昼前、軽い騒ぎ。
角の商人が、約束どおり角塩を一粒ずつ見せて回っていたのだが——
「うちの角塩、本物ですよ! ……ほらっ」
勢い余ってひと粒が石畳へ。転がる角塩、追う子ども、慌てる商人。
「ルーク、十拍!」
「いーち、にーい、さーん……!」
私は“耳の鍋”を一打、商人の足元に“帰り道”の香りを一滴。
角塩は子の掌で止まり、商人は深く頭を下げた。
「約束、守ってくれてありがとう。——次からは蓋つきの皿でね」
「心得た!」
小さなトラブルは、十拍で丸く収まった。
昼の“沈黙の間”。ぷりんは一口。
静けさの中で、私は三人の“舌”に旅の段取りを渡す。
「持ち物は軽く。舌は重く。
——ルーク、王都では大きな声は半分に。代わりに笑顔を倍に」
「できる!」
「麺屋くん、職の舌は手の跡がいちばん強い。包丁の柄、磨いて持ってきて」
「はい、ピカピカに」
「カーディン、数の舌は短い文で。三行で腹に落とす練習を」
「三行……“鍋は焦げず/列は揃い/帰り道は増える”。……これでどうだ」
「最高。結びはそのまま胸にしまって」
午後は“留守番鍋”の編成。
結衣を頭に、凛・グラド・角の商人(約束監視役)で四角を作る。
「合図は三つ。耳の鍋一打、旗の結び直し、甘味二口。順番は変えない」
「了解」
グラドが柄杓を肩に担ぎ、結衣が目盛り線を指で確かめる。
「もし揉め声が湧いたら?」
凛が問う。
「“怒った角”の香りを十拍、近づかない。嵐は鍋の外で終わらせる」
夕刻、王都行きの荷造り。
私は《無限収納》を開き、写しの地図十部、香り見本、小さな鍋敷き、そして——
「……出汁巻きの端っこ、入れておこう」
緊張で固くなった舌に効く、地球の“家庭の味”。
「師匠、ステータスは?」
「うん、今は段取り最適化9、嗅覚強化9、新しい補助で“目盛り導入(街区)”。——十分、やれる」
「十分じゃ足りない場面も、きっと来る」
カーディンが静かに言った。「でも十拍あれば、考えられる」
「いい台詞」
私は笑い、ルークの髪をくしゃっと撫でた。
出立前の最後の鍋。
私は久しぶりに最前で柄杓を握る。胸の高さ、丸。
家族印の列が、夕陽の色でふわりと揺れた。
「——行ってきます。鍋、焦がさないで」
「任せて!」
結衣と凛とグラド、三つの拳が静かに上がる。
「ぷりんは?」
ルークが袖を引く。
「王都で二口。帰り道でもう二口」
「やった!」
門で振り返ると、広場の目盛り線が夕闇に沈みかけていた。
でも、人の歩幅が線の続きみたいに揃っている。
——大丈夫。帰り道は、もう街の中にある。
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