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第5章地球と異世界、二つの台所と再会の味
第32話 三つの舌、王都に並ぶ
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王都の門は朝霧で白かった。
私たち三人と一匹の荷車は、刻限より少し早く到着する。
「深呼吸、十拍」
私が指で数えると、ルークも麺屋もカーディンも、同じリズムで胸を上下させた。
「ようこそ」
迎えに現れたのはセイル王子。軽装だが、眼差しは戦の朝と同じ静けさを持っている。
「来たよ、王子。——三つの舌も万全」
「頼もしい。評定の前に、式次第の試食をしよう」
案内されたのは王城の内庭。
中央に小ぶりの炉、両脇に長卓。私は串と小鍋を並べ、**“十拍スープ”**を温め始める。
「まずは音合わせ」
私は“耳の鍋”を一打。澄んだ金属音が、庭の緊張を一段だけ下げた。
「次、旗」
王城の使用人が結びを高くしようとして、私は首を横に振る。
「低く。——胸の高さで湯気が丸くなる」
「は、はい」
「セイル王子、試食を」
薄い出汁のスープに“帰り道”を一滴。王子が啜る。
「……落ち着く。これなら、硬い舌でも飲み込める」
「本番は、三人の舌が同じ十拍で話します。王子は要所で“耳の鍋”を」
「了解した」
刻限。
評定の間は円形。議員、軍、商会、寺院……舌が多い。
私は中央の炉に小鍋を据え、湯気の高さを胸へ合わせた。
「開始する」
セイル王子の声が響く。
私が一礼し、“耳の鍋”を一打。
「——子の舌、前へ」
ルークが一歩。
私は背中で十拍を刻む。ルークは口を開く。
「ぼく、ルーク。十拍数えると、けんかしない。朝ごはんの列も、ぷりんの列も」
間。
私は小匙で“帰り道”を一滴湯気に落とす。
「お腹がぐうって鳴る時、十拍だと、待てる。
だから——ぼくは待てる街が好き」
短い拍手。笑いがほどける。
王子が小さく頷き、耳の鍋を一打。
「——職の舌」
麺屋が前へ。手には磨いた包丁の柄。
「包丁の柄って、手の仕事が残るんです。
十拍の間に湯気を見て、顔を見て、麺の太さを変える。
高い粉がなくても、十拍で旨くなる」
彼は柄を掲げ、言葉を結ぶ。
「焦がさなきゃ、街は旨くなる。鍋、焦がさない約束を」
数名の議員が顔を見合わせ、頷く。
王子、一打。
「——数の舌」
カーディンが中央に。手には三行だけの板札。
「一。鍋は焦げず。廃棄率、半減。
二。列は揃い。揉め事、三分の一。
三。帰り道は増える。再来率、倍」
彼は札を伏せ、深く頭を下げた。
「十か月前、私は早さに負けた。今日から十拍に勝たせる。
数字は、腹で守る」
静寂。
やがて、円のあちこちで机を指先で叩く音が連なり、王都流の賛意が広がった。
「——質疑に移る」
年長の議員が手を上げる。
「甘味の二口は、贅沢ではないか?」
私は一礼して答える。
「贅沢ではなく、制動です。
言葉が熱くなった時、二口で静まり、十拍が戻る。
贅沢は三口。——そこは切っています」
別の商人代表が問う。
「目盛り線を街に引くと、商売が鈍るのでは?」
「鈍りません。ぶれが減る。
値が揺れない場所は、信頼が溜まり、客が戻る。
日銭より、帰り道を増やすほうが長く儲かる。——角塩の例を王都でも再現できます」
王子が視線で合図。私は角塩一粒と蓋つき皿を掲げた。
ざわめきが、納得のうなりに変わる。
「——まとめを」
王子が促す。
私は鍋を一度だけかき回し、湯気の丸さを確かめてから言った。
「鍋は約束。旗は低く、湯気は胸。
十拍で並び、二口で静まる。
焦がさず、熱だけを分け合えば——王都と魔都は同じ味になります」
“耳の鍋”、一打。
円卓の空気が、胸の高さでふわりと揺れた。
「異議なし——と、私は言いたい」
厳つい軍の将が立ち上がる。「ただし試験期間を置け」
「七日」
私は即答する。
「短い」
「十拍で決められない長さは、鍋を冷ます」
将は目を細め、やがて笑った。
「……七日でいい。毎夕、数を見せろ」
「三行で」
評定は可決で終わった。
退出の列で、年配の書記が私に紙片を渡す。
——“議場にも冷蔵庫が必要”
私は小さく笑い、親指で丸を作った。
庭へ戻ると、セイル王子が待っていた。
薄い箱を差し出す。中には、私の地図の精密な写しが十部。
「写図班を動かした。街路ごとの風の癖も追記してある」
「仕事が早い……!」
「十拍で決めたほうが、ね。——ぷりん、二口の約束は守れる?」
「もちろん。帰り道でもう二口」
「楽しみにしている」
帰り支度の前、私は《ステータス》をそっと開いた。
《交渉 8→9(評定)/香運用 8→9(場制御)/新称号:三つの舌の案内人》
《補助:議場冷蔵(設置候補)/効果:沈黙の間・安定》
「上がった?」
ルークが覗く。
「うん。三つの舌が上手かったからね」
「ぼく、がんばった!」
「いちばん大事なのは——十拍、忘れないこと」
「忘れない!」
王都の門を出る頃、空は茜色。
私は女神の匙を握り直し、三人と歩幅を合わせる。
「帰り道は、街の中にも、人の中にもできる。
焦がさず、熱だけ——魔都へ」
私たち三人と一匹の荷車は、刻限より少し早く到着する。
「深呼吸、十拍」
私が指で数えると、ルークも麺屋もカーディンも、同じリズムで胸を上下させた。
「ようこそ」
迎えに現れたのはセイル王子。軽装だが、眼差しは戦の朝と同じ静けさを持っている。
「来たよ、王子。——三つの舌も万全」
「頼もしい。評定の前に、式次第の試食をしよう」
案内されたのは王城の内庭。
中央に小ぶりの炉、両脇に長卓。私は串と小鍋を並べ、**“十拍スープ”**を温め始める。
「まずは音合わせ」
私は“耳の鍋”を一打。澄んだ金属音が、庭の緊張を一段だけ下げた。
「次、旗」
王城の使用人が結びを高くしようとして、私は首を横に振る。
「低く。——胸の高さで湯気が丸くなる」
「は、はい」
「セイル王子、試食を」
薄い出汁のスープに“帰り道”を一滴。王子が啜る。
「……落ち着く。これなら、硬い舌でも飲み込める」
「本番は、三人の舌が同じ十拍で話します。王子は要所で“耳の鍋”を」
「了解した」
刻限。
評定の間は円形。議員、軍、商会、寺院……舌が多い。
私は中央の炉に小鍋を据え、湯気の高さを胸へ合わせた。
「開始する」
セイル王子の声が響く。
私が一礼し、“耳の鍋”を一打。
「——子の舌、前へ」
ルークが一歩。
私は背中で十拍を刻む。ルークは口を開く。
「ぼく、ルーク。十拍数えると、けんかしない。朝ごはんの列も、ぷりんの列も」
間。
私は小匙で“帰り道”を一滴湯気に落とす。
「お腹がぐうって鳴る時、十拍だと、待てる。
だから——ぼくは待てる街が好き」
短い拍手。笑いがほどける。
王子が小さく頷き、耳の鍋を一打。
「——職の舌」
麺屋が前へ。手には磨いた包丁の柄。
「包丁の柄って、手の仕事が残るんです。
十拍の間に湯気を見て、顔を見て、麺の太さを変える。
高い粉がなくても、十拍で旨くなる」
彼は柄を掲げ、言葉を結ぶ。
「焦がさなきゃ、街は旨くなる。鍋、焦がさない約束を」
数名の議員が顔を見合わせ、頷く。
王子、一打。
「——数の舌」
カーディンが中央に。手には三行だけの板札。
「一。鍋は焦げず。廃棄率、半減。
二。列は揃い。揉め事、三分の一。
三。帰り道は増える。再来率、倍」
彼は札を伏せ、深く頭を下げた。
「十か月前、私は早さに負けた。今日から十拍に勝たせる。
数字は、腹で守る」
静寂。
やがて、円のあちこちで机を指先で叩く音が連なり、王都流の賛意が広がった。
「——質疑に移る」
年長の議員が手を上げる。
「甘味の二口は、贅沢ではないか?」
私は一礼して答える。
「贅沢ではなく、制動です。
言葉が熱くなった時、二口で静まり、十拍が戻る。
贅沢は三口。——そこは切っています」
別の商人代表が問う。
「目盛り線を街に引くと、商売が鈍るのでは?」
「鈍りません。ぶれが減る。
値が揺れない場所は、信頼が溜まり、客が戻る。
日銭より、帰り道を増やすほうが長く儲かる。——角塩の例を王都でも再現できます」
王子が視線で合図。私は角塩一粒と蓋つき皿を掲げた。
ざわめきが、納得のうなりに変わる。
「——まとめを」
王子が促す。
私は鍋を一度だけかき回し、湯気の丸さを確かめてから言った。
「鍋は約束。旗は低く、湯気は胸。
十拍で並び、二口で静まる。
焦がさず、熱だけを分け合えば——王都と魔都は同じ味になります」
“耳の鍋”、一打。
円卓の空気が、胸の高さでふわりと揺れた。
「異議なし——と、私は言いたい」
厳つい軍の将が立ち上がる。「ただし試験期間を置け」
「七日」
私は即答する。
「短い」
「十拍で決められない長さは、鍋を冷ます」
将は目を細め、やがて笑った。
「……七日でいい。毎夕、数を見せろ」
「三行で」
評定は可決で終わった。
退出の列で、年配の書記が私に紙片を渡す。
——“議場にも冷蔵庫が必要”
私は小さく笑い、親指で丸を作った。
庭へ戻ると、セイル王子が待っていた。
薄い箱を差し出す。中には、私の地図の精密な写しが十部。
「写図班を動かした。街路ごとの風の癖も追記してある」
「仕事が早い……!」
「十拍で決めたほうが、ね。——ぷりん、二口の約束は守れる?」
「もちろん。帰り道でもう二口」
「楽しみにしている」
帰り支度の前、私は《ステータス》をそっと開いた。
《交渉 8→9(評定)/香運用 8→9(場制御)/新称号:三つの舌の案内人》
《補助:議場冷蔵(設置候補)/効果:沈黙の間・安定》
「上がった?」
ルークが覗く。
「うん。三つの舌が上手かったからね」
「ぼく、がんばった!」
「いちばん大事なのは——十拍、忘れないこと」
「忘れない!」
王都の門を出る頃、空は茜色。
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