『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ

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第6章女神の真意と、“料理の奇跡”

第4話 沈黙の間、甘味は議場を救う

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 翌朝。王都議会の大広間は、いつもより早くざわめいていた。
 空気は張り詰め、議員たちの声が交錯する。
 今日の議題は——魔都との「常設鍋協定」。

 

「賛成も反対も、腹の声が混ざりすぎてますね」

 私は議場の奥、配膳台の影に立っていた。
 セイル王子は演壇の隅、淡い笑みで私を見る。

 

「君の出番だ。……“沈黙の間”を」

「了解しました」

 

 私は《段取り最適化》を開き、十拍の呼吸で周囲を見渡す。
 空気は熱い。声の温度が沸点に近い。
 ——焦がす前に、火を弱めなきゃ。

 

「“沈黙の間”、始めます」

 私は小さな銀盆を掲げた。
 上には、昨日の学び舎で仕込んだ“議場ぷりん”——二口の甘味。
 香りは角砂のやさしい焦げと、わずかな柑根の清涼。

 

「条件は三つ。
 一、旗は低く。
 二、湯気は胸。
 三、甘は二口。」

 

「議会に甘味? 子どもじみておる!」と、年長の議員が鼻を鳴らした。
 だが私は静かに言った。

 

「舌が言葉を止めるのは、一時だけです。……その一時が、救うこともあります」

 

 王子が片手を上げた。

 

「皆の者、二口、だけだ」

 

 皿が一斉に配られ、議員たちは渋々スプーンを取る。
 一口。
 声が止む。
 二口。
 空気が落ち着く。

 

 誰もが、静かに息を吐いた。
 湯気が胸の高さで揺れ、香りが重なり合う。
 ——沈黙の間、成立。

 

「さて」
 王子が口を開いた。声が穏やかだ。

「焦げを恐れず、だが鍋をひっくり返すな。
 私たちが作った“橋の粥”は、誰の腹にも落ちる。
 王都と魔都、同じ火で煮よう」

 

 議員たちが顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
 手元の匙を置く音だけが、議場に重なる。

 

「……甘味、悪くなかったな」
 先ほどの年長議員が、ぼそりと呟く。
 その声に周囲が笑った。

 


---

 

 会議の後、私は厨房に戻った。
 ルークとマリナが待っている。

 

「ぷりん、足りた?」

「ぎりぎりでした。でも効果ばつぐんです!」

 

「先生、魔都の議会にもぷりん送る?」

「うん、甘味は世界共通語ですから」

 

 マリナが笑い、ルークが鼻歌を歌う。
 厨房の鍋が、静かに湯気を立てていた。

 


---

 

 夕方。
 セイル王子が私のもとへ来た。

 

「見事だった。あの沈黙は、何より雄弁だった」

「甘味の力です。焦げなかったのは、みんなの匙加減ですよ」

 

「君が火を見ていたからだ」

 

 王子の言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
 女神の匙が光を返した。

 

《ステータス更新》
《場制御:12→13/交渉:7→9/教育調理:6→7》
《新称号:沈黙の調理師》

 

「“沈黙の調理師”……なんだかすごい肩書き」

「似合ってる。君は、言葉を超えた料理を作る」

 

 私は照れ笑いして、鍋の蓋を少し開けた。

 

「次は、魔都の大市ですね」

「焦がすなよ」

「もちろん。甘味は二口、焦げはゼロです」

 

 夜の風が台所を通り抜ける。
 外では、議会の鐘がゆっくりと鳴った。
 その響きは、湯気と同じ高さで、静かに空を渡っていった。


---

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