『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ

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第6章女神の真意と、“料理の奇跡”

第10話 魔都大市、開幕前の静けさ——火加減は嘘をつかない

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夜が明ける前の鍋場に、私だけが立っていた。
火力石はまだ眠ったまま、空気は冷えてるのに、胸の内だけがやたら忙しい。

セイル王子が来るより先に、火の声を聞いておきたかった。

鍋は嘘をつかない。
火加減は、気持ちの揺れをごまかしてくれない。

そんなことを思っていたとき——

「……起きてると思った」

少し掠れた声が背中に落ちる。振り返ると王子。髪はまだ整っていない。
でも、表情は昨日よりずっと落ち着いていた。

「眠れませんでした?」

「少し、な。だが怖れは悪くない。昨日、君が言ったとおりだ。焦げを嗅ぎ分ける鼻になる」

王子の言葉に、肩の力がふっと抜けた。

ふたりで並んで大鍋を見下ろす。
まだ火を入れてないのに、そこに湯気がある気がした。

「魔王は来ると思いますか?」

「来る。あの人は“約束”を破らない」

そう言う王子の声は、どこか確信めいていた。

そのとき、薄闇の向こうで足音がひとつ。
グラド副長がやってきて、私に小さな包みを差し出す。

「ラウモンドから伝言。“甘味の冷え具合、今日は一刻早めろ”だそうだ」

「あ……風が変わってるんですね」

「東風だ。昨日より強い。——旗の高さ、見直すか?」

「はい。胸より少し、低めにします」

「了解」

今日の大市は昨日よりずっと広い場所。
人の数も、魔族の数も、緊張も、全部桁違いになる。

でも——怖くて当たり前だ。

王子が静かに呟く。

「……カスミ。震えててもいい。震えたまま約束を守れば、それで十分だ」

胸の奥が、じんと熱くなる。

「大丈夫です。焦がさず、熱だけ分けますから」

言った自分の声が少しだけ震えていて、でも王子は何も言わなかった。
ただ横に立って、同じ方角を見ていた。

東の空がゆっくりと白む。

——魔都大市、開幕まであと一刻。

私は杓子を握り直し、大鍋の蓋を上げた。

今日も、腹で話す。

今日こそ、橋をかける。

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