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65話『旧公会堂と、ゲームの“本当の意味”』
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日曜の朝。
夫・雄一と子どもたちは図書館イベントへ。麻衣は「ちょっと行ってみたいところがあって」と、少しだけ緊張した面持ちで家を出た。
向かった先は、古びた外観と蔦(つた)に覆われた門が印象的な「カミオカ旧公会堂」。かつては町の集会所として使われていたというこの建物は、今ではイベントなどにたまに使われる程度の、知る人ぞ知る場所だった。
スマホに表示された地図と、ゲームアプリの“共鳴の扉”イベント表示を確認しながら、麻衣はそっと中へ入る。
中は、外観とはうらはらに整備されていて、カフェのような暖かい空気と、控えめな照明。何人かがテーブルに座り、同じようにスマホを持っているのが見えた。
「……プレイヤー、なのかな」
その中に、見覚えのある人物――スミレがいた。
「来てくれて嬉しいわ、麻衣さん」
スミレの隣には、優しげな雰囲気の中年男性がいた。名札には「久住」とある。彼はこの“集い”の案内人のようで、スミレと軽くうなずき合うと、前に出て静かに語り始めた。
「このゲームを始めて、世界が少し変わって見えた――そんな体験、ありませんか?」
麻衣は思わず、静かにうなずいた。
「このゲームは、《共鳴》をベースに設計された実験的なシステムです。心の動き、人と人との結びつき、見えない感情の波。それを感じ取り、正しく扱える人が、プレイヤーとして選ばれているのです」
プレイヤーの多くが、なぜか“日常に寄り添う立場”の人々。教師、保育士、カフェ店員、介護士……つまり、人の感情に触れる機会の多い人たちだった。
久住氏は続けた。
「そして今、ゲームの開発者たちは“共鳴の次の段階”――《調律》に進もうとしています」
「調律……?」
思わず麻衣がつぶやく。
「ええ。“見えた感情”を整えること。たとえば、沈んだ気持ちをそっと励ましたり、暴走しかけた怒りを和らげたり。誰かの“心のノイズ”を静かに整えるような、そんな新しいスキルです」
麻衣の頭の中で、日々の出来事がフラッシュバックした。
バザーの準備で揉めた保護者たちの間に、自然と入っていたこと。
カフェで落ち込んだお客さんに、何気なく励ましの一言をかけていたこと。
はるとのクラスで起きた小さなトラブルが、気づかないうちに解決へ向かっていたこと――。
(……あれも、もしかして、私が“調律”してたってことなの?)
そんな麻衣の背後で、スミレが微笑んで囁く。
「ね? あなたはもう、とっくに“次のステージ”にいるのよ」
その後、プレイヤー同士の小さな交流会が行われた。みんな口々に、ほんのり不思議な体験や、自分のスキルが役立った瞬間について語り合った。
「お隣の保育士さんが“子どもの寂しさが見えた”って話してて……」
「看護師をしてるんですけど、病室でスキルが光ることがあるんです」
麻衣は、小さな驚きと安心を感じながら、静かに耳を傾けていた。
帰り際、スミレがそっと近づいてきた。
「これから、もっと複雑なことが起きるかもしれない。だけど、大丈夫。あなたには、味方がいる」
そう言って、彼女はふわりと笑いかけた。
カミオカ旧公会堂を出た夕暮れの街。
麻衣はスマホを見つめながら、ふと笑った。
「……あのゲーム、本当に奥深いなぁ」
風が少し冷たくなってきた夕方の空の下、麻衣の中には、不思議とあたたかい火が灯っていた。
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夫・雄一と子どもたちは図書館イベントへ。麻衣は「ちょっと行ってみたいところがあって」と、少しだけ緊張した面持ちで家を出た。
向かった先は、古びた外観と蔦(つた)に覆われた門が印象的な「カミオカ旧公会堂」。かつては町の集会所として使われていたというこの建物は、今ではイベントなどにたまに使われる程度の、知る人ぞ知る場所だった。
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プレイヤーの多くが、なぜか“日常に寄り添う立場”の人々。教師、保育士、カフェ店員、介護士……つまり、人の感情に触れる機会の多い人たちだった。
久住氏は続けた。
「そして今、ゲームの開発者たちは“共鳴の次の段階”――《調律》に進もうとしています」
「調律……?」
思わず麻衣がつぶやく。
「ええ。“見えた感情”を整えること。たとえば、沈んだ気持ちをそっと励ましたり、暴走しかけた怒りを和らげたり。誰かの“心のノイズ”を静かに整えるような、そんな新しいスキルです」
麻衣の頭の中で、日々の出来事がフラッシュバックした。
バザーの準備で揉めた保護者たちの間に、自然と入っていたこと。
カフェで落ち込んだお客さんに、何気なく励ましの一言をかけていたこと。
はるとのクラスで起きた小さなトラブルが、気づかないうちに解決へ向かっていたこと――。
(……あれも、もしかして、私が“調律”してたってことなの?)
そんな麻衣の背後で、スミレが微笑んで囁く。
「ね? あなたはもう、とっくに“次のステージ”にいるのよ」
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「お隣の保育士さんが“子どもの寂しさが見えた”って話してて……」
「看護師をしてるんですけど、病室でスキルが光ることがあるんです」
麻衣は、小さな驚きと安心を感じながら、静かに耳を傾けていた。
帰り際、スミレがそっと近づいてきた。
「これから、もっと複雑なことが起きるかもしれない。だけど、大丈夫。あなたには、味方がいる」
そう言って、彼女はふわりと笑いかけた。
カミオカ旧公会堂を出た夕暮れの街。
麻衣はスマホを見つめながら、ふと笑った。
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