『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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86話『ことばのつばさと、救われた心』

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 その日、麻衣は久しぶりに「さくら珈琲」へ立ち寄っていた。
 子どもたちは学校と保育園、雄一も出張で不在。たまのひとり時間、エッセイの下書きを進めようと思ったのだ。

 カフェの奥の静かな席に座り、麻衣はスマホのメモ帳を開いた。
 でも――なかなか言葉が出てこない。

 (“ことばのつばさ”って……どう使うんだろ)

 スキルの表示は、前回のまま。

> 《“ことばのつばさ” 使用可能》
《条件:共鳴反応検出中・対象に直接ことばを伝えること》



 (直接……って、つまり“誰か”が必要なんだよね)

 そんなときだった。

 「……あれ? もしかして、麻衣さん?」

 ふと顔を上げると、見覚えのある女性が立っていた。

 「川島さん……?」

 以前、引っ越していったママ友――りんかちゃんのママ、川島さんだった。

 「わあ、やっぱり! 元気だった?」

 「うん、なんとか。今日はこっちにちょっとだけ戻ってて、たまたま通りかかって……」

 声は明るいけれど、その表情にはどこか影があった。
 麻衣のスキルが、うっすらとくすんだ青色を感知する。

 (……落ち込んでる?)

 「川島さん、良かったら……少し、話さない?」

 麻衣がそう誘うと、川島さんはほっとしたように頷いた。

 

 二人でカフェの席に並んで座る。

 「実はね……」

 川島さんは、引っ越し先での生活がうまくいっていないことを話し始めた。
 周囲との距離感、りんかちゃんの新しい園での戸惑い、夫の仕事の忙しさ――

 「……なんだか、私だけが取り残されてる気がしてさ」

 ぽろり、と涙が落ちた。

 (今だ……“ことばのつばさ”)

 麻衣は自然に、やさしい声で言葉を紡ぎ出した。

 「ねえ川島さん。
 “私だけが取り残されてる”って、たぶんみんなが一度は思うことなんだと思うの。
 でも、そう思えるのって、ちゃんと前を見てるからじゃないかなって」

 「……前を?」

 「うん。“なんとかしたい”って思ってるから、不安になるんだと思う。
 だから、その気持ちって、悪いものじゃないよ。むしろ、大事なエネルギーだと思うの」

 スキル画面が、ほんのり光った。

> 《“ことばのつばさ”発動中》
《感情共鳴:安心/沈静》
《対象の心理状態に変化あり》



 川島さんの目元が、少しやわらかくなった。

 「……やっぱり麻衣さんって、すごいね。こういうとき、さりげなく支えてくれる」

 「そんなことないよ。ただ、ちょっと“気づく力”があるだけかも」

 

 しばらく話し込んでから、川島さんはすっきりした表情で立ち上がった。

 「ありがとう。やっと……ちゃんと笑えた気がする」

 「またいつでも連絡してね。LINE、まだつながってるし!」

 「うん!」

 

 その日の夕方。

 帰宅した麻衣がスキル画面を見ると、メッセージが表示されていた。

> 《ことばのつばさ》熟練度:上昇
《共鳴ログ記録済》
《新たなスキル進化条件が開放されました》



 「……少しずつ、だけど前に進んでるのかも」

 そうつぶやいた麻衣は、玄関から「ただいま~!」と駆けてきたひなのをぎゅっと抱きしめた。

 

 心をつなぐ言葉は、今日もふわりと羽ばたいていた。


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