『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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89話『悠翔の気づきと、小さなヒーロー』

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 その日、悠翔は朝からちょっとだけ不機嫌だった。

 「おはよう、悠くん!」

 「……おはよ」

 登校中に声をかけてきたクラスメイトの浩平に、いつもなら元気に返すのに、今日はついぶっきらぼうになってしまった。

 

 理由ははっきりしている。

 昨日の体育で、リレーのバトンパスを失敗し、「おまえのせいで負けたじゃん!」と責められてしまったのだ。

 (別にわざとじゃなかったのに……)

 帰宅後はいつものように麻衣とひなのが迎えてくれて、晩ごはんのカレーも美味しかったけれど、胸の奥がモヤモヤしていた。

 

 そして、今日の学校。

 教室では、何人かが昨日の出来事を話題にしていた。

 「悠、あれマジ焦ってたよな~」

 「ま、ドンマイだけどな」

 からかい半分の声に、悠は机に顔を伏せたくなる。

 (もう、何も言わないでほしい……)

 

 でもそのとき、意外な人が口を開いた。

 「でも、悠くん、ちゃんとバトン拾って最後まで走ったよ」

 言ったのは、普段あまり話さないクラスの女子、茉莉ちゃんだった。

 「たしかに。リカバー早かったし。おれが落としてたらパニクって止まってたかも」

 今度は浩平がぽつりと言う。

 (……あれ?)

 急に教室の空気が変わった気がして、悠はそっと顔を上げた。

 

 その後の休み時間。

 何人かの男子が、悠に「次の練習では俺が前な!」とか、「バトン、こうやったら落としにくいんだぜ」と声をかけてくる。

 (……なんか、ちょっと嬉しいかも)

 悠の胸のモヤモヤは、少しずつ晴れていった。

 

 放課後。

 下校途中の公園で、ひとりの低学年の子が泣いているのを見かけた。

 「だいじょうぶ?」

 声をかけると、どうやらランドセルの中身をぶちまけてしまったらしい。

 悠はしゃがみこんで、ばらばらになったノートや筆箱を一つずつ拾い集めた。

 「ほら、大丈夫。全部あるよ」

 「……ありがとう、おにいちゃん!」

 その子の顔がぱっと笑顔になったとき、なんだか胸の中がぽっとあたたかくなる。

 (……なんだこれ)

 スマホゲームやスキルの話じゃない。
 でも、“誰かの役に立てた”という実感が、素直に嬉しかった。

 

 家に帰ると、麻衣がいつもどおり「おかえり~」と出迎えてくれる。

 「今日ね、学校でちょっといいことあった」

 「えっ、なになに? まさか告白されたとか?」

 「ちがうってば!」

 悠は笑いながら、今日の出来事をぽつぽつと話した。
 麻衣は「ふーん」と聞きながらも、なにやら満足げに微笑んでいた。

 

 その夜。

 リビングで寝転びながら、悠はぽつりとつぶやく。

 「ヒーローってさ、必殺技とか持ってなくてもいいんだな」

 「え?」

 キッチンから顔を出した麻衣が首をかしげる。

 「なんでもない。ちょっと思っただけ」

 悠はそのまま、漫画を読んでいるふりをして笑った。

 ――なんか今日は、いい日だった。


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