『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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127話『境界がゆらぐとき』

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「ママー、今日さ、先生が変なこと言ってたの」

「変なこと?」

保育園から帰ったばかりのひなのが、ランドセル……ではなくリュックサックを肩に揺らして、玄関先で言った。

「『最近このあたり、保育園の裏で野生動物が出るかも』って! でも、ぜーんぜん見たことないよ?」

麻衣は一瞬、耳を疑った。

(野生動物? こんな住宅街に?)

その直後、スマホの画面がふわりと光った。
【スキル干渉範囲 拡張中】の文字とともに、見慣れない通知が浮かぶ。

> ※スキル“日常支援”の影響が、家庭圏外に拡張されています。
※現在、隣接エリアの「環境調整」が実行されています。
※補足:意図しない“非日常的要素”が流入中。



「……非日常的要素?」

その単語に、麻衣の心が冷たくなる。

(まさか……“ゲームの中の存在”が……?)

***

高梨さんからも、似たような話を聞いたのは、翌日のママ友会だった。

「まゆの小学校のほうでもあったのよ。朝、通学路のそばに“黒い霧みたいなもの”が出たって。パトカーも来てた」

「黒い霧……」

「あら? 田仲さん、何か知ってる?」

「……い、いえ、なんでもないです……」

そう答えながら、麻衣は内心、スキルの異変を確信していた。
地域一帯が“非日常”にゆっくりと染まりつつある。

そしてその中心にいるのは――
麻衣自身のスキル。

***

夜、麻衣は久しぶりに、スミレと通話をつないだ。

「やっぱり、そっちでも“揺れ”が始まってるのね」

スミレの声は、落ち着いていたが、背景には明らかな緊張感が漂っていた。

「スキルの“世界との境界”が、今、ゆるんでる。おそらく……わたしたちみたいな“プレイヤー”が影響を与えすぎた」

「どうすればいいの……?」

「止める方法は、ある」

「……あるの?」

「でもそのためには……あなたのスキル、制限をかけなきゃいけない。たぶん、今みたいに自由に使えなくなる」

麻衣は、言葉に詰まった。

これまで守ってきたもの。助けられたこと。
それを“手放す”ことになるかもしれない。

「でも、それが世界を守るためなんでしょ?」

「うん。だから、選んで。麻衣。
“自分と家族を守るためにスキルを使い続ける”か――
“みんなの日常を守るために、スキルを閉じる”か」

静かな沈黙。

麻衣は、深く息を吐いた。

「……考えさせて。ちゃんと、ちゃんと考えたい」

「わかった。期限は、あと3日。境界が完全に開く前に、決断して」

通話が切れた後、麻衣はリビングのソファに沈み込んだ。

気がつくと、雄一がそっと横に座っていた。

「……どうしたの?」

「……なんでもないよ」

そう答えながら、麻衣は思った。

(“スキル”を持ってしまった時点で、私はもう、普通の主婦じゃなくなってたのかもしれない)

***

その夜――。

麻衣の夢に、初めて“あの世界”がはっきりと現れた。

草原。朽ちた石碑。風に吹かれる空。

その中央に、黒い影のような存在が立っていた。

『選べ。境界は、すでにゆらいでいる。おまえがそれを超えるかどうか――それが、最後の分かれ道だ』

麻衣は、その声に、静かに言った。

「……でも、私にはまだ、選べない。だって――」

そして目を開けると、隣には寝顔のひなの。
もう一方には、うっすらと寝息を立てる悠翔。

(私は、誰かを見捨てたり、選び捨てたりなんて……したくない)

その想いは、たぶんスキルにも届いていた。

【スキル変異中──「並行選択」ルートへ移行開始】

(……選ばなくていい方法が、ある……?)

***

数日後。

麻衣のスマホに、もう一つ新たな通知が現れた。

> 【特異スキル:分岐調停】
【効果:世界と家族、どちらも守る可能性の模索を開始します】
※成功確率は未知数。ただし、選択を放棄しない限り、道は閉じません。



(……私はまだ、諦めない)

麻衣はゆっくり立ち上がる。

「さあ、今日も洗濯物干さなきゃ……!」

――“特別”なんていらない。
でも、日常は守りたい。

それが、田仲麻衣の戦い方だった。


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