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6章 記録の置き場と、風の契り(未契約)
第50話 外縁回廊の北口、片翼の試運転
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風骨樹から北西へ。
砂背は浅く、草の線が少しずつ混ざり始める。遠景に白い帯――外縁回廊の北口が見えた。
封球の中は本片のみ。肩の重みは軽く、呼吸は深い。帯の奥で“返鈴綾”が細く息を送り、空鈴の洞からの無音の給気が確かに届いている。
《行程ログ:外縁回廊 北口—合流》
《搬送:片翼(本片)/返鈴綾=良/道鈴A=待機》
《追跡:無音域(極低)》
「ここで“片翼のまま、鈴網を撫で抜ける”の試運転」
セリューナが帯を低く撫でる。「三撫。綾一、空転一、道鈴Aを触れず撫でで締め」
「鎖鈴の根は深い。石筋の上だけ。半歩でも外すと“読まれる”」
ロゥナが路肩を一瞥し、掌で土を撫でて“踏み返し”の余地を作る。
鎖鈴の柱が等間隔に並び、枷のように見える鉄の連なりが崖から崖へ渡されている。
鳴らさず、ただ撫でて読む。――通すための仕掛けだ。
最初の柱。
胸骨の裏で、薄い照合が動いた。俺は“返鈴綾”を一撫で、偽車輪を半拍だけ空転、衣の内の道鈴Aの腹をそっと撫でる。
鎖は鳴らない。ただ、吸って戻る感触。通行は“旅”。
《鎖鈴:照合通過/鈴遮蔽=旅(安定)》
二つ目の柱を過ぎかけたとき、崖の陰で紙の擦れ。
白灰の紙標(しひょう)が三枚、風に流されず柱間に縄のように掛かった。紙凧ではない。帯帳(おびちょう)。
“撫で”で歩幅をずらす罠だ。三拍目の底に遅れ癖を入れて、鎖鈴の照合をずらす算段。
「帳は切らない。鎖の返しに混ぜて鈍らせる」
セリューナが帯を指一つぶん沈める。
俺は偽車輪の撥を一打、呼吸の三拍目に前半だけ置く。
ロゥナが路肩を半足ぶん撓ませ、底を丸くする。
紙帯の確かさが崩れ、鎖の撫査に吸われた。
紙は賢い。すぐに手を替え、今度は足元の影に鍵銘の輪線を描く。影の押印。押されれば“追い鍵”が立つ。
「踏まずに外す」
刃の背で影だけをはじき、セリューナが綾で反響を鎖へ返す。
ロゥナが石筋の縁を軽く持ち上げ、輪線の噛み口を半拍遅らせる。
鍵は空噛みし、押印は残らない。
《干渉:帯帳→鎖へ吸収/影鍵=無効》
◇
北口の曲り角に、鎖鈴が斜めに重なる区画があった。
柱間が短く、撫査が密。上空には、骨だけの紙凧枠が二つ、風の層の“形”を読みに来ている。
鳴らさず、形だけで捕まえる――半月の新手だ。
「ここ、片翼が利く」
セリューナが目を細める。「二核の“重さ”を前提にした形写しには、不確かさが残る」
「地は“片翼”用の踏み返しを二枚。――底を浅く、返しを柔く」
ロゥナが石筋へ薄座を二重に滑らせる。
骨凧の影が落ち、鎖鈴の網が一段濃くなる。
俺は“返鈴綾”をそっと引き、空鈴からの微かな給気を胸に通す。
偽車輪を半拍空転、道鈴Aの腹を撫でる。
片翼の外拍は揺れない。
骨凧の計算は“足りない重さ”に迷い、形の確度が下がった。
《片翼効果:形写しへの不確かさ付与→確度 低下》
「前、押してくる」
ロゥナの声。柱間の床で、白い線刻がじわりと浮かんだ。紙ではない。鏡砂の紐。
足裏の影を舐めて形を取る、写し屋式の**“簾(れん)”**だ。
「簾は撫でで切る」
セリューナが帯を二撫で、綾の反響を薄く分散。
俺は偽車輪の撥を一つ、――空振りで置く。
ロゥナが踏み返し座を前→後へ一瞬だけ入れ替え、簾の“確かさ”に逆流を作る。
鏡砂の紐は解け、鎖の影へ吸われた。
《鏡砂簾:分解→無効》
角を抜けたところで、鎖の外側に巡見旗。
丸盾を抱えた鈴番が三名、こちらを見て頷く。声は張らない。
「“旅”。――片翼だな」
短く言い、鎖の節を指で撫でて通行を通す。
こちらも会釈だけ返し、足を止めずに進む。
《照合:鈴番—通行許/備考:片翼搬送認識(友)》
◇
北口を抜けると、回廊の外に低い風の野が広がった。
鈴は疎。見張り桟が点々と遠い。
セリューナが封球の膜を点検し、ロゥナが偽車輪の枠を一度締め直す。
《二核→片翼:安定(高)維持/返鈴綾=冷却良》
《追跡:紙影=散/封輪=不介入》
緩い丘を一つ降りたところで、草の陰から灰の外衣が一人、歩幅を合わせるように現れた。
仮面はない。袖の返しは“書”。手は空。観測役だ。
彼は空を一度見上げ、言った。
「“片翼”は、速い。――ただ、戻る時は重さが欲しくなる」
「戻す道は、撫でで引いてある」
俺が短く返すと、彼は口の端をわずかに動かした。笑ったのか、影か。
「鳴らさないうちは、私は“観る”だけだ」
それきり彼は風の筋から外れて影に溶けた。
追わない。――追う理由がない。
「次は“書庫外縁の別帯”へ。鈴の仕様が違う。鎖ではなく、木鈴(こすず)と風幕」
セリューナが地図の土粉に線を引く。
「地は“風幕”に合わせて受け座の位置を変える。――上ではなく、横に受ける」
ロゥナが頷く。
◇
別帯の入口は、低木の列と薄布の幕が連なる静かな通路だった。
幕は風を通すが、音はほとんど起きない。ところどころに木鈴が吊られ、撫でで歩幅を読む。
「三撫、継続。――ただし“締め”は木鈴側に合わせる」
セリューナが帯を撫で、俺は道鈴Aではなく通路脇の風見杭へ指先だけ触れる。鳴らさず、照合だけ通す。
《別帯:風幕+木鈴網—進入》
《照合:風見杭—撫接続/通行筋=旅》
木鈴の陰で、ふいに紙の帳が二枚、縦に降りた。
上からの撫査枠ではない。布と紙を重ねた押し帳。歩幅に“止め”を入れてくる重い罠だ。
「止めは、止まらずに外す」
俺は偽車輪の輪転を半拍進ませ、呼吸を三吸二吐から二吸一吐に一拍だけ落とす。
セリューナが綾で逆相を薄く乗せ、ロゥナが横受けの座を滑らせる。
押し帳の“止め”は噛み損ね、幕の内側で自重に潰れた。
《押し帳:噛み損ね→崩落》
続けて、今度は通路の端から影の舌が伸びる。
片翼の“軽さ”を掴みに来る、差分鍵だ。二核前提の書式に、軽さの補正を掛けてくる。
「差分には、余白を足す」
俺は返鈴綾を少しだけ緩め、空鈴からの給気を薄くする。
セリューナが木鈴の背を撫でて“間”を作り、ロゥナが横受けの座を一拍だけ外へ張る。
影の舌は“基準”を見失い、空を舐めた。
《差分鍵:基準喪失→無効》
別帯を抜けた先、低木が途切れ、風がひとつ明るくなる。
草の稜線に古い風見塔の残骸、根元に旅の小庫の扉。鍵はない。中は空気だけ。
「“置き場”の経路印を一本。――置かない、通すだけ」
セリューナが薄塩で扉の裏に点を置く。
ロゥナが土間に崩し筋を一本だけ刻み、俺は道鈴Aを衣の内で撫でた。
《経路印:別帯—旅小庫“裏点+崩し筋”/本文非転記》
封球に掌を置く。
――揺れない。返鈴綾の息は細く、安定している。
片翼の拍は、走るための軽さを保っていた。
《搬送:片翼 安定(高)/返鈴綾=良/疲労=低》
《追跡:紙影=散/観測=遠在》
《次行程:別帯西端→“草原の縁市(北)”→書庫外縁北路へ》
「行こう。片翼のまま、まだ走れる」
俺は二人と視線を合わせ、三吸二吐へ呼吸を戻した。
風は裾をそっと持ち上げ、次の一歩を軽くしてくれる。
――鳴らさず、撫でて。
封球の中で本片の拍が、外拍にぴたりと合った。
空鈴の洞から届く無音の息が、その合いを静かに支える。
砂背は浅く、草の線が少しずつ混ざり始める。遠景に白い帯――外縁回廊の北口が見えた。
封球の中は本片のみ。肩の重みは軽く、呼吸は深い。帯の奥で“返鈴綾”が細く息を送り、空鈴の洞からの無音の給気が確かに届いている。
《行程ログ:外縁回廊 北口—合流》
《搬送:片翼(本片)/返鈴綾=良/道鈴A=待機》
《追跡:無音域(極低)》
「ここで“片翼のまま、鈴網を撫で抜ける”の試運転」
セリューナが帯を低く撫でる。「三撫。綾一、空転一、道鈴Aを触れず撫でで締め」
「鎖鈴の根は深い。石筋の上だけ。半歩でも外すと“読まれる”」
ロゥナが路肩を一瞥し、掌で土を撫でて“踏み返し”の余地を作る。
鎖鈴の柱が等間隔に並び、枷のように見える鉄の連なりが崖から崖へ渡されている。
鳴らさず、ただ撫でて読む。――通すための仕掛けだ。
最初の柱。
胸骨の裏で、薄い照合が動いた。俺は“返鈴綾”を一撫で、偽車輪を半拍だけ空転、衣の内の道鈴Aの腹をそっと撫でる。
鎖は鳴らない。ただ、吸って戻る感触。通行は“旅”。
《鎖鈴:照合通過/鈴遮蔽=旅(安定)》
二つ目の柱を過ぎかけたとき、崖の陰で紙の擦れ。
白灰の紙標(しひょう)が三枚、風に流されず柱間に縄のように掛かった。紙凧ではない。帯帳(おびちょう)。
“撫で”で歩幅をずらす罠だ。三拍目の底に遅れ癖を入れて、鎖鈴の照合をずらす算段。
「帳は切らない。鎖の返しに混ぜて鈍らせる」
セリューナが帯を指一つぶん沈める。
俺は偽車輪の撥を一打、呼吸の三拍目に前半だけ置く。
ロゥナが路肩を半足ぶん撓ませ、底を丸くする。
紙帯の確かさが崩れ、鎖の撫査に吸われた。
紙は賢い。すぐに手を替え、今度は足元の影に鍵銘の輪線を描く。影の押印。押されれば“追い鍵”が立つ。
「踏まずに外す」
刃の背で影だけをはじき、セリューナが綾で反響を鎖へ返す。
ロゥナが石筋の縁を軽く持ち上げ、輪線の噛み口を半拍遅らせる。
鍵は空噛みし、押印は残らない。
《干渉:帯帳→鎖へ吸収/影鍵=無効》
◇
北口の曲り角に、鎖鈴が斜めに重なる区画があった。
柱間が短く、撫査が密。上空には、骨だけの紙凧枠が二つ、風の層の“形”を読みに来ている。
鳴らさず、形だけで捕まえる――半月の新手だ。
「ここ、片翼が利く」
セリューナが目を細める。「二核の“重さ”を前提にした形写しには、不確かさが残る」
「地は“片翼”用の踏み返しを二枚。――底を浅く、返しを柔く」
ロゥナが石筋へ薄座を二重に滑らせる。
骨凧の影が落ち、鎖鈴の網が一段濃くなる。
俺は“返鈴綾”をそっと引き、空鈴からの微かな給気を胸に通す。
偽車輪を半拍空転、道鈴Aの腹を撫でる。
片翼の外拍は揺れない。
骨凧の計算は“足りない重さ”に迷い、形の確度が下がった。
《片翼効果:形写しへの不確かさ付与→確度 低下》
「前、押してくる」
ロゥナの声。柱間の床で、白い線刻がじわりと浮かんだ。紙ではない。鏡砂の紐。
足裏の影を舐めて形を取る、写し屋式の**“簾(れん)”**だ。
「簾は撫でで切る」
セリューナが帯を二撫で、綾の反響を薄く分散。
俺は偽車輪の撥を一つ、――空振りで置く。
ロゥナが踏み返し座を前→後へ一瞬だけ入れ替え、簾の“確かさ”に逆流を作る。
鏡砂の紐は解け、鎖の影へ吸われた。
《鏡砂簾:分解→無効》
角を抜けたところで、鎖の外側に巡見旗。
丸盾を抱えた鈴番が三名、こちらを見て頷く。声は張らない。
「“旅”。――片翼だな」
短く言い、鎖の節を指で撫でて通行を通す。
こちらも会釈だけ返し、足を止めずに進む。
《照合:鈴番—通行許/備考:片翼搬送認識(友)》
◇
北口を抜けると、回廊の外に低い風の野が広がった。
鈴は疎。見張り桟が点々と遠い。
セリューナが封球の膜を点検し、ロゥナが偽車輪の枠を一度締め直す。
《二核→片翼:安定(高)維持/返鈴綾=冷却良》
《追跡:紙影=散/封輪=不介入》
緩い丘を一つ降りたところで、草の陰から灰の外衣が一人、歩幅を合わせるように現れた。
仮面はない。袖の返しは“書”。手は空。観測役だ。
彼は空を一度見上げ、言った。
「“片翼”は、速い。――ただ、戻る時は重さが欲しくなる」
「戻す道は、撫でで引いてある」
俺が短く返すと、彼は口の端をわずかに動かした。笑ったのか、影か。
「鳴らさないうちは、私は“観る”だけだ」
それきり彼は風の筋から外れて影に溶けた。
追わない。――追う理由がない。
「次は“書庫外縁の別帯”へ。鈴の仕様が違う。鎖ではなく、木鈴(こすず)と風幕」
セリューナが地図の土粉に線を引く。
「地は“風幕”に合わせて受け座の位置を変える。――上ではなく、横に受ける」
ロゥナが頷く。
◇
別帯の入口は、低木の列と薄布の幕が連なる静かな通路だった。
幕は風を通すが、音はほとんど起きない。ところどころに木鈴が吊られ、撫でで歩幅を読む。
「三撫、継続。――ただし“締め”は木鈴側に合わせる」
セリューナが帯を撫で、俺は道鈴Aではなく通路脇の風見杭へ指先だけ触れる。鳴らさず、照合だけ通す。
《別帯:風幕+木鈴網—進入》
《照合:風見杭—撫接続/通行筋=旅》
木鈴の陰で、ふいに紙の帳が二枚、縦に降りた。
上からの撫査枠ではない。布と紙を重ねた押し帳。歩幅に“止め”を入れてくる重い罠だ。
「止めは、止まらずに外す」
俺は偽車輪の輪転を半拍進ませ、呼吸を三吸二吐から二吸一吐に一拍だけ落とす。
セリューナが綾で逆相を薄く乗せ、ロゥナが横受けの座を滑らせる。
押し帳の“止め”は噛み損ね、幕の内側で自重に潰れた。
《押し帳:噛み損ね→崩落》
続けて、今度は通路の端から影の舌が伸びる。
片翼の“軽さ”を掴みに来る、差分鍵だ。二核前提の書式に、軽さの補正を掛けてくる。
「差分には、余白を足す」
俺は返鈴綾を少しだけ緩め、空鈴からの給気を薄くする。
セリューナが木鈴の背を撫でて“間”を作り、ロゥナが横受けの座を一拍だけ外へ張る。
影の舌は“基準”を見失い、空を舐めた。
《差分鍵:基準喪失→無効》
別帯を抜けた先、低木が途切れ、風がひとつ明るくなる。
草の稜線に古い風見塔の残骸、根元に旅の小庫の扉。鍵はない。中は空気だけ。
「“置き場”の経路印を一本。――置かない、通すだけ」
セリューナが薄塩で扉の裏に点を置く。
ロゥナが土間に崩し筋を一本だけ刻み、俺は道鈴Aを衣の内で撫でた。
《経路印:別帯—旅小庫“裏点+崩し筋”/本文非転記》
封球に掌を置く。
――揺れない。返鈴綾の息は細く、安定している。
片翼の拍は、走るための軽さを保っていた。
《搬送:片翼 安定(高)/返鈴綾=良/疲労=低》
《追跡:紙影=散/観測=遠在》
《次行程:別帯西端→“草原の縁市(北)”→書庫外縁北路へ》
「行こう。片翼のまま、まだ走れる」
俺は二人と視線を合わせ、三吸二吐へ呼吸を戻した。
風は裾をそっと持ち上げ、次の一歩を軽くしてくれる。
――鳴らさず、撫でて。
封球の中で本片の拍が、外拍にぴたりと合った。
空鈴の洞から届く無音の息が、その合いを静かに支える。
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