亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

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 それから私たちは、頻繁に会うようになった。無論、約束をしていたわけではないし、会いたいという想いがあったわけでもない。屋敷をひとりで抜け出して、気の向くまま街を歩き回っているうちに、自然と足が向いたのだ。拝礼者の少ない教会の、更にひと気も動物の気配もまるでない裏庭へ。マーケットで買った果物や串焼き、或いは読みかけの本や道端で摘んだ草花を手に。晴れの日も、曇の日も、今にも雨が降り出してしまいそうな日も。ごく自然に。それが当たり前であるみたいに。

 いつ行ってもそこには、必ずルシウスがいた。丸太に腰掛けて、雑木林や空を、見るともなく眺めながら。だから私たちは、どうしても顔を合わせることになった。
 とはいえ、何か特別なことをふたりでしていたわけではない。食べ物がある時はふたりで食べ――もちろん、私の為に――、そうでない時は、本を読んだりぼうっとしたり、それぞれがしたいことをやって気ままに過ごす。ふたりでいながら、まるでひとりでいるみたいに。ただそれだけ。

 少しずつ会話をするようになったのは、どれくらい経ってからのことだっただろう。最初にぽつぽつと話し始めたのは、私の方だった。両親のこと、双子の姉のこと、飼っている犬のことだけでなく、たとえば、裏庭へ来る途中に見つけた店のことや、広場の噴水に浮かぶ花びらのことや、偶然見かけた老夫婦の遣り取りといった、面白みに欠ける何でもないことまで。
 思いつくままに紡がれるそれらを、ルシウスはまるで聴いていないような顔をしながら、でもちゃんと聴いてくれていた。どんなにつまらない話でも。相槌なんてものはなかったし、目も合わせてはくれなかったけれど。それでも、今でも時々思い出しては話題にするくらい、ひとつひとつしっかりと聴いてくれていた。

 暫くは私が一方的に話しかけるばかりだったのだけれど、やがてルシウスは、少しずつ言葉を返してくれるようになった。それだけでなく、遂には自身の出自を話してくれるようにも。
 初めて返事をしてくれた時は、あまりに驚きすぎて、思わず耳を疑ったほどだ。見開かせた目で、彼の顔をまじまじと見つめながら。幻聴だろうか、なんて思いもした。それくらい信じられなかった。
 けれどそれは、幻聴などではなかった。彼は唖然としている私を一瞥し、もう一度同じ言葉を繰り返してくれたのだ。聞き間違いでも幻でもない現実のことだと、しっかり認識させるように。

 あの無口なルシウスが――。そう思った瞬間、胸の中がぱあっと明るくなったのを、今でもよく憶えている。嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。何故そんなにも嬉しかったのかは分からないけれど。ともかく、気を緩めれば飛び跳ねてしまいそうなほど、その時の私は嬉しく、そして幸せだった。陽光にあたためられた春風に包まれているような、やさしい幸福感。
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