亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

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 その日を堺に、私たちは裏庭でないところへ出かけるようになった。雑木林の奥にある小さな泉や、広場で開かれているマーケットや、王都の真ん中を突っ切るようにして流れる川や。釣りの仕方や、石を投げてぶつける遊びを教えてくれたのは、ルシウスだった。スカートの裾をばさばさと靡かせて駆け回ったり、疲れた後は芝生の上にふたり並んで横になり、ゆったりと流れ行く雲や、澄んだ青空をぼんやりと眺めたり。

 楽しかった。何をしても楽しかった。心の底から、本当に。新しい発見も、そうでないことも。たくさん走り回り、たくさんお喋りし、たくさん笑い合った、かけがえのない日々。あの頃の思い出が、今もなお一番輝いているように思う。水面に散らばる小さな光の粒みたいに、きらきらと。それくらい、ルシウスとふたりで過ごす時間は、とても楽しかった。生まれた時からずっと一緒だった姉よりも、その頃には既に異性としてはっきりと意識していたアルベルトよりも。私にとっての“親友”は、正にルシウスだった。

 そんな彼が、姉とアルベルトと顔を合わせることになったのは、それから数ヶ月ほど経ってからのことだった。
 突然、姉に言われたのだ。紹介してほしい、と。はじめ、何を言われたのか分からなかった。ルシウスのことは誰にも話していなかったから。両親にも、姉にも。しかも姉はその頃から病弱で、風邪を引いたり目眩で倒れたり、ともかくすぐに体調を崩す質だったので、外にはあまり出られなかったにもかかわらず。それなのに姉は、何故かルシウスのことを知っていた。名前や出自までは把握していなかったけれど。私に“仲の良い友人”がいる、と、姉はどこからかそれを聞いて知っていたのだ。

 ルシウスは、もちろん嫌な顔をした。何で会わないといけないんだ、と言って。でも結局、彼はまた折れてくれた。姉を大事に想う、私の為に。
 はじめは私とルシウス、そして姉の三人で軽いピクニックに出かける予定だったのだけれど、急遽そこにアルベルトが加わると知らされた時には驚いた。でも彼の場合、“私の友人”に興味があったのではなく、“病弱な姉を気遣ってついてきた”のが正しいのだと、今ならば分かる。その頃には既に、彼の想いは姉にあったのだ。彼の瞳は、姉の笑顔しか映していなかった。私と瓜二つのかんばせをした姉だけ。でもその時の私は、まだそのことに気が付いていなかった。

 ――へぇ。

 盛りを迎えた藤の下で楽しそうに談笑をしている姉とアルベルトを遠目に眺めながら、ルシウスは独り言のように、ぽつりとそう呟いた。何を考えているのか分からない横顔で。呆れているようにも、からかっているようにも聞こえない声で。
 私の初恋がアルベルトであることを、ルシウスは知っていた。白状するつもりなんて全くなかったのだけれど。でも、私がアルベルトの話をする時、決まって“乙女の顔”になるから分かりやすい、と彼は言った。だから白状されるまでもない、と。

 ――君って、ああいう男がいいんだな。

 ルシウスが、魔法師を育てる学校に入学を決めたのは、それからひと月後のことだった。魔法師になんてなるつもりはない、と、常々言っていたにもかかわらず。頑なだった彼を、何が変えたのかは分からない。そのきっかけを、ルシウスは一度も語ってくれなかったから。あんなにも拒み続けていたのに、彼は本当に魔法師の学校へ入学してしまった。他の入学生とは違って、まともな試験勉強なんて出来なかったのに。それでも、その年トップの――それどころかここ数十年で最も高い――点数を叩き出して。
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