亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

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 なんて真摯な言葉だろう、と思った。あたたかくて、真っ直ぐで。たっぷりの真綿で身体をすっぽりと覆い、やさしく抱き締めてくれるような、安心感。それはまるで、欠けた隙間をぴったりと埋めてくれるような、そんな感覚だった。空いていた場所に、ようやく何かが静かに収まったような。

 不思議なものだ。愛していたアルベルトの言葉は、あんなにも虚を吹き抜けてばかりだったというのに。ルシウスの言葉は、どうしてこんなにも、心の隙間にやわらかく沁み込んでくるのだろう。誰にも触れられたことのない、最も奥深いところにまで、すうっと。

「……私って、いつもいつも間違えてばかりね」

 ぐっしょりと濡れそぼった声でくすくすと自嘲をこぼし、堪えきれなくなって、情けなくしゃくりあげる。

「もし過去に戻れるのなら……いったいどこからやり直せば良いのかしら」

 アルベルトのことを、愛していた。六歳の頃から、ずっと。私にとってとても大切な、かけがえのない初恋だった。だから、壊れてしまった彼を助けたいと思ったし、その為なら何だって出来ると思った。愛されなくても良い。私自身を見てくれなくても良い。それは紛れもなく本心だった。嘘でも偽りでもない。全て本当のことだった。何もかも。本当に全てが。

 だからこそ、姉になる道を選んだことを、“間違い”だとは思いたくなかった。それを認めてしまったら、受け入れてしまったら、“オリヴィア”として歩んできたこれまでの日々が、意味を失ってしまうから。

 でも――。次から次へと頬を伝う涙をそのままに、くしゃりと不器用な笑みを浮かべながら、ルシウスの瞳を真っ直ぐに見つめる。滲む視界の中、それでもくっきりと冴えて見える、アイルスブーの瞳。

「こんな馬鹿な私に惹かれるのは、貴方くらいなものよ」
「俺だけで十分だろ」

 戯けたように肩を竦め、彼はくつりと笑う。冗談っぽい口調で言いながら、けれども決して嘘は言わないその率直さを、ルシウスらしい、と思った。そして、彼の紡いだ言葉が“嘘ではない”と分かり、信じられるという特別感が、なんだかやっぱりこそばゆい。

 こんなにも心を重ね、深く信じ合える相手と、どうして私は今まできちんと向き合おうとしなかったのだろう。もっと大切に出来たはずなのに。もっと、もっと、心から愛おしむことが出来たはずなのに。

「――リシェル」

 蕩けてしまいそうなほどやさしい声で名前を呼ばれ、胸の奥がきゅっと締め付けられる。悲しいからでも、苦しいからでも、辛いからでも、ない。それは、アルベルトに名前を呼ばれた時に感じる高鳴りと、よく似ていた。嬉しさと、愛しさと。
 けれど、彼の時以上に、ルシウスに名前を呼ばれると、心の中があたたかな光で満たされるような気がする。ただ嬉しいだけでも、ただ愛しいだけでもない。じんと熱くて、胸が軋むほど激しくて。
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