亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

文字の大きさ
32 / 50
Side story ¦ ルシウス

01

しおりを挟む
 ――ひとりより、ふたりで食べた方が美味しいでしょう?

 なんて不躾な奴だろう、と思った。明らかに“良いところの娘”と一目で分かる、上質な身なりをしているくせに。時折教会や街中で見かけるそういった部類の子どもらのような、清楚だの慈愛だのといったもののまるでない、呆れるほどの遠慮のなさ。身勝手で、それを悪びれもしない。こんな意味の分からない奴に絡まれるのは面倒だったし、食べたくもないオレンジを押し付けてくる様には怒りを通り越して辟易としたものだ。

 ――だからこれは、あなたの為というより、私の為に食べて。

 それでもあの時、彼女の差し出したオレンジを受け取ったのは、真っ直ぐに向けられる紫色の瞳が無垢そのもののように美しかったからだ、と、ふいに思い出した懐かしい記憶に内心苦笑をこぼしながら、繊細な飾りの施されたガラスの花瓶に花を活ける。乾風の吹くような季節には決して咲くことのない、艷やかな花弁を淑やかに開かせた薔薇の花。花弁がピンクと白の複色をした薔薇には、“励まし”という花言葉があるのだと教えてくれたのは、リシェルだった。そもそも花なんてまるで興味のない俺が、わざわざ魔法で複色の薔薇を咲かせたのは、贈る相手の為ではなく、リシェルの頼みだったからに他ならない。

「とても素敵な薔薇ね」

 花瓶に落としていた視線をあげ、ゆっくりと振り向くと、厚手のショールを羽織りながら微笑むオリヴィアと目が合った。いつでも外――彼女が気に入っている庭園――を眺められるようにと、わざわざ窓辺に運び移されたベッドの上に、たっぷりとした大きな枕に凭れ掛かるようにして座る、小さくか細い姿。ゆるく結わえられた淡い金色の髪の毛も、すっきりと整ったかんばせも、陶器のように滑らかな白い肌も、長く濃い睫毛に囲まれた二重の目も、何もかもがリシェルと同じであるけれど、しかし、何もかもがまるで違うように見える。白い肌は、言い換えれば不健康な青白さをしているからか、それとも、薬の副作用のせいで必要以上に痩せてしまっているから。

「リシェルからのプレゼントだ」
「……そうでしょうね」

 ふふっ、とやわらかく微笑みながら、オリヴィアは小さく首を傾げた。どこかいたずらめいていながらも、その薄桃色の瞳の奥には、探るような、どこか含みを持った光が揺れている。

「だって、貴方が私に何かをしてくれる時って、殆どリシェルが関わっているもの」

 図星だったので敢えて何も言い返さず、ベッド脇に置かれたままのスツール――恐らくいつもアルベルトが座っているのだろう――に腰掛けて、窓の外へと視線を向ける。わざわざ言葉にして答えずとも、その沈黙だけで彼女が意を察するのは分かっていた。図らずも、それだけの長い時間を共にしてきたのだから。親友の“双子の姉”として。その上彼女は、妹であるリシェルよりも達観したところがあり、人の機微にも随分と敏感だ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian
恋愛
アイリスの夫ロイは、新婚の頃から金髪の愛らしい幼馴染・フローラに夢中で、妻には見向きもしなかった。 夫からは蔑ろにされ、夫の両親からは罵られ、フローラからは見下される日々。そしてアイリスは、ついに決意する。 「それほど幼馴染が大切なら、どうぞご自由に。私は出て行って差し上げます」 これは、虐げられた主人公が、過去を断ち切り幸せを掴む物語。 ※19話完結。 毎日夜9時ごろに投稿予定です。朝に投稿することも。お気に入り登録していただけたら嬉しいです♪

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

処理中です...