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Side story ¦ ルシウス
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「僕は今でもオリヴィアを愛しているんだ。……もうこの世にはいないオリヴィアを」
笑みを深めた拍子に、潤んだ目の両端からぽろぽろと涙が静かに滑り落ちる。強い意志のこもった声だ、と思った。まるで言葉に、或いは声そのもに意思があるような。だから俺は彼のその告白に、何も言えなかった。何も言い返せなかった。口にする言葉を、ひとつも見つけられなくて。
たとえば、死んだのがオリヴィアではなくリシェルだったとして。瓜二つだからと、双子の姉を愛せるのかといわれれば、そんなことは無論出来るはずがない。オリヴィアを愛したのではなく、リシェルを愛しているのだから。
愚問だった、と、今になって後悔するけれど、もう遅い。言葉を失ったまま、ただ無言で睨みつけるだけしか出来ない俺に、アルベルトはくつりと小さな笑い声を――聞き取れるか聞き取れないかくらいの、ほんの微かな音で――こぼし、それからゆっくりと左手を持ち上げた。俺の左耳につけられた、紫色の細長いピアスへ向かって。
「彼女からのプレゼントだろう?」
白い、少し乾いた指先がピアスの先端にやさしく触れ、宝石が微かに揺らめく感覚がする。
「紫色のピアスが良いと、君が言ったそうだね。以前彼女が、嬉しそうに話していたよ。どれにしようかと随分悩んでいたけれど……その姿が本当に微笑ましくてね」
大魔法師のひとりに叙せされた祝として、何か贈らせてほしい、とリシェルに言われたのは随分と前のことだ。まだオリヴィアが生きていて、アルベルトとともに幸福な日々を送っていた頃。
たぶん彼女は、実際に任ぜられた俺以上に、その栄誉を喜んでいたと思う。魔法師は数多く存在すれど、その頂に立てる者は、王国でたったの三人しか存在しない。その内の一人になるというのは、とても誉れ高いことであり、だから目一杯お祝いしなければ、とやけに意気込んでいた。小さなパーティーを開くから、と、侍女や執事に頼み込んでいたリシェルの、その一生懸命さに呆れはしたけれど、嬉しくないわけではなかった。――本当に、懐かしい記憶だ。まだ誰も狂わず、壊れてもいず、幸福に満ちていた頃の思い出。
――紫色? どうしてその色なの?
色の指定に、彼女は最初こそ疑問を抱いたようだったけれど、適当な理由をつければ、すんなりと受け入れてしまった。貴方が望むならそれにするわ、と。その単純さに、救われたと言えば救われた。あまり深く探られたくはなかったから。
けれど――。どこか羨むように、或いは慈しむように、真っ直ぐに向けられる琥珀色の瞳を見ていると、騙されたのはリシェルだけだったのだろう、と気付かされる。恐らくはオリヴィアも、分かっていたのだろう。分かっていたから、彼女は――。
「初めは、彼女の瞳の色に合わせたいのだろう、と思っていたのだけれどね。それもあるのだろうけれど……紫色の宝石といえば、有名なのはアメシストだ。宝石に興味のない彼女なら、すぐにそう紐づけただろうね」
そう言いながら、そっと目を細めたアルベルトに、俺は小さく息をついた。全部見越していたのだろう? と、そう言われているような気がした。彼女がアメシストを選ぶだろうことを、君ははじめから分かっていたのだろう? と。
「アメシストは、とても高貴な宝石だ。そして――“愛の守護石”でもある」
笑みを深めた拍子に、潤んだ目の両端からぽろぽろと涙が静かに滑り落ちる。強い意志のこもった声だ、と思った。まるで言葉に、或いは声そのもに意思があるような。だから俺は彼のその告白に、何も言えなかった。何も言い返せなかった。口にする言葉を、ひとつも見つけられなくて。
たとえば、死んだのがオリヴィアではなくリシェルだったとして。瓜二つだからと、双子の姉を愛せるのかといわれれば、そんなことは無論出来るはずがない。オリヴィアを愛したのではなく、リシェルを愛しているのだから。
愚問だった、と、今になって後悔するけれど、もう遅い。言葉を失ったまま、ただ無言で睨みつけるだけしか出来ない俺に、アルベルトはくつりと小さな笑い声を――聞き取れるか聞き取れないかくらいの、ほんの微かな音で――こぼし、それからゆっくりと左手を持ち上げた。俺の左耳につけられた、紫色の細長いピアスへ向かって。
「彼女からのプレゼントだろう?」
白い、少し乾いた指先がピアスの先端にやさしく触れ、宝石が微かに揺らめく感覚がする。
「紫色のピアスが良いと、君が言ったそうだね。以前彼女が、嬉しそうに話していたよ。どれにしようかと随分悩んでいたけれど……その姿が本当に微笑ましくてね」
大魔法師のひとりに叙せされた祝として、何か贈らせてほしい、とリシェルに言われたのは随分と前のことだ。まだオリヴィアが生きていて、アルベルトとともに幸福な日々を送っていた頃。
たぶん彼女は、実際に任ぜられた俺以上に、その栄誉を喜んでいたと思う。魔法師は数多く存在すれど、その頂に立てる者は、王国でたったの三人しか存在しない。その内の一人になるというのは、とても誉れ高いことであり、だから目一杯お祝いしなければ、とやけに意気込んでいた。小さなパーティーを開くから、と、侍女や執事に頼み込んでいたリシェルの、その一生懸命さに呆れはしたけれど、嬉しくないわけではなかった。――本当に、懐かしい記憶だ。まだ誰も狂わず、壊れてもいず、幸福に満ちていた頃の思い出。
――紫色? どうしてその色なの?
色の指定に、彼女は最初こそ疑問を抱いたようだったけれど、適当な理由をつければ、すんなりと受け入れてしまった。貴方が望むならそれにするわ、と。その単純さに、救われたと言えば救われた。あまり深く探られたくはなかったから。
けれど――。どこか羨むように、或いは慈しむように、真っ直ぐに向けられる琥珀色の瞳を見ていると、騙されたのはリシェルだけだったのだろう、と気付かされる。恐らくはオリヴィアも、分かっていたのだろう。分かっていたから、彼女は――。
「初めは、彼女の瞳の色に合わせたいのだろう、と思っていたのだけれどね。それもあるのだろうけれど……紫色の宝石といえば、有名なのはアメシストだ。宝石に興味のない彼女なら、すぐにそう紐づけただろうね」
そう言いながら、そっと目を細めたアルベルトに、俺は小さく息をついた。全部見越していたのだろう? と、そう言われているような気がした。彼女がアメシストを選ぶだろうことを、君ははじめから分かっていたのだろう? と。
「アメシストは、とても高貴な宝石だ。そして――“愛の守護石”でもある」
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