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Side story ¦ ルシウス
fin.
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――それはね、“新しい愛”だ。とても素敵だと思わないかい? この純粋無垢な色にぴったりの花言葉だと、私は思うんだよ。
愛の重い男だな、と、あの我儘王太子なら絶対に言うだろう。舞踏会で、どんな令嬢に声をかけられても頑なに断り続けていたお前がねえ、とも。呆れつつも、どこか愉しげに笑いながら。その顔がありありと想像出来て、俺は静かに笑みを湛えながら、ゆっくりと瞼をとざす。腕の中にあるやわらかさとぬくもりと、鼻を掠める甘やかな香り。それらを、皮膚のひとつひとつで、神経のひとつひとつでしっかりと感じ取り、そうすればそうするほど、胸の底から愛しさがどんどんと溢れ出てくる。
このまま、この創りものの世界の中にいたい、と思う。ふたりだけで。蒼白い月と、淡い蝶たちと、それからたくさんの白いチューリップにだけ見守れたこの世界に、彼女とふたりだけで。いつまでも、ここで安らかに過ごしていたい、と。
もちろんそんなことは無理だと、頭では分かっているけれど。何せ魔塔に戻れば、すぐにどこぞの殿下の仕事を片っ端からこなさなければならないのだから。
でも、それでも、今だけは――。
「……リシェル」
もしあの時、教会の裏庭で彼女と出会わなければ。不器用に剥かれたオレンジを差し出されなければ。俺たちは今頃、どんなふうに過ごしていたのだろう。今までに何度も考えてみたことはあるけれど、その度にどうしても違和感を覚えて、どんな答えもしっくりこなかった。彼女と出会わなかったら、という、そもそもその仮定自体が、どこか引っかかってしまうのだ。
――貴方達って、正に“魂の伴侶”よね。
いつだったか、オリヴィアにそう言われたことがあるのを思い出しながら、金色のやわらかな髪の毛を指先に絡め取る。彼女が、“ソウルメイト”などという、スピリチュアルな言葉を使うタイプには思えなかったけれど。しかし、自信たっぷりな彼女の声には、それ以外ありえないわ、というような確信が滲んでいた。当時はその確信が、どこからくるのか分からなかったものだ。
――リシェルとルシウスは、きっと魂で繋がっているんだわ。
もしそれが、本当だったとしたら――。弄んでいた髪をそっと指先からほどき、小さなつむじの見える頭を見下ろす。ゆるやかな呼吸に胸が上下する度、あたたかな命の音が、腕の中でやさしく脈打っている。その心地の良い鼓動に、俺はふっと目元を綻ばす。どうしようもなく愛しくて。
もしそれが本当なら。
今度こそ彼女を、護り抜こう。
二度と、傷つけさせはしない。
二度と、辛い思いをさせはしない。
二度と、哀しみに暮れさせはしない。
二度と、涙の夜をひとりで過ごさせたりはしない。
今にも身体から溢れ出してしまいそうな、蕩けるほどのたくさんの愛を注いで。誰よりも深く、誰よりも誠実に。彼女を抱き締め、そうして、この命が尽きる最後の最期まで、彼女を護り抜こう。ずっと、ずっと。
ぐっすりと眠るリシェルの、あまりに安心しきった寝顔に思わず微笑みを深め、抱き締める腕にそっと力をこめながら、小さな頭の頂にやさしく口づけを落とす。
――最愛のリシェルへ、永遠に続く誓いをこめて。
愛の重い男だな、と、あの我儘王太子なら絶対に言うだろう。舞踏会で、どんな令嬢に声をかけられても頑なに断り続けていたお前がねえ、とも。呆れつつも、どこか愉しげに笑いながら。その顔がありありと想像出来て、俺は静かに笑みを湛えながら、ゆっくりと瞼をとざす。腕の中にあるやわらかさとぬくもりと、鼻を掠める甘やかな香り。それらを、皮膚のひとつひとつで、神経のひとつひとつでしっかりと感じ取り、そうすればそうするほど、胸の底から愛しさがどんどんと溢れ出てくる。
このまま、この創りものの世界の中にいたい、と思う。ふたりだけで。蒼白い月と、淡い蝶たちと、それからたくさんの白いチューリップにだけ見守れたこの世界に、彼女とふたりだけで。いつまでも、ここで安らかに過ごしていたい、と。
もちろんそんなことは無理だと、頭では分かっているけれど。何せ魔塔に戻れば、すぐにどこぞの殿下の仕事を片っ端からこなさなければならないのだから。
でも、それでも、今だけは――。
「……リシェル」
もしあの時、教会の裏庭で彼女と出会わなければ。不器用に剥かれたオレンジを差し出されなければ。俺たちは今頃、どんなふうに過ごしていたのだろう。今までに何度も考えてみたことはあるけれど、その度にどうしても違和感を覚えて、どんな答えもしっくりこなかった。彼女と出会わなかったら、という、そもそもその仮定自体が、どこか引っかかってしまうのだ。
――貴方達って、正に“魂の伴侶”よね。
いつだったか、オリヴィアにそう言われたことがあるのを思い出しながら、金色のやわらかな髪の毛を指先に絡め取る。彼女が、“ソウルメイト”などという、スピリチュアルな言葉を使うタイプには思えなかったけれど。しかし、自信たっぷりな彼女の声には、それ以外ありえないわ、というような確信が滲んでいた。当時はその確信が、どこからくるのか分からなかったものだ。
――リシェルとルシウスは、きっと魂で繋がっているんだわ。
もしそれが、本当だったとしたら――。弄んでいた髪をそっと指先からほどき、小さなつむじの見える頭を見下ろす。ゆるやかな呼吸に胸が上下する度、あたたかな命の音が、腕の中でやさしく脈打っている。その心地の良い鼓動に、俺はふっと目元を綻ばす。どうしようもなく愛しくて。
もしそれが本当なら。
今度こそ彼女を、護り抜こう。
二度と、傷つけさせはしない。
二度と、辛い思いをさせはしない。
二度と、哀しみに暮れさせはしない。
二度と、涙の夜をひとりで過ごさせたりはしない。
今にも身体から溢れ出してしまいそうな、蕩けるほどのたくさんの愛を注いで。誰よりも深く、誰よりも誠実に。彼女を抱き締め、そうして、この命が尽きる最後の最期まで、彼女を護り抜こう。ずっと、ずっと。
ぐっすりと眠るリシェルの、あまりに安心しきった寝顔に思わず微笑みを深め、抱き締める腕にそっと力をこめながら、小さな頭の頂にやさしく口づけを落とす。
――最愛のリシェルへ、永遠に続く誓いをこめて。
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完結、おめでとうございます。
そして、お疲れ様でした。
リシェルもルシウスも、オリヴィアもアルベルトも、みんな優しい人達でしたね。
オリヴィアが生きていたら、きっと楽しい日々を過ごせたでしょうに。
つらくとも見ていてくれる人が居る、間違いは正していける、努力し続ければ報われる。
大切なことがたくさん詰まった物語でした。
ありがとうございました。☺️
紡木しおん様
いつもご感想ありがとうございました!
紡木様からいただく感想も励みに、最後までなんとか走り抜けることが出来ました…!☺️
オリヴィアが生きていたら、きっと違う形でみんながハッピーエンドを迎えられたのでしょうが…アルベルトにはこれから色んな方の支えのもと頑張ってほしいなと思っています。
また、お話の中で読者の方に伝えたかったことを、正にその通りに汲んでいただけて、本当に嬉しいです😭
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました!
アルベルトは…完全に狂ってしまった方が楽でしたね…
双子を見分けることが出来てしまったが為に、苦しかったでしょう
みんな、それぞれ苦しかった
心理描写が細やかで、読んでいても苦しくて切ないです
でも、更新が楽しみで、いいねが10回しか押せないのが悔しいなぁ😩😉
紡木しおん様
ご感想ありがとうございます!
そうですね、アルベルトは完全に狂ってしまって、姉妹の見分けがつかなくなってた方がある意味で幸せだったと思います…😭
オリヴィアの死によって結局みんなの歯車が狂った結果…という感じなので、だれかひとりを責めるのも難しい気がします…。
もう少しで完結しますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです!🙇♀️
こうしてリシェルのオリヴィアが造られたのですね…
うーん😭切ない😭
リシェルが自分自身を取り戻せますように
ルシウスと幸せになれますように🙏
引き続き、楽しみにしています☺️
紡木しおん様
いつもご感想ありがとうございます!
みんながみんな色々な想いを抱えつつリシェルは姉になった…みたいなところがあるので、感情って難しいなーと書いていて思います💦
最後はちゃんとふたりで道を歩んでいくので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです〜!🙇♀️