私を裁いたその口で、今さら赦しを乞うのですか?

榛乃

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「今年の豊穣祭は、とても素晴らしかったそうよ」
「あら、当たり前じゃない。だって今年は、“本物の聖女様”が祈りを捧げられたんだもの」
「去年の不作は、やっぱり“魔女”の――」

 小さな金属音を立てて、硬貨が石畳の上にぱらぱらと散らばる。四方八方へ、ころころと。所々ひび割れた石の隙間に生える艷やかな緑色の雑草にぶつかったり、微かな溝に躓いたりしながら。気まぐれな風にでも煽られるように転がってゆくそれらを、私は見るともなく目で追い、そうして胸の内でそっと溜息をついた。右頬にぶつかった硬貨の感触が、まだ鈍く残っている。痛みというより、きっとそれは、投げつけられた憎悪の重み。

「お前のような“魔女”に売る食べ物なんかねえよ!」

 黒髭に囲われた薄い唇の間から、苛立たしげに吐き捨てられた罵声が飛んでくる。露店を営む男の、憤怒に満ちたその声を浴びながら、私はゆっくりと腰を屈め、方方に散らばった硬貨の一枚へそっと手を伸ばす。眩い陽光に照らされ、きらりと小さな輝きを放つそれは、なんだかひどく侘びしく見えた。肉の焼ける香ばしい匂いや、お菓子の甘ったるい匂い、それから人々の話し声に満ちる賑やかな真昼の広場の中で。ただただ異様に、“ここにいてはならない”もののように。

 店主はまだ何事かを荒々しく喚いているが、その言葉たちはどれも耳を素通りしてゆくばかりで、ちっとも頭に染み込まない。随分慣れてしまったものだ、と、まるで他人事のようにぼんやりと思いながら、一枚、また一枚と、石畳の上から硬貨を拾い上げていく。地面を転がったせいか、野草に触れたせいか、それとも布袋の中で長く眠っていたせいか。指先に摘んだ金属の塊からは、錆びついたような、埃っぽいような臭いが、微かに鼻先を掠めた。この硬貨は、いったい何度地に落ち、何度私に拾い上げられたのだろう。

 慣れた、というより――。最後の一枚を拾い集め、他の硬貨と一緒に薄汚れた布袋の中へしまいながら思う。“慣れた”というより、ただそうやって“遣り過すしかなかった”と言う方が正しいだろう、と。

 王都を追われて、早十数日。
 その間に、もう幾度、同じ目に遭ったか分からない。食べ物を買おうとした時、乗合馬車に乗ろうとした時、宿に泊まろうとした時。不躾な視線を向けられたり、罵声を浴びせられたり、差し出した硬貨を投げ捨てられるのは、もはや日常茶飯事となっていた。正直、それだけで済むならまだ良い方で、時には拳を振り上げられたり、髪を鷲掴みされそうになったり、石を投げつけられたことだってある。

 それは、王都から遠く離れた町や村でも、同じことだった。だから禄に食事も出来ていないし、寝る時は廃屋の片隅か、野宿ばかり。危険な目に遭った後は、なるべくそこから遠く逃げたくて、あてもなく夜通し歩き続けた日も少なくない。

 魔女、魔女、魔女――。
 王宮と聖神院――教団の総本山――からお触れが出て以降、誰も彼もが私を“魔女”と呼び、口汚く罵るようになった。信仰心の篤い者ほど、その拒絶は顕著で、だから礼拝堂や修道院のある場所へは、殆ど近付けない。彼らにとって私は、“嘗て聖女だった存在”ではなく、“聖女を騙っていた悪しき存在”なのだ。偽ったつもりなど、まるでないのだけれど。しかし、でも、そんな私の言い分に耳を傾けてくれる者は、ひとりとしていない。嘗て私を“聖女”と呼び、恭しく接してくれていた人たちでさえ、そうだったのだから。

 王都を遠く離れ、こんな辺境にまで来たというのに。どうやらこの町も、他と変わらないようだ。名乗りすらしていないのに、顔をひと目見ただけでこの有り様なのだから。食べ物を売ってくれる人なんて他にいないだろうし、きっと宿屋にも泊まれはしないだろう。
 広場を埋め尽くすざわめきから逃げるように路地裏へ足を向けながら、ちらりと頭上を仰ぎ見る。一面を埋め尽くす空は、雲ひとつない澄んだ青に染まっていた。このまま夜まで天気が保ってくれれば、たとえ寝泊まりできそうな建物が見つからなくても、どうにかなるかもしれない。尤も、きちんとした宿に泊まれるのが一番ではあるけれど。

 いったいいつからだろう。何をするにも、常に諦めが付き纏うようになったのは。はじめの内こそ、懸命に対処しようとしていたけれど。しかしいつの間にか、どうせ駄目だろう、という思いが先行するようになっていた。どうせまた断られるだろう。どうせまた拒絶されるだろう。どうせまた悪罵されるだろう――。

 だから結局、夜の帳が降りてもなお、まともに食事を摂ることも出来なければ、宿屋さえ見つけられなくても、何も思うことはなかった。眼の前で勢いよく扉を叩き閉められても、胸に湧くのは疲労による溜息だけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 こうなることは、疾うに分かっていた。ひと気のない野道を歩きながら、最後に断られた宿屋の、恰幅の良い女店主の顔を思い返す。彼女のかんばせも、他の人たちと同じように、忌々しく歪んでいた。空き部屋はありますか、と、そう訊ねただけだったというのに。

 私が彼らに、いったい何をしたというのだろう。青白い月明かりに照らされただけの薄暗い一本道をあてもなく進み、寝泊まり出来そうな場所はないかと周囲に目を向けながら、小さく息を吐く。あれほどまでに蔑まれなければならないほど、私は酷く悪い存在なのだろうか。この世にいてはならない、疎まれるべき存在なのだろうか。散財するでもなく、遊び呆けるでもなく。私はただ、神を信じ、神を敬い、神に尽くしてきただけなのに。それでも、王国中の人々に、これほどまでに憎まれなければならないというのだろうか。

 仮にそうだというのなら、いっそ処刑してくれれば良かったのに――。命を奪われなかったことに感謝すべきなのは、分かっている。追放だけで済んだのは、寛大な処置だったのだと、理解もしている。それでも、どうしてもそう思わずにはいられなかった。
 確か、遥か昔に“魔女”の烙印を押された女性は、王命により火炙りの刑に処されたと、どこかの文献で読んだ記憶がある。ならば私も、本来はそうなるはずだったのだろう。彼女と同じく、“聖女”を騙った、悪しき“魔女”なのだから。
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