普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第5章 フローズン・ファンタズム

81 悪いのは

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 二人の力で辺りは氷の海のようになっていた。
 度重なる凍結と氷の乱立に、様々な氷が層を作っている。
 透き通る氷の中にロード・スクルドは囚われて、しかしその碧い瞳がこちらを向いた。

 すると彼を包んでいた氷が砕け、凍結による拘束を解いていく。
 ガラガラと音を立てて崩れていく氷たちの中で、息を荒げたロード・スクルドが腰を曲げて立っている。
 その顔からは少し余裕が剥がれ、私たちの攻撃が確実に通っていることが見て取れた。

「なるほど。思ったよりはやるようだ」

 顔を手で覆い、ロード・スクルドは溜息をつきながら言った。
 指の隙間から見える碧い瞳は重々しく揺らめいている。

「正直侮っていましたが、気を引き締めないといけないようだ。ヘイルにあまり時間を取られている場合ではないのでね」
「ロード・スクルド。戦う意味って、あるんですか? 氷室さんがこっちの世界に捨てられてから、何かあなたに迷惑をかけたんですか? 肉親に捨てられただけでも十二分に辛いのに、どうして今更、わざわざ殺そうとなんてするんですか……!」

 決して衰えることのない殺意に、私は思わず聞いてしまった。
 ロード・スクルドがそこまで氷室さんを殺すことに執着する意味が、私にはわからなかったから。
 私の問いかけにロード・スクルドは顔を覆う手を放し、眉をひそめて目を向けてきた。

「姫殿下。あなたのお側にいるからですよ。この世界のどこかで、誰にも知られることなく死ぬものだと思っていた愚妹が、あなたの側にいる。救国の姫君たるあなたの側に。卑しき魔女が姫殿下の側に侍っていること自体がまず看過できないというのに、それが血を分かつ妹となれば、私は自らの責任を持ってこれを対処するほかないでしょう。これはあなたのためなのです」
「誰もそんなこと頼んでない! 私は自分の意思で一緒にいるんです。魔女だとかそんなの、何にも関係ない。私のためだと言うのなら、私のために手を引いてください」
「それは無理な相談ですね」

 ロード・スクルドは淡々と、吐き捨てるように言った。
 そこに私たちの意思を汲む姿勢はなく、彼の中で決まったことを曲げるつもりはないように見えた。

「姫殿下、あなたにはわからないでしょう。ですが言わせてもらいます。魔女はいけないのです。存在してはいけないのです。古よりそうと決まっている。邪な魔に堕ち、徒らに神秘を穢し、何より死を振りまく魔女は、生きることを許されない」
「だったら……だったら私だって同じじゃないですか。むしろ私の方がよっぽど……! あなたたちがお姫様だと言う私の力は、『始まりの魔女』ドルミーレの力。この力が何よりも一番罪深いのに!」
「その力はあなたという存在によって清廉されている。邪悪な古の魔女とは違うのです」
「……それは、どうでしょうね」

 魔法使いは知らないんだ。私の中にドルミーレがいることを。
 私の力は飽くまでドルミーレから由来するものでしかないと思っているんだ。
 私の中にはドルミーレが眠っていて、時折その顔を覗かせることを、魔法使いは知らない。

 魔女のことを排斥しながら、魔法使いたちが求めている力は結局その根源。
 魔法使いの主張は矛盾している。知らないからといっても、それはとても気持ち悪いと思った。

 でも結局、全ての不和は魔女なんだ。魔女という存在が色んなものを狂わせている。
 それは魔女になった人が悪いのではなくて、人を魔女にしてしまう『魔女ウィルス』が悪くて。
 そしてそれはつまり、その原因たるドルミーレが悪いんだ。

 それさえなければ、氷室さんは家族から蔑まれることはなくて、実の兄から命を狙われることもなかった。
 他にも沢山の人が、『魔女ウィルス』によって人生を変えられてきたんだろう。
 結局悪いのは、『魔法使いの国』の人たちの考え方でもなく、魔女になってしまった人たちでもなく、ただ純粋にドルミーレなんだ。

「私は、魔女という存在を無くしたいと思ってます。でもそれは、今いる魔女を殺そうってことじゃない。そもそもの原因、『魔女ウィルス』を無くしたいんです。そうすれば誰も傷付かないし、苦しまないし、争わなくて済むから。あなたが、魔女であることを理由に氷室さんを殺すというのなら、それがなくなればいいんじゃないんですか?」
「それは夢物語です、姫殿下」

 私が訴えかけると、ロード・スクルドは静かに首を横に振った。
 まるで聞き分けのない子供の意見を否定するように。
 その仕草には呆れが含まれていた。

「『魔女ウィルス』は遥か昔から存在し、死を振りまき続けてきた。私たち魔法使いが長い時をかけて研究を続けても、未だその実態は明らかになっていない。いくらあなたの力を持ってしても、『魔女ウィルス』だけを無くしてしまうことはできないでしょう」
「そんなこと、やってみないとわからないじゃないですか! やってみてもいないのに、殺せばいいなんて。死んでしまったらもう取り返しなんてつかないのに……!」
「先の見えない未来より、確実な今を取る選択です。その結果を得るまでに果たしてどれだけの時間がかかるのか。そしてその間に、どれだけの死が振りまかれるのか。何より、あなたの身に何かがあってからでは遅いのです」

 それはきっと、正しい判断なのかもしれない。
 上に立つ者として、多くの人を守る人としては、正しいことなのかもしれない。
 多くを守るために小さいことに目を瞑る。それは仕方のないことなのかもしれない。

 でもちっぽけな私は、そんな大層な判断はできない。
 目の前の命や、この手が届く友達や、何より大切な人たちのことを考えてしまう。
 その人たちを犠牲にすれば多くの人を救えると言われても、私はそれに頷けない。
 自分の大切なものすら守れない人に、他のものが守れるとは思えないから。

「それでも私は、魔女を殺すことを許せない。氷室さんを殺すことを許せない。だから、意見はどうしても食い違うから、戦わなきゃいけないんですね。そうまでして氷室さんを、魔女の存在を否定するというのなら、私たちの力であなたを打ち倒します……!」

『真理のつるぎ』を構え直す。
 どこかで、戦わなくて済む道を探ってしまっていた。
 考え方が違っても、立場が違っても、何か糸口があるんじゃないかって。
 でも、わかり合えない相手もいる。どんなに言葉を交わしても、相入れない人が。

 なら私がするべきことは、自分にとって大切なものを守ること。
 今必要なことはロード・スクルドや魔法使いとその正しさを戦わせることではなくて、氷室さんの安寧だから。
 そのためには、戦って勝つしかない。

「私にも、責務と想いがある。姫殿下、あなたの想いを汲んでばかりもいられないのです。国家のため、魔法使いの未来のため、そして家のため。私はすべきことを、するまでだ……!」

 ロード・スクルドが静かに、けれど力のこもった声を上げた時だった。
 彼の背後で強烈な魔力と、それによる冷気が湧き上がった。
 空気中のあらゆるものを凍てつかせて込み上がるのは、まるで氷の波。
 膨大な力によって生じた氷の波はただただ圧倒的で、この空き地全てを飲み込まんほど巨大だった。

「…………!」

『真理のつるぎ』でうち消そうにも規模が大きすぎる。
 魔法の効果を打ち消せても、凍てついて作り出された氷の波全てを消すことはできない。
 その魔法を掌握しようとしても、私の中途半端な力では魔法が強大すぎて包み込めなかった。

「……退がって」

 そんな中、氷室さんが一歩前に乗り出した。
 押し寄せる氷の波に対して臆することなく、その涼やかな瞳を真っ直ぐにロード・スクルドへ向けている。

「……ありがとう、花園さん。あなたが私のために頑張ってくれるから、私も挫けないで立ち向かえる。あなたの言葉が、あなたの想いが、私を強くしてくれる」

 氷室さんは迫り来る氷の波に両手をかざし、私たちを囲むように幾重にも重ねた障壁を張った。
 津波のように圧倒的な質量と威力を持って、押し潰さんと落ちてくる氷の波を、その障壁で正面から受け止めた。

「……昔の私は、弱かった。独りであることが当たり前だった私は、彼を前にただ屈することしかできなかった。でも、私はもう……一人じゃないから……」
「氷室さん、手が……!」

 障壁はなんとか氷の波を押さえ込んでいた。
 けれど障壁越しでも伝わってくる零下の冷気が、私の前に立つ氷室さんを蝕んでいた。
 突き出す手の指先に霜がまとわりつき、凍りかけている。
 それでも、氷室さんは怯むことなく力の限り障壁を張り続けた。

「あなたの手が、私の心をほぐしてくれた。あなたの温もりが、私を癒してくれた。あなたの言葉が、私に彩りを与えてくれた。花園さんがいてくれれば私はもう、何にも怯えたりしない……!」

 氷室さんの言葉に迷いはなかった。
 戦うことにも、抗うことにも、迷いはなかった。
 目を背けた過去に、逃げ出すことなく立ち向かう意思がそこには見えた。

「だから私は、花園さんを守りたい。何が何でも、あなたのことを守りたい。花園さんは私の全て、だから……!」
「ありがとう氷室さん。なら、一緒に頑張ろう」

 凍てつきかけた氷室さんの手に自分の手を重ねる。
 氷のように冷たくなった手を包んで、一緒になって力を込める。
 私は自分自身では魔法が使えない。氷室さんだけでは魔法使いの魔法には敵わない。
 一人だけではできないことは、二人で力を合わせていけばいいんだ。
 手を繋ぎ、心を合わせることで、私たちの力は何倍にも膨れ上がる。

「一緒に勝とう。ロード・スクルドに……!」

 支え合って、力を貸し合って、私たちは耐え忍んだ。
 指先の感覚がなくなりそうになりながら、必死で二人で障壁を張る。
 終わりがないような氷の波の奔流がようやく途絶えた時、私たちの周り一帯全ては、氷海のごとく氷で埋め尽くされていた。
 防ぎきった私たちの周りの僅かだけが、氷結の波を逃れていた。
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