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第5章 フローズン・ファンタズム
85 敗者の屈服
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「ッ────────」
ロード・スクルドが僅かに呻く声が聞こえて、私は慌てて氷室さんと一緒に彼の元へ駆け寄った。
レオとアリアも心配そうについてきて、私たちの後ろにひっそりと控えた。
私は氷室さんの手をぎゅっと握りつつも一歩前に出て、庇うように立った。
「私、は…………」
薄っすらと目を開けたロード・スクルドは掠れた声で呟いた。
身体を起こそうとして、けれど痛みに顔をしかめて諦める。
首だけを僅かに動かして周囲を見渡す。
私の後に氷室さんを見て、悟ったような気の抜けた顔をした。
「私は、負けたのか。ヘイルに……」
呟く言葉はやはり淡々としていて、悔しさや怒りのようなものは感じられない。
ただ起こった事実を素直に受け入れて、噛み締めているように見えた。
「……さぁ、とどめを刺せ。そうすればお前は少なくとも、家の呪縛からは解き放たれるだろう」
「…………」
碧い瞳をまっすぐ氷室さんに向け、ロード・スクルドはまるで他人事のように言った。
氷室さんは言葉を返さず、同じようにまっすぐ彼に視線に向けている。
そのポーカーフェイスからは気持ちを汲み取ることができなくて、私は一瞬怖くなってしまった。
氷室さんは、ロード・スクルドを殺したいと思っているのかもしれないって。
だから私は思わず氷室さんの手を強く握ってしまった。
しばらく氷室さんは無言で視線を向けてから、やがてゆっくりと首を横に振った。
「…………私は、あなたを殺さない」
「どうしてだ」
「独りの私なら、そうしたかもしれない。けれど、今の私は違う。私は、友達の望まないことはしない」
「氷室さん……」
氷室さんはちらりと私に目を向けた。
スカイブルーの瞳は爽やかに煌めいて、とても清らかに感じられた。
人を憎み恨み殺したいと思っている人の目ではなかった。
「……本当にそれでいいのか。私を生かすということは、何も変わらないということだぞ。私はまたお前を殺しに来るかもしれない────まぁ、こんな無様な姿で言えたことではないが」
ロード・スクルドは驚きを隠せないと言った風に、まじまじと氷室さんを見つめた。
氷室さんに負けたことを悟った時点で、殺されることを覚悟していたんだ。
「もしまたあなたが来るというのなら……また私たちは戦う。何度でも。もう独りではない私は、あなたを恐れないから」
「そう、か。お前は本当に、変わったな。見間違えた、というよりは別人のようだよ」
そう言うロード・スクルドは、仄かに口元に笑みを浮かべていた。
冷徹で無情な姿を徹底していた彼が、人の兄であることを窺わせる表情だった。
それはまるで、妹の成長を喜んでいるように見えた。
「強者としてあり続け、そうであることを望まれたフリージア家の人間に、お前のように他者を頼る者はいない。強くあるため覇道を歩み、常に取捨選択をし、己のみを信じるのが私たちだ。今のお前の有り様は、私たちでは理解できない」
ロード・スクルドの言葉は、決して氷室さんを否定しているものではなかった。
彼女を殺す為にやってきて、その存在を否定し続けたロード・スクルド。
けれど、氷室さんの在り方は否定しなかった。
「しかし、それがお前の見出したものだというのなら、それには価値があるのだろう。私たちでは気付くことのできものに、お前はこの世界で出会えた。そういうことなんだろう」
「………………」
氷室さんは何も答えなかった。
私の手を握り締めながら、ただ静かに瞳を向けているだけだった。
倒れたままのロード・スクルドはどこか満足したというようにゆったりと目を瞑ってから、私の方を向いた。
「姫殿下、あなたは良いのですか。私を生かすというヘイルの判断は」
「はい。氷室さんが決めたことなら、私は何も言いませんよ」
私だって人を殺したりしたくはない。
それに氷室さんに人殺しなんてして欲しくない。
何でもかんでも平和に解決できるわけじゃないってことはわかっているけれど。
それでも、可能な限りは血を流したくはないから。
「……わかりました。あなたがそういうのなら、私はこの結果を受け入れましょう」
深く息を吸ってからロード・スクルドはそう言って、おもむろにゆっくりと上体を起こした。
今話しているうちに魔法で身体を癒していたのかもしれない。
けれど大仰に動くことはまだできなさそうで、身体を起こしてこちらに向き合っただけだった。
「私は、この敗北を受け入れましょう。魔女になった我が妹と姫殿下に私は敗れた。敗者は勝者の裁定を大人しく受け入れるものですから、今後あなたたちへの手出しはしないと誓いましょう」
「えっ…………」
とても爽やかな顔でさらりと告げられた言葉に、私は思わず声を上げてしまった。
咄嗟に口を手で覆ったけれど、私の驚きの声はしっかりと聞き取られていた。
ロード・スクルドが薄く微笑んで私を見た。
「私が大人しく引き下がるのが意外ですか?」
「えぇ、まぁ。だって、何が何でも氷室さんのことを殺そうとしてましたし、何よりその存在を否定していましたから……」
「私にも誇りがあります。魔法使いとして、そして魔女狩りとしての誇りです。魔道に生き、そして戦いを生業とする者としての誇り、ですかね。打ち負かされた相手に命まで見逃され、それでも我を通すようなやり方は品位に反します」
それは私には些か理解の難しい考え方だった。
基本的には平和な現代日本で生きている私にとっては、戦いで決する気持ちの切り替えを理解するのは少し難易度が高かった。
でもロード・スクルドの目はまっすぐで、とても私たちを謀ろうとしているようには見えなかった。
「それに何より、私はヘイルの今の生き方に敗れた。それは私の生き方、そして在り方の敗北です。恐らく、何度対峙したところで私はあなたたちには敵わないでしょう。そういった強さを、ヘイルはあなたから得たようだ」
「………………」
独りでいることを強さとし、不要なものを切り捨てて生きてきたロード・スクルド。
それは魔女になった氷室さんのことも例外ではなかった。
でもそんな氷室さんがこの世界で友達との繋がりを知り、そしてそれを力にして彼に打ち勝った。
それは、ロード・スクルドのプライドと在り方を打ち破ったってことなんだ。
「でも、ロード・スクルド。今あなたは、『あなたたちへの手出しはしない』と言いましたよね? それはつまり、魔女狩りとして私を連れ戻したり殺したりしない、ということですか?」
「ええ。飽くまで私の手の届く範囲でのこととなりますが。私の一存では魔女狩りの総意、そして魔法使いの総意は変えられない。しかしそれでも、私と私の配下の者はあなたに関与しないと約束しましょう」
「そんなこと、できるんですか……?」
「できます。元々私は姫君の迎謁には関わっていませんでしたしね。今後も関与を避けましょう。私が表立ってできることはこの程度ですが、お約束しましょう」
ロード・スクルドは緩く微笑んでしっかりと宣言した。
素の顔は人の良さそうな爽やかな顔立ち。殺意に満ちた冷徹な眼差しがなければ、どこか温かみすら覚える整った顔。
でも魔法使いのロードがお姫様の私をそんな簡単に諦めるものかと、私はどうしても勘ぐってしまう。
「でも、魔法使いは私の力が必要なんじゃないですか? 魔女狩りとしても、どうしても手に入れたい力なんじゃないんですか? そんなあっさり……」
「仰る通り、あなたの持つ『始まりの力』があれば、私たち魔法使いは更なる栄華を極めるでしょう。それは今や魔法使いの一番の望みと言ってもいい」
「だったら……」
ロード・スクルドは少し困ったように眉を寄せ、ちらりと氷室さんを見た。
当の氷室さんは変わらぬポーカーフェイスで淡々と彼を見ていた。
「しかし、ヘイルがあなたを大切に思っているのだから、私には何もできない。私があなたに手を出そうとすれば、ヘイルはまた私の前に立ちはだかるでしょう。あなたと一緒にね」
つまりそれも、敗れた者としての立場ってことなのかな。
自分を負かした氷室さんが私を大切に思っている限り、それに手出しはできない。
そして何より、私たち二人に既に敗れ負けを認めているから。
「念のため誤解なきように言っておきますが、私はヘイルを、そしてあなたたちを認めた訳ではありません。私は敗れた今も、魔女であるヘイルは死すべきと考えています。そして自身の責任の元、私がヘイルを殺めるべきだとも。しかしそれができなかった。ただそれだけのことなのです」
これは決して和解ではない。ロード・スクルドの言葉はそういう意味だ。
わかり合ったわけじゃない。理解をしたわけでもない。認めたわけじゃない。
ただ勝負が決し、敗者が勝者に従っただけ。
弱者として強者に屈しただけだと。
魔法使いとして、魔女狩りとして、そしてフリージア家の当主として。何よりロード・スクルド個人として。
魔女となり、そして自分とは全く異なる生き方をしている氷室さんのことを受け入れることは、きっとできないんだろう。
それは何と悲しいことだろうと思いつつも、でもそれが落とし所なんだろうなとも思った。
どうしたってわかり合えない相手はいる。
二人にとって、それが実の兄妹だったということ。
それでもこうしてぶつかり合って実害を防げるだけでも、良かったと思うべきなのかもしれない。
「……わかりました。私は、わかりました。氷室さんは、これでいい……?」
「…………」
私が尋ねると、氷室さんは静かに一歩乗り出した。
前に立っていた私に並び立って、何も遮ることなくロード・スクルドに向かい合った。
薄く開かれた目が、冷めきった視線を向けている。
けれどとても落ち着いている氷室さんは、ゆっくりと口を開いた。
「私も、あなたにされたこと、そしてあなたへの気持ちは忘れない。けれど、私には今居場所があるから。私のことを見てくれる友達がいるから。だから私はもう過去には囚われない。だから、それでいい……」
過去に起きた出来事は無くならないし、心に負った傷はそう簡単には消えない。
それでも今生きていくためには、前を向いて歩いていくしかない。
私が側にいることで、氷室さんが幸せに生きていけるのであれば、いくらでも力になろう。
「あなたはもう私たちに関わらない。私はあなたのいない世界で生きる。それでこれは、もう終わり……」
淡々と、けれど締め切るように言い放ったその言葉は、とても寂しく思えた。
その言葉に、心の奥底がキュッと締め付けられた気がした。
かつてを知る『お姫様』には、私よりも思うところがあるのかもしれない。
氷室さんのきっぱりとした言葉に、ロード・スクルドは静かに頷いた。
言い切った氷室さんはもう思い残す事はにという風にまた私の影に退がって、終わった。
わかり合えない兄妹の戦いは終わった。
でもいつか。いつかほんの少しでも歩み寄れる日が来るといいな、なんて。
そんな夢のようなことを、ほんの少しだけ思ってしまう。
でも今は、最後まで懸命に戦った氷室さんを、ひたすらに抱きしめることにした。
辛かったねと。頑張ったねと。偉かったねと。力の限り抱きしめてあげた。
ロード・スクルドに見せつけるように。氷室さんの居場所はここにあるんだと、主張するように。
ロード・スクルドが僅かに呻く声が聞こえて、私は慌てて氷室さんと一緒に彼の元へ駆け寄った。
レオとアリアも心配そうについてきて、私たちの後ろにひっそりと控えた。
私は氷室さんの手をぎゅっと握りつつも一歩前に出て、庇うように立った。
「私、は…………」
薄っすらと目を開けたロード・スクルドは掠れた声で呟いた。
身体を起こそうとして、けれど痛みに顔をしかめて諦める。
首だけを僅かに動かして周囲を見渡す。
私の後に氷室さんを見て、悟ったような気の抜けた顔をした。
「私は、負けたのか。ヘイルに……」
呟く言葉はやはり淡々としていて、悔しさや怒りのようなものは感じられない。
ただ起こった事実を素直に受け入れて、噛み締めているように見えた。
「……さぁ、とどめを刺せ。そうすればお前は少なくとも、家の呪縛からは解き放たれるだろう」
「…………」
碧い瞳をまっすぐ氷室さんに向け、ロード・スクルドはまるで他人事のように言った。
氷室さんは言葉を返さず、同じようにまっすぐ彼に視線に向けている。
そのポーカーフェイスからは気持ちを汲み取ることができなくて、私は一瞬怖くなってしまった。
氷室さんは、ロード・スクルドを殺したいと思っているのかもしれないって。
だから私は思わず氷室さんの手を強く握ってしまった。
しばらく氷室さんは無言で視線を向けてから、やがてゆっくりと首を横に振った。
「…………私は、あなたを殺さない」
「どうしてだ」
「独りの私なら、そうしたかもしれない。けれど、今の私は違う。私は、友達の望まないことはしない」
「氷室さん……」
氷室さんはちらりと私に目を向けた。
スカイブルーの瞳は爽やかに煌めいて、とても清らかに感じられた。
人を憎み恨み殺したいと思っている人の目ではなかった。
「……本当にそれでいいのか。私を生かすということは、何も変わらないということだぞ。私はまたお前を殺しに来るかもしれない────まぁ、こんな無様な姿で言えたことではないが」
ロード・スクルドは驚きを隠せないと言った風に、まじまじと氷室さんを見つめた。
氷室さんに負けたことを悟った時点で、殺されることを覚悟していたんだ。
「もしまたあなたが来るというのなら……また私たちは戦う。何度でも。もう独りではない私は、あなたを恐れないから」
「そう、か。お前は本当に、変わったな。見間違えた、というよりは別人のようだよ」
そう言うロード・スクルドは、仄かに口元に笑みを浮かべていた。
冷徹で無情な姿を徹底していた彼が、人の兄であることを窺わせる表情だった。
それはまるで、妹の成長を喜んでいるように見えた。
「強者としてあり続け、そうであることを望まれたフリージア家の人間に、お前のように他者を頼る者はいない。強くあるため覇道を歩み、常に取捨選択をし、己のみを信じるのが私たちだ。今のお前の有り様は、私たちでは理解できない」
ロード・スクルドの言葉は、決して氷室さんを否定しているものではなかった。
彼女を殺す為にやってきて、その存在を否定し続けたロード・スクルド。
けれど、氷室さんの在り方は否定しなかった。
「しかし、それがお前の見出したものだというのなら、それには価値があるのだろう。私たちでは気付くことのできものに、お前はこの世界で出会えた。そういうことなんだろう」
「………………」
氷室さんは何も答えなかった。
私の手を握り締めながら、ただ静かに瞳を向けているだけだった。
倒れたままのロード・スクルドはどこか満足したというようにゆったりと目を瞑ってから、私の方を向いた。
「姫殿下、あなたは良いのですか。私を生かすというヘイルの判断は」
「はい。氷室さんが決めたことなら、私は何も言いませんよ」
私だって人を殺したりしたくはない。
それに氷室さんに人殺しなんてして欲しくない。
何でもかんでも平和に解決できるわけじゃないってことはわかっているけれど。
それでも、可能な限りは血を流したくはないから。
「……わかりました。あなたがそういうのなら、私はこの結果を受け入れましょう」
深く息を吸ってからロード・スクルドはそう言って、おもむろにゆっくりと上体を起こした。
今話しているうちに魔法で身体を癒していたのかもしれない。
けれど大仰に動くことはまだできなさそうで、身体を起こしてこちらに向き合っただけだった。
「私は、この敗北を受け入れましょう。魔女になった我が妹と姫殿下に私は敗れた。敗者は勝者の裁定を大人しく受け入れるものですから、今後あなたたちへの手出しはしないと誓いましょう」
「えっ…………」
とても爽やかな顔でさらりと告げられた言葉に、私は思わず声を上げてしまった。
咄嗟に口を手で覆ったけれど、私の驚きの声はしっかりと聞き取られていた。
ロード・スクルドが薄く微笑んで私を見た。
「私が大人しく引き下がるのが意外ですか?」
「えぇ、まぁ。だって、何が何でも氷室さんのことを殺そうとしてましたし、何よりその存在を否定していましたから……」
「私にも誇りがあります。魔法使いとして、そして魔女狩りとしての誇りです。魔道に生き、そして戦いを生業とする者としての誇り、ですかね。打ち負かされた相手に命まで見逃され、それでも我を通すようなやり方は品位に反します」
それは私には些か理解の難しい考え方だった。
基本的には平和な現代日本で生きている私にとっては、戦いで決する気持ちの切り替えを理解するのは少し難易度が高かった。
でもロード・スクルドの目はまっすぐで、とても私たちを謀ろうとしているようには見えなかった。
「それに何より、私はヘイルの今の生き方に敗れた。それは私の生き方、そして在り方の敗北です。恐らく、何度対峙したところで私はあなたたちには敵わないでしょう。そういった強さを、ヘイルはあなたから得たようだ」
「………………」
独りでいることを強さとし、不要なものを切り捨てて生きてきたロード・スクルド。
それは魔女になった氷室さんのことも例外ではなかった。
でもそんな氷室さんがこの世界で友達との繋がりを知り、そしてそれを力にして彼に打ち勝った。
それは、ロード・スクルドのプライドと在り方を打ち破ったってことなんだ。
「でも、ロード・スクルド。今あなたは、『あなたたちへの手出しはしない』と言いましたよね? それはつまり、魔女狩りとして私を連れ戻したり殺したりしない、ということですか?」
「ええ。飽くまで私の手の届く範囲でのこととなりますが。私の一存では魔女狩りの総意、そして魔法使いの総意は変えられない。しかしそれでも、私と私の配下の者はあなたに関与しないと約束しましょう」
「そんなこと、できるんですか……?」
「できます。元々私は姫君の迎謁には関わっていませんでしたしね。今後も関与を避けましょう。私が表立ってできることはこの程度ですが、お約束しましょう」
ロード・スクルドは緩く微笑んでしっかりと宣言した。
素の顔は人の良さそうな爽やかな顔立ち。殺意に満ちた冷徹な眼差しがなければ、どこか温かみすら覚える整った顔。
でも魔法使いのロードがお姫様の私をそんな簡単に諦めるものかと、私はどうしても勘ぐってしまう。
「でも、魔法使いは私の力が必要なんじゃないですか? 魔女狩りとしても、どうしても手に入れたい力なんじゃないんですか? そんなあっさり……」
「仰る通り、あなたの持つ『始まりの力』があれば、私たち魔法使いは更なる栄華を極めるでしょう。それは今や魔法使いの一番の望みと言ってもいい」
「だったら……」
ロード・スクルドは少し困ったように眉を寄せ、ちらりと氷室さんを見た。
当の氷室さんは変わらぬポーカーフェイスで淡々と彼を見ていた。
「しかし、ヘイルがあなたを大切に思っているのだから、私には何もできない。私があなたに手を出そうとすれば、ヘイルはまた私の前に立ちはだかるでしょう。あなたと一緒にね」
つまりそれも、敗れた者としての立場ってことなのかな。
自分を負かした氷室さんが私を大切に思っている限り、それに手出しはできない。
そして何より、私たち二人に既に敗れ負けを認めているから。
「念のため誤解なきように言っておきますが、私はヘイルを、そしてあなたたちを認めた訳ではありません。私は敗れた今も、魔女であるヘイルは死すべきと考えています。そして自身の責任の元、私がヘイルを殺めるべきだとも。しかしそれができなかった。ただそれだけのことなのです」
これは決して和解ではない。ロード・スクルドの言葉はそういう意味だ。
わかり合ったわけじゃない。理解をしたわけでもない。認めたわけじゃない。
ただ勝負が決し、敗者が勝者に従っただけ。
弱者として強者に屈しただけだと。
魔法使いとして、魔女狩りとして、そしてフリージア家の当主として。何よりロード・スクルド個人として。
魔女となり、そして自分とは全く異なる生き方をしている氷室さんのことを受け入れることは、きっとできないんだろう。
それは何と悲しいことだろうと思いつつも、でもそれが落とし所なんだろうなとも思った。
どうしたってわかり合えない相手はいる。
二人にとって、それが実の兄妹だったということ。
それでもこうしてぶつかり合って実害を防げるだけでも、良かったと思うべきなのかもしれない。
「……わかりました。私は、わかりました。氷室さんは、これでいい……?」
「…………」
私が尋ねると、氷室さんは静かに一歩乗り出した。
前に立っていた私に並び立って、何も遮ることなくロード・スクルドに向かい合った。
薄く開かれた目が、冷めきった視線を向けている。
けれどとても落ち着いている氷室さんは、ゆっくりと口を開いた。
「私も、あなたにされたこと、そしてあなたへの気持ちは忘れない。けれど、私には今居場所があるから。私のことを見てくれる友達がいるから。だから私はもう過去には囚われない。だから、それでいい……」
過去に起きた出来事は無くならないし、心に負った傷はそう簡単には消えない。
それでも今生きていくためには、前を向いて歩いていくしかない。
私が側にいることで、氷室さんが幸せに生きていけるのであれば、いくらでも力になろう。
「あなたはもう私たちに関わらない。私はあなたのいない世界で生きる。それでこれは、もう終わり……」
淡々と、けれど締め切るように言い放ったその言葉は、とても寂しく思えた。
その言葉に、心の奥底がキュッと締め付けられた気がした。
かつてを知る『お姫様』には、私よりも思うところがあるのかもしれない。
氷室さんのきっぱりとした言葉に、ロード・スクルドは静かに頷いた。
言い切った氷室さんはもう思い残す事はにという風にまた私の影に退がって、終わった。
わかり合えない兄妹の戦いは終わった。
でもいつか。いつかほんの少しでも歩み寄れる日が来るといいな、なんて。
そんな夢のようなことを、ほんの少しだけ思ってしまう。
でも今は、最後まで懸命に戦った氷室さんを、ひたすらに抱きしめることにした。
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