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第0章 Dormire
58 もう一度
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「急に、そんなことを言われても……」
二人が軽口で言っているのではないことは、こうして対面していればよくわかる。
でもだからこそ、私は困惑せずにはいられなかった。
だって私は、今まで一度たりとも、人間たちとわかり合おうなんて思ったことはなかったから。
私は今の生活に満足している。
ホーリーとイヴと共に生きるこの日々で、十分に満ち足りている。
確かに昔は、否定され侮辱されたことにひどく傷付いたけれど。
けれどだからと言って、今彼らに受け入れられたいとは思っていない。
そんなものがなくても、私には二人がいれば何も困らないからだ。
でも、二人はそうではない。それに満足していない。
「ごめんね、ドルミーレ。戸惑うのはわかるし、嫌がられるかもって思ってた。でも私たちは、もっとあなたに伸び伸びと、堂々としてほしくて」
私の様子を伺いながら、ホーリーが優しい口調で言った。
「確かにドルミーレは、人間じゃない別の存在。でもヒトであることに変わりはないし、その力だって悪いものじゃない。なのに町の人たちに誤解されて、肩身の狭い思いのまま過ごして欲しくないの」
「あなたたちの気持ちは……わかるけれど。でも私はもう、どうでもいいのよ。この森で静かに暮らして、あなたたちとこうして会えていれば、それで十分」
「うん。あなたがそう思ってるって、わかってる」
私の言葉に頷きながら、ホーリーはテーブルの上で手を伸ばし、そっと私の手を取った。
その肌は優しい温かさを持ち、けれど僅かに震えていた。
「これは、本当に私たちのわがままなんだよ。私たちはね、ドルミーレが悪魔だって思われているままなのは嫌なんだよ」
「ホーリー……」
「仲良しになれなんて言わない。もちろん、そうなれたら素敵だけど。でもさ、悪くないことを悪いって思われたままなのは嫌だよ。せめて、あなたが気軽に町にやって来れるくらいにはなってほしいんだ」
少し悲しそうに、でも笑顔を作ってそう言うホーリー。
彼女はそれをわがままだと言ったけれど、でも私はそうとは思わなかった。
だってそれは、友の名誉を守りたいという想いから来ているものだ。
自分たちの利益ではなく、ヒトビトの私に対する印象を回復させたいという、純粋な想い。
例えそれが、私が進んで望んでいたものではないとしても。
それは決して、わがままなんかではない。
「どうだろう、ドルミーレ」
ホーリー手の上に自らの手を重ね、イヴが微笑んだ。
「別に人間に媚び諂う必要はない。その力で何かをしてくれとも言わない。でももし、誤解が解けて有効的な関係が築ければ、お互いにとってメリットがあると思うんだ」
「メリット……」
人間にしてもらって得することなんてないと、思わずそんな考えが過ぎってしまったけれど。
でも、きっとそういうことではない。何かを与えられることが全てではない。
あの町の人々に受け入れられて得られることは、容認だ。
それを獲得できれば、私は蔑まれることも拒まれることもなく、何かあれば彼女たちの生活圏に近付くことができる。
約七年前のあの時から、町に行こうとしなかったから必要性がなかったけれど。
でもいざそれが可能となれば、私は二人と会う時、彼女たちの家や身近な場所を訪れることができる。
それは案外、大きな利益かもしれない。人間がどうこうではなく、二人の友と過ごす日々を思えばだ。
それは悪くないかもしれないと、そう思ったことが顔に出ていたのだろうか。
イヴは私を見て少し安心したように微笑んだ。
「人間は神秘を持たないからか、理解の及ばないものに敏感だ。反射的に恐怖を覚え、それを拒んでしまう。でもそれは、わからないからだ。君という存在がどんなにいい子なのかってことがわかれば、みんなの目はきっと変わる」
「そう、だといいけれど……」
あの時の人々の目、言葉、感情を思い出すと、今でも心が縮こまる。
それ程までの嫌悪と敵意、そして拒絶を向けられたから。
私はそれでヒトというものに絶望したし、ほとほと呆れ果てた。
どうしようもなく浅ましく、醜く、愚かな生き物だと。
そんな者たちと関わる必要なんてありはしないと。
だから本来であれば私は、もう二度と人間には関わりたくないし、他のヒトとも極力交わりたくはないと、そう思うはず。
でも少しずつ、僅かでも二人の言い分が私の心に染み渡ってくるのは、この二年半の月日の中で彼女たちに心をほぐされたからだ。
積極的に関わろうとは思えなくても、それでも、ヒトも悪いものではないと、少しずつ思えるようになってきた。
ここに帰ってくる前の私には、到底想像できない感情と思考だ。
「……わかったわ」
心配そうに見つめてくる二人に、私はゆっくりと答えた。
心の中では様々な感情が渦巻き、頭の中では色々な考えが目まぐるしく交差する。
その全てを飲み込んで、私は頷いた。
「抵抗がないとは言えない。不安もあるし、恐怖もあるし、それに怒りがないわけでもない。けれど、あなたたちがそれを望むのなら」
これが良いことなのかはわからない。
私自身は、あの町の人たちと関わらなくても何も困らない。
だから、今まで通り不干渉を貫いた方が、本当は良いのかもしれない。
得られるものは何もないかもしれない。
再び傷付き、ヒトの醜さを実感するだけかもしれない。
その可能性は捨てきれないし、むしろ私の認識としてはそうなるのではと思えてしまう。
でもそうならない可能性を、希望を二人が抱いているのであれば。
私はその願いに沿ってあげたい。そう考えられるように、今の私はなっていた。
だって、二人は私の全てだから。私は、この大いなる力を世界の為ではなく、二人の為に使いたいと思っているくらいなのだから。
「もう一度、あなたたちの町に行くわ。誤解が解けるように、協力してくれる?」
包んでくる二つの手を握り返しながら答えると、二人は泣きそうな顔になりながら笑った。
二人が軽口で言っているのではないことは、こうして対面していればよくわかる。
でもだからこそ、私は困惑せずにはいられなかった。
だって私は、今まで一度たりとも、人間たちとわかり合おうなんて思ったことはなかったから。
私は今の生活に満足している。
ホーリーとイヴと共に生きるこの日々で、十分に満ち足りている。
確かに昔は、否定され侮辱されたことにひどく傷付いたけれど。
けれどだからと言って、今彼らに受け入れられたいとは思っていない。
そんなものがなくても、私には二人がいれば何も困らないからだ。
でも、二人はそうではない。それに満足していない。
「ごめんね、ドルミーレ。戸惑うのはわかるし、嫌がられるかもって思ってた。でも私たちは、もっとあなたに伸び伸びと、堂々としてほしくて」
私の様子を伺いながら、ホーリーが優しい口調で言った。
「確かにドルミーレは、人間じゃない別の存在。でもヒトであることに変わりはないし、その力だって悪いものじゃない。なのに町の人たちに誤解されて、肩身の狭い思いのまま過ごして欲しくないの」
「あなたたちの気持ちは……わかるけれど。でも私はもう、どうでもいいのよ。この森で静かに暮らして、あなたたちとこうして会えていれば、それで十分」
「うん。あなたがそう思ってるって、わかってる」
私の言葉に頷きながら、ホーリーはテーブルの上で手を伸ばし、そっと私の手を取った。
その肌は優しい温かさを持ち、けれど僅かに震えていた。
「これは、本当に私たちのわがままなんだよ。私たちはね、ドルミーレが悪魔だって思われているままなのは嫌なんだよ」
「ホーリー……」
「仲良しになれなんて言わない。もちろん、そうなれたら素敵だけど。でもさ、悪くないことを悪いって思われたままなのは嫌だよ。せめて、あなたが気軽に町にやって来れるくらいにはなってほしいんだ」
少し悲しそうに、でも笑顔を作ってそう言うホーリー。
彼女はそれをわがままだと言ったけれど、でも私はそうとは思わなかった。
だってそれは、友の名誉を守りたいという想いから来ているものだ。
自分たちの利益ではなく、ヒトビトの私に対する印象を回復させたいという、純粋な想い。
例えそれが、私が進んで望んでいたものではないとしても。
それは決して、わがままなんかではない。
「どうだろう、ドルミーレ」
ホーリー手の上に自らの手を重ね、イヴが微笑んだ。
「別に人間に媚び諂う必要はない。その力で何かをしてくれとも言わない。でももし、誤解が解けて有効的な関係が築ければ、お互いにとってメリットがあると思うんだ」
「メリット……」
人間にしてもらって得することなんてないと、思わずそんな考えが過ぎってしまったけれど。
でも、きっとそういうことではない。何かを与えられることが全てではない。
あの町の人々に受け入れられて得られることは、容認だ。
それを獲得できれば、私は蔑まれることも拒まれることもなく、何かあれば彼女たちの生活圏に近付くことができる。
約七年前のあの時から、町に行こうとしなかったから必要性がなかったけれど。
でもいざそれが可能となれば、私は二人と会う時、彼女たちの家や身近な場所を訪れることができる。
それは案外、大きな利益かもしれない。人間がどうこうではなく、二人の友と過ごす日々を思えばだ。
それは悪くないかもしれないと、そう思ったことが顔に出ていたのだろうか。
イヴは私を見て少し安心したように微笑んだ。
「人間は神秘を持たないからか、理解の及ばないものに敏感だ。反射的に恐怖を覚え、それを拒んでしまう。でもそれは、わからないからだ。君という存在がどんなにいい子なのかってことがわかれば、みんなの目はきっと変わる」
「そう、だといいけれど……」
あの時の人々の目、言葉、感情を思い出すと、今でも心が縮こまる。
それ程までの嫌悪と敵意、そして拒絶を向けられたから。
私はそれでヒトというものに絶望したし、ほとほと呆れ果てた。
どうしようもなく浅ましく、醜く、愚かな生き物だと。
そんな者たちと関わる必要なんてありはしないと。
だから本来であれば私は、もう二度と人間には関わりたくないし、他のヒトとも極力交わりたくはないと、そう思うはず。
でも少しずつ、僅かでも二人の言い分が私の心に染み渡ってくるのは、この二年半の月日の中で彼女たちに心をほぐされたからだ。
積極的に関わろうとは思えなくても、それでも、ヒトも悪いものではないと、少しずつ思えるようになってきた。
ここに帰ってくる前の私には、到底想像できない感情と思考だ。
「……わかったわ」
心配そうに見つめてくる二人に、私はゆっくりと答えた。
心の中では様々な感情が渦巻き、頭の中では色々な考えが目まぐるしく交差する。
その全てを飲み込んで、私は頷いた。
「抵抗がないとは言えない。不安もあるし、恐怖もあるし、それに怒りがないわけでもない。けれど、あなたたちがそれを望むのなら」
これが良いことなのかはわからない。
私自身は、あの町の人たちと関わらなくても何も困らない。
だから、今まで通り不干渉を貫いた方が、本当は良いのかもしれない。
得られるものは何もないかもしれない。
再び傷付き、ヒトの醜さを実感するだけかもしれない。
その可能性は捨てきれないし、むしろ私の認識としてはそうなるのではと思えてしまう。
でもそうならない可能性を、希望を二人が抱いているのであれば。
私はその願いに沿ってあげたい。そう考えられるように、今の私はなっていた。
だって、二人は私の全てだから。私は、この大いなる力を世界の為ではなく、二人の為に使いたいと思っているくらいなのだから。
「もう一度、あなたたちの町に行くわ。誤解が解けるように、協力してくれる?」
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