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第一部
06
しおりを挟む「何を落ち込んでいるんだ?」
集落の男五人を連れて戻ってきたユリアスは、ハルがあからさまにへこんでいるのを見て、首をひねった。
蜂の巣食らいの傍に座っていたハルは、がばりと顔を上げる。
「ユリユリ、聞いてよ……イイネがついたの」
「どうしてへこむんだ? 良かったじゃないか」
まっとうな返事だったが、ハルは噛みついた。
「良くない! なんで渾身の写真は駄目で、こんな金色カブトムシはイイネが三つも付くのよ!」
「おめでたい色だからとか?」
「悔しいーっ。許せないっ」
大げさに嘆くハルを、集落の人々は困惑した顔で見つめる。ユリアスはいかにも面倒くさいと言いたげな表情になり、ハルは横に置いて、集落の人々に声をかける。
「この中なんだ、見てくれ」
ユリアスに促され、集落の男達は蜂の巣食らいの体内を覗き込んだ。
「おお、奪われた蜂蜜がこんなに!」
「しかし一度喰われたものを商品にするのはなあ。何が混ざってるか分かりゃしない。どうする?」
「蜂蜜が好きな魔物をおびきよせる餌にするのはどうだ?」
「良い案だが、帰って皆で相談だな。長老の意見を聞くのが一番良い」
「そうだな」
互いに言い合って、有角馬と馬車を運んでくると、また戻っていった。彼らを見送って、ユリアスがぽつりとつぶやく。
「さすがにこの大きさは、普通の影庫には入らんからな」
「そうだねえ」
ハルは頷く。もし人の目が無ければ、夢幻鞄でこっそり運ぶのだが、無用に目立つのを避けるため、人前ではおおっぴらには使わないことにしている。
「ところでハル、提案があるんだが」
ユリアスが改まって真面目な顔で問うので、ハルは予想を返す。
「討連での報酬だけにして、金色カブトムシの素材と核は彼らにあげましょう?」
「よく分かったな」
「蜂蜜を奪われて、今年の収穫は激減。生活に悪影響だから、手助けすべきってところかなあ」
「お前、まさか心まで読めるんじゃないだろうな?」
そんなことを大真面目にユリアスが問うので、ハルは噴き出した。
「そんなわけないでしょ。さすがに一ヶ月も旅してたら、考えくらい分かってくるって。ユリユリ、すんごい真面目で優しいもんねえ。いいよ、好きにしなよ。でも、報酬はちゃんともらおうね。それとこれは別だからさ。もらってばっかりだと、相手だって逆に気が引けて負担になっちゃうもんだし」
「ああ、そのつもりだ。しかし、お前、そういう心の機微については慎重だよな」
膝の上に顎をのせて、ハルは気の無い返事をする。
「うん、まあねー」
それからポンポンと横の地面を叩く。
「とりあえず座って」
「ん? ああ」
素直に座ったユリアスは、ハルが眉間に皺を刻んでいるのを不思議そうに見る。
「どうした?」
「これからちょっとかっこ悪い話をするね」
「ああ」
けげんそうにしつつも、ユリアスは合槌を返す。
「私、子どもの時に、いじめられたことがあるのよ」
「……いじめ」
「そう。小学校……ええと、七歳から十二歳まで学校に通うのね。私の国では、親には子供が教育を受ける権利を認める義務があるの。そこでね、十歳の時の話よ。学年ごとに分けられていて、更にクラス分けされていて、だいたい一クラス四十人くらいかなあ」
「ちょっとした村くらいの人数だな。それで?」
特に何か問うわけでもなく、ユリアスは続きを促す。
「私って結構、言いたい放題じゃん? あの頃はろくに考えずに言ってたから、女子を泣かしてしまったわけです。そしたら帰りの会で、謝れコール。議題と称して、皆の前でフルボッコね。担任の先生もいるけど、新人で頼りなかったから、クラスのリーダー的男子のほうが発言力があったわけ」
「それで、謝った?」
「んなわけないじゃん!」
ハルはつんと顎を上げて否定する。
「だって悪いと思ってないしさ、私。いくら考えても、どうして謝らないといけないか分かんなかったの。他愛ないことよ? 文房具を貸してって言われて、お気に入りだから嫌だって断っただけ。その程度のくだらないことよ。――そしたら、翌日からいじめよー。机には落書きされるわ、物は隠されるわ。トイレでは陰口叩かれるし……嫌になって登校拒否。幸い、親は味方してくれて、新学期で違う校区に引っ越して、転校もしたの」
ハルは肩をすくめ、手をひらひらさせる。
「齢十歳にして、私は人間関係について学んだわけ。で、次は失敗を犯さないように気を付けて、こんな感じになったというわけよ。生意気なブスらしいわ。さすがにねー、ブスはちびっこには傷付いたわよね。可愛いと思ってたからさー」
「今でもそう思ってるだろ?」
励ますどころか、ユリアスは一切遠慮しない。ハルは胸を張って返す。
「まあね! だって誰も褒めてくれないんなら、せめて自分は自分の味方をしなきゃ。それに、私は旅が好きでね、外国も行ったことあるんだ。綺麗だとかブスとか、そんなこと以外でも、違うのが当たり前なんだよねえ。だから私のこの見た目も、結構いけてると思うわけ」
にっと笑ってみせると、ユリアスもふっと笑った。
「そもそも、だ。泣かせたから悪いっていう、分かりやすい理由だろう? 原因ではなくて、分かりやすい結果だけ見て、ルール違反だと過剰反応したというところか。集団ヒステリーみたいなもんだな」
「今はそう思えるけど、その時は意味が分からなかったわ」
「つらかったな。頑張ってすごいぞ、ハル」
頭をポンポンされて、ハルはうっかり涙が出てきた。
「ほわっ」
奇声を上げて、ハルは飛び上がるようにして立ち上がる。
「うお、なんだっ」
当然、ユリアスは驚いているが、ハルはささっと蜂の巣食らいの向こう側に隠れて、袖口で涙を拭う。それから苦情を言った。
「そういう王子様みたいなことやめてよね!」
「……ん? 俺は王子だ」
「そういう意味じゃないっ」
変なところで頭が固いので、余計にムカつくユリユリである。
「そんなんだから、ユリユリみたいな人を見ると、なんかほうっておけないのよ。私、ああいう理不尽、大っ嫌いなの!」
「そうなると、俺はその連中に礼を言わなくてはならなくなるな」
すごく複雑そうに、ユリアスは首をひねる。
「はあ? なんでよ」
蜂の巣食らいの横から顔を出すと、ユリアスは意外なことを言った。
「お陰で、俺に味方が一人増えた」
そう言われると、あの黒歴史も、良い思い出だったような気がしてくる。あれがあったから、ハルは理不尽に対して神経質なのだ。
「それに、お前が一緒になっていじめる側でなくて良かったと思うよ」
「はあ、ユリユリってすごいねえ。なんか……肩の荷が下りた感じ。うん。スッキリ」
友達には決してこの過去は話さなかったのに、ユリアスにはなんだか言っても大丈夫な気がして明かしてみただけで、こんなに気持ちが軽くなるとは思いもしなかった。
「それから、ハルの顔はエキゾチックだが、普通に可愛いと思うぞ」
「ちょっと! いきなりデレないでよ!」
「何を言ってるか分からんが、一般的に見ての意見で」
「そういう真面目はいらないからっ」
さすがに照れて顔が真っ赤になり、ハルは再び蜂の巣食らいの影に引っ込んだ。
「なんで怒るんだ?」
不思議そうにしているユリアスに、ハルは頭を抱える。ユリアスはまだぶつぶつ言っている。
「騎士団にいた時も、部下を褒めたのに、なぜか怒り出すんだよな。意味が分からん」
それって恥ずかしくていたたまれなくなっただけではないだろうか。
(この人、絶対に騎士団では慕われまくってたでしょ。くーっ、このツンデレぶり、やばい、なんかだんだん癖になってきた)
この調子で褒められていただろう面々を思うと、ちょっと同情する。
「ユリユリって、やっぱり面白いわ」
「はあ? 真面目に話してるのに」
ハルの返事がお気に召さなかったらしい。分かりやすくすねるユリアスを見て、ようやくハルも調子を取り戻した。
「ユリユリと私、親友になれそうね!」
「そうだな。女友達は、そういえば初めてだ」
「男友達はちゃんといるのね。どんな人?」
「いつもはクールなのに、褒めると怒り出すんだ。だが、その後、執務室に菓子がそっと置いてある」
それはあきらかに喜んでいる。友達までツンデレとは、なんて面白そうなんだ。
「もしかして、騎士団の人?」
「ああ、副団長だ。今は俺の代わりに団長を勤めているはずだ。友人というか……母方の従兄弟でな、幼い頃から親しくしているんだ」
「幼馴染ね!」
友人の話をすると、表情が穏やかになる。
ハルはうんうんと頷いて、しばらく雑談にふける。小さい頃にした悪戯で、広い庭園を従兄弟と二人で駆け回り、護衛をまいて困らせていたとか。他愛もないことを話していると、ようやく集落の者達が大きな荷馬車を牽いてやって来た。
「遅くなって申し訳ありません。荷馬車を地面まで下ろすのに手間取りましてね」
男が謝った。
ツリーハウスの村は、高い木の上にある。だが、重りを利用したエレベーターもどきがあって、それで荷物や人を上まで簡単に引き上げたり下ろしたりしているのだ。
「とりあえず持ち帰ることにします」
「分かった。では俺達も討連での報酬受け取りがあるから、共に行こう」
ユリアスが答えると、村人達は愛想良く笑った。
「今日も泊まっていってください」
「半日もかからず、片を付けていただいて助かりました」
口々に礼を言いつつも、周囲を警戒しながら、彼らとともに集落へ戻った。
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