女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)

草野瀬津璃

文字の大きさ
23 / 46
第一部

 06

しおりを挟む


「何を落ち込んでいるんだ?」

 集落の男五人を連れて戻ってきたユリアスは、ハルがあからさまにへこんでいるのを見て、首をひねった。
 蜂の巣食らいの傍に座っていたハルは、がばりと顔を上げる。

「ユリユリ、聞いてよ……イイネがついたの」
「どうしてへこむんだ? 良かったじゃないか」

 まっとうな返事だったが、ハルは噛みついた。

「良くない! なんで渾身こんしんの写真は駄目で、こんな金色カブトムシはイイネが三つも付くのよ!」
「おめでたい色だからとか?」
「悔しいーっ。許せないっ」

 大げさに嘆くハルを、集落の人々は困惑した顔で見つめる。ユリアスはいかにも面倒くさいと言いたげな表情になり、ハルは横に置いて、集落の人々に声をかける。

「この中なんだ、見てくれ」

 ユリアスに促され、集落の男達は蜂の巣食らいの体内を覗き込んだ。

「おお、奪われた蜂蜜がこんなに!」
「しかし一度喰われたものを商品にするのはなあ。何が混ざってるか分かりゃしない。どうする?」
「蜂蜜が好きな魔物をおびきよせる餌にするのはどうだ?」
「良い案だが、帰って皆で相談だな。長老の意見を聞くのが一番良い」
「そうだな」

 互いに言い合って、有角馬うまと馬車を運んでくると、また戻っていった。彼らを見送って、ユリアスがぽつりとつぶやく。

「さすがにこの大きさは、普通の影庫には入らんからな」
「そうだねえ」

 ハルは頷く。もし人の目が無ければ、夢幻鞄でこっそり運ぶのだが、無用に目立つのを避けるため、人前ではおおっぴらには使わないことにしている。

「ところでハル、提案があるんだが」

 ユリアスが改まって真面目な顔で問うので、ハルは予想を返す。

「討連での報酬だけにして、金色カブトムシの素材と核は彼らにあげましょう?」
「よく分かったな」
「蜂蜜を奪われて、今年の収穫は激減。生活に悪影響だから、手助けすべきってところかなあ」
「お前、まさか心まで読めるんじゃないだろうな?」

 そんなことを大真面目にユリアスが問うので、ハルは噴き出した。

「そんなわけないでしょ。さすがに一ヶ月も旅してたら、考えくらい分かってくるって。ユリユリ、すんごい真面目で優しいもんねえ。いいよ、好きにしなよ。でも、報酬はちゃんともらおうね。それとこれは別だからさ。もらってばっかりだと、相手だって逆に気が引けて負担になっちゃうもんだし」
「ああ、そのつもりだ。しかし、お前、そういう心の機微きびについては慎重だよな」

 膝の上に顎をのせて、ハルは気の無い返事をする。

「うん、まあねー」

 それからポンポンと横の地面を叩く。

「とりあえず座って」
「ん? ああ」

 素直に座ったユリアスは、ハルが眉間に皺を刻んでいるのを不思議そうに見る。

「どうした?」
「これからちょっとかっこ悪い話をするね」
「ああ」

 けげんそうにしつつも、ユリアスは合槌を返す。

「私、子どもの時に、いじめられたことがあるのよ」
「……いじめ」
「そう。小学校……ええと、七歳から十二歳まで学校に通うのね。私の国では、親には子供が教育を受ける権利を認める義務があるの。そこでね、十歳の時の話よ。学年ごとに分けられていて、更にクラス分けされていて、だいたい一クラス四十人くらいかなあ」
「ちょっとした村くらいの人数だな。それで?」

 特に何か問うわけでもなく、ユリアスは続きを促す。

「私って結構、言いたい放題じゃん? あの頃はろくに考えずに言ってたから、女子を泣かしてしまったわけです。そしたら帰りの会で、謝れコール。議題と称して、皆の前でフルボッコね。担任の先生もいるけど、新人で頼りなかったから、クラスのリーダー的男子のほうが発言力があったわけ」

「それで、謝った?」
「んなわけないじゃん!」

 ハルはつんとあごを上げて否定する。

「だって悪いと思ってないしさ、私。いくら考えても、どうして謝らないといけないか分かんなかったの。他愛ないことよ? 文房具を貸してって言われて、お気に入りだから嫌だって断っただけ。その程度のくだらないことよ。――そしたら、翌日からいじめよー。机には落書きされるわ、物は隠されるわ。トイレでは陰口叩かれるし……嫌になって登校拒否。幸い、親は味方してくれて、新学期で違う校区に引っ越して、転校もしたの」

 ハルは肩をすくめ、手をひらひらさせる。

よわい十歳にして、私は人間関係について学んだわけ。で、次は失敗を犯さないように気を付けて、こんな感じになったというわけよ。生意気なブスらしいわ。さすがにねー、ブスはちびっこには傷付いたわよね。可愛いと思ってたからさー」
「今でもそう思ってるだろ?」

 励ますどころか、ユリアスは一切遠慮しない。ハルは胸を張って返す。

「まあね! だって誰も褒めてくれないんなら、せめて自分は自分の味方をしなきゃ。それに、私は旅が好きでね、外国も行ったことあるんだ。綺麗だとかブスとか、そんなこと以外でも、違うのが当たり前なんだよねえ。だから私のこの見た目も、結構いけてると思うわけ」

 にっと笑ってみせると、ユリアスもふっと笑った。

「そもそも、だ。泣かせたから悪いっていう、分かりやすい理由だろう? 原因ではなくて、分かりやすい結果だけ見て、ルール違反だと過剰反応したというところか。集団ヒステリーみたいなもんだな」
「今はそう思えるけど、その時は意味が分からなかったわ」
「つらかったな。頑張ってすごいぞ、ハル」

 頭をポンポンされて、ハルはうっかり涙が出てきた。

「ほわっ」

 奇声を上げて、ハルは飛び上がるようにして立ち上がる。

「うお、なんだっ」

 当然、ユリアスは驚いているが、ハルはささっと蜂の巣食らいの向こう側に隠れて、袖口で涙を拭う。それから苦情を言った。

「そういう王子様みたいなことやめてよね!」
「……ん? 俺は王子だ」
「そういう意味じゃないっ」

 変なところで頭が固いので、余計にムカつくユリユリである。

「そんなんだから、ユリユリみたいな人を見ると、なんかほうっておけないのよ。私、ああいう理不尽、大っ嫌いなの!」
「そうなると、俺はその連中に礼を言わなくてはならなくなるな」

 すごく複雑そうに、ユリアスは首をひねる。

「はあ? なんでよ」

 蜂の巣食らいの横から顔を出すと、ユリアスは意外なことを言った。

「お陰で、俺に味方が一人増えた」

 そう言われると、あの黒歴史も、良い思い出だったような気がしてくる。あれがあったから、ハルは理不尽に対して神経質なのだ。

「それに、お前が一緒になっていじめる側でなくて良かったと思うよ」
「はあ、ユリユリってすごいねえ。なんか……肩の荷が下りた感じ。うん。スッキリ」

 友達には決してこの過去は話さなかったのに、ユリアスにはなんだか言っても大丈夫な気がして明かしてみただけで、こんなに気持ちが軽くなるとは思いもしなかった。

「それから、ハルの顔はエキゾチックだが、普通に可愛いと思うぞ」
「ちょっと! いきなりデレないでよ!」
「何を言ってるか分からんが、一般的に見ての意見で」
「そういう真面目はいらないからっ」

 さすがに照れて顔が真っ赤になり、ハルは再び蜂の巣食らいの影に引っ込んだ。

「なんで怒るんだ?」

 不思議そうにしているユリアスに、ハルは頭を抱える。ユリアスはまだぶつぶつ言っている。

「騎士団にいた時も、部下を褒めたのに、なぜか怒り出すんだよな。意味が分からん」

 それって恥ずかしくていたたまれなくなっただけではないだろうか。

(この人、絶対に騎士団では慕われまくってたでしょ。くーっ、このツンデレぶり、やばい、なんかだんだん癖になってきた)

 この調子で褒められていただろう面々を思うと、ちょっと同情する。

「ユリユリって、やっぱり面白いわ」
「はあ? 真面目に話してるのに」

 ハルの返事がお気に召さなかったらしい。分かりやすくすねるユリアスを見て、ようやくハルも調子を取り戻した。

「ユリユリと私、親友になれそうね!」
「そうだな。女友達は、そういえば初めてだ」
「男友達はちゃんといるのね。どんな人?」
「いつもはクールなのに、褒めると怒り出すんだ。だが、その後、執務室しつむしつに菓子がそっと置いてある」

 それはあきらかに喜んでいる。友達までツンデレとは、なんて面白そうなんだ。

「もしかして、騎士団の人?」
「ああ、副団長だ。今は俺の代わりに団長を勤めているはずだ。友人というか……母方の従兄弟いとこでな、幼い頃から親しくしているんだ」
「幼馴染ね!」

 友人の話をすると、表情が穏やかになる。
 ハルはうんうんと頷いて、しばらく雑談にふける。小さい頃にした悪戯で、広い庭園を従兄弟と二人で駆け回り、護衛をまいて困らせていたとか。他愛もないことを話していると、ようやく集落の者達が大きな荷馬車をいてやって来た。

「遅くなって申し訳ありません。荷馬車を地面まで下ろすのに手間取りましてね」

 男が謝った。
 ツリーハウスの村は、高い木の上にある。だが、重りを利用したエレベーターもどきがあって、それで荷物や人を上まで簡単に引き上げたり下ろしたりしているのだ。

「とりあえず持ち帰ることにします」
「分かった。では俺達も討連での報酬受け取りがあるから、共に行こう」

 ユリアスが答えると、村人達は愛想良く笑った。

「今日も泊まっていってください」
「半日もかからず、片を付けていただいて助かりました」

 口々に礼を言いつつも、周囲を警戒しながら、彼らとともに集落へ戻った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

クラス召喚されて助かりました、逃げます!

水野(仮)
ファンタジー
クラスでちょっとした騒動が起きていた時にその場に居た全員が異世界へ召喚されたみたいです。

異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される

希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。 ​すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。 ​その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。

処理中です...