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16 ダリルの父親
しおりを挟むエルダー様のお屋敷で公爵令嬢をやっていると、お茶会や夜会に招待された。エルダー様お薦めのお茶会や夜会に行く。
ノータム国には貴族がいる。議会には貴族院があるのだ。そういう訳でお貴族様のお茶会もあったりして、呼ばれることもある。
私の噂はこちらの国にも流れていて、行方の知れない公爵令嬢を保護したエルダー様の株は上がっているという。
どうせ私は婚約破棄され断罪されたご令嬢だもの、見世物になるかしら。でも、芝居も踊りも歌もしないわよ。
そうして出席したお茶会や夜会で知り合った皆様方のお話で、何となく今の情勢を掴むことが出来た。
「帝国はアーネスト王太子に、新しい婚約者として第八姫君を送り込む模様とか」
すっかり忘れていたけれど、メラニーはどうなるのだろう。
「確かステラ様には、お義妹様がいらっしゃったわよね」
「ええ」
「お気に入りでいらっしゃるので王太子殿下は側妃になさるとか。でも、王妃が反対の様ですわ」
ずいぶん詳しい事まで知られているようだ。
「帝国の艦隊が近々出発するそうでございますわよ」
「まあ、あちらから森に入る気でしょうか」
「二面作戦で揺さぶりをかけて来るようですの」
何という────。
どうも、帝国はこちらのノータム連邦共和国側からと、ヘレスコット王国側からの二面作戦で森に迫るようだ。
心が不安に塗れて行く。ヘレスコット王国は何処に行くのだろう。お父様は、ギルモア領はどうなるの。
◇◇
そんな時に会ったのだ。丁度夜会に出ていて、エルダー様がこの国の大臣方に呼ばれて席を外された。私はのんびり庭園を散歩していて、いや、聞いた話が恐ろしくて、少し考えたいと思って外に出た。
夜会はこの国の獣人の貴族の屋敷で行われている。高位貴族なのだろう、大きな立派なお屋敷で警備も結界も万全だ。
広い庭園には木がこんもり茂っていて、サイアーズの森の縮小版といったところか。木々に囲まれた噴水の周りに、あの森の中のサ・エセルの村で舞っていた精霊のような消えてはぼんやりと滲む黄色い光が、この庭園にも舞っている。ほわりほわりと。
不意にその滲んだ光がパタパタと音を立てるように消えて行った。
「え? どうしたの」
私の疑問に答えるようにバサリバサリと上空に羽の音がする。見上げれば、庭園の樹木と星の浮かぶ空の間に黒い羽を広げたモノがいた。
それはあっさりと結界をすり抜けて、庭園の私の佇む噴水の前にふわりと降り立った。まるで羽があるみたいに。いや、黒い大きな羽があった筈だが、今目の前にいる男にはない。黒に近いグレーの非常にたくさんの勲章を付けた軍服姿だ。羽織ったマントは黒で裏地は臙脂色。この軍服はどこの国のだろうか。
「銀の髪、アイスブルーの瞳の女。ヘレスコット王国のステラ・ルース・ギルモア嬢はお前か?」
やや低い寂のある声が、妙なる楽器のように言葉を紡ぐ。
「どなた?」
私に一歩二歩と近付いたので、噴水の周りに配置された魔道灯が男の顔を浮かび上がらせる。どこかで見た顔だ。
黒いグルグルの髪と赤い瞳の美丈夫──。
何処かで見たも道理、ダリルにそっくり。額に一筋二筋かかる黒髪が──、でも髪は長いし、瞳は赤いし、態度はそっくり返って尊大だ。
「ダリル……? どうしたの、それ」
首を傾げて聞くと「俺はこっちだ」と、物陰からダリルがのそりと出て来る。
「え、よく似てる」
二人並ぶとそっくりだ。背丈も、筋肉のつき方も、表情も、声も。
「……全然違う」
拗ねてぼそりと言う方がダリルだわ。
「もしかして、父上か?」
「という事は我が息子か、邪魔をするな」
お互いに血が繋がっていると分かったようだ。そっくりなのよね。
感動の親子対面の筈なのに、何故か殺伐とした雰囲気だ。
「俺はステラの護衛だ」
ダリルは男を牽制して私の前に立つ。
「親に歯向かう気か!」
「何が親だ。放置しておいて」
「この女の親が奪ったのだ」
「俺に会いに来る時間はいくらでもあったろう」
どうも色々拗れているようだ。だが、この男がダリルに会いに公爵領に来なかったのは事実だ。私は男の前に出た。
「ダリルを苛めたら私が許さないわ。さあ、かかって来なさい」
「ふうむ。かかあ天下か。そういうのが好みか」
男はその赤い瞳を眇めて見定めようとする。人を斜めに見て嫌な感じ。
「ただの普通の娘に見えるが、魔力も殆んどゴミだ。顔もまあまあ、ほどほど程度だし、どこが良いのだ、そんな娘。もっとマシなのを、俺がいくらでも見繕ってやるぞ」
何と酷い事を言ってくれるのだ、この男は。わざと私を煽っているのか。
それなら私も乗ってやるわ。
「お黙り! 乙女心を踏み躙って、もう許せませんわ、天の裁き乙女の怒り──」
「わっ、止めろ!」
今度はダリルが私の前に出る。
「止めないでっ! あいつは女の敵よ!」
「俺の父だぞ、大体お前の魔法は恐ろしい、こんな所で使うな」
「くっ……!」
「何だ、もう終わりか。口ほどにも無い」
なんて憎らしい男だろう。最近優しい男ばっかし周りに居たので、意地悪な男に対する耐性が無くなっている。
「おや、誰かと思ったら帝国のオズバーン・ジファール将軍ではないか」
睨み合っているその場に、エルダー様が戻って来た。何とこいつは帝国の将軍らしい。帝国の軍服にしては上等だし階級が上なのね。
「折角親子の対面をお世話したのに、この有り様は何ですか」
「グレダン教授」
エルダー様が私を引き寄せる。男に傷付けられて私の心は震えているのだ。小さな子供みたいにべったりと甘えた。決してこの機に乗じてとか……、思っている訳ではない事もな──、淑女に何を言わせるのよ。
「おや、三角関係か、お前の方が負けそうであるが」
今度はダリルに嫌味を言っている。
「ほっとけよ」
「トラブルメーカーでいらっしゃるのか」
エルダー様は呆れ顔だ。
「そうではない。我が子に会わせてくれた事には感謝する」
「もういい加減で、へそを曲げずに帰って来られたら如何か」
「むう」
何でへそを曲げたのかしら。へそ曲がりっぽい人だけど。魔族というのはこのノータム連邦共和国に合流したのよね。どうして将軍ともあろう人が、この国に敵対する帝国の将軍なんだろう。
「きさまの国の貴族は最低だ、許せん!」
私に向き直って文句を言う。この男って根に持つタイプなのかしら。昔の恨みらしいが、もしかして過去の恋の恨みなのかしら。この人ってダリルのお父様よね。ダリルのお母様は私のお父様と結婚したし、その事をまだ根に持っているのかしら。
「もしかして、お父様がダリルのお母様と結婚したのが許せないのかしら」
「お前の父親になぞ、負けるものか」
鎌をかけたら図星だった。悪魔のように綺麗な男だから、きっとプライドも空の星より高いのだろう。
「そうよね。二人は政略結婚だった筈だけど」
「そうだ。仕方がなかったのだぞ。決して俺に愛想が尽きた訳ではない」
自分で言って、自分で勝手に想像して、悔しがっている。そんな事でヘレスコット王国に恨みを持って潰そうとするなんて、迷惑極まりないわ。
「意地悪で意地っ張りね。親子でよく似ているわ」
「きさま、何と──」
「ステラ、いい加減にしなさい」
さすがにエルダー様に叱られる。
「はい。ごめんなさい」
親子でよく似ているから構い倒したくなるんだわ。相性的なものね。
「ジファール閣下」
「何で今更俺を誘う。俺は何も協力せんぞ」
「へそ曲がりめ。昔の誼に免じただけだよ。これは忠告だ」
「父上、俺はステラを守る。邪魔しないでくれ」
「お前はこの男に勝てないぞ」
「勝つつもりはない、側に居られれば良い」
「何処が良いのか、このような──」
まだ何か言う気かと睨んだけれど、ダリルが「ほっとけ」と話を終わらせた。
擦り込みじゃないかなと私は思うのだ。だってこの子引っ張り回したの私だし。大体、護衛になるくらいで何をそんなに嫌がるのか。
ダリルの父親ジファール将軍は引き裂かれた愛人を失って、ギルモア公爵とヘレスコット王国を恨んだ。帝国に付きヘレスコット王国を滅ぼそうとした。だがダリルがいる。失った女性の面影を宿した息子、何より自分に瓜二つの息子。二人は和解し、あっさり彼は帝国から手を引き退くことにした。
帝国の将官なのに、そんなにあっさり手を引いていいのだろうか。だが帝国は寄せ集めの大所帯で、海千山千の強者がひしめき合って足の引っ張り合いだという。ひとりが失脚したら、それを踏み台にしてのし上がろうと画策する者共ばかりだから代わりはいくらでもいると言うのだ。
「分かった。俺は手を引こう。息子の相手がこ奴では不服だが、まあ見守るくらいはしてやろう」
私は相手ではなく護衛対象の筈。だいたい普通、息子の相手に焼きもちを焼くのは母親の筈だけど、この男は何なんだ。
「いいの? 大丈夫なの?」
思わずエルダー様を見上げるが、男は言葉を続ける。
「まあな。俺は悪魔に近いしな。あまり一方に肩入れするのは良くない」
こいつは魔王かもしれない。いや、魔王予備軍だわ、きっと。
魔王予備軍は私を見てニヤリと笑う。綺麗だけど禍々しい。
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