16 / 18
16 ダリルの父親
しおりを挟むエルダー様のお屋敷で公爵令嬢をやっていると、お茶会や夜会に招待された。エルダー様お薦めのお茶会や夜会に行く。
ノータム国には貴族がいる。議会には貴族院があるのだ。そういう訳でお貴族様のお茶会もあったりして、呼ばれることもある。
私の噂はこちらの国にも流れていて、行方の知れない公爵令嬢を保護したエルダー様の株は上がっているという。
どうせ私は婚約破棄され断罪されたご令嬢だもの、見世物になるかしら。でも、芝居も踊りも歌もしないわよ。
そうして出席したお茶会や夜会で知り合った皆様方のお話で、何となく今の情勢を掴むことが出来た。
「帝国はアーネスト王太子に、新しい婚約者として第八姫君を送り込む模様とか」
すっかり忘れていたけれど、メラニーはどうなるのだろう。
「確かステラ様には、お義妹様がいらっしゃったわよね」
「ええ」
「お気に入りでいらっしゃるので王太子殿下は側妃になさるとか。でも、王妃が反対の様ですわ」
ずいぶん詳しい事まで知られているようだ。
「帝国の艦隊が近々出発するそうでございますわよ」
「まあ、あちらから森に入る気でしょうか」
「二面作戦で揺さぶりをかけて来るようですの」
何という────。
どうも、帝国はこちらのノータム連邦共和国側からと、ヘレスコット王国側からの二面作戦で森に迫るようだ。
心が不安に塗れて行く。ヘレスコット王国は何処に行くのだろう。お父様は、ギルモア領はどうなるの。
◇◇
そんな時に会ったのだ。丁度夜会に出ていて、エルダー様がこの国の大臣方に呼ばれて席を外された。私はのんびり庭園を散歩していて、いや、聞いた話が恐ろしくて、少し考えたいと思って外に出た。
夜会はこの国の獣人の貴族の屋敷で行われている。高位貴族なのだろう、大きな立派なお屋敷で警備も結界も万全だ。
広い庭園には木がこんもり茂っていて、サイアーズの森の縮小版といったところか。木々に囲まれた噴水の周りに、あの森の中のサ・エセルの村で舞っていた精霊のような消えてはぼんやりと滲む黄色い光が、この庭園にも舞っている。ほわりほわりと。
不意にその滲んだ光がパタパタと音を立てるように消えて行った。
「え? どうしたの」
私の疑問に答えるようにバサリバサリと上空に羽の音がする。見上げれば、庭園の樹木と星の浮かぶ空の間に黒い羽を広げたモノがいた。
それはあっさりと結界をすり抜けて、庭園の私の佇む噴水の前にふわりと降り立った。まるで羽があるみたいに。いや、黒い大きな羽があった筈だが、今目の前にいる男にはない。黒に近いグレーの非常にたくさんの勲章を付けた軍服姿だ。羽織ったマントは黒で裏地は臙脂色。この軍服はどこの国のだろうか。
「銀の髪、アイスブルーの瞳の女。ヘレスコット王国のステラ・ルース・ギルモア嬢はお前か?」
やや低い寂のある声が、妙なる楽器のように言葉を紡ぐ。
「どなた?」
私に一歩二歩と近付いたので、噴水の周りに配置された魔道灯が男の顔を浮かび上がらせる。どこかで見た顔だ。
黒いグルグルの髪と赤い瞳の美丈夫──。
何処かで見たも道理、ダリルにそっくり。額に一筋二筋かかる黒髪が──、でも髪は長いし、瞳は赤いし、態度はそっくり返って尊大だ。
「ダリル……? どうしたの、それ」
首を傾げて聞くと「俺はこっちだ」と、物陰からダリルがのそりと出て来る。
「え、よく似てる」
二人並ぶとそっくりだ。背丈も、筋肉のつき方も、表情も、声も。
「……全然違う」
拗ねてぼそりと言う方がダリルだわ。
「もしかして、父上か?」
「という事は我が息子か、邪魔をするな」
お互いに血が繋がっていると分かったようだ。そっくりなのよね。
感動の親子対面の筈なのに、何故か殺伐とした雰囲気だ。
「俺はステラの護衛だ」
ダリルは男を牽制して私の前に立つ。
「親に歯向かう気か!」
「何が親だ。放置しておいて」
「この女の親が奪ったのだ」
「俺に会いに来る時間はいくらでもあったろう」
どうも色々拗れているようだ。だが、この男がダリルに会いに公爵領に来なかったのは事実だ。私は男の前に出た。
「ダリルを苛めたら私が許さないわ。さあ、かかって来なさい」
「ふうむ。かかあ天下か。そういうのが好みか」
男はその赤い瞳を眇めて見定めようとする。人を斜めに見て嫌な感じ。
「ただの普通の娘に見えるが、魔力も殆んどゴミだ。顔もまあまあ、ほどほど程度だし、どこが良いのだ、そんな娘。もっとマシなのを、俺がいくらでも見繕ってやるぞ」
何と酷い事を言ってくれるのだ、この男は。わざと私を煽っているのか。
それなら私も乗ってやるわ。
「お黙り! 乙女心を踏み躙って、もう許せませんわ、天の裁き乙女の怒り──」
「わっ、止めろ!」
今度はダリルが私の前に出る。
「止めないでっ! あいつは女の敵よ!」
「俺の父だぞ、大体お前の魔法は恐ろしい、こんな所で使うな」
「くっ……!」
「何だ、もう終わりか。口ほどにも無い」
なんて憎らしい男だろう。最近優しい男ばっかし周りに居たので、意地悪な男に対する耐性が無くなっている。
「おや、誰かと思ったら帝国のオズバーン・ジファール将軍ではないか」
睨み合っているその場に、エルダー様が戻って来た。何とこいつは帝国の将軍らしい。帝国の軍服にしては上等だし階級が上なのね。
「折角親子の対面をお世話したのに、この有り様は何ですか」
「グレダン教授」
エルダー様が私を引き寄せる。男に傷付けられて私の心は震えているのだ。小さな子供みたいにべったりと甘えた。決してこの機に乗じてとか……、思っている訳ではない事もな──、淑女に何を言わせるのよ。
「おや、三角関係か、お前の方が負けそうであるが」
今度はダリルに嫌味を言っている。
「ほっとけよ」
「トラブルメーカーでいらっしゃるのか」
エルダー様は呆れ顔だ。
「そうではない。我が子に会わせてくれた事には感謝する」
「もういい加減で、へそを曲げずに帰って来られたら如何か」
「むう」
何でへそを曲げたのかしら。へそ曲がりっぽい人だけど。魔族というのはこのノータム連邦共和国に合流したのよね。どうして将軍ともあろう人が、この国に敵対する帝国の将軍なんだろう。
「きさまの国の貴族は最低だ、許せん!」
私に向き直って文句を言う。この男って根に持つタイプなのかしら。昔の恨みらしいが、もしかして過去の恋の恨みなのかしら。この人ってダリルのお父様よね。ダリルのお母様は私のお父様と結婚したし、その事をまだ根に持っているのかしら。
「もしかして、お父様がダリルのお母様と結婚したのが許せないのかしら」
「お前の父親になぞ、負けるものか」
鎌をかけたら図星だった。悪魔のように綺麗な男だから、きっとプライドも空の星より高いのだろう。
「そうよね。二人は政略結婚だった筈だけど」
「そうだ。仕方がなかったのだぞ。決して俺に愛想が尽きた訳ではない」
自分で言って、自分で勝手に想像して、悔しがっている。そんな事でヘレスコット王国に恨みを持って潰そうとするなんて、迷惑極まりないわ。
「意地悪で意地っ張りね。親子でよく似ているわ」
「きさま、何と──」
「ステラ、いい加減にしなさい」
さすがにエルダー様に叱られる。
「はい。ごめんなさい」
親子でよく似ているから構い倒したくなるんだわ。相性的なものね。
「ジファール閣下」
「何で今更俺を誘う。俺は何も協力せんぞ」
「へそ曲がりめ。昔の誼に免じただけだよ。これは忠告だ」
「父上、俺はステラを守る。邪魔しないでくれ」
「お前はこの男に勝てないぞ」
「勝つつもりはない、側に居られれば良い」
「何処が良いのか、このような──」
まだ何か言う気かと睨んだけれど、ダリルが「ほっとけ」と話を終わらせた。
擦り込みじゃないかなと私は思うのだ。だってこの子引っ張り回したの私だし。大体、護衛になるくらいで何をそんなに嫌がるのか。
ダリルの父親ジファール将軍は引き裂かれた愛人を失って、ギルモア公爵とヘレスコット王国を恨んだ。帝国に付きヘレスコット王国を滅ぼそうとした。だがダリルがいる。失った女性の面影を宿した息子、何より自分に瓜二つの息子。二人は和解し、あっさり彼は帝国から手を引き退くことにした。
帝国の将官なのに、そんなにあっさり手を引いていいのだろうか。だが帝国は寄せ集めの大所帯で、海千山千の強者がひしめき合って足の引っ張り合いだという。ひとりが失脚したら、それを踏み台にしてのし上がろうと画策する者共ばかりだから代わりはいくらでもいると言うのだ。
「分かった。俺は手を引こう。息子の相手がこ奴では不服だが、まあ見守るくらいはしてやろう」
私は相手ではなく護衛対象の筈。だいたい普通、息子の相手に焼きもちを焼くのは母親の筈だけど、この男は何なんだ。
「いいの? 大丈夫なの?」
思わずエルダー様を見上げるが、男は言葉を続ける。
「まあな。俺は悪魔に近いしな。あまり一方に肩入れするのは良くない」
こいつは魔王かもしれない。いや、魔王予備軍だわ、きっと。
魔王予備軍は私を見てニヤリと笑う。綺麗だけど禍々しい。
162
あなたにおすすめの小説
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
私を追放した王子が滅びるまで、優雅にお茶を楽しみますわ
タマ マコト
ファンタジー
王国の茶会の場で、マリアンヌは婚約者である王子アレクシスから突然の婚約破棄を告げられる。
理由は「民に冷たい」という嘘。
新しい聖女リリアの策略により、マリアンヌは「偽りの聖女」として追放される。
だがマリアンヌは涙を見せず、静かに礼をしてその場を去る。
辺境の地で彼女は小さな館を構え、「静寂の館」と名づけ、紅茶と共に穏やかな日々を過ごし始める。
しかし同時に、王都では奇跡が失われ、作物が枯れ始めていた――。
いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。
乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。
そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。
(小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる
あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。
魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。
しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる