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公爵はグレイスの体調不良を理由に、学園を卒業するまで妃教育をしばらく休ませる事にした。
リンスター公爵はそんなことがあってから頻繁に伯母と連絡を取るようになった。そして伯母から様々な魔道具が送られて来てグレイスは目を輝かす。
父からはブローチ型の魔道具を示され「これは認識阻害の魔道具だ。肌身離さず持っていて、いざという時に起動させるように」と念を押された。その他にも防御の魔道具やら一時的な吹き飛ばしや睡眠、麻痺などの使い切りの魔道具も貰った。それらを詰め込んでもまだ入る小さな巾着型の収納の魔道具付きだ。
認識阻害の魔道具は綺麗な紫色の魔石の付いた魔道具である。それを矯めつ眇めつ掌に載せて見て、グレイスは自分も作りたいと思った。そしてその道は自分の前に開けるかもしれない。
◇◇
待ちかねた婚約破棄の言葉は、物語の筋書き通り卒業式後のパーティで卒業生とその父兄の面前で発せられた。グレイスは晒し者になった。
「承りました」
頬を一筋の涙が伝う。今までの努力が無になった瞬間だった。それを見てエドマンド殿下が意地の悪い笑みを浮かべる。
物語の悪役令嬢がグレイスで、エドマンド殿下に婚約破棄をされたのだから、これで幕引きをして、さっさと引き下がった方がいい。
彼がこの次に言う言葉は聞かない。この場にいれば我が身が危ない。チョンとドレスを摘まんで軽くカーテシーをすると、くるりと背を向けてざわめく会場に突っ込んだ。人垣が割れてグレイスが通り過ぎるとまた塞がってゆく。押し留めない人垣はグレイスの味方のようであった。
胸元に付けたブローチ型の魔導具を起動させると、姿が滲んで人垣に紛れ込んだ。呆気に取られたエドマンドが「グレイス!」と叫んだ時には、グレイスの姿は人の中に紛れて見失っていた。
「グレイスは!」
「何処に行った」
衛兵を呼んだのだろうか。先に逃げられてよかったと思う。グレイスの姿は人に紛れて認識阻害される。グレイスは逃げる。会場から、学園の大ホールから。
玄関に続くホールで侍女をつかまえた。
「お嬢様!」
侍女は頷いて護衛に合図する。
「こちらです」
護衛が馬車を用意している。馬車に乗り会場から去る。咎められても、グレイスを見れば人違いと思うだろう。伯母が送ってくれた魔道具は、かなり強力な性能のようだ。
王都の屋敷に戻ると両親が待っていた。こんな瑕疵ができて、申し訳ない気持ちで一杯になった。しかし執務室で父は言ったのだ。
「しばらく領地で静養せよ」
「申し訳ございません、お父様」
「あの娘については調べてある。まあよい」
「疲れたでしょう、領地に戻ってしばらく休みなさい」
「はい、お母様」
両親から何の叱責も受けず、拍子抜けして自分の部屋に戻った。
翌日はのんびり侍女と荷物を纏める。
「お嬢様がお元気そうでようございました」
「あら。私、元気そうなのね」
そう、肩の荷が下りてしまった。頭の上にあった重石がなくなった。何も考えないで風に吹かれて四阿のベンチに座って四季咲きのバラの香りに包まれる。
空を見上げれば秋の晴れた日なのに青空がない。王都の空は雲って何となく空気が淀んで重たい感じだ。そういえば学校でも咳をする人が増えた。王都の空気が合わなくてスレーベン連邦に行った弟は元気にしているだろうか。
四阿でのんびりお茶をしていると、父から呼び出しがかかる。
「スレーベン連邦に行って、向こうの魔法学校へ行くがよい。伝書鳥で姉上が提案して来たのだ」
「はい、わたくし行きますわ」
あまり考えもせず、質問もせずにグレイスがすぐに返事をすると、父と母は呆れたような顔をする。
行き先が領地から伯母の家になった。目立たない頑丈な馬車ですぐに出発する。いつも付き添ってくれる侍女と護衛がついて来る。
「お嬢様、魔道具を起動させてくださいね」
「分かったわ」
父はグレイスと背格好の同じ女性を身代わりに仕立てて、領地に行く公爵家の馬車を出した。王都の門に衛兵がいて馬車を引き止めて検問している。
「引き止められるかしら」
「大丈夫でございますよ、お嬢様」
「川の支流を下って運河を通って行きます。船の検閲は間に合わないでしょう」
街道を逸れて川の側の狭い道を馬車は走る。途中一度道に馬車がいて止まったけれどすぐ動き出した。
「あれはうちの手の者です。追いかけて来たら邪魔をしますし、何かあったら知らせてくれるでしょう」
護衛が説明して、また馬に戻る。そのまま狭い道を道なりに走って、王都の外れに着くと川は少し広くなった。馬車を降りて川岸に係留された川船に乗り換える。
「お父様たちは大丈夫かしら」
「しばらくお嬢様は領地で臥せっておられるということになさるようです」
「そうなのね」
荷物を積んだ荷船に偽装された川船には船室があってのんびり出来た。川を下り王都を出て、やがて広い運河に出る。
「運河に出ればもう中立地帯です。下船するまで誰も引き止められません」
広い運河を上る船、下る船、大小さまざまな船が行き交う。
空はアゼルランド王国から離れるにつれて美しく澄み渡って来た。
リンスター公爵はそんなことがあってから頻繁に伯母と連絡を取るようになった。そして伯母から様々な魔道具が送られて来てグレイスは目を輝かす。
父からはブローチ型の魔道具を示され「これは認識阻害の魔道具だ。肌身離さず持っていて、いざという時に起動させるように」と念を押された。その他にも防御の魔道具やら一時的な吹き飛ばしや睡眠、麻痺などの使い切りの魔道具も貰った。それらを詰め込んでもまだ入る小さな巾着型の収納の魔道具付きだ。
認識阻害の魔道具は綺麗な紫色の魔石の付いた魔道具である。それを矯めつ眇めつ掌に載せて見て、グレイスは自分も作りたいと思った。そしてその道は自分の前に開けるかもしれない。
◇◇
待ちかねた婚約破棄の言葉は、物語の筋書き通り卒業式後のパーティで卒業生とその父兄の面前で発せられた。グレイスは晒し者になった。
「承りました」
頬を一筋の涙が伝う。今までの努力が無になった瞬間だった。それを見てエドマンド殿下が意地の悪い笑みを浮かべる。
物語の悪役令嬢がグレイスで、エドマンド殿下に婚約破棄をされたのだから、これで幕引きをして、さっさと引き下がった方がいい。
彼がこの次に言う言葉は聞かない。この場にいれば我が身が危ない。チョンとドレスを摘まんで軽くカーテシーをすると、くるりと背を向けてざわめく会場に突っ込んだ。人垣が割れてグレイスが通り過ぎるとまた塞がってゆく。押し留めない人垣はグレイスの味方のようであった。
胸元に付けたブローチ型の魔導具を起動させると、姿が滲んで人垣に紛れ込んだ。呆気に取られたエドマンドが「グレイス!」と叫んだ時には、グレイスの姿は人の中に紛れて見失っていた。
「グレイスは!」
「何処に行った」
衛兵を呼んだのだろうか。先に逃げられてよかったと思う。グレイスの姿は人に紛れて認識阻害される。グレイスは逃げる。会場から、学園の大ホールから。
玄関に続くホールで侍女をつかまえた。
「お嬢様!」
侍女は頷いて護衛に合図する。
「こちらです」
護衛が馬車を用意している。馬車に乗り会場から去る。咎められても、グレイスを見れば人違いと思うだろう。伯母が送ってくれた魔道具は、かなり強力な性能のようだ。
王都の屋敷に戻ると両親が待っていた。こんな瑕疵ができて、申し訳ない気持ちで一杯になった。しかし執務室で父は言ったのだ。
「しばらく領地で静養せよ」
「申し訳ございません、お父様」
「あの娘については調べてある。まあよい」
「疲れたでしょう、領地に戻ってしばらく休みなさい」
「はい、お母様」
両親から何の叱責も受けず、拍子抜けして自分の部屋に戻った。
翌日はのんびり侍女と荷物を纏める。
「お嬢様がお元気そうでようございました」
「あら。私、元気そうなのね」
そう、肩の荷が下りてしまった。頭の上にあった重石がなくなった。何も考えないで風に吹かれて四阿のベンチに座って四季咲きのバラの香りに包まれる。
空を見上げれば秋の晴れた日なのに青空がない。王都の空は雲って何となく空気が淀んで重たい感じだ。そういえば学校でも咳をする人が増えた。王都の空気が合わなくてスレーベン連邦に行った弟は元気にしているだろうか。
四阿でのんびりお茶をしていると、父から呼び出しがかかる。
「スレーベン連邦に行って、向こうの魔法学校へ行くがよい。伝書鳥で姉上が提案して来たのだ」
「はい、わたくし行きますわ」
あまり考えもせず、質問もせずにグレイスがすぐに返事をすると、父と母は呆れたような顔をする。
行き先が領地から伯母の家になった。目立たない頑丈な馬車ですぐに出発する。いつも付き添ってくれる侍女と護衛がついて来る。
「お嬢様、魔道具を起動させてくださいね」
「分かったわ」
父はグレイスと背格好の同じ女性を身代わりに仕立てて、領地に行く公爵家の馬車を出した。王都の門に衛兵がいて馬車を引き止めて検問している。
「引き止められるかしら」
「大丈夫でございますよ、お嬢様」
「川の支流を下って運河を通って行きます。船の検閲は間に合わないでしょう」
街道を逸れて川の側の狭い道を馬車は走る。途中一度道に馬車がいて止まったけれどすぐ動き出した。
「あれはうちの手の者です。追いかけて来たら邪魔をしますし、何かあったら知らせてくれるでしょう」
護衛が説明して、また馬に戻る。そのまま狭い道を道なりに走って、王都の外れに着くと川は少し広くなった。馬車を降りて川岸に係留された川船に乗り換える。
「お父様たちは大丈夫かしら」
「しばらくお嬢様は領地で臥せっておられるということになさるようです」
「そうなのね」
荷物を積んだ荷船に偽装された川船には船室があってのんびり出来た。川を下り王都を出て、やがて広い運河に出る。
「運河に出ればもう中立地帯です。下船するまで誰も引き止められません」
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