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22 龍が番
しおりを挟む人々のざわめきが戻って来た。
「今のは何だったのでしょう」
「まるで舞台でも見たような」
そして辺境伯は顔を厳しくして王太子と聖女を見た。
「これ以上はお帰り願おうか」
だがオーギュスト王太子は王族であった。
「いや、連れて帰るぞ。何が魔力だけで何もないか、何もないどころか、そのようなゴーレムを従える稀有なる異界人となれば王家で保護するのが当然。隠し立てした罪は重いぞ、なあ辺境伯」
「ここはネシェル・ラムラ、辺境の地でございますぞ」
「ほお、辺境伯には叛心がおありと見える」
辺境伯と王太子は睨み合った。
私の後ろでアニエス様がエドモンたちに聞いた。
「殿下は何をしに来たのかしら」
「お前を迎えに来たと言っていたじゃあないか。奴らと一緒にさっさと帰れ」
エドモンが冷たく言う。
「もう、お兄様は妹の一大事なのに──」
「アニエス嬢を迎えに来たと言いながら、メイのことも探りに来たんだろうな」
「異世界からの召喚者の方が非凡なスキルがあるからな」
「そうだったのね、メイは渡さないわ!」
三人の目付きが鋭くなる。
そんな表情をすると、ちょっと入っていけない雰囲気なのだけれど、アガット教官の時も感じたし、仲がいいんだろうな。それとも辺境の人々が持つ特質なのだろうか。
私はべったりと私に貼り付いた土人形を抱き締めながら、そんなことを考えていた。
◇◇
睨み合ったままでは埒が明かないと見たオーギュスト王子が言い放つ。
「許せんな、こんな所に放置してはおけん。王都に連れ帰って詮議をする。アニエス、お前も一緒だ」
「そんな横暴は許されませんことよ」
「メイは我らが妻である」
「人の妻に対し無礼だ」
「知らぬ。届など出ておらぬ」
「移民局に出したのだ。王家には手が出せん」
「知るか、手出しすれば叛意ありとみなす」
「言いがかりをつけても駄目だ」
二人の夫は私の壁になって、あくまで王家に渡す気はないようだ。しかし、私の所為で戦争になったら申し訳ない。
二人の広い背中がとても嬉しいけれど、ただの一般人の私にできることって他に考えられない。大人しく出頭して王家に使い潰されるしかないと思うのだ。
だが、運命は別の方角からやって来た。まだ私の覚悟もできない内に。
その日は結婚式日和であったのに、どういうわけか急に天気が悪くなった。星空を遮るように黒雲が沸き、稲光がして雷鳴がとどろき大粒の雨が降り出したのだ。
大広間で王太子と辺境伯の睨み合いを、戦々恐々と見ていた人々は神の怒りかと恐れおののいた。王太子と辺境伯はひとまず矛先を収めた。轟々と鳴る雷に言い合う声も届かないほどだ。
新郎新婦のアガット教官とその旦那様は新婚旅行を取りやめて、城館の来客の間に引き揚げた。
招待客もそれぞれ部屋を宛がって、お開きにしようとした矢先であった。そんな時に轟々と空を翔けて現れた者がいた。
大広間の両開きのドアが風が吹き込んだように突然開き、そこに忽然と金の髪、金の瞳の偉丈夫が現れた。
王太子と聖女、辺境伯一族は彼らを見て目を見開き一様に驚きの表情のまま固まった。偉丈夫はお付きの者を従えて堂々と大広間に入ると、戸惑っている辺境伯家の面々に対しにこやかに告げる。
「余は今代の龍王である。聖女が誕生したと聞いて参った」
「「「ははーーー‼‼」」」
その言葉にそこにいた面々はほとんど平伏せんばかりに頭を下げた。
キンキラの金の髪キンキラの金の瞳のやや面長のイケメンが着ている上着は金糸銀糸に緑の刺繍で美しく装飾され、少し身動きをしただけで花が舞い光が弾ける。
彼はお付きを従えて、ゆったりと辺境伯家の広間を歩く。その場に恭しく立ち並ぶ者の中から誰かを探すように。
彼はもしかして──。
恐ろしさと不安とで真っ青になったけれど、私は逃げるわけにはいかない。だって、生け贄なんでしょう?
間違いであったらいいと思うけれど、多分間違いではないだろう。私の順番が来たのだ。被害者が私ひとりというだけの。黙って恐ろしさに震えながら、その時が来るのを待つ。
逃げるという選択肢は私の頭になかった。池に投げ込まれるとか、祭壇に供えられるとかではなくて、わざわざ迎えに来てくれるだけましなのだろうか。そんなことを考える。
その時、龍王の前に進み出た者がいた。
「わたくしが聖女でございます」
王太子が連れて来た王都の聖女だ。龍王の歩みを引き留めて、自分から言葉をかけた。
美しい聖女であった。自信があるのだ。私のような生け贄になる者ではなく…………、何になる気なのだろう。
龍王は歩みを止めなかった。聖女は歯牙にもかけられず捨て置かれた。何という侮辱だろうと思ったのだろうか、聖女の唇が歪む。だけれど、この聖女は生け贄になることを知らないのだろうか。その手を龍王に伸ばそうとしたけれど、そのまま身動きもならずがっくりと膝をついた。
二人の旦那様が私を庇って前に立った。だがそれがやっとだ。龍王を前にすれば、その威に身体が動かなくなる。
この龍王は邪龍というにはキンキラキンだけれど──。
僅かにそう思っただけ。ほとんど思考は停止している。
そして、やはりというか龍王は私を見つけた。馬面の顔がどんな風になったのか分からない。金の瞳に射すくめられて、身動きすらできない。龍王はゆっくりと確実に私の方に歩み寄る。
「名は何と申す」
目の前に来て名を聞いた。
「……メイでございます」
「そなたに余の伽を申し付ける。これより一週間、側に侍るように」
「と、と、伽でございますか。でも私には夫がおります――」
「大事ない、さあ行くぞ」
手を取るどころか、いきなり身体を抱え上げ空に飛んだ。
何でこの世界は、いきなりなんだよおぉぉぉぉーーーー‼
「きゃあああぁぁぁーーーー…………」
悲鳴だけが後に残った。
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