パンパカパーン! で始まった私の異世界ライフ

拓海のり

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09 初めての魔物

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 山道に入ると馬車は揺れる。今までの快適さが嘘のようにガタガタゴトゴト、たまに小石を踏んで飛び上がる。

 馬車の横を武装したエドモンとジョゼフが騎馬で行く。非常に乗馬姿が様になっていてカッコいい。そういえば二人共、歩いていても立っていてもその姿が美しい。背筋をピンと伸ばして、腕の位置とか顔の向きとか仕種とか決まっている。
 こういうの体幹が鍛えられているってことだろうか、それとも生まれから来るものだろうか。
 お貴族様って小さな頃から乗馬や武術、楽器やダンス、座学なんかで鍛えるというし。

 目の前にはアガット教官が座っている。足を組んで用箋挟に挟んだ書類を、真剣な表情で読んで書き込みをしていて、馬車が大きく揺れると眉根が寄る。

 私はアガット教官から魔法の本を与えられ勉強している。
「これって水魔法の本ですね。私の属性は水魔法だったんですね」
 聞くと彼女は少し微妙な顔をした。
「そうではないが、魔法の要領はどれも大体同じだ。とりあえず今はそれで勉強しろ」
「はい」

 魔法の概念、魔法の概要、実践。本を読むと呪文とか詠唱の仕方が書いてある。
 まず心を平らかにして、どれくらいの大きさ、方角、勢いを頭の中に描く。魔力を指先に集めて詠唱。

「小さな水玉、飛べ」

 パッシャーーン!

 本の通りに呪文を唱えると、大匙一杯くらいの水が目の前のアガット教官に向かって飛んで行った。
「ぶっ! 何をする」
「きゃああ、教官」
 アガット教官の色っぽい顔の半分が濡れてしまった。
「ごめんなさい。タオル、タオル」
 身の内の倉庫から呼び出したタオルが、教官に向かって飛んで行った。
「ぶぶっ!」
「わわわ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「落ち着け」
「す、すみません。教官」

 アガット教官の化粧が落ちて、だんだらまだらになった。そろっと卓上鏡を倉庫から取り出して差し出すと、溜め息を吐いて受け取ってくれた。

「今のは水魔法だな」
 アガット教官が聞く。
「はい」
「そうか、属性がひとつだけという訳でもないか」

 化粧を直した後、じっと考えていた教官はふと手に持った卓上鏡とタオルを見た。
「この鏡は歪みもないな。見たこともない素材だし。このタオルはいやに肌触りがいいし、簡単に拭いたのに水気がなくなった」
 私は慌てて身の内の倉庫の持ち物を呼び出したのだった。
「昨日のパジャマも、とろんとした肌触りだった……」
 アガット教官の独白を聞きながら、私の背中を冷や汗が伝う。
「異世界人と言うのは、とんでもない者らしいな」
 いや、私はただの一般人ですが。


 その日の昼食は抜きで森の中を突っ走るという。それで私はやっぱり魔法の本を宛がわれ勉強をした。
「このランプに火をつけて見ろ」
 アガット教官は馬車の枠に取り付けられているランプを指す。
「小さく小さくな」
「はい、小さな火、着火」

「次は風で濡れたタオルを乾かしてみろ」
「はい、優しい風」

「次は土人形を作ってみろ。手のひら一杯に土を呼び出して、それで人形を作るんだ」
「はい、粘土」

 手のひらに呼び出した粘土を捏ねて胴体、頭、手と足を作ってくっ付ける。ついでに毛糸を出して、髪を簡単なおかっぱにして目にボタンを付け口は穴を開けて、服は端切れをチクチクと縫って、細いリボンを胴に付けて蝶々結びにした。

「できました、教官」
「上手くできている。魔力を流してみろ」
「はい」
 細く緩やかに切れ目なく流し込んで──。

 小さな土の人形がホワンと光った。土人形はボタンの瞳で瞬きをする。両手をゆっくりと上げて、くるくると回りだした。私は口をあんぐりと開けたまま固まった。

「教官、何で、勝手に動いて──る」
「名前を付けるか?」
「あ、はい……」
 私は土人形を見る。目をぱちぱち、口をパクパク、手を万歳したままくるくる回る。
「うーんと、パクちゃん? クルちゃん?」
 土人形は回り続けている。
「うーん、盆踊りのボンちゃん」
 土人形がぴょんと飛びあがって、両手でスカートを摘まんで頭を下げた。とっても賢くて礼儀正しい人形のようだ。
「ボンちゃん、よろしくね」
 アガット教官が呆れた様子で口元を抑えて横を向いている。
 私は小さな土人形を見ながら思った。移民局すごいな。どんだけ生活魔法くれるんだよ。

  ◇◇

 日が落ちる前に森の中に水場を見つけ、馬車を停めて休憩した。御者が馬に水と飼い葉をやり、エドモンとジョゼフは付近を探索して、アガット教官は竈を作って火を起こしている。

「すみません、ちょっとお花摘みに」
「あまり遠くに行くなよ」
「はい」
 私の後を土人形のボンちゃんがカサコソと追いかけてくる。

 森の中で用を足して戻っていると、いきなりひゅんと蔓が伸びて、私の身体に巻き付いた。
「きゃああーーー!」

 蔓に引っ張られて立っていられず転がった。そのままずるずると引っ張られる。見ると寄り集まった木や枝のような物から葉をつけた沢山の触手が伸びている。目のようなものも身体から幾つも触手と同じように伸びている。
 私の身体はそれに向かって、ズルリズルリと引っ張られた。手に当たる草や木を必死になって掴んだが、触手の方が力が強い。

「助けてぇーーー!」

 叫んだ途端、身体が持ち上げられた。下を見ると寄り集まった木や枝の天辺がぱっくりと割れて口が現れた。ギザギザの歯とよだれと真っ暗な洞が見える。
「ひっ!」

 その時、ひゅんと音がして、風が私の身体を掴んでいた蔓に命中した。蔓が切れて、その裂けた口に落ちる。

「ぎゃあああぁぁぁーーーー‼」

「とう!」
 軽やかな声が響いて、開いた口が蹴飛ばされ、私はアガット教官の腕の中に落ちた。
 その間もひゅんひゅんと風が舞って、魔物の触手が次々に斬り落とされていく。魔法を飛ばしているのはジョゼフだった。

『ブブゴッシューーー‼』

 魔物が残った触手を振り上げて唸り声を上げている。
「行くぞ」
 エドモンが魔物に向かって走った。斜めに袈裟斬り、返す剣で横に薙ぎ払い、ジャンプして大上段に構えて振り下ろした。

『グゴギャーーーー‼』

 剣が魔物の胴体を真っ二つに斬り裂いた。断末魔の声を上げ、魔物は黒い霧になって魔石ひとつを残し崩れ去った。

 アガット教官の肩からボンちゃんがひょこっと顔をのぞかせて『ぽへ』と間の抜けた声を上げる。私の顔にぽすんと落ちて顔をピタピタと撫でる。

「何かそいつが大声で引っ張るので、丁度戻って来たエドモンとジョゼフと一緒に駆け付けた」
「間に合って良かった」
「ありがとボンちゃん。ありがとう、アガット教官とエドモンとジョゼフ」
 今更ながらに力が抜けて、その場にへたり込んだ。
「あいつは魔物のオグルアクティニオンバッカルコーン、略してオグルだ」
「朽ちた木や枝を巻き付けるので、深い森にはよく出るが」

 鬼イソギンチャクの触手(直訳)と言うらしい。どちらかと言えばミノムシみたいな魔物だった。

 どういうわけかエドモンとジョゼフがその場でじゃんけんを始めて、勝ったエドモンが私を抱き上げる。この場合負けた方が荷物を持つんじゃないのかと、ちょっと首を捻る私だった。
 もちろん腰が抜けて歩ける状態ではなかったが。

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