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五章 五章 白い鳥空へ
35 卵が孵った
しおりを挟む「ねえ、ノア。帝国に置いた卵の子、本当にドラゴンか魔王になるの?」
「卵だから分かんないなー」
「そうなの? 頭のいい懐こいドラゴンとか、優しい魔王様とか出て来ないかしら」
「それは虫が良すぎる」
「ついでに綺麗だったらいいわ、背中に乗せてくれたりしたら最高ね」
「人の話を聞け」
「魔王様だったら魔法もエキスパートで、食事とか服とかパッと出してくれたり」
「おい……」
オクターヴはとうとう呆れ果てて口を噤んだ。
「メリーはそういう本を読んだの?」
アルトが聞く。
「そう、色々な本があるのよ。もちろん魔王を倒す話も多いけど、やっぱり仲良くなる方がいいわよね、強いし何かと便利で」
「まあ魔王様は居ない方がいいですし、ドラゴンにはひっそりと生きていてもらいたいですわ」
魔王が出たらアデリナの出番になるのかしら。
「そうだね。でも生まれちゃうしなあ」
「まあ、メリーの卵だしね」
ノアが茶化す。
「何よー」
嵐の前の静けさかしら。私のテンションが高いのは色々あったからで、この後ドーンと落ち込んでしまうのだ。
「メリー、疲れただろう、もう寝ちゃおう」
「……うん」
そして眠れなくてヒツジのお世話になるのだ。もはや手放せない。
◇◇
私達はコルディエ王国のマイエンヌ領に隠れていた。
帝国から逃げたとはいえ、他に行く当てもないので、軍が来るかと思ったが音沙汰は無かった。帝国に何かあったという話も聞かない。
小屋の片付けをして、改装をして、日当たりのよい所に木苺の挿し木をそのまま植える。育ってくれたらいいな。
「魔除けの木は何処がいいかしら」と問うとスヴェンが「西の方角から来ると言うな」と答える。
それで西と南西と北西の角に魔除けの木を植えた。
それを見ていたオクターヴが、モッコウバラの木の枝を持って来てくれた。
「まあ、ありがとうオクターヴ。憶えていてくれたのね」
「まあな」
東南の日当たりのよい所に植える。育ったらアーチにするのだ。
猟師小屋の改築もして部屋を増して、住むのに少しマシになった頃、卵が産まれると聞いたので皆で集まった。
生まれたのはドラゴンではなかった。はじめそれは、べちゃりと濡れた灰色の羽毛で覆われ、まだ目も開いてなくて、ノアの作った布の巣の中を、藻掻くようにごそりごそりと動きながらぴいぴいと鳴いていた。
「鳥……?」
「みたいだな」
「そうなの?」
濡れていた羽毛が乾くとふかふかした毛玉のようになった。
「可愛い」
「ごはんは? 何を食べるのかしら」
【救急箱】を覗くと《雛用挿し餌一式》が入っていた。
大きなすり鉢にすりこぎと温度計と、乾燥させた粉末の何か、そして丸いのや細長等様々な形の雑穀類が沢山。
「ねえ、これでいいの?」
「作ってみようか」
説明書を見て作る。
みんなでゴリゴリして、お湯を沸かして温度を測って、すりつぶして混ぜると、ドロドロ状のものが出来上がった。
一式の中にスプーンの付いたスポイトみたいな道具が入っている。
「コレであげるのかしら」
ぴいぴいと鳴くので灰色の嘴の所に持って行くと、大きく顔一杯に口を開いた。ミモみたいだわ。
どこら辺に入れるのかよく分からない。ちゃんと口に入っているのだろうか、周りに零れまくりだ。みんなで代わる代わるやってみる。
雛の方が段々慣れてきて自分で調節している。
母親失格じゃないか? いやここは雛を褒めるべきだろう。
「そうだ、名前を何にする?」
「この子って何だろう」
「多分、フェニックスじゃないかと思うの。この子は灰色の羽毛だから、成長すると白い羽根になると思うの」
『ごらん、あのひときわ明るく白く輝く星が、南の方角を示すフェニックスだ』
「南に白き星があって、私達はそれをフェニックスと呼んだから」
「そっかー、じゃあメリーがつけるみたいに、フェニって名前にする?」
ノアの提案にみんなが笑って頷いた。
「フェニちゃん」と、呼ぶと、目も見えないのに私の方を向いてぴいと鳴く。
お腹がくちくなると雛は巣の布切れの中に丸くなって眠ってしまった。
もう夕暮れ時で薄暗い。
南の方角にある筈だけど、あの星が。そういえば空を見ることも無かったなと気付いた。ずっとバタバタしていて。
家の外に出て見上げると、南の方角に白い星が瞬いていた。
「あれがフェニックスよ」
側にいるアルトに言う。
「南の方角にあるの」
「不死鳥だね」
頷くと肩を並べる。また伸びたのね、アルトの方が大分高い。
でも、にこりと笑う笑顔はいつものままで何となく安心する。
空を見上げると、星は白く静かに瞬いていた。
◇◇
鳥はどんどん大きくなっていく。
白い羽毛が生えたと思ったら、立派な羽が生えて翼になって、
大きさもどんどん大きくなって、
ノアの家では収まりきらなくなった時に、飛んだ。
「飛んだ!」
「すごい!」
「綺麗だ」
それはもう綺麗で優美でキラキラと光輝くようだった。
私たちは呆けたようにずっとその姿に見惚れた。
存在するだけでいい。そんなものがあると、その時初めて知った。
ああ、そうだ。
アルト、アデリナ、スヴェン、ノア、オクターヴ。みんな。
領地の人も、領地も、帝国も、王国も、誰も彼も、みんな。
無くなっていいものなんて、何一つないのだ。
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