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五章 五章 白い鳥空へ
39 最終話
しおりを挟む私はずっと隠れている訳にも行かないけれど、何も持っていない。家は猟師小屋に仮住まいだし、住居侵入、不法占拠のままだ。何をすべきか分からないままでいる。
公証人に連絡を取る事は恐ろしくてできない。
その事件から暫らくして、帝国に置いて来た卵が飛んできた。
卵はサンルームに置いたフェニックスの巣に行ってそこを根城にした。我が物顔である。さすが終焉の卵だ。赤と黒の禍々しい模様もそのままに、でも何となく可愛い。
何で? 禍々しいのよね。うーん。分からない。
「あら、フェニが温めるの?」
「ピールル」
卵は巣の布切れの中に包まっている。いつもの見回りを終えてサンルームに帰って来たフェニは、卵を見つけると止まり木ではなく、巣に行って卵の上に乗っかった。
「卵を抱いているのかしら」
「キュルキュル」
「ふうん」
「何が生まれるんだろう」
「ドラゴンか魔王なんだろう?」
「その割にフェニがのんびり温めていますわね」
「にゃおん」
アデリナが側に居る。白い豹を抱いていて豹と目が合った。リーンにそろっと手を伸ばす。別に文句も言わなさそうだ。リーンは非常に手触りのよいネコ、もとい豹だった。まるでビロードのようで、ほわほわと暖かくて、生きていて……。
夢見心地で撫でていると「ピヨ」とミモが私の手の甲に乗った。
「あらごめんね」
ミモを撫でる。手触りは良い、でも小鳥サイズで少し小さい。そう思っていると撫でている内にだんだん大きくなっていく。一撫で毎に大きくなってリーンの大きさを越えた。するとリーンも猫サイズから大きくなる。
競うように二匹が大きくなっていく。
「おーい、どうするんだ」
「まあ、どうしましょう」
「メリー!」
みんなサンルームから避難していった。私は逃げ遅れて隙間に身を寄せる。こういう時だけとろいって何なの。
二匹がどんどん大きくなってサンルーム一杯になろうとする。卵を抱いていたフェニが一喝した。
「ピルルルーーー!!」
フェニの一喝で二匹はしゅるるーと、元の大きさに戻った。
「ホントに、何なの一体」
部屋いっぱいに広がって潰される所だった。
「何なのじゃないよ、メリーの所為だろ」
「えー、何で?」
「あんな幸せそうな顔をしたらなあ」
「僕はリーンに焼きもちを焼いてしまった」
「にゃおん」
「ぴよ!」
フェニックスは領地を巡回する時はいつもの通りで、巣に居る時は胸を張って卵を抱いている。
「フェニの産んだ卵みたいね」
「フェニに親になって貰えば、よい子になるでしょうか」
「押し付けんな、最後まで責任を持て」
いや、私が最後まで責任を持つと、それはそれでヤバイような気がするのだけど。
ニか月くらい経った頃、卵は無事孵った。何と、双子だった。
黒いドラゴンのこどもっぽいトカゲが2匹、濡れてフニャフニャで巣の中でキュイキュイと鳴いている。
【救急箱】を見ると《爬虫類用餌》があった。穀類と何かの肉と何かのミルクが入っていたので、お肉は煮て、ミルクは温めて、フェニの時と同じにみんなでゴリゴリしてドロドロになったモノをスプーンの付いたスポイトで食べさせる。今度は二匹いるので餌も二倍だ。
二匹いる所為か卵の割に赤ちゃんは大きくない。フェニより少し小さい位だ。
「ねえ、ドラゴンみたい」
ちょっとトカゲっぽいけど。
「トカゲじゃないのか」
「見た目はそうなんだけど、でも小さな羽があるのよ」
「どっちも黒いですね。あら、こっちのトカゲは赤い目をしていますわ」
じっと見ていたアデリナが言う。
「じゃあこっちの黒いのがドラちゃんで、こっちの赤い瞳がマオちゃん」
私が適当な名前を付けるとスヴェンが首を捻る。
「何となく分かりますが」
いや、もっとカッコいい名前がいいとは思うんだけど、いざとなると何も浮かばないのはいつもの私のパターンだ。いい加減、その場限りでないスキルが欲しい。
「どっちも強そうだねえー」
ノアは嬉しそうにキラキラ笑う。
「メリーが名付けたのならその通りになるのかな。最強だね」
頷くアルト。
「そうなの?」
じっと2匹を見る。2匹はキョトと首を傾げる。いやん、可愛い。
どう言えばいいのか、きっと悪魔を育てていても、魔王を育てていても、最初の内は可愛いのだろう。コレがとんでもないモノになるとか思わないのだろう。
そして、終焉まで育てて後悔するのだろうか。それとも──。
「そう言えば、オクターヴは薬とか詳しいの? 薬を作って売ったらいいと思うの。病院とか作って、薬草の研究所みたいなのも作って。幸いマイエンヌ領には薬草の生えた土地があるのよ」
忍者は薬を行商して情報を得たり操作したりしたようだし。
「お薬って儲かるのよね」
オクターヴは私の顔をじっと見ていたが頷いた。
「分かった、話をしておく」
「それからね、鏡を作って売りたいの。どこか知らない?」
「それからこのヒツジ人形なんだけど、作ってくれるとこはないかしら」
「あー、もう」
ちょっと焦り過ぎたかしら。
◇◇
それからしばらくして、帝国の軍人がやって来た。
それは見慣れた人物だった。
「フッカー将軍」
「わしはアルトゥル殿下をお助けせよとの皇帝陛下の御下命を頂いて参った」
「皇帝陛下が?」
「彼らも一緒だ。何かの役に立つだろう」
帝国でお世話になった侍女たちや侍従たちがいる。ケプテンから一緒に帝国まで行った兵士たちもいる。
「私たちは戦争はしませんが」
私が言うと、ノアが将軍の肩を持った。
「警備兵や護衛騎士は必要だと思うの、メリーやアデリナはか弱いしー」
「わたくしにはスヴェンが居りますけれど、麓の町には人が増えておりますし」
今度はアデリナが言って、スヴェンがそれに頷く。
「また必要な人員は、陛下から派遣して頂く事にしまして──」
フッカー将軍が頷いて、懐から手紙を取り出した。
「アルトゥル殿下、皇帝陛下からの親書です」
アルトは封蝋でとじられた封筒を開封し、中の手紙をぱらりと開いて一瞥する。
「僕が君と結婚して、この地を治める事を帝国として承認し援助すると」
「まあ、嬉しいけれど、この地は誰のものでもないけれど」
アルトとの事を許して下さったのは素直に嬉しい。だけど今、このマイエンヌ領は宙に浮いている。フェニックスのお陰で侵略はされないけれど、私たちはここを不法侵入、不法占拠しているんだわ。
「その事だけど、老マイエンヌ侯爵の公証人が遺言書を提示してくれる。コルディエ新国王も承認してくれる」
いつの間にそんな根回しを。
「君が嫌でなければ、そしてみんなが反対でなければ、君と結婚して、大公としてこの地に根を下ろし、皆と一緒により良い方向に導きたいと思う。まだ僕は大人ではないし、先は長いが、一緒に頑張って欲しいと願う」
アルトはそこに居る皆を見回して問うた。
「異議は無いだろうか?」
みんな異議は無いようですぐに頷き返してくれる。
立派になってアルト、私はちょっと泣きたい気分だわ。
まあ大変なのはこれからなんだけど。
「陛下はあれから卵と禅問答を繰り返し」
あの後の事をフッカー将軍が教えてくれた。
本当に迷惑な事をしたと冷や汗が出るのだけれど。
「その後、卵は居を変え、皇妃さまのお部屋に移住し」
うあ、成敗しに行ったのか──。
「皇妃様は病んでしまわれ、ついに──」
成敗したのね。私って疫病神かしら……。
「あ、そういえば卵はこちらで孵ったのです。どうぞご覧になって」
私がドアを開けると、ドラゴン二匹がパタパタと飛んで部屋に入って来た。ミモも一緒に入って来る。
「キュルキュルキュル」
「ガウガウガウ」
「ピーヨピヨ」
将軍は直立して出迎えた。その周りを3匹がぐるぐる回る。
「ええと、ちゃんと大人しくしてね。こっちの真っ黒いのがドラちゃん、こっちの瞳が赤いのがマオちゃん」
ミモは私の肩に乗り、ドラとマオは私の両側でパタパタと飛ぶ。
「怖くないですよ」
「可愛いでしょう」
「名前はアレだけど」
将軍は少し汗を掻きながらコクコクと頷いた。
「この子たちが大きくなったら、どうしようかしら」
2匹を見ながらつぶやくと、ノアが言った。
「成長したら人型になれるんだよ」
「え? そうなの?」
2匹の小さなドラゴンは白い鳥の下ですやすや眠っている。
「きっと綺麗な子ね」そう言うと側にいたアルトが、
「浮気はダメだよ」と引き寄せる。
この地は祖父が整備した法がある。官僚も祖父が育てた人材がいる。
彼らは口出しをしないで様子を見ている。私のような小娘やアルトのような小僧が口を出すと反発されるか馬鹿にされるか。
でも、法が整備されていればそれに則って行政を行うしかない。承認するのは私とアルトになる。
形を作るのは大変で試行錯誤を繰り返す。
その過程は大変なのだけれど焦ってはいけないわね。
鳥の巣がある山の麓に人々が集まって来て、麓に村ができ、やがて町になった。鳥は毎日優雅に空を舞う。それを嬉しそうに見守る人々。
「鳥に祈りを捧げましょう」
麓の町に小さな教会が建った。
教会で祈っていく人々がいる。
一年も過ぎた頃、アデリナのお友達だったという聖女見習いの女の子がふたり、護衛騎士と一緒にやって来た。
「アデリナ様がこちらにいらっしゃると聞いて」
「イスニ真教国はまだゴタゴタが続いておりますの」
「スヴェンがこっちに居ると聞いて誘ったんだ」
人はさみしがり屋ね、集まって来るわ。いい出会いになりますように。
◇◇
ある日、所用で領都の屋敷にアルトとふたりで行った。
領都の屋敷はマイエンヌ領の運営をする庁舎として寄贈されている。
私たちは相変わらず猟師小屋のある山の中腹に住んでいる。
麓の町に庁舎の支部を作って、領地の仕事はそこでするようにした。
フッカー将軍の他に、マイエンヌ侯爵家の屋敷に仕えていた人々が三々五々集まって来て、オクターヴも伯爵家の親戚筋やら従者やらが来たし、ノアの知り合いが来るしで麓の町はとても賑やかになった。
「ここに絵があるのよ」
それは何代も前のマイエンヌ公爵の友人のエルフで、アルトに何となく似ていると思ったのだけど、その絵のエルフの耳は尖っていて、雰囲気もちょっと違う。
「似てないかしら?」
隣にいるアルトを見上げる。すっかり大きくなって背が伸びた。
「そうだね、似ているかもしれないね」
笑ってはぐらかすアルトは、この頃本当に帝国のお父上に似て来たと思う。でもニッコリ笑う笑顔は昔のままで、私はやっぱり可愛いと思ってしまうのだ。
終
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