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土屋美雨2
しおりを挟む家に帰ると、庭に空いたプランターがあった。
母が、次に何を育てようか迷っていたところだったので、土もそのままある。
ちょうどいいので、私はそこに種を植えた。しかし、霧吹きがなかったので、ジョウロで適当に水を上げた。まあ、これくらいなら、芽くらいは出るでしょ。
「ただいま」
誰もいない部屋に向かって、ただいまを言った。
うちは父親がいない。母一人、子一人の母子家庭だ。
母は看護師で、夜遅くまで仕事をしている。夕飯は、私が作るか、レンチンで済ませる時もある。
今日は、レトルトのカレーとサラダにしよう。レトルトカレーを戸棚から出し、温めている間にレタスをちぎり、洗い、プチトマトを添える。最近のレトルトはレンジで温められる物もあるから、とても便利だ。
母の分のサラダは冷蔵庫へ。今日も一人寂しく、夕飯の時間です。
……なんて、もう慣れているけれど。
夕飯を済ませて自分の部屋にこもる。
私は受験生だけど、就職するつもりでいる。家計のこともあるが、元々そんなに成績もよくないし、何かを勉強したいわけでもない。ただ、赤点だけは避けたいので、必要最低限にテスト勉強はするつもりだ。
適度に休憩を取りながら、真面目にテスト勉強していると、母が帰ってきた。
「ただいま~」
「おかえり」
母は、朝早くに家を出て行ってしまうので、母との挨拶は、これと「おやすみ」くらいしかない。なので、顔を出せる時はなるべく「おかえり」を言っている。
普段、会話が全くないわけではないし、仲が悪いわけでもない。ただ、母の疲れている顔を見ると、なんだか話すのを躊躇ってしまうのだ。
だが今日は、母から話しかけてきた。
「美雨、あんたさぁ。進路どうするわけ?」
なにかと思えば、進路の話だった。そういえば、先生に進路のプリントは提出したけど、母にはまだ話していなかった。
「就職するよ。特にやりたい事もないし」
「別に、お金の事は心配しなくていいのよ? 就きたい仕事があるっていうんなら別だけど、やりたい事がないなら、大学で探したっていいんだし」
「私の成績で、どの大学に入れるのよ……。その辺の適当な大学に行ったって、就職は厳しいって聞くし」
「でも、妥協で就職するくらいなら……」
「妥協じゃないし! それに、先生にはもう就職って言ってあるから!」
私は、部屋の扉を閉めて閉じこもった。
母も、それ以上はなにも言ってこなかった。
それから数日間、雨の日が続いた。そろそろ本格的な梅雨入りかもしれない。
雨は嫌いだけど、梅雨の季節は少しだけ気が紛れる。だって、この雨は私のせいじゃないかもしれないから。すべて、梅雨前線のせいにできる。
そういえば、庭のプランターに植えた種はどうなっただろうか?
あの女性は「霧吹きで1日1回の水」と言っていたけれど、雨が続いたのでそのまま放置状態だ。もしかしたら、種が傷んでいるかもしれない。
しかし、その心配は杞憂だったようだ。
学校から帰って来て様子を見ると、ひょっこりと芽を出していた。
なぁんだ、そのまま放置でもちゃんと育つじゃない。
それにしても、植物ってこんなに早く芽を出すものなのね。
あの女性は、「育ててみてのお楽しみ」と言っていたけれど、一体どんな花が咲くのか楽しみだった。
ある日のこと。今日も相変わらず朝から雨だった。
学校から帰ってくると、プランターのそばに、誰か立っていた。傘もささず、ずぶ濡れのまま。
えっ? こんな雨の日に……不法侵入者?
しかしよく見ると、その人物は辺りの様子を窺うようでもなく、ただじっと立っていた。もしかして、うちに何か用でもあるのだろうか?
近づくと、同い年くらいの男の子だった。青い髪でブレザーの制服を来ている。同級生……? でも、見たことない子だなぁ。
「あのー……。うちに何か用ですか?」
おそるおそる声をかけてみると、男の子は、パッと笑顔になった。
「おかえりなさい! もしかして、美雨さん?」
「え、ええ……そうだけど……。あなた、誰? どこかで会ったかしら?」
同じ学校でも知らない人はいるけど、でもこちらが知らないのに向こうが名前を知っているなんて、なんだか恥ずかしい。
「はじめまして。僕は、あなたに育ててもらった種です!」
………………はい?
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